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安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授
※記事掲載時点の情報です

世界で広がる/世界を広げる演奏研究

音楽心理学と音楽発達心理学の専門家、北海道大学大学院文学研究科心理システム講座教授 安達真由美先生をお迎えして、「演奏を“科学”する」をテーマにお話をうかがうシリーズの最終回。

これまで「初見視奏」を中心に、熟達者だからこそ楽譜上の音の間違いを見落とす「校正者のエラー」などのトピックを紹介してきました。私たちの音楽的行動や音楽生活の中でよくみられる現象について、観察や実験に基づく研究からさまざまな知見が生み出されているのですね。

それでは現在、音楽心理学に基づく演奏研究は、世界でどのように実践されているのでしょうか。今回はまず、第1~3回までの内容をふり返りつつ、安達先生の最近の研究活動を紹介し、それが発表された国際会議について教えていただきます。

初心者と初見視奏

――このシリーズでは「初見視奏」を主なテーマにお話をうかがってきました。今回は、安達先生が研究室の学生たちと2012年に発表された初見視奏に関する研究について教えていただきたいのですが、初心者を対象にしたものだったそうですね。

安達教授(以下、敬称略):はい※1。初見視奏については一般に初心者にはできないと思われているので、今まで初心者を対象にした研究は全くありませんでした。ですが、私はこれまでの指導者としての経験や研究活動を通して、初心者の方でも大人ならば、楽譜の見方をパターンで読み、それを指に伝えることは、10~15分の練習で可能なのではないかと考えました。そこで、仮説を立てて実験を行ったのです。

――楽譜を「まとまりで読む」ことがポイントだというお話はシリーズ第2回「初見視奏の得手・不得手を分ける鍵とは?」で解説がありましたね。

安達:はい、これまでのお話を少し確認しておきますと、シリーズ第1回でお話ししましたが、初見視奏において私たちは楽譜上にある音符からたくさんの情報を受け取り、処理しています。そこでは、「どれだけ(楽譜の)先を見て、情報を先取りしているか」が重要です。そして、シリーズ第2回では、アイ・ハンド・スパンeye-hand span(視手範囲、以下EHS)※2の紹介をしました。初見視奏ではこのEHSが長いほど、楽譜の先を見ていたと捉えてくださいね。

私たちの実験は、旋律の構造と拍子が初心者の初見視奏にどのように影響するのか、上級者との比較において調査するものでした。そのため、目の動きやEHSが何音先を見ていたか、ピッチのエラーとリズムのエラーや弾きなおしの数を調べました。

――実験にはどんな楽譜を用いたのですか?

安達:まず初心者ならば、楽譜を読むのはもちろんですが、ピアノを弾くときどういうふうに指を動かすかという問題があります。単旋律の楽譜で、たとえばある音から隣の音へいく順次進行のときと、跳躍進行のときでは、指の動かし方が違いますよね。そこで、旋律の構造については順次進行の楽譜と跳躍進行の楽譜、それらの音型が混在しているものの3種類の楽譜を用意しました。

また、チャンという韓国の研究者によれば、ピアノの専門家や上級者の方の場合、拍子によって上手に弾けるかどうかが左右されるということなので※3、拍子については3拍子、4拍子、5拍子の3種類の楽譜を準備しました。上級者が3拍子や4拍子に比べて変拍子に慣れていないことがある一方、初心者にとってはどれも初めて触れるものだから、3拍子・4拍子・5拍子の違いはあまり関係ないかもしれないと考えられます。

――旋律の構造について3種類、拍子について3種類で、計9種類の楽譜を使ったということですね。

安達:はい、この9種類の楽譜を初見で演奏したときの初心者と上級者の違いを調べました。ただし、同じ音型や同じ拍子が二度提示されないよう、一人の参加者が演奏したのは3種類です。初心者の方の実験ではウォームアップとして、旋律の音型によって指の動かし方が変わるということや、楽譜をパターンで読むという見方を、さまざまな工夫をして段階的にトレーニングしました。また、ここでは詳しい手順はお話ししませんけれども、カウンターバランスといって、旋律の構造と拍子という2要素の異なる楽譜を、参加者ごとに順番を変えて演奏してもらい、均等な条件となるようにしました。

――実験には、さまざまな手法や専門的な知識が駆使されているのですね。初心者でも初見視奏はできたのですか?

