研究活動支援対象者の活動レポート

リズム表記の数学的モデルとその自動採譜への応用名古屋大学 大学院情報学研究科 酒井正彦 教授 インタビュー2018年05月25日 取材

信頼性が高く、効率の良いソフトウェアを作成するには、どうすれば良いのでしょうか? このことを解明するために計算、特に関数型プログラムが持つ基本的な性質の研究を進めている酒井正彦教授(以下、酒井教授)。そんな酒井教授の研究「リズム表記の数学的モデルとその自動採譜への応用」が、2017年度研究活動支援の対象になりました。今回は、この研究テーマに着目したきっかけと、その研究内容について、愛知県名古屋市千種区にある名古屋大学東山キャンパスで、お話をうかがいました。

数学的モデルの開発・応用で、自動採譜の精度を高めたい

今回の研究のきっかけは、以前から別の研究を共同で進めていた、フランスのフローレン・ジャックマ研究員です。奥様がプロのピアニストで、自らも趣味でチェロを弾くというジャックマ研究員は、現在フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)で膨大な量の楽譜の電子化に取り組んでいます。電子化の手法の1つとして、楽譜から1つずつ音符をコンピューターに入力するのではなく、楽譜を見て演奏した際のMIDIと呼ばれる電子データから、コンピューターを使用して楽譜を書き起こさせる自動採譜を採用していました。しかし、そこには大きな問題がありました。

酒井:広く浸透している自動採譜ソフトウェアを使って、演奏データを楽譜化したのですが、例えば三連符の演奏を三連符と認識しないほか、後で演奏者が見たときにわかりにくい複雑な楽譜になってしまうことがあるのです。それを後から、演奏者が見やすい表現を用いた楽譜に、手作業で修正していく必要があり、その作業にかなりの手間がかかってしまいます。そこで自動採譜ソフトウェアの認識精度を向上させ、紙に書かれた楽譜の電子化作業の効率を高めることができないか、とジャックマ研究員に相談されました。このことが本研究を着想するきっかけになったのです。

もともとギターやベース、ピアノの演奏経験があることから、楽譜を研究テーマにすることに抵抗がなかったという酒井教授。初めてこの話を聞いたときに、いくつかの改善手段のアイデアを即座に思いつき、すぐにジャックマ研究員にアドバイスしたことから、共同研究に向けた話を進めることになったそうです。

酒井正彦 教授

酒井:問題はリズムの扱い方です。MIDIキーボードでの演奏データを解析する際、音程の採譜に問題はありません。対して、リズムは演奏時にゆらぎが生じ、楽譜を複雑化させていました。これを意図する長さに書き直す必要があります。また、そもそも音楽を五線譜で表現する場合、同一のリズムであってもさまざまな表現が存在します。楽譜を書く人の好みで表現が変わることもあり、リズムの読みやすさに大きな影響を与えています。そこで、リズム表現の解析や変換に、プログラムの解析などに用いられるツリー構造や有向非循環グラフ(DAG)などの数学的手法を応用して、形式的に扱う方法を探求したいと考えました。

大学からのメールを通じて、ヤマハ音楽支援制度を知ったという酒井教授。2017年度の支援対象に選ばれたことで、本研究を本格的に開始しました。共同研究者であるジャックマ研究員とは、インターネット通信サービス「Skype」によるミーティングのほか、お互いが来仏・来日した際に、集中的に研究を進めました。