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研究・レポート
連載
緊張・あがりと音楽演奏 ―ステージで練習の成果を発揮するために―
吉江 路子(よしえ みちこ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報研究部門 研究員
※記事掲載時点の情報です

公演準備における緊張・あがり対策

前回は、公演時の緊張・あがりを和らげるために、日常生活で実践できる対処法をお伝えしました。連載最終回である今回は、公演準備の際に行える対策をご紹介していきたいと思います。本番では、緊張・あがりに伴うさまざまな身体反応が生じることを常に意識しながら、公演の準備を進めていきましょう。

緊張・あがりを想定した準備を

まず、公演の予定が決まったら、早めに準備に着手することが大切です。本番当日を迎えた際に「準備が不十分だ」と感じることが、緊張・あがりを最も悪化させると言っても過言ではありません。中には、「公演が頻繁にあり、直近の本番のことしか考えられない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、選曲だけでも早めにしておく※1と良いでしょう。たとえ実際に音を出して練習ができなくても、演奏する曲が決まっていれば、移動中や入浴中などの細切れ時間に、楽譜を片手に譜読みや楽曲分析をしたり、鼻歌を歌いながら表現について考えたりできます。あらかじめこうした準備をしておくと、実際に楽器や声を使った練習を始めた際に、効率良く練習できます。早めに選曲し、時間を有効活用して公演の準備を進めましょう。また、緊張・あがりを予防したいのであれば、技巧的に無理のない曲を選ぶ※1ことも重要です。

お子さんの場合、上達を早めるために、少し背伸びをした曲を先生が選ぶことが多いと思いますが、あまり難しすぎる曲を選んでしまい、ステージでの失敗経験を繰り返すと、緊張しやすくなったり、曲の仕上がりが雑になる癖がついたりしてしまいます。本人が克服できる程度の難易度の曲を選んだり、ときには、あえて易しめの曲を弾く機会を作ったりして、人前で演奏する喜びや自信を養うことが、緊張・あがりの緩和につながります。

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楽しい本番で自信を付けよう

さて、実際に音を出して練習する際は、本番での演奏を意識しておくことが大切です。早い段階から、できるだけ本番に近い状態で弾く練習をしましょう。たとえば、本番では暗譜で弾く予定であるにも関わらず、長期間にわたって譜面を見ながら練習していると、脳が「譜面を見て弾く癖」を学習してしまいます。本番で緊張すると、こうした古い癖が出てきて戸惑うことがありますので、早めに暗譜しておいた方が賢明です※2。また、技巧的に難しい箇所を早めに克服しておく※1ことで不安を減らせます。練習を重ねていくと、最初はぎこちなかった演奏の動きが、次第にスムーズになり、自動的に身体が動くような感じに変わっていきます。しかし、いざステージに上がって緊張すると、突然、自分の動きを妙に意識してしまい※3、今までどうやって演奏していたかが分からなくなってしまうことがあります。本番でこのような事態に陥ってしまっても、冷静に演奏を続けるための対策をしておく必要があります。具体的には、本番のテンポで仕上がった曲を、今一度遅いテンポで演奏してみましょう※2。テンポを落とすと、自動化していたひとつひとつの動きを意識せざるを得なくなり、ある意味、緊張したときと似たような状態になります。集中と緊張感を保ちつつ、自分の理想の演奏に伴う運動の軌跡やつながりを、正確かつ滑らかに再現できるまで練習してみましょう。また、連載第2回でお伝えした通り、本番が近づいて緊張してくると、関節を曲げる筋肉(屈筋)と、関節を伸ばす筋肉(伸筋)が同時に収縮しやすくなります※45。テンポを落とした練習の際は、筋肉に余計な力が入っていないか意識し、悪い癖を取り除いていくつもりで演奏しましょう。

