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研究・レポート
山根 直人(やまね なおと)
独立行政法人 理化学研究所脳科学総合研究センター言語発達研究チーム研究員
※記事掲載時点の情報です

乳幼児音楽研究に携わって

初対面の方と話す際に、最もよく交わされる会話のひとつに「どんなお仕事してるんですか?」というものがあります。これが私にとっては実に難解な質問なのです。簡単にいうと「赤ちゃんや子どもの研究をしています」となるのですが、決まって「赤ちゃんの研究?」というおうむ返しが返ってきます。そこで丁寧に答えようと思い「赤ちゃんが音楽や言葉をどのように聞いたり、発するようになるのかを実験的に研究しています」と答える訳です。すると今度は「赤ちゃんで実験?」「赤ちゃんの音楽?」というように、せっかく聞いてくださった方の疑問をさらに増やし、なかなか「大変ですね。」、「いやいやそちらこそ」といったお決まりの会話につながらないといった結果を招いてしまいます(話のとっかかりとしては、私の場合これほど有効な質問はないということにもなるのでしょうか…)。この「乳幼児音楽研究」が私の現在の仕事のひとつなのですが、一般的には耳慣れない分野でもあるようですので、私自身の体験も踏まえ少々ご紹介させていただきます。

乳幼児音楽研究との出会い、実際

私は現在、研究機関で乳幼児の研究を行っているわけですが、もともとは教師を目指し大学では教育学を専攻していました。しかも音楽の先生になりたいと思っていたわけでも、幼稚園や保育園の先生になりたいと思っていたわけでもありません。ましてや、研究者になるなんてことは夢にも思っていませんでした。

大学生の当時、私は小学校の教員をめざし勉強をしていました。そのためにはすべての教科の指導法を学ぶわけです。国語、算数、生活科、体育、もちろん音楽も含まれています。そのときの受講した音楽の指導法では、おそらく皆さんもイメージするのではないかと思いますが、コード付けや楽典を学び、ピアノを用いた弾き歌いの練習をする…といったことが主な内容でした。つまり音楽的な知識や技能を教員の卵自身が身に付けることに重点が置かれていた気がします。私自身、少々の楽器演奏の経験がありましたので、ピアノや楽典に対する拒否反応こそなかったものの、ここでふと疑問に思ってしまったわけです。「なぜ、ほかの教科では必ず“発達”を学ぶのに音楽だけは自身のスキルアップなのだろう?」。「音楽は幼稚園・保育園から習うのに、なぜ音楽的な発達については教わらないのだろう?」。そう思ってしまった(?)ことが、そろそろと乳幼児の音楽発達研究の道へ足を踏み入れる一因となりました。

こうして乳幼児の音楽発達研究を始めることになった訳ですが、そうそう一筋縄でいくわけもありません。まず、「音楽」というもの自体が非常に多岐にわたるもので、その定義自体もさまざまです。それによって、研究分野も教育学、心理学、神経科学、脳科学、生物学…などと非常に多岐にわたっています。加えて乳幼児の音楽発達「研究」であるためには、そこには科学性が求められます。つまり音楽発達研究では、乳幼児のある音楽的な行動や知識の獲得プロセスを説明するために、先人たちが示してきたさまざまな仮説に基づき、再現性を持つ実験や観測を行い、その結果に矛盾しない説明を選びだす必要があるのです。もちろんこれらのすべての過程が研究には必要かつ重要なのは言うまでもありませんが、こと乳幼児の発達研究についていいますと、実際に実験や観測を行うという点が、最も大変ということになるでしょうか。

まず、実験や観察を行うためには、その調査に協力してくれる方が不可欠です。特に乳児の場合、日に日に成長を遂げますので、赤ちゃんがある一定の月齢のときに、実験や観察を行う必要があります。そのためには、協力してくださる方に「実験」や「調査」の実際をわかっていただく必要があります。どうしても「実験」と聞くと、身構えてしまう方も多いのではないでしょうか。ここでいう「実験」とは何も、頭に電極を刺したり、薬をのんだりというものではありません。基本的には、お母さんに抱っこしてもらって、音楽やテレビを聞いたり見たりしているときの様子を観察させていただくものです。その様子から赤ちゃんの目線や表情を分析したり、ときにはその際の心拍数や吸綴(きゅうてつ)反応、脳血流量の変化などが、発達に応じてどのように変化していくのかを検討するといったことになります。

