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音の“もと”を考えるサイエンス-人の発達からみた音楽の意味-
丸山 慎(まるやま しん)
駒沢女子大学 人文学部 心理学科 准教授

※記事掲載時点の情報です

音は広がる-聴くこと、見ること、行為すること-

前回は、「音を聴くこと」が「その音の発生事象を知ること」であるという視点に立ち、音には想像以上に豊かな情報が含まれていること、だからこそ私たちは音との多様なかかわり方ができるのではないかという仮説を述べてきました。そのことを示唆する例として挙げたのが、「音の出るモノ(楽器)で遊ぶ赤ちゃんの行動の変化」でした。赤ちゃん自身が少しずつ、雑多な音とは異なる“音楽のもと(素)になりそうな音”を発する事象になっていく様子を観察することを通して、音楽的な発達の基盤が「身体とモノとの具体的なかかわり」の中で芽生え始めるということをお伝えしたかったのです。

連載の(一応の)最終回となる今回は、これまで述べてきた「音の豊かな情報」の実際、そして「音をめぐる体験はなぜ“聴くこと”にとどまらない広がりを持つのか」といったことの根拠を、さらに明確に示す成果を紹介していきたいと思います。

音の空間性、多感覚性 ~「聴くこと」は「見ること」でもある?!~

歌をうたうとき、私たちは「キーが“高い”」とか、「“低”音ボイス」といった表現をします。実はここに、音の捉え方の1つの特徴である「空間性」が見て取れるのです。音の高さを表す「高い・低い」という言葉、そうです、これらはたとえば「ボールが“高く”上がった(“低い”方へ転がっていった)」という表現と重なりますね。ボールの高・低は、ある基準から空間のどの程度の高さにボールがあるのかを視覚的に判断したものですが、私たちは音の高さの高・低も同じように把握していると思いませんか?

実際、視覚的な刺激が提示される空間的な高・低が、音の高さの高・低と一致していた場合、それらが不一致の場合よりも(たとえば視覚的には高いが組み合わされた音刺激のピッチが低い)、早く正確に反応できることが実証されています※1。興味深いことに、こうした空間的な高さと音の高さとの対応は、高・低という「垂直方向」だけに見られるものではなく、「水平方向」にも見られるといいます。それは、「高い音」は「右側の空間」と、「低い音」は「左側の空間」と、それぞれ結びつきが強いというものです。たとえば音の高さを比較・識別する実験場面を想像してください。あなたは今、判断の基準となる音を聴かされた直後にいくつかの音の高さが異なる音を聴かされ、それらが基準音と比較して高いか低いかを回答するように求められていたとします。このとき、「高い」と思ったら「右」側のボタンを押すように指示された場合の方が、「左」側のボタンを押す場合よりも、早く正確に反応ができるというわけです※2。このような現象は、特に「SMARC効果:spatial musical association of response codes」といわれています※3。左側が高くて、右側が低い-これは、楽器でいえば「ピアノ」の鍵盤の配列をほうふつとさせるものですね。ですから、これを“心の中のピアノ”と呼ぶ人もいるのです。

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図1 音の高さと空間的な位置との対応

音を“見る”こと、それは本質的な体験かもしれない -言語や知識を越えて-

しかし、こうした聴覚と視覚の対応は、本当に高い音を「高い」と空間的に感じているのではなく、たまたま言葉が同じで、単にその意味に引きずられたものでしかないのでは? という可能性もあります。

ところが、音の高さを空間的な言葉では表現しない地域でも同じような対応関係が見られたという報告があります。コロンビア南東部にあるL’akという村は、地理的・文化的・言語学的にみて周辺地域からは孤立した地域といわれ、高い音を「張りつめた・緊張した(英語の“taut”に相当)」、低い音を「ゆるい(英語の“loose”に相当)」という言葉で表現します。そこで生活する人々を対象に、画面の中で上下に移動するボールを見ながら、ヘッドフォン越しに提示される音の高さが上昇したか(下降したか)をできるだけ早く回答してもらうという課題を行ったところ、やはり視覚と聴覚の刺激の方向が一致した場合(ボールが画面の上部に移動し、音の高さも上昇した場合)の方が、誤答率は低くなったというのです※4。空間的な高さと音の高さは、言語の差異を越えた私たちの体験として対応づけられているというわけです。

