スペシャル対談
上原ひろみ×村松崇継

世界を飛び回るジャズピアニスト、上原ひろみ。ここ数年、映画やドラマの音楽を多数手掛け頭角を現してきた作曲家、村松崇継(たかつぐ)。浜松のヤマハ四ッ池センターで幼い頃から青春時代まで、一緒に音楽を学んだ二人が、映画『オリヲン座からの招待状』の音楽制作をきっかけに久々の再会! 故郷での知られざるエピソードからお互いの音楽への思いまで、話は尽きず……。

©サトウヒデハル

作曲合宿のとき、喧嘩したよね。

お二人ともヤマハ音楽教室出身なわけですが、浜松のヤマハ四ッ池センターでは、同じクラスだったんですか?
上原
クラスは違ったんですけど、同じ四ッ池センターで同じ学年で。
村松
浜松の教室で同じ学年なんて多くはいないからね。
上原
特に男の子は少なかったから。あとピアニストの奥村友美ちゃんも同じ教室だったんです。いつも仲良くて一緒にコンサート行ったりもして。
村松
喧嘩もたまにしたけどね。
上原
え?!喧嘩なんかしたっけ?
村松
合歓の郷でクリニックがあったときに、何かささいなことで喧嘩して、口きいてもらえなかったんだよ(笑)。
上原
合歓の郷、行ったね! つま恋も行ったし。2泊3日の作曲合宿ね。作曲合宿って聞くとなんかすごいスパルタ合宿みたいだけど(笑)、普通のサマーキャンプみたいなこともいっぱいあってすごく楽しかった。でも喧嘩は憶えてないなぁ。
村松
5年生のときだったかな。でも、楽しかったよね、あの合宿。
上原
ピアノがいちばんの遊び道具、みたいな子ばっかり集まって音楽で遊ぶ、みたいな感じでね。

四ッ池センターは最高の環境だった。

お二人はジュニアオリジナルコンサート(JOC)に参加されていましたが、ふだんはどのようなレッスンを受けていたんですか。

村松
知らない間に、楽しんで即興演奏ができるようになっていた、みたいな感じだったよね。宿題で、毎回作曲していくんだけど、最初はいやいややっていたのが、いつのまにか宿題に出されなくても曲を作って持っていったりしてたな。
上原
小さい頃から、日常生活をそのまま曲にする癖がついていたのはJOCのおかげだと思う。それは今もすごく役立っていて、例えば、今回『オリヲン座からの招待状』のメインテーマを作るときも、脚本を読んでいくうちに、自然と頭の中でイントロが鳴り出して、同時進行で曲ができていった感じでできあがったんだけど、いつもそうやって曲が頭の中に浮かぶというのは、一種の癖みたいなものだよね。でも当時は、遊び弾きの延長、みたいな感じで、スパルタに何かを教え込まれた、っていう記憶は全然ない。習い事をしている感覚じゃなくて、遊びに行ってる感じだったもんね。

17歳以来の再会。

それにしても、今日は本当に久しぶりの再会だそうですね。
上原
部屋に入った瞬間、あー、村松君だ!!って(笑)。
村松
全然変わってないよね、ひろみちゃんも。何年ぶりだっけ?
上原
確か、最後に会ったのって、四ッ池センターの階段の所で、私、村松君におめでとう!って言ったときだと思う。憶えてる?
村松
憶えてない(笑)。
上原
村松君が、ジャパンオープン(ミュージックコンテスト in 浜松第1回ジャパンオープン)で賞を取ったそのすぐあとか何かで、たまたま階段の所で会って。ジャパンオープン見たよ、すごいね、おめでとうって言ったの。
村松
17歳のとき、あの賞をいただいたこと、僕が音楽の仕事をすることになったきっかけになったんですけど。僕は、ひろみちゃんが浜松北高の文化祭でライブをやったのを観たの、憶えてる。
上原
じゃあ、それも17歳のときだ。そのとき、ビートルズとかジェリー・リー・ルイスの『火の玉ロック』とか弾いてたんだよね(笑)。先輩達とバンドを組んで、中夜祭…文化祭の中日なんだけど、すごい盛り上がるんですよ、北高の中夜祭って。そのために組んだバンドでね。
お二人の浜松での交流はいつまで続いたんですか?