さらに、これが一番大変なのですが、乳幼児がご機嫌よく参加してくれる実験方法や状況を用意しなくてはなりません。このように、乳幼児を対象として研究を行う際には、成人の場合とはまた違った留意点や難しさがあります。それでも、これらの研究を通して乳幼児から教わることは、これらの苦労以上に興味深いものです。私も日々の乳幼児との出会いこそが、この研究にどっぷり浸かってしまうことになった理由ではないかと思っています。

赤ちゃんや子どもの歌

さて、このように乳幼児の音楽発達研究分野では、世界中でさまざまな研究者が日々新たな知見を積み重ねています。私自身もまだまだ勉強不足ですべてを理解できている訳ではありませんが、近年明らかになってきたことを乳幼児の歌に焦点を当てて簡単にご紹介します。

まだことばを話し出す前の赤ちゃんに、私たち大人が積極的に歌いかけるという行動はさまざまな文化や地域で見られます※1。そこには、正しいリズムや音程があるものだけではなく、遊びやふれあいの一部だったり、話しかけの延長だったりするものもあるわけです。近年こういった歌いかけには、赤ちゃんの注意を喚起したり、反対に気持ちを落ち着かせたりする役割があることが明らかとなってきました※2。これらはCDやテレビにはない、かかわりの中で出現する歌いかけこそが持つ大きな特徴であるということができるでしょう。

ここで重要なのは「自然と現れる」という点です。赤ちゃんへの歌いかけが先述の役割があるからといって、いつでも歌い続けるのがいいというわけではありません。また、どんなふうに歌うのが良いのか分からないと悩む必要もありません。心配しなくても私たちは赤ちゃんに歌いかける際、意識しなくとも状況に合わせた歌いかたをしているのです。たとえば一緒に遊ぶときには、注意を惹きやすいよう高い声でリズミカルに歌いますし、寝かしつけるときにはトーンを落としてゆっくりとしたリズムで歌っています※3。面白いことに赤ちゃんもまた、遊び歌のときには高い声の歌を、子守歌のときには低い声の歌を好んで聴くことが明らかとなっています※4。これらの報告が示す通り、赤ちゃんもただ受動的に音楽を聴いているのみではなく、自ら意志を持って聴きたい音楽を選択していることが分かります。つまり、私たちと赤ちゃんや子どもとのかかわりの場には、強制されずに自然と音楽が生み出されているわけです。

さらに、生まれてしばらくした赤ちゃんは、自分の声でいろいろな表現をするようになります。こちらも正確な音程やリズムもなく、その声を聴くだけでなぜか「かわいい」、「上手」と思わされる何かが備わっています。その後そういった音声は徐々に、言葉とは異なり、誰かに明確な意味を伝えるためではなく、そのときの自分の気持ちをメロディーやリズムがある音声で表現するようなものに、さらには自分の好きなテレビ番組のテーマ歌や幼稚園・保育園で教えてもらった歌を歌うといったことにシフトしていきます※5。このように赤ちゃんや子どももまた、自然と音楽的な表現をするようになっていきます。先述の通り、音楽はそれ自体が非常に多様で、捉え方も人それぞれです。しかし、赤ちゃんや子どもの周りには確かに多様な音楽が存在し、想像力豊かに歌う基盤も備わっていることが明らかとなってきました。つまり、こういった自然なふれあいの中にも音楽は存在し、そのような環境の中で乳幼児が獲得していく音楽性も近年、注目されるようになってきました※6

今後の展望~乳幼児から教えてもらうこと~

これまでお伝えしてきた通り音楽に限らず、赤ちゃんや子どもの発達に関する研究は日進月歩で進んでおり、その成果についても目や耳にする機会があることでしょう。その一方で、まだまだ謎も多くわかっていこともそれと同じくらい、またはそれ以上に多いのもまた事実です。溢(あふ)れる情報のおかげで、どういう音楽が子どもにいいのか、早いうちに高度な音楽的技能を身につけるにはどうしたらいいのか、という悩みをお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。特に音楽に関しては、赤ちゃんや子どもの音楽技能の学習や音楽能力の発達について興味が高まっているのは間違いないでしょう。その一方で前述の通り、実際の母子相互作用場面や、赤ちゃんや子ども自身の奏でる音楽の質にも近年注目が集まっています。私自身もこういった自然に生み出され、獲得される音楽性に興味を持ち研究を進めているところです。

