産業技術大学院大学で、にこやかに我々を迎えてくださった金箱さん。
“研究者”という堅い肩書きのイメージとは間逆の明るいお人柄で、取り組んでおられる研究についてもざっくばらんにお話ししてくださいました。
藤村美千穂(以下藤村):「共遊楽器」という考え方に出会うまでの道のりをお聞かせください。
金箱淳一氏(以下金箱):まずは、大学院生時代に下地があります。授業の中で子どものための玩具を作るという「ガングプロジェクト」があり、いくつものアイディアを発想してスケッチを何枚も描き、議論しました。その中で自分でも気に入っていて他の方にも評価を頂いたのが、“誰でも簡単に弾けるギター”のアイディアでした。
当時、ロックバンドでベースを弾いていましたが、ギターは弾けませんでした。そこから、どんな演奏方法を取っても必ずかっこいい音が出るギター、誰もがパフォーマンスをして楽しいと思えるようなギターを作ってみたかったのです。
世の中にある楽器玩具の平均サイズを基にして子どもでも持ちやすい大きさにし、誰でも演奏できるように弦は省き、ギターの三角形だけを残しました。
弾く真似をすれば音が鳴り、音高の山を低いところから高いところに登っていくように構える高さで音が変わるという作りにして「Mountain Guitar(マウンテンギター)」と名付けました。
その後、改良を重ねましたが、木を素材として使うことの難しさに直面し、個人制作の限界を感じました。そこで試作品を楽器の設計事務所に持ち込んで相談したところ、一緒に作りたいと言ってもらえたのです。
ネックに本物の楽器のような滑らかなアールを付け、配線をしまえるような構造やボタンが壊れても取り替えられる構造にしました。結果的には木と合板をうまく組み合わせ、重厚な塗装によって削れてきても味があるオリジナルの楽器を作り上げることができました。
※「マウンテンギター」についての詳細はこちら
その後、修了制作では“音を奏でる実感は何か”という新たなテーマを元に、振動のフィードバックを他の人と共有し、伝え合うことが出来る楽器を作りました。
演奏行為の中で最もシンプルな打楽器を選び、「Vibracion Cajon(ビブラションカホン)」と名付けました。
※「ビブラションカホン」についての詳細はこちら
金箱:その後、玩具会社に就職し、「共遊玩具」という言葉を知りました。共遊玩具は視覚障がいや聴覚障がいを持つ方でも一緒に楽しめる、光が出たり手触りが違ったりと工夫された玩具のことです。それらを知った時に、ずっと楽器を研究していた身として「共遊楽器」というのはまだ世の中にないのではないか、と思いついたのです。
多くの人は音はどこで聞くものか、と聞かれた時に“耳”と答えてしまいがちですが、例えばコンサートホールを思い浮かべれば、音圧によって肌でも音を感じ、臨場感に繋がります。プレイヤーの動きを目で追って楽しむという面もあります。つまり、音楽は聴覚だけではなく、視覚や触覚など様々な感覚を使って総合的に楽しめるものだと言えます。
では、いつもは聴覚だけで捉えがちな音を、目で見られる情報や肌で触れられる情報に変換することで、音楽を鑑賞する人がもっと増えるのではないか。色々なアプローチで楽器に触れることができるので、楽器を楽しめる人も増えるのではないか。そんな発想から、「共遊楽器」という言葉を作り、本格的に研究を始めました。
藤村:そこからいよいよ様々な「共遊楽器」が作られていくのですね。どれも独創的で、とても面白い楽器ばかりです。次回は、実際にそれらの「共遊楽器」をいくつか体験します。
(インタビュー・文 藤村美千穂)
→「2.『共遊楽器』を体験してみよう!」に続く(全3回連載予定)
金箱 淳一(かねばこ じゅんいち)
1984年長野県北佐久郡浅科村(現:佐久市)生まれの楽器インタフェース研究者 / 博士(感性科学)。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了後、玩具会社の企画、女子美術大学助手、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科研究員を経て、産業技術大学院大学創造技術専攻助教、現在に至る。障害の有無にかかわらず、共に音楽を楽しむためのインタフェース「共遊楽器(造語)」を研究している。
http://www.kanejun.com/
藤村 美千穂(ふじむら みちほ)
1976年4月9日、大阪府生まれ。大阪大学文学部卒。
小説や脚本などジャンルに囚われない執筆活動を行っている。
既刊の著書は『マトリガール』『ニーナの羅針盤』(ポプラ文庫)。
http://www.bright-write.com/