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音楽における即興表現
藤原 嘉文(ふじわら よしぶみ)
山梨大学大学院 教育学研究科 教授/芸術文化教育講座

※記事掲載時点の情報です

応用演奏力を高める即興演奏の実践とは

前回までは、音楽におけるさまざまな即興表現の事象を俯瞰(ふかん)し、それらを時間的余裕の多少と制約要素の多少との2つの観点から考察してきました。今回は、即興演奏に馴染(なじ)むためのいくつかの実践例を中心にお話ししましょう。 即興は苦痛、あるいは資格を取るための難行苦行と思っている方がまだまだ多いようです。確かにやってみるまでは怖い・心配、という思いが先立つのもよくわかります。ただ、やり終えた後、「ああ、もっとこうしたら良かったなあ。」「もう一度やれれば、こうするのに。」と感じたことはありませんか。このように思ったときがチャンス。このチャンスを逃さずにもう一度やってみることが肝心です。即興演奏している途中で、頭の中が活性化してくるのです。 受験や試験などせざるを得なくなったときだけ「即興」をしようとするのではなく、普段のちょっとした演奏の際から自分の感情を的確に演奏に込める習慣を身につけましょう。いくら「型」の訓練をしても、即興「演奏」として心に響く表現はできないと思います。

表情豊かに即興演奏する導入例

できるだけ簡単な内容で取り組むことから始めるのが効果的です。 たとえば「枯葉」(原題:<仏>Les Feuilles mortes <英>Autumn Leaves/作曲:Joseph Kosma)。あまりにもスタンダードですが、編曲演奏、つまりアドリブと考えると、旋律を細かく修飾することに気を捕らわれがちです。逆の発想をしてみましょう。 譜例1のように、旋律の骨格の音だけを取り出し、単音で(音価やリズム、アゴーギクは工夫する)演奏することから始めます。

譜例1 枯葉の旋律と骨格の音

譜例1 枯葉の旋律と骨格の音

「枯葉」骨格音のみによる演奏例

上例で大切なことは、単音のみで演奏することです。このような単純な音のみで演奏するには、表情を込めて演奏せざるを得ません。特に鍵盤楽器においては指先に感情を載せて演奏する癖を付けるのに大変効果的で、たとえ演奏力のある人の場合でもこの「単音」で行うことから始めることが重要です。慣れてきたら少しずつオクターブ上下の音を使う、前打音・トリル・挿入句など徐々に試してゆくのが良いと思います。次の動画はこの方法をグループでリレー式に行った実践例で、実際に大学の一般教養の授業での一コマです。医学、工学など音楽専門以外の学生がほとんどで、全くの初心者ばかり。それでも即興に慣れる実践としては大変効果的だと思います。

「枯葉」骨格音のみによる演奏例(リレー形式での実践例)

かつては、即興のやり取りなどで音楽を楽しむ習慣があり、音楽的にある程度の豊かさを求める人は即興を嗜(たしな)むのが当たり前でした。名人芸的なものでなくても、一般の人が気軽に即興演奏を楽しむ、もっと日常的に鍵盤上で音楽的に遊ぶこと、このような気風が現代にも欲しいと思っています。 前回までに述べたように、即興演奏には実に多様なスタイルがありますが、創作的な即興演奏より変奏的なものから入っていくのが、導入としては良いと思います。つまり、よく弾き慣れた曲を何か変える、付け加えるなど、応用演奏力を付けることからやってみてはいかがでしょうか。次に、バッハを使った例をあげてみます。

挿入句を入れてみよう

バッハ(J.S.Bach)の作品は、作曲者本人の自筆譜にほとんど指示が無いことから、テンポや装飾音、アーティキュレーションなど演奏者が自ら考えて演奏しなければなりません。このことからある意味では非常に即興的な取り組みができる可能性を秘めています。 ピアニストとして、また数々の即興演奏を行ったことでも有名なグルダ(Friedrich Gulda)は、平均律の演奏においても大胆な解釈に基づく演奏を残しています。そのひとつが即興的に挿入句を入れることです。たとえば1巻20番a-mollのFugaでは、第80小節のフェルマータにおいて譜例2のように挿入句を入れて演奏しています。

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譜例2 挿入句の例 J.S.Bach《平均律1巻20番a-moll Fuga》第80小節

これは、オペラにおけるアリアのレスタティーヴォと同じ発想ですが、古典の時代までは、このような演奏表現は日常茶飯事に行われていました。これを試してみましょう。 たとえば平均律クラヴィア曲集2巻10番e-mollフーガ。終盤第83小節にフェルマータがあります(譜例3)。

譜例3 J.S.Bach《平均律クラヴィア曲集2巻10番e-moll Fuga》第83小節

譜例3 J.S.Bach《平均律クラヴィア曲集2巻10番e-moll Fuga》第83小節

このフェルマータ部分に上述のグルダのように挿入句を入れると、このようになります(音源2)。

平均律2巻No.10Fuga 挿入句を入れた例

この演奏例は、私もプロジェクトの一員として制作した研究解説全集「バッハ平均律クラヴィア曲集 分析・演奏」※1において提案したものですが、このようにとりあえず試してみることが大切です。

協奏曲のカデンツァに応用すると

即興的に挿入句を演奏することは、最終的に協奏曲のカデンツァCadenzaの即興演奏につながります。Mozartなど古典時代の協奏曲のカデンツァは、譜面上にはフェルマータが記されているだけで、本来はソリストが即興的創作演奏する部分です。譜例4はMozart:ピアノ協奏曲K.v.537「戴冠式」第1楽章のカデンツァ部分です。

譜例4 W.A.Mozart《ピアノ協奏曲K.v.537「戴冠式」第1楽章》カデンツァ部分

譜例4 W.A.Mozart《ピアノ協奏曲K.v.537「戴冠式」第1楽章》カデンツァ部分

即興の練習としては、最初は上述の挿入句を入れることから始めましょう。

戴冠式カデンツァ部分における挿入句による即興演奏例

また、表現に縛られず、色んなアイデアで遊んでみることも大切です。次の音源は、学生に突然試してもらった例です。

学生による自由なカデンツァ即興演奏例

ただこのような試みをすると、当時の様式に沿った表現をすべきではないか、やり過ぎではないか、などの意見をよく耳にすることがあります。しかし、自由に試してみること、鍵盤上で「遊ぶ」ことが、即興表現力を養うのに必要不可欠です。いろいろチャレンジした上で、時代様式なども考慮して表現を磨いていけば良いと考えます。 「ポピュラーの人よ、少しはクラシックの崇高な精神を学べ。クラシックの人よ、少しはポピュラーの柔軟性を知れ。」という言葉がありますが、高いレベルで「音楽で遊べる」力を身につけさせることこそ即興演奏指導の究極の目標ではないでしょうか。 次回は、創作的な即興演奏についてお話しします。

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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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藤原 嘉文(ふじわら よしぶみ)
山梨大学大学院 教育学研究科 教授/芸術文化教育講座
専門:作曲、現代音楽、即興演奏
著書・論文

  • 巡りあう時空~ピアノとオーケストラのために CD:KMUR10034

  • Metamorphosis Ⅳ~2台のピアノのための CD:FPCD4365、楽譜:JFC0304

  • バッハ《平均律クラヴィア曲集 分析・演奏》 ISBN978-4-9018-5213-2、共著


 
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