研究活動支援対象者の活動レポート

非線形力学系アプローチを用いた複雑な手指運動のコーディネーション解析東京大学大学院総合文化研究科 工藤和俊 准教授 インタビュー2013年07月22日 取材

東京大学大学院総合文化研究科准教授として、身体運動科学の研究を進めている工藤和俊准教授(以下、工藤准教授)。スノーボード・バドミントン・ゴルフなどの指導にあたるかたわら、身体の上手な使い方について探っておられます。そんな工藤准教授の研究「非線形力学系アプローチを用いた複雑な手指運動のコーディネーション解析」が2012年度研究活動支援の対象になりました。今回は、その内容について、東京都目黒区にある東京大学駒場キャンパスで、工藤准教授にお話をお聞きしました。

初心者のパフォーマンス向上を妨げる「引き込み現象」

さまざまなスポーツや音楽演奏時にプレイヤーがより良いパフォーマンスを発揮するにはどうするべきかというテーマについて、動作・筋活動・脳活動の計測や力学系理論を用いた解析などさまざまな視点から総合的に研究を進めてきた工藤准教授。以前から、基礎研究の中で、複雑な身体運動に伴って発生する「引き込み(エントレインメント)現象」に着目していました。

工藤:「引き込み現象」とは、リズミカルな運動が意図せずして自然に同期してしまう現象のことです。たとえば左右の人差し指で交互にタッピング動作を行い、徐々にテンポを上げていくと、いつの間にか動作が同期して同時タッピングになってしまいます。また、引き込み現象は音と運動の間でも起こります。たとえば、ストリートダンスの基本動作にひざの曲げ伸ばし運動があり、音楽のビートに合わせてひざを伸ばす動作を「アップ」、ひざを曲げる動作を「ダウン」と呼んでいます。2つは似た動作ですが、「アップ」の方が難易度が高いといわれていて、この「アップ」を連続で行いながら徐々にテンポを速くしていくと、ひざの曲げ動作がビート音に引き込まれ、いつしか動作が「ダウン」になってしまうのです。

この「引き込み現象」は、人間が生まれながらにして持っている身体の特性ゆえに発生するもので、スポーツや楽器演奏の初心者が思い通りに身体を動かせない1つの原因になっています。

工藤和俊 准教授

ストリートダンスの例では、初心者に「ダウン動作」への「引き込み現象」が顕著に見られた一方で、プロのダンサーは、毎分180回という速いひざ屈伸のテンポでも「アップ動作」を行うことができたそうです。つまり、熟達によって「引き込み現象」から解放されることで、思い通りの表現を行う自由が獲得されると考えられます。これは同時に、初心者が運動や音楽のパフォーマンスを向上させていく際に、「引き込み」が大きな「足かせ」になっていることを意味するのだそうです。

工藤: こうした「足かせ」は、ピアノやエレクトーン演奏時の複雑な指運動においても存在します。鍵盤楽器ならではの両手を使った協調動作で発生するのはもちろん、片手であっても、指の動きの組み合わせによっても発生し、速い動作が困難になってしまうのです。

そこで今回は、このような複雑な指運動の協調特性を、非線形力学系の方法論を用いて解析し、初中級者における「指の動き」の協調特性を明らかにしました。「ヤマハ音楽支援制度」については、過去に助成を受けた宇都宮大学の酒井直隆先生や大阪大学の木下博先生からお話を伺い知っていましたので、今回応募させていただきました。