研究活動支援対象者の活動レポート

文化的・身体的差異を超えた音楽経験の人類学的研究一橋大学大学院社会学研究科 古川優貴 特別研究員 インタビュー2012年11月27日 取材

ろうの子どもたちによるダンスの事例を手がかりに、音楽経験の本質を理解

今回の研究では、当初、映像解析ソフトELANを使って、子どもたちのダンスの映像を細かく解析し、個々の動きを分類する予定でした。しかし、研究を進めるうちに、こうした映像解析では子どもたちのダンスのライブ感が失われ、動きを細かく分類しようとすればするほど、かえって子どもたちのダンスの特徴が見失われてしまうという結論に至ったそうです。

古川: 学校や家庭、冠婚葬祭など、ろうの子どもたちは、日常のさまざまな場面で聴覚に頼らないダンスを見せてくれました。こうしたダンスにおける子どもたちの動きを、個々の体の動きとして細かく分類していくことよりも、ダンスが起きたときのライブ感が何によるものなのか、細かな動きはバラバラなのに、なぜタイミングが合っていくのか、なぜ波長が合っているように見えるのか、という観点で事例を分析・表現することを優先すべきだと感じました。

2011年11月から2012年2月までの3カ月、再びケニアに渡航した古川研究員。滞在先の家庭の1歳児が日常生活でどのように音楽に触れているか、婚約式などに参列した人々がどのように歌うのか、ろうの子どもたちと周りの子どもたちが一緒になって教会の賛美歌をどのように歌うのかなど、それぞれ観察しながら映像記録を残しました。

古川: このフィールドワークから、ケニアの人々の音楽経験にはほとんどの場合身体の動きが伴っており、「歌」と「ダンス」は常にセットとして考える必要があることが分かりました。そして、何らかの約束事を学ぶことで音楽を経験するのではなく、その場で起きることに身を委ねること。また、そうしたことに日頃から慣れ親しんでいることが、ろうの子どもたちにとっての音楽経験の基盤にあることも分かりました。

ケニアでは、人々が日常生活の中で一緒になって、考え方や行動にとらわれるところがなく自由に音楽を楽しんでいるのをよく目にします。人と人とのつながりの中に音楽経験があり、その場で自然と身体が動いていき、周りの人たちと一緒に歌い踊り始めることが彼らの音楽体験なのです。そうした自然発生的に生じたものだからこそ、聞こえる・聞こえないといった身体的差異を超えて音楽経験が共有できるのだと分かりました。

滞在先の子どもたちが夜間に台所で踊り出す様子
ろう学校の子どもたちがダンスを始め、
徐々にタイミングが揃っていく様子