「創作的」といえども、いきなり作曲のように一から創作しなければと考え過ぎないことが肝心です。既存の作品を用い、それを応用することから実践することをお勧めします。
「創作的」といえども、いきなり作曲のように一から創作しなければと考え過ぎないことが肝心です。既存の作品を用い、それを応用することから実践することをお勧めします。
J.S.Bach《平均律クラヴィア曲集》を用いた実践例を紹介しましょう。第3回では挿入句(レスタティーボ)を即興的に入れる例をお話しましたが、今回は《平均律》1曲を用いて即興的に旋律を演奏することにします。
1巻10番e-moll Prelude。通奏低音風の伴奏の上に、優雅な旋律が流れていく曲です。ところが、この曲の原拠となった《フリーデマン小曲集Prelude第5番》を調べてみると、譜例1のように旋律は一切現れず、伴奏部分しか書かれていません。当時の室内楽におけるクラヴィアパートのパターンを弟子たち(息子にも)に教えるための教材であったのではないかと推測されます。バッハの弟子たちがこの原型(伴奏パート)を弾き、その上にバッハがバイオリンなどで即興的に旋律を重ねて演奏した光景が容易に想像できます。まさに旋律即興の教材。これを使わない手はありません。
バッハの時代と同じように、Duetで実際に試してみましょう。一人が伴奏部分を、もう一人が即興的に旋律を演奏するのです。伴奏部分は《フリーデマン小曲集》が手に入らなくても心配ありません。譜例1に倣って《平均律》の旋律を省いて弾けば良いのです。つまり、右手は和音のみ。多少ポジションが違っても和声自体が間違っていなければ大丈夫です(即興伴奏と考えてください)。
旋律パートに関しては、初めのうちは《平均律》の旋律の骨格(譜例2)に沿って試すのが良いでしょう。第3回に掲載した「《枯葉》を用いた変奏」に準じた方法です。
慣れてきたら、少しずつ自由にやってみましょう。伴奏役と旋律即興役を交代して試してみるのも楽しいものです。参考までに動画1に私が学生とDuetした例を載せましょう。
創作的な即興演奏では、旋法を決めて行う手法が比較的やりやすいと思います。単純なもの、たとえば五音階(黒鍵のみ、日本音階など)のように、音階の音数が少ないものほど易しいです。この場合も、可能な限りDuetで行うことが効果的。お互いに聴き合い、反応しながら、構成をあまり気にせず演奏を進めていきましょう。以下に2つの実施例を載せます。
続いて、何か1つの様式を決めて行う即興演奏の実施例です。様式とはバロック風、ラベル風、ポロネーズ風といった、作曲家の作風や曲種特有の趣などを指します。
ここにショパンのマズルカ風による即興の実施例を載せます。R・グレイソン氏と私とのDuetです。
この場合も、作曲的完成度を求め過ぎないことが大切です。
創作的即興演奏は作曲とは違います。もちろん「型」の学習は必要できっちりとした構成を目指すことを否定しません。しかし即興演奏の場合、音楽の流れに乗り自由にフレーズを流してゆけるようにすることの方がはるかに重要です。それには上述のようにDuet方式が効果的。テニスのラリーを続けるようにお互いに楽想を交換したり助け合ったりしながら、即興の時空を楽しみたいものです。
形式より様式の統一を目指しましょう。音遣い、和声遣い、アゴーギクなど演奏表現法も含めた表現様式をまとめることに集中して、より高いレベルで「鍵盤で遊べる」ようになることを目指してほしいと思います。
最後に、即興表現の中で最も作曲に近いと思われる、形式を指定しての即興演奏を取り上げます。「形式に基づく」以上、その構成に従わなければならないという大きな「制約」が科せられるわけです。ただ、作曲の勉強とはアプローチも目的も異なります。即興の場合、熟知している(暗譜でさらさらと弾けるような)曲を徹底的に利用する(引用する)ことから始めるのが良いと思います。
たとえばF.P.Schubertの《野ばら》を題材にソナタ形式で試してみるとします。ソナチネの中でも最も有名でシンプルなM.Clementi《ソナチネOp.36,No.1》(ソナチネアルバム1巻7番)の第1楽章(譜例3)を手本にします。ソナタ形式ですから、2つのテーマは最初に決めておく必要があります。今回は、第1テーマは《野ばら》の冒頭モチーフ「童はみたり」(譜例4)、第2テーマは第7小節「その色」と第9~10小節「飽かずながむ」を応用して譜例5のように。これだけは準備し、上述のClementi《ソナチネ》を手本にして即興演奏してみました(テーマは譜面に書き、それを見ながら即興演奏する。慣れるまでは手本の《ソナチネ》の楽譜も譜面台に置いて実施すると良い)。
テーマの現れる箇所以外は徹底的にClementi《ソナチネ》をまねているのがおわかりになるでしょう。和声進行や上声下声のモチーフのやり取りなどもできるだけ応用し、全く《ソナチネ》と同じ部分(第6~8小節、第30~31小節など)さえあります。
ただこの《ソナチネ》は余りにも短いため、再現部へのつなぎとCodaは延長しました。このようにできるところから少しずつ変化させたり延長したりすれば良いのです。なお、このつなぎの部分では別の曲(D.F.R.Kuhlau《ソナチネOp.51,No.1》のつなぎ(第31~34小節)を思わず弾いています。このように知っている(弾き慣れた)既成の曲の部分を引用することは、即興では大変重要なことです。すべてを一から創作しよう(作曲)というより、引用をしながら音楽の流れ(演奏)が滞らないように努めることの方がずっと大切です。Codaの最後には「その色愛でつ」(譜例6)を使い、《野ばら》を印象づけてみました。このようなちょっとした「遊び」も大切にしたいですね。
暗譜している曲の楽想やフレーズを引用することに決して躊躇(ちゅうちょ)しないでください。上述したように、熟知している(暗譜でさらさらと弾けるような)曲を徹底的に利用することが、即興演奏上達のための鍵だと思います。