「私、歌が下手だから人前で歌うのが恥ずかしいんです。」、「リズム感がないから踊るの苦手なんです。」…みなさんもこのようなせりふを耳にしたり、実際に口にしたことはありませんか?実際に、私自身もそう思い頻繁に口にしているせりふです。昨今、街にはさまざまな音楽が流れ、ヘッドホンで音楽を聴きながら歩いている人も溢(あふ)れています。にもかかわらず、こと自身が音楽を奏でる・披露するとなるとどうも敷居が高い気がするといった経験を持つ方も多いのではないでしょうか。ところが、ご自身が子育てをしたり、子どもと遊んでいる場面を想像してみてください。リズム感がないからといって赤ちゃんのおなかをさするのが苦手という方、歌が苦手だから赤ちゃんや子どもに話しかけないという方はいらっしゃらないのではないでしょうか。

このように、わたしたちは赤ちゃんや子どもたちとかかわる際に、得手不得手や技能に関係なく自然と何かしらの音楽的な表現を披露しています。つまり、赤ちゃんや子どもとのコミュニケーションの場では、変に気負うことなく音楽を奏でているのです。もし乳幼児期の音楽教育でお悩みの方がいらっしゃったら、いったん、彼らの自由な表現をありのまま受け止め、彼らと一緒に音楽と親しんでみてはいかがでしょうか。きっと、赤ちゃんや子どもがいかに多様な表現、感性をしているかに驚かされることでしょう。私自身、実際に調査に参加してくださる赤ちゃんやお子さんを目の当たりにして、その驚くべき能力や彼らの自由な表現に刺激を受け、日々さまざまなことを教えてもらっているところです。こういった子育てや遊びの場で生み出される音楽に目を向け、赤ちゃんや子どもたちから、音楽とはヒトにとってどのようなものなのか明らかにしていきたいと考えています。

  • ※1 Trehub, S. E., & Trainor, L. J. (1999). Singing to infants: Lullabies and play songs. In Rovee-Collier, C., Lipsitt, L. P., & Hayne. H. (Eds.), Advances in Infant Research: Volume 12 (pp.43-77)
  • ※2 Shenfield, T., Trehub, S. E., & Nakata, T. (2003). Maternal singing modulates infant arousal. Psychology of Music, 31(4), 365-375.
  • ※3 Bergeson, T. R., & Trehub, S. E. (1999). Mothers’ singing to infants and preschool children. Infant Behavior & Development, 22, 51-64.
  • ※4 Tsang, C. D., & Conrad, N. J. (2010). Does the message matter? The effect of song type on infants’ pitch preferences for lullabies and play songs. Infant Behavior & Development, 33, 96-100.
  • ※5 Moog, H. (2002). 就学前の子どもの音楽体験 (石井信生, 訳). 岡山: 大学教育出版. (Moog, H. ( 1968 ). Das Musikerleben des vorschupflichtigen Kindes.).
  • ※6 Hannon, E. E., & Trainor, L. J. (2007). Music acquisition: Effects of enculturation and formal training on development. Trends in Cognitive Sciences, 11, 467-473.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
山根 直人(やまね なおと)
独立行政法人 理化学研究所脳科学総合研究センター
言語発達研究チーム研究員
専門:発達心理学、音楽心理学
著書・論文
  • 山根直人.(2009). 幼児の歌唱における音高の正確さについての研究 —音高、音程を基準にした評価を中心に—, 音楽教育学の未来 日本音楽教育学会 設立40周年記念論文集, 音楽之友社, pp132-141.
  • 山根直人.(2009). 幼児期における楽音の音高識別力について:評定方法の再検討, 発達心理学研究, 第20巻, pp198-207.
  • 山根直人, 志村洋子.(2009). 乳幼児期における楽音のピッチマッチと音高識別, 音楽教育学, 第39巻, pp26-32.
  
著書・論文
  • 山根直人.(2009). 幼児の歌唱における音高の正確さについての研究 —音高、音程を基準にした評価を中心に—, 音楽教育学の未来 日本音楽教育学会 設立40周年記念論文集, 音楽之友社, pp132-141.
  • 山根直人.(2009). 幼児期における楽音の音高識別力について:評定方法の再検討, 発達心理学研究, 第20巻, pp198-207.
  • 山根直人, 志村洋子.(2009). 乳幼児期における楽音のピッチマッチと音高識別, 音楽教育学, 第39巻, pp26-32.
  
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