安達:実際にピッチやリズムを間違えずに音を出すこと、アイ・ハンド・スパンなどについては、上級者が初級者を上回っていました。おそらく読者の皆さんも、そう予想されたのではないでしょうか。ただし驚くべきことに、初級者であってもほんの15~20分訓練しただけで、ちゃんと楽譜の先を見て弾いていました。目の位置は、弾いている音のところにじっととどまっているのでなく、次の音の方へ進んでいたということです。

――初級者の方であっても、短い時間の訓練で「楽譜のどれだけ先を見て、情報を先取りしているか」という初見視奏の重要なポイントが押さえられたのですね。

国際音楽知覚認知会議(ICMPC)

――初心者を対象とした初見視奏の研究は、国際的な学術会議で発表されたそうですが、その会議についても紹介をお願いします。

安達:私たちがこの研究を発表したのは、2012年にギリシャで開催された「国際音楽知覚認知会議(ICMPC:International Conference on Music Perception and Cognition)※4」という場です。初めてICMPCの会議が京都で開かれたのは1989年のことでした。2回目は1992年にロサンゼルスで開催されています。私は2008年に第10回会議のオーガナイザーを務めました。

――どのような会議なのですか?

安達:世界中で音楽を科学的に研究している人たちが2年に1回一堂に会し、最新の研究成果を発表したり、情報交換をしたりします。実験や調査でデータを取る、そしてそのデータを解析することでわかったことの意味を検討し、音楽や音楽に関するさまざまな現象について、研究者がお互いの情報を共有するという場です。

会議の名称には「知覚認知」という言葉がありますが、音楽に関する研究全般をカバーしていて、研究発表には心理学的なもの、音響学的なもの、社会学的なものや人類学的なもの、応用とし音楽教育や音楽療法的なものなども含まれています。非常に学際的ですが、取り上げられるのはすべて音楽に関する研究で、それが5日間にもわたって議論されるという、本当に珍しい会議なんです。

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――すごい量の研究が発表されるのですね!心理学的な研究の発表は多いのですか?

安達:もともとICMPCにおける音楽の研究といえば、音響学的なもの、あるいは精神物理学的なものが主流でした。だんだん心理学的な研究が増える中で、当初は「聞くこと」をテーマにした研究が多かったのですが、最近は演奏研究も発表されるようになっています。

――世界中から研究者が集うということですが、国による研究の傾向の違いはあるのでしょうか。特に日本において、さかんに議論されているテーマやトピックといったものはあるのでしょうか?

安達:日本では日本音楽知覚認知学会がICMPCに関する情報提供を行っています。この学会の初代会長や副会長を務めた難波精一郎先生※5や大串健吾先生※6がもともと音響心理学の大家だったということもあって、日本の場合、音響系や知覚系の研究がさかんだと思います。コンピューターサイエンスなど理系のものも多く、これらの他に心理学や教育学などの研究もあります。最近では演奏に関するものも段々とみられるようになりました。いろいろな測定機材が開発されて手軽になったということもあると思うのですけれども。

おわりに―心理学のとびらをたたく

――本シリーズでは初見視奏が主なテーマでしたが、どの研究も私たち人間の行動に関する観察や実験、結果の分析に基づく内容で、とても興味深く、音楽心理学の研究にさまざまな可能性があることを示唆していたと思います。音楽心理学を大学などで学ぶことはできるのでしょうか?

安達:日本では、音楽療法の資格をとるために音楽心理学を学ぶ必要もあるということもあって、大学でも音楽心理学の講義などが取り入れられてきています。しかし、まだ少ないのが現状だと思います。専門の研究者を目指すのではなくても、音楽を続ける上で何かに気づくきっかけになるかもしれませんので、音楽大学や音楽専攻のある大学で音楽心理学に触れる機会がもっとあればいいなと思っています。

――音楽心理学の世界を4回にわたりお話しいただきました。どうもありがとうございました!

  • ※1 Mayumi Adachi, Kazuma Takiuchi&Haruka Shoda (2012). Effects of melodic structure and meter on the sight-reading performances of beginners and advanced Pianists. 参照URL:http://icmpc-escom2012.web.auth.gr/sites/default/files/papers/5_Proc.pdf(英語)
  • ※2 実際に指を動かしている範囲のことを「アイ・ハンド・スパン eye-hand span(視手範囲、以下EHS)」といい、EHSが長いほどミスが少ないことを示した研究がある。
  • ※3 Chang, S. (1993). A study of eye movement during sight-reading of selected piano compositions (Doctoral dissertation, Teachers College at Columbia University, 1993).
  • ※4 公式WebサイトURL:http://www.icmpc.org/index.html。2014年度は韓国で開催予定。
  • ※5 難波精一郎:大阪大学名誉教授。文学博士。日本学士院会員。著書多数。
  • ※6 大串健吾:京都市立芸術大学音楽学部名誉教授。工学博士。著書、訳書多数。
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
北海道大学大学院 
文学研究科 教授
専門:音楽心理、音楽発達心理学
安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授 専門:音楽心理学、音楽発達心理学
著書・論文
  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.
  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.
  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.
 
著書・論文

  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.

  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.

  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.


 
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