上原
15歳で一応JOCは卒業というか、修了しちゃうんですけど、そのあとも、ずっと元気にしてるかな、とか今、何やってるのかなって気になる存在ではあって。17歳から今日まで一度も会わなかったけど、村松君の活動はずっと知ってましたよ。ジャパンオープンのあと出したデビューアルバムも持ってるし。NHKの『天花』をやったときも映画『突入せよ!「浅間山荘事件」』もドラマ『氷壁』も全部知ってる。
村松
ほんとにー!?すごく嬉しい。僕もひろみちゃんのアルバムは全部持ってるけど(笑)。
上原
だって嬉しいじゃない、ずっと一緒に育ってきた人がNHKの連ドラのサントラをやるとか、映画音楽で名前が出てきたり。今度はこんなのやってるんだ、すごいなあって。
村松
僕はひろみちゃんが17歳でチック・コリアのレッスンを受けたときに、ああ、ひろみちゃんはアメリカでデビューするだろうな、って感じたんですよ。日本じゃないよなぁって。だって17歳でチック・コリアにつくなんてただごとじゃないもんね。四ッ池センターの講師室も大変なことになってた(笑)。
上原
やめてよー!!(笑)
村松
JOCで出演したユニセフチャリティコンサートでひろみちゃんがエレクトーンでアンサンブルをやったでしょ。僕はそのコンサートはあとになってテープで聴いたんだけど、びっくりしました。僕は当時音大の作曲科を目指していて、オーケストレーションは学んでいたんです。でも、ひろみちゃんのアレンジはそれとはまったく違う、ビッグバンド的なめちゃくちゃかっこいいアレンジで。よくあるピアノとストリングス、みたいなのを想像していたから、衝撃だった。JOCの枠を超えたというか。演奏もすごく息が合ってて。今でもそのテープ持ってるんだけど。
上原
小4でアンサンブルはやったことあったんだけど、それは先生がアレンジした曲を演奏しただけだったから、自分で1曲まるごとプロデュースする、みたいなのはそのときが初めてだったのね。私の練習スケジュールについてこれそうな年下の子達を選んで(笑)、夏休みとかお休みの日も呼び出して、レッスン室を先生に押さえてもらって、自主練習したの。私が3人の演奏もアレンジも全部仕切って。本当に気合入ってたなあ、あのときは。
村松
今のひろみちゃんの原点みたいなステージだったのかもね。
上原
うん、そうかもしれない。

時を経て、一緒に音楽をやれる喜び。

そうやって離れたところで音楽をやり続けていた二人が、今回『オリヲン座からの招待状』で一緒に仕事をすることになるとは。

(二人同時に)びっくりしたよねー!!

上原
衝撃でしたよ。
村松
かなり衝撃でした。最初、話を持ってきてくださった方はもちろん二人が知り合いだとは知らなくて、今回、メインテーマは上原ひろみさんですって聞いて、えー!!って(笑)。
上原
音楽は村松君が担当するって聞いて、本当にびっくりだった。ずっと彼の活躍を観てきたけど、でも私と村松君は同じ音楽の仕事とはいえ、だいぶ違う方向に行ったから、交わることはないと思ってたんですよ。それが交われたってことがもう嬉しくて。嬉しさよりも衝撃が先だったけど(笑)。サントラのCDのパッケージ見た?
村松
まだ見てない。
上原
パッケージのクレジット、私と村松君の名前しかないの!!それを観たときにゾクゾクっとした。JOCのプログラム以来!!(笑)

〜ここでパッケージが届く〜

村松
すごい!!
上原
ね、ね??映画そのものだと、監督さんとか役者さんとかいろんな方が一緒にやる総合芸術なので、二人で何かを作ったっていうところがぼやけがちなんですけど、サントラは本当に二人の名前だけ!
村松
この感じ、懐かしい! 写真があって名前があって。JOCのプログラムも写真があって名前があって曲名があって、って感じだったよね。


「オリヲン座からの招待状」サウンドトラック
(左端に書かれているのが二人の名前のクレジット)

二人の名前がクレジットに並んでいることの感慨って、言葉でいうとどういうものなんでしょう。
上原
また出会えた喜び。二人とも別のところでがんばっていて、その結果があったからこそ、また一緒にやれるという喜び。
村松
どっちかががんばってなかったら出会えなかったかもしれないもんね。
上原
四ッ池センターにこのパッケージ飾ってもらいたいね(笑)。
村松
先生も喜んでくださるだろうなぁ。
今後、お二人で何かやるとしたら、どんなことが思い浮かびますか。
村松
ひろみちゃんがピアノを弾いて、僕がオーケストレーションをする、っていうの、やりたいですねえ。オーケストラ with 上原ひろみ。チェコフィルとかベルリンフィルとか、あえてクラシカルなオケを使って。
上原
私はピアノがあるところならどこでも行きますから!(笑)

Profile

上原ひろみ
1979年静岡県浜松市生まれ。6歳よりピアノを始め、同時にヤマハ音楽教室で作曲を学ぶ。国内外の「ユニセフチャリティコンサート」「