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音楽とコミュニケーション
河瀬 諭(かわせ さとし)
相愛大学 客員研究員

※記事掲載時点の情報です

演奏家と聴き手のコミュニケーション

音楽には、演奏家が何かを表現しながら演奏し、聴き手がそれを聴いて何かを感じる、というコミュニケーションの側面があります。たとえ演奏家に伝えるつもりがなくても、聴き手に感じるものがあれば、やはり何かが伝わっているのです。では、音楽によって、何が伝わるのでしょうか? 演奏家が音に込めた想いは、聴き手に伝わるのでしょうか? 演奏を聴いて、感じるものは、どうやって伝わってくるのでしょうか? 観客の存在とは、どのようなものでしょうか? 今回は、このようなトピックに注目し、音楽において大切な、伝わる・伝えることについて考えていきます。

演奏で感情を伝える

感情は、音楽が伝える重要な要素のひとつです。ヨーロッパの有名な音楽学校の優れた学生や、プロの音楽家を対象とした調査でも、多くの演奏家が、感情を表現する・伝えることを重視していることが報告されています※1

音楽で感情が伝わることには、主に2つの意味があります。その2つとは、演奏による感情表現を判断できる(例:悲しみを表現した演奏とわかる)ことと、演奏によって感情が起こる(例:演奏を聴いて悲しくなる)ことです※2。もちろん、楽しげな曲を聴いて、楽しい気分になることはあるでしょう 。一方、表現として感じる感情と、自分の気分が異なることもあります。悲しみを表現した演奏を聴いて、悲しい曲とわかるけれども、心地よさを感じている、というような場合です※3・4。ここでは、主に、演奏で表現された感情が「わかる」ことを調べた研究を中心に、ご紹介します。

演奏家が表現した感情は、本当に聴き手に伝わるのでしょうか? たとえば、同じメロディーを、複数の感情(楽しい・悲しい、など)で演奏し分けて、聴き手がその感情を判定した研究があります※5。フルートやバイオリンなど、いろいろな楽器で行われた実験の結果、演奏者の意図した感情と、聴き手による感情の判定は、ほぼ一致していました。つまり、メロディーは同じにもかかわらず、感情表現は、ちゃんと伝わっていたのです。また、この実験では、「優しさ」と「悲しみ」は混同されやすいことや、女性の方が男性よりも感情の違いをはっきり認識できていたことも示されています。このような感情の伝達は、幼児でも可能であることが示されています※6

では、どのようにして、感情は伝わるのでしょうか? スウェーデンの研究者であるジュスリンは、感情の伝達に関する多くの研究を調べ、感情表現と演奏された音の特徴をまとめました(図1)※7。この図から、たとえば、「喜び」の演奏は、テンポが速く、音が大きく、明るい音色と関係していることがわかります。もちろん、音による感情表現には、調やハーモニーなど、ほかの複数の要素も影響します※8。しかし、いろいろな曲を思い浮かべてこの図を見れば、音の特徴と感情表現のつながりに、うなずける部分も多いのではないでしょうか。

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図1.いろいろな感情を伝えるときの音の特徴(Juslin & Timmers (2010)の図を改変)

演奏による感情の伝わりやすさには、性格などによる個人差もあるようです。優しい音楽が好きな人は共感性が高く、悲しい音楽が好きな人は、共感性が高く好奇心も強いことを示した研究もあります※9。このような個人差も、音楽による感情の伝わり方が、単純ではないことの一因かもしれません。

演奏を聴いて感じる感動(強烈な体験)も、音楽が伝える重要なものです。感動の特徴のひとつに、からだの反応があります。音楽を聴いて、鳥肌が立ったり、涙が出たり、背筋がゾクゾクするといった変化です。このようなからだの反応は、特定の音によって、呼び起こされることも、明らかにされています。たとえば、突然の音の大きさの変化はゾクゾク感を起こし、メロディックな装飾音が涙を誘うことが、報告されています※10。実際に、感動とからだの反応の関係を調べた研究も多く、鳥肌と皮膚発汗の関係や、心拍数や呼吸、皮膚温度などが分析されています※11

最近は、音楽による感動を、脳活動からとらえる試みも増えています。音楽を聴いてゾクゾクするとき、脳とからだ(心拍・呼吸など)の両方に変化が起きたことを計測した研究が、その一例です※12。今後は、いろいろな心理的・生理的データをもとに、音楽による感情伝達の詳しいメカニズムが明らかになることが、期待されます。

