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安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授
※記事掲載時点の情報です

音符から音へ—初見視奏における情報処理

音楽に関するさまざまな研究があることは知られています。しかし、日頃から音楽を楽しんでいる愛好家の皆さんや指導者の先生方の中にも、「演奏」を「科学的に研究する」という発想があまりピンとこない方もいらっしゃるのでは?

今回から3回にわたって、北海道大学大学院文学研究科心理システム講座教授 安達真由美先生をお迎えし、「演奏を”科学する”」をテーマにお話をうかがいます。安達先生の専門は音楽心理学と音楽発達心理学です。近年刊行された「演奏を支える心と科学」という本の監訳者のお一人でもあります。

実は、安達先生はピアノ指導者として教育に携わるかたわら研究者の道へ進まれたという経歴をお持ちです。早速、先生ご自身の体験からうかがってみましょう!

音楽心理学を学んだきっかけ

――先生ご自身はピアノ指導をしていた中で、どのような問題意識がきっかけとなり、音楽心理学の研究活動を始められたのですか?

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安達教授(以下敬称略):はい。私が大学を出たくらいのとき、日本に「ペース・メソッド」というピアノ・メソッドが紹介され、それに関心を持ちました。私がどうして心理学を学んだかというと、そのペース・メソッ ドが発達心理学とリンクしていたからです。

ロバート・ペース(Robert Pace)はもともとジュリアードでピアノを勉強した、非常に優秀なピアニストだったのですけれども、音楽において成長するということは、テクニックだけでなく、音楽的に豊かに育っていくことだと考えました。ちょうどそのころ、ハーバード大学にジェローム・ブルーナー(Jerome Seymour Bruner)という教育心理学者がいて、ペースはブルーナーの考え方をもとにバランスよく育てていくためのメソッドを構築していったのですね。

それまで私はピアノの指導をしていましたが、子どもにはこう教えたらいいということを経験則的にとらえていました。しかし、ペース・メソッドを理解するには、発達心理学や教育心理学を理解しなければいけないと思ったわけです。アメリカへ行くと、コロンビア大学のティーチャーズカレッジには新ピアジェ派といわれる素晴らしい研究者たちがたくさんいて、そこで発達心理学や教育心理学を勉強させてもらいながら、こういう世界もあるんだな、と思ったんです。そうしてピアノ演奏より、考え方や行動を理解する方が面白くなっていったんですね。

――私もピアノを習っていましたが、経験則で音楽を語っているところがたくさんあると思います! その一歩先のことを研究の視点で見るというのはとても興味深いです。

演奏中、無意識のうちに行われるさまざまな情報処理

初見視奏のとき瞬時に行われていること

――先生の監訳された「演奏を支える心と科学」の中では、音楽をやっていたら誰もが身に覚えのあるような、さまざまな体験に関する研究がたくさん取り上げられていますね。先生の研究分野の1つである初見視奏について、その研究がどういうふうに始まったか、どんな研究の方法が用いられているのか、教えてください。

安達:私はもともと音楽心理学のトピックで初見視奏の研究に一番興味を持っていました。音楽の認知心理学の研究で最初に出会ったのが、ジョン・A.スロボダ(John A. Sloboda)という研究者が1970年代に行った初見視奏に関する研究だったからです。

初見視奏というものには、いろいろと複雑な処理がかかわっています。まず楽譜を見て、音符を読み、瞬時に解読して、指に伝えますよね。視覚情報は何らかの形で音楽的な意味に符号化※1されます。ある音符の持つ意味とは、音としての意味もあるけれど、運動としての意味もあるわけです。

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たとえば、4分の4拍子の楽譜で、真ん中の「ド」の音符が1つあったとしますね。普通、音楽家がその音符を見るとき、楽器によって「ド」が楽器上のどの音かというのが違います。ピアノの場合、「“ド”の鍵盤の位置はあそこだな」ということで、それを押せば音が出ますが、どの指で押そうか、どれだけの強さで押そうかということもかかわってきます。最低限これだけたくさんの情報を、瞬時に処理しているんです。

黒鍵の意味

安達:楽器において音の高さとはどういう意味を持つのかというと、ピアノの場合、その音が鍵盤上で白鍵なのか黒鍵なのか、ということがあります。実は、白鍵というのは白鍵だけでは何の意味も持たなくて、黒鍵があって初めて白鍵の意味があります。黒鍵の意味を考えたことありますか?

――考えたことなかったです…。確かに、どの鍵盤が「ド」なのか見つけるには黒鍵は必要ですね。
もしピアノに白い鍵盤しかなかったら、音の高さは分からなくなってしまいます。

安達:そう、ピアノで黒鍵の部分を隠してしまったら、どこがどの音か分からなくなりますよね。だからピアノの場合、鍵盤がどうして意味を持つかというと、黒鍵があるからなのです。

たとえば楽譜に「ドレミ」という音があったとき、各音の長さのほか、抑揚やフレージングはどうなっているかなどの情報が記されています。音符の中に、必然的にそういう情報が含まれているわけですね。しかし、実際その音を出すために楽器を使うときには、音楽家たちは楽譜にある情報を、楽器の情報に変換しなくてはいけません。

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――先生、楽器の情報に変換するとはどういう…?