さらに、このような音をめぐる視覚的な領域との対応関係は、すでに乳児期の子どもたちにも認められるという結果が報告されています。先の実験と類似した課題(音の高さが変化する音声に合わせて上下に移動するボールの動画を提示する)を用いた実験を3~4か月齢の乳児を対象に実施したところ、ボールが上から下に移動し、あわせて音声も高いピッチから低いピッチへと移行する場合(視覚と聴覚の変化の方向が一致した場合)と、ボールは上から下に移動しているのにピッチは低から高へと移行する場合(視覚と聴覚の変化が不一致の場合)とでは、乳児は前者の方(ボールの動きと音声の上下行が一致した刺激)をより選好していたというのです※5

私自身も10か月齢の乳児を対象にした「音階の知覚と視覚的探索」の対応について、アイトラッカーと呼ばれる眼球運動を計測する装置を用いて検証を続けており(まだ解析は途上にあるのですが)、上行音階を提示した際に、乳児の視線がモニターの上部に移動しやすいという傾向が見られています※6

これらの成果によって、音は単に聴覚にとどまらず、複数の感覚をまたがるようにして(つまり“多”感覚的に)体験され、たとえば視覚にかかわる運動(視線の向き)に影響を与えているということ、そして、そうした音の多感覚的な特徴は、言葉や経験の違いを越えて受容されている可能性があるということがわかってきたのです。

音を多感覚的に“学ぶ” -音を通して育まれること-

赤ちゃんも音を空間的に把握しているというならば、それは生まれつきの能力なのかというと、話はそれほど手っ取り早いものではありません。実際には、経験を通して学習される部分もあると考えるべき報告もあります。たとえばある実験では、音楽の専門的な教育訓練を受けていない学生を対象にして、音程の異なる音のペアを2組ずつ順に聴かせ、最初に提示したペアの音程の間隔と後に提示したペアの音程の間隔のどちらがより大きかったか(あるいは小さかったか)を判定させるという課題を行いました※7。その際、モニターにそれぞれのペアの音程の差異を「点と点の距離」として表現した「視覚的な手がかり」を提示する・しない条件下で参加者たちをトレーニングし、その前・後での正答数の変化を比較したところ、視覚的な手がかりが提示された条件のグループではトレーニング後の正答数が増加し、一方の視覚的な手がかりの無い条件によるグループにはそのようなパフォーマンスの改善は見られなかったというのです。つまり、「2点間の距離を見る」という視覚的なトレーニングの経験が、「2つの音高の間隔」についての感覚を発達させ、その判断能力を変化させたというわけです。

音程の差異を判断する能力が、視覚的な学習によって変化するというのですから、視覚と聴覚の相互的な関係は非常に深いものであるということが改めて納得できると思われます。このような知見を適切に応用することによって、たとえば音楽教育における聴音のトレーニングも、単に聴くだけではなく、視覚的な領域からもアプローチしていくことができるのではないでしょうか。

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図2 音程の間隔を比較する実験における刺激提示の概略図
(Loudwin & Bannert, 2016をもとに作成)

まとめ:身体で音に触れることが導く多様な学びの可能性

今回は「音」に含まれる豊かな情報について、特に多感覚(特に視覚)的な特徴に着目をして考察をしてきました。1つの感覚に限定されない広がりを持つものだからこそ、音は私たちに多様なかかわり方の可能性を示してくれているといえるのではないでしょうか。

さて、この連載を通して述べてきた「重力と身体」、「モノと身体とのかかわり」といったことに音や音楽的な体験の萌芽(ほうが)をみるという視点は、「始めに“音”ありき」から音楽の研究を始めるのではなく、それ以前の、そもそも音が生まれる契機から考えてみようという意図によるものでした。そして、音の生まれる背景に身体の運動の存在を指摘し、身体と音の出るモノとのかかわりの中に、より複雑な音楽的行動の発達の芽があると考えてきたのです。