演奏で表現を伝える

演奏によって曲の印象も伝わることも研究されています。その先駆的な実験では、バイオリニストの千住真理子氏が、メンデルゾーンのバイオリン協奏曲第1楽章の冒頭部分を、さまざまなニュアンス(たとえば、美しい・あっさりした、など)で演奏し分けて、それを聴き手が判断できるかが検討されました。その結果、演奏者の意図したニュアンスは、聴き手によく伝わっていました※13

音の強弱などの音響的な演奏表現も、聴き手に伝わります。演奏家が意図した音の強弱(クレッシェンドや、f /p など)が、聴き手に伝わるかを調べた研究が、その例です※14。具体的には、演奏家がクレッシェンドしているつもりなら、聴き手にもクレッシェンドしているように聞こえているのか、などが検討されています。実験ではまず、バイオリンやリコーダーの演奏家が、強度記号などのない楽譜(フェッシュのSONATA in G major)にそって、自身の解釈で演奏した後、楽譜に自分が解釈した強度記号などを記入しました。次に、録音されたその演奏を聴いた人が、楽譜の特定の箇所の強度記号を判断しました(ここはf のように聴こえた、など)。その結果、演奏家がクレッシェンドと思って演奏したところは、聴き手にもそう判断されるなど、強弱の意図は、ちゃんと伝わっていました。

しかし、この実験では、演奏者の意図・聴き手の判断と、音の物理的な大きさとの一致は、それほどよくありませんでした。たとえば、ある演奏家が、同じ強度記号(p など)で演奏したにもかかわらず、曲中のある箇所のp は、別の箇所のp の10~100倍近く大きいエネルギーで演奏されていることもありました。つまり、演奏されたp やf の音の強さは、一定ではなかったのです。その結果、強度記号としては、p なのに、f より音が大きく演奏されたり、音が大きくなっていないクレッシェンドなどもありました。ところが、それにもかかわらず、f はf として、クレッシェンドはクレッシェンドとして演奏され、聴き手もその通りに判断していました。この理由は、演奏者も聴き手も、ある箇所の音の大きさを、その直前の音の大きさを基準に判断したり、旋律の音の高さが変化したりすることの影響を受けるからだと考えられます。

このことから、わたしたちは、音楽を楽譜通り物理的に正しく演奏・聴取しているわけではなく、感覚的(あるいは心理的)にどうであるか、という面から演奏・聴取していることがうかがえます。このように、演奏における演奏者と聴き手のコミュニケーションは、繊細で複雑なプロセスから成り立っているのです。

コンサートでの観客の存在

聴き手は、単なる音楽の受け手ではありません。特に、ライブコンサートでは、演奏へのフィードバックがその場でできるので、観客(聴き手)の存在感は、がぜん大きくなります。観客は、演奏家と積極的にコミュニケーションをとろうとしていることも、研究されています。たとえば、「演奏家とのコミュニケーションのよさ」が、観客のコンサートに対する満足度にかなり影響することが、わかっています※15

観客のコンサートの評価には、音の良さ、演奏家の能力や創造性、演奏家の見え方なども影響します※15・16。このような、聴こえ方や見え方は、観客が演奏家の情報をうまくキャッチできるかに直結するので、コンサートの満足度も左右します。コンサートホールでの座席選択を調べたわれわれの研究でも、好みの座席を選ぶ理由として、演奏者による感情の伝わり方が違うから、という回答がありました※17。このことも、「人気のある席」のチケットが、あっという間に完売してしまう一因なのでしょう。つまり、コンサートは、観客と演奏家、さらには、観客どうし、演奏家どうしの関係もふくめた、双方向的なコミュニケーションが絡み合う、ダイナミックな場なのです※18

最近では、観客と演奏者の双方向的なコミュニケーションを、データでとらえる試みも、始まっています。ボストン交響楽団のコンサートを調べた研究が、そのひとつです※19。実験では、指揮者に、センサーのついたジャケットを着てもらい、コンサート中の心拍データがとられました。それと同時に、コンサート中の観客の気分も測定されました。観客は、コンサート中に、スライダーのついた装置を操作し、自分の感じている感情の強さを、時々刻々記録していきました。その後、指揮者の心拍データと、観客の気分の評価が比べられました。その結果、指揮者の心拍数の変化と、観客の感じる感情の強さは、同調していました。これだけでは、因果関係がはっきりしない部分もありますが、指揮者と観客の感情的なコミュニケーションが起こっている可能性があると、研究は示唆しています。今後は、ウエアラブルデバイスのような、コンパクトで目立たない機器により、もっと自然なかたちで、演奏家と観客の心身のデータを計測できるようになるでしょう。このような成果を生かせば、よりよいコンサートの実現につなげられるかもしれません。

今回は、演奏家と観客との、主に音を介したコミュニケーションについて、見てきました。次回(最終回)は、演奏する姿や見た目などの視覚的な要素が、音楽鑑賞にどのように影響するかについて、お話します。