安達:たとえば大ざっぱな例ですが、楽譜上のある音が鍵盤上で真ん中の「ド」より高いか低いかは、腕をどのくらい伸ばすといいかといった運動機能の情報を持っています。先ほど黒鍵のお話をしましたね。ピアノの鍵盤には黒鍵と白鍵で凹凸があるから、音の高さが分かります。「ドレミ」の中に含まれる2つの黒鍵と3つと白鍵を、指の関係で覚えることで、音の高さに対応した実際の指の情報として瞬時に分かるようになる…そんなふうなイメージです。

楽譜にある音については、視覚的にすでに持っている知識から情報を得るし、あるいは聴音のときなどは逆に聴いた音から楽譜にある情報を得ています。それに対して鍵盤上には、体勢や触覚、大体このくらい手を伸ばせばどこに届くとか、そういう情報が入っています。初見視奏をするときには音符を見ながらそれらの情報を駆使しているというわけです。

ウィーヴァーの実験

――演奏中の情報処理について、どんな実験が試みられてきたのでしょうか?

安達:音符から情報を得るプロセスがどううまくいくかということについて、ウィーヴァー(Homer Ellsworth Weaver)という人の研究を紹介したいと思います。ウィーヴァーは眼球運動に関する研究をすごく古くからやった人で、1943年に論文を書いています。頭をがっちり機械のようなもので固定して、人が楽譜上のどこを見ているかということを測定する機械が当時もあったのですね。今はもっと手軽に測定できますが、当時は測定する方もされる方もとても大変だったようです。

――「眼球運動」って、何かしらの情報を取り込むために眼球が動くことですよね。機械を使って、視線の位置の変化を調べるような研究が、戦前からあったのですね!

安達:そうですね。彼の研究は、「楽曲の様式によって目の動き方が違うのではないか」という仮説のもとに、3種類の楽譜で初見視奏をしてもらい、実際の眼球運動を調べるものでした。3種類の楽譜というのは、1つは四声からなるコラールのような「和音」型、もう1つは「旋律+伴奏」型です。これは少し特殊で、シューマンの作品などによくありますが、伴奏はベースと高音で担われていて、旋律が内声に入っている曲です。そしてもう1つは、スカルラッティの作品のような、簡単な二声の「対位法」型のものでした。

――楽譜を見るときの目の動きなんて考えたことがありませんが…。やはり旋律のような横のつながりを追いかけて、水平方向に楽譜を見ているのではないでしょうか? それとも、和音だったら複数の音が縦に積んであるので、やっぱり上下の方向にも目は動くのでしょうか?

安達:はい、「和音」型の楽譜の初見では、縦方向に非常にジグザグした感じで目が動いていました。「旋律+伴奏」型ですと、目の動きはジグザグしていたり、場所によっては水平方向に動きを示したり、その組み合わせです。「対位法」型も、水平方向とジグザグの動きの組み合わせでした。どの場合でも、実際に演奏している音よりも、楽譜上の少し先の音符を見ていましたが、どれくらい先の音符まで見ていたかについては楽譜の種類によって違いました。

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「和音」型だと平均1.5和音分、「旋律+伴奏」型ですとおよそ1.9音分、「対位法」型では3.1音分先を見ていたという結果が報告されています。

――やっぱり和音の楽譜を読むときは、ジグザグ上下に目が動いているのですね! そして、「旋律+伴奏」型と「対位法」型だと水平方向にいったりジグザグしたりして楽譜を見ているけれど、いくつ先の音符まで見ながら弾いているかは違いがある…それを調べるなんて何だか大変な実験ですね。

安達:その後、こうした内容の研究がいくつもあったというわけではないですから、割と特殊な研究ですね。でも、初見視奏では、実際に弾いている音よりも先の音符を見ることで情報を先取りしている、これは非常に重要なポイントですよ。

――ありがとうございます。初見視奏のときにどのように情報を処理しているのか、そのシステムの説明と初見視奏における眼球運動の研究についてうかがったところで、次回は初見視奏の得手、不得手にはどんな違いがあるのかうかがいたいと思います。

聞き手:ヤマハ音楽研究所研究員 小山文加(おやまあやか)

  • ※1 認知心理学において、何らかの情報を覚える過程で、情報は処理しやすい形に変換されると考えられています。この変換を「符号化(encoding)」と呼びます。
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授 専門:音楽心理学、音楽発達心理学
著書・論文
  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.
  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.
  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.
著書・論文

  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.

  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.

  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.

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