確かに「重力」はややとっぴだったかもしれません。しかし、それがあるからこそ、私たちの身体は通常「頭部が上」になる、つまり空間に「上・下」の境界が生まれるわけです。その意味では音の高さの上・下の感覚も重力との関係から考えてみてもよいのではないか、という気がしているのです。要するに3回にわたる連載の中で取り上げた内容は(かなり散らかってしまったという気はしますが)それぞれが相互につながっているというのが私の思いなのです。

現在、楽器の演奏を学ぶことが、音楽にダイレクトに関連していると思われる聴覚的な識別能力や運動技能をはじめ、言語的・非言語的な思考力といった、音楽的能力とは必ずしも関連性が高いとはいえない部分における発達を促進させるという報告もなされています※8。いうまでもないことですが、それらを根拠にして盲信的に音楽の効果を主張することは避けるべきですし、音や音楽を受容する意味については今後も慎重に検討を重ねていく必要があります。

とはいえ、楽器を演奏する、すなわち「自身の身体的な行為を通して音を生み出す」ということが、言語や思考といった高次の認知的な能力の発達とかかわりがある(その可能性がある)ということは、身体を起点として音楽的行動の発達を捉えようとしている私の関心と、どこかで接点があるようにも思われます。

本連載では、まだまだうまく説明しきれていない部分も多く、お読みいただいた方には「?」ということが少なからずあったのではないかと思います。私自身、もっとわかりやすくアイデアをお披露目できるように今後も研究を進め、人と音をめぐる科学的成果と教育実践の現場とをより強固な絆で結びつけられるようにしていきたいと思います。

  • ※1 Evans, K., & Treisman, A. (2010). Natural cross-modal mappings between visual and auditory features. Journal of Vision. 10 (1): 6, 1-12.
  • ※2 山岡沙織・力丸 裕(2012).トーンピッチの心的空間表現:行動実験及びfMRI実験 電子情報通信学会技術研究報告,111(471), 55-59
  • ※3 Rusconi, E., Kwan, B., Giordano, B. L., Umilta, C., & Butterworth, B. (2006). Spatial representation of pitch height: The SMARC effect. Cognition, 99, 113-129
  • ※4 Parkinson, C., Kohler, P, J., Sievers, B., & Wheatley, T. (2012). Associations between auditory pitch and visual elevation do not depend on language: evidence from a remote population. Perception, 41, 854-861.
  • ※5 Walker, P., Bremner, J. G., Mason, U., Spring, J., Mattock, K., Slater, A., & Johnson, S. P. (2010). Preverbal infants’ sensitivity to synaesthetic cross-modality correspondences. Psychological Science, 21 (1), 21-25.
  • ※6 Maruyama, S., Watanabe, H., & Taga, G. (2010). Spatial awareness induced by pitch direction: A study on the developmental origin of audio-visual congruence in target detection task. The 15th European Conference on Developmental Psychology. Bergen, Norway, August 2011.
  • ※7 Loudwinm J., & Bannert, M. (2016). Facing pitch: Constructing associations between space and pitch leads to better estimation of musical intervals. Musicae Scientiae, 1-15. DOI: 10.1177/1029864916634419
  • ※8 Forgeard, M., Winner, E., Norton, A., Schalaug, G. (2008). Practicing a musical instrument in childhood is associated with enhanced verbal ability and nonverbal reasoning. PloS ONE, 3(19), e3566
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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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丸山 慎(まるやま しん)
駒沢女子大学 人文学部 心理学科 准教授
専門:発達心理学、認知心理学、生態心理学、音楽心理学
著書・論文

  • 丸山 慎(2006).交響を知る身体-指揮者はいかに音楽を現実にしているのか-.佐々木正人(編著)『アート/表現する身体:アフォーダンスの現場』東京大学出版会,pp.87-119(分担執筆:4章担当)

  • 丸山 慎(2013).発達-身体と環境の動的交差として-.佐々木正人(編著)『知の生態学的転回1 身体:環境とのエンカウンター』東京大学出版会,pp.37-67(分担執筆:1章担当)

  • Maruyama,S., Dineva,E., Spencer, J. P., & Schoner, G. (2014). Change occurs when body meets environment: A review on the embodied nature of development. Japanese Psychological Research, 2014, 56, 385-401. DOI: 10.1111/jpr.12065


 
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