本番のイメージ作りが大切

公演が近づいてきたら、本番の演奏のイメージ作りに取り組んでいきます。まず、本番前に緊張してしまっても、良い心身状態に切り替えるための「スイッチ」を自分の中で作っておくことが大切です。イチロー選手がバッターボックスに入った際に、いつも同じ動作をすることは有名ですが、こうした、良い心身状態を作るために行う一連の手順や習慣のことを「ルーティーン」と呼びます※6。演奏前のルーティーンを決め、普段の練習のときから実践しておくと良いでしょう。控室では、腹式呼吸をしたり、ストレッチやセルフマッサージで筋肉の緊張を取り除いたりするなど、リラックスできる動作を含んだルーティーンを採り入れると良いでしょう※2。また、ステージに上がるときの顔の表情、お辞儀の仕方、椅子の高さを調節する姿勢、楽器を準備するしぐさなどを細かく決めておき、何度も練習しておきましょう。本番でいつもと同じ行動をしてから演奏を始めれば、それがきっかけで冷静な自分を取り戻しやすくなります。

メンタルリハーサルを行おう

曲が仕上がり、ルーティーンも決まったら、本番までの毎日、心の中でのリハーサル(メンタルリハーサル)※6を行いましょう。舞台袖から一歩踏み出した瞬間から、舞台袖に戻るまでのすべての行動を頭の中でシミュレーションしてみましょう。曲の演奏の場面では、視覚、聴覚、触覚、運動感覚など、演奏に伴うあらゆる感覚を、できるだけ明確に想像するようにします※7

実際に試していただくと、初めは、曲の最初から最後まですべての音を楽器なしで思い出すだけでも難しいと感じると思います。頭の中で、音楽や、演奏に伴うすべての感覚を自然にイメージできるようになるまで、繰り返し練習していただきたいと思います。このようなメンタルリハーサルを行うと、実際の演奏中に活動する脳の部位と同様の部位が活性化する※8と考えられます。すると、脳にとっては、演奏の本番が初めての経験ではなくなるため、より冷静に演奏できることが期待されるのです。

また、もし可能であれば、実際の会場で、本番と同様の進行でドレスリハーサルを行う※1と良いでしょう。このとき、当日と同じ靴や衣装を身につけ、ルーティーンを実践しつつ、演奏したときの身体感覚をつかむことが大切です。同時に、会場の音響や客席数、雰囲気を確認して、演奏の仕方に微調整を加えることもできると思います。ただ、コンクールなどの場合は、このような理想的なドレスリハーサルを行うことは難しいと思います。その場合は、ほかの人がその会場で演奏しているところを見学に行ったり、(会場の楽器を借りて演奏する場合は)同じメーカーの楽器を置いてあるスタジオで練習したり、家族や友人の前で本番の衣装を着て演奏するなど、少しでも明確に本番での演奏をイメージできるよう、工夫してみましょう。

前日以降はコンディションを整えることに集中

いよいよ公演の前日になったら、ハードな練習は終わりにして、当日に向けて心身のコンディションを整えることに集中します。当日に疲労が残っていると、暗い気持ちになりがちですので、睡眠を十分にとるようにしましょう。実際に演奏する練習をし過ぎてしまうと、当日、演奏に使う身体の部分に筋肉痛や筋肉疲労が残ってしまう恐れもあります※1。前日は、演奏する練習よりも、メンタルリハーサルや身体のメンテナンスを中心に行うと良いでしょう。

前日以降はよく休もう

当日の練習やリハーサルの際も、あまり全力で弾かないで、本番のために、体力や精神力を温存しておきましょう。控室で待っている間に暗い考えが頭に浮かんだら、すぐに前向きな考えに置き換えるように心がけます※9。胸がドキドキしてきたら、「良い演奏をするための準備ができた!」と喜びましょう※10。これまで練習してきたルーティーンをしっかりと行えば、演奏に適した心身の状態を思い出せると思います※6。演奏が始まったら、余計なことを考えず、音楽に没頭しましょう。ミスをしてしまった箇所を思い出したり、これから来る難所を心配したりせず、「今」に集中するよう心がけましょう。

さて、前回・今回の2回にわたり、演奏時の緊張・あがりを予防するために、日常生活や公演準備の各段階で実践できる対処法をお伝えしてきました。ぜひこれらの方法を、ご自身の状態に合わせてアレンジした上で、試してみていただきたいと思います。一度の本番で、緊張・あがりを克服するのは難しいと思います。ぜひ、本番が一度終わるたびに、演奏を振り返って、前回に比べて改善した点、これから改善すべき点を書き出し、次の本番での目標を立て、問題をひとつひとつ解決していっていただきたいと思います。この記事が、皆さんが緊張・あがりを克服する上で、少しでもお役に立てたならば幸いです。