  • ※1 Juslin, P. N. (2005). From mimesis to catharsis: expression, perception, and induction of emotion in music. In D. Miell, R. MacDonald, & D. J. Hargreaves (Eds.) , Musical communication (pp. 85-115). New York: Oxford University Press. 星野悦子(監訳)(2012) 音楽的コミュニケーション 誠信書房
  • ※2 Eerola, T., & Vuoskoski, J. K. (2013). A review of music and emotion studies: approaches, emotion models, and stimuli. Music Perception: An Interdisciplinary Journal, 30, 307-340.
  • ※3 Huron, D. (2011). Why is sad music pleasurable? A possible role for prolactin. Musicae Scientiae, 15, 146-158.
  • ※4 Kawakami, A., Furukawa, K., Katahira, K., & Okanoya, K. (2013). Sad music induces pleasant emotion. Frontiers in Psychology, 4, 311.
  • ※5 Gabrielsson, A., & Juslin, P. N. (1996). Emotional expression in music performance: Between the performer’s intention and the listener’s experience. Psychology of music, 24, 68-91.
  • ※6 Yamasaki, T. (2004). Emotional communication through music performance played by young children. Proceedings of 8th International Conference on Music Perception and Cognition, 204-206.
  • ※7 Juslin, P. N., & Timmers, R. (2010). Expression and communication of emotion in music performance. In P. N. Juslin & J. A. Sloboda (Eds.), Handbook of music and emotion. Theory, research, and applications (pp. 453-489). New York, NY: Oxford University Press. (同様の内容は、「音楽と感情の心理学」(大串健吾ほか(監訳) (2008) 誠信書房)にも記載されています)
  • ※8 Gabrielsson, A., & Lindström, E., (2010). The role of structure in the musical expression of emotions. In P. N. Juslin & J. A. Sloboda (Eds.), Music and emotion: Theory, research, and applications (pp. 367-400). Oxford: Oxford University Press. (同様の内容は、「音楽と感情の心理学」(大串健吾ほか(監訳) (2008) 誠信書房)にも記載されています)
  • ※9 Vuoskoski, J. K., Thompson, W. F., McIlwain, D., & Eerola, T. (2012). Who enjoys listening to sad music and why?. Music Perception, 29, 311-317.
  • ※10 Sloboda, J. (1991). Music structure and emotional response: some empirical findings. Psychology of Music, 19, 110-120.
  • ※11 森数馬・岩永誠 (2014). 音楽による強烈な情動として生じる鳥肌感の研究動向と展望. 心理学研究, 85, 495-509.
  • ※12 Salimpoor, V. N., Benovoy, M., Larcher, K., Dagher, A., & Zatorre, R. J. (2011). Anatomically distinct dopamine release during anticipation and experience of peak emotion to music. Nature neuroscience, 14, 257-262.
  • ※13 Senju, M., & Ohgushi, K. (1987). How are the player’s ideas conveyed to the audience?. Music Perception, 4, 311-324.
  • ※14 Nakamura, T. (1987). The communication of dynamics between musicians and listeners through musical performance. Perception & psychophysics, 41, 525-533.
  • ※15 Burland, K., & Pitts, S. (Eds.). (2014). Coughing and Clapping: Investigating Audience Experience. England: Ashgate Publishing..
  • ※16 Minor, M. S., Wagner, T., Brewerton, F. J., & Hausman, A. (2004). Rock on! An elementary model of customer satisfaction with musical performances. Journal of services marketing, 18, 7-18.
  • ※17 Kawase, S. (2013). Factors influencing audience seat selection in a concert hall: A comparison between music majors and nonmusic majors. Journal of Environmental Psychology, 36, 305-315.
  • ※18 Kawase, S. (2014). Importance of communication cues in music performance according to performers and audience. International Journal of Psychological Studies, 6, 49-64.
  • ※19 Nakra, T. M., & BuSha, B. F. (2014). Synchronous sympathy at the symphony: Conductor and audience accord. Music Perception: An Interdisciplinary Journal, 32, 109-124.
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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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河瀬 諭(かわせ さとし)
相愛大学 客員研究員
専門:音楽心理学、感性情報心理学
著書・論文

  • Kawase, S. (2014). Assignment of leadership role changes performers' gaze during piano duo performances. Ecological Psychology, 26(3), 198-215.

  • Kawase, S. (2014). Gazing behavior and coordination during piano duo performance. Attention, Perception, & Psychophysics, 76(2), 527-540.

  • Kawase, S. (2013). Factors influencing audience seat selection in a concert hall: A comparison between music majors and nonmusic majors. Journal of Environmental Psychology, 36, 305-315.


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