  • ※1 Wolfe, M. L. (1990). Relationships between dimensions of musical performance anxiety and behavioral coping strategies. Medical Problems of Performing Artists, 5, 139-144.
  • ※2 Yoshie, M., Kanazawa, E., Kudo, K., Ohtsuki, T., & Nakazawa, K. (2011). Music performance anxiety and occupational stress among classical musicians. In J. Langan-Fox & C. L. Cooper (Eds.), Handbook of Stress in the Occupations (pp. 409-425). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • ※3 Masters, R. S. W. (1992). Knowledge, knerves and know-how: the role of explicit versus implicit knowledge in the breakdown of a complex motor skill under pressure. British Journal of Psychology, 83, 343-358.
  • ※4 Yoshie, M., Kudo, K., Murakoshi, T., & Ohtsuki, T. (2009). Music performance anxiety in skilled pianists: effects of social-evaluative performance situation on subjective, autonomic, and electromyographic reactions. Experimental Brain Research, 199, 117-126.
  • ※5 Yoshie, M., Kudo, K., & Ohtsuki, T. (2008). Effects of performance evaluation on state anxiety, electromyographic activity, and performance quality in pianists. Medical Problems of Performing Artists, 23, 120-132.
  • ※6 Connolly, C., & Williamon, A. (2004). Mental skills training. In A. Williamon (Ed.), Musical excellence: strategies and techniques to enhance performance (pp. 221-245). Oxford, UK: Oxford University Press.
  • ※7 Wilson, G. D., & Roland, D. (2002). Performance anxiety. In R.Parncutt & G. E. McPherson (Eds.), The science and psychology of music performance: creative strategies for teaching and learning (pp. 47-61). New York, USA: Oxford University Press.
  • ※8 Solodkin, A., Hlustik, P., Chen, E. E., & Small, S. L. (2004). Fine modulation in network activation during motor execution and motor imagery. Cerebral Cortex, 14, 1246-1255.
  • ※9 Kendrick, M. J., Craig, K. D., Lawson, D. M., & Davidson, P. O. (1982). Cognitive and behavioral therapy for musical performance anxiety. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 50, 353-362.
  • ※10 Swain, A., & Jones, G. (1996). Explaining performance variance: the relative contribution of intensity and direction dimensions of competitive state anxiety. Anxiety, Stress, and Coping, 9, 1-18.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
吉江 路子(よしえ みちこ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報研究部門 研究員
専門:演奏心理学、生理心理学、神経科学
著書・論文
  • Michiko Yoshie, Eriko Kanazawa, Kazutoshi Kudo, Tatsuyuki Ohtsuki, & Kimitaka Nakazawa (2011). Music performance anxiety and occupational stress among classical musicians. In J. Langan-Fox & C. L. Cooper (Eds.), Handbook of Stress in the Occupations (pp. 409-425). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • Michiko Yoshie, Kazutoshi Kudo, Takayuki Murakoshi, & Tatsuyuki Ohtsuki (2009). Music performance anxiety in skilled pianists: effects of social-evaluative performance situation on subjective, autonomic, and electromyographic reactions. Experimental Brain Research, 199, 117-126.
  • 尾山智子,吉江路子(訳)(2011).演奏不安-“あがり”という現象.演奏を支える心と科学.R. パーンカット, G. E. マクファーソン(著),安達真由美,小川容子(監訳),pp.74-96,誠信書房
著書・論文
  • Michiko Yoshie, Eriko Kanazawa, Kazutoshi Kudo, Tatsuyuki Ohtsuki, & Kimitaka Nakazawa (2011). Music performance anxiety and occupational stress among classical musicians. In J. Langan-Fox & C. L. Cooper (Eds.), Handbook of Stress in the Occupations (pp. 409-425). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
  • Michiko Yoshie, Kazutoshi Kudo, Takayuki Murakoshi, & Tatsuyuki Ohtsuki (2009). Music performance anxiety in skilled pianists: effects of social-evaluative performance situation on subjective, autonomic, and electromyographic reactions. Experimental Brain Research, 199, 117-126.
  • 尾山智子,吉江路子(訳)(2011).演奏不安-“あがり”という現象.演奏を支える心と科学.R. パーンカット, G. E. マクファーソン(著),安達真由美,小川容子(監訳),pp.74-96,誠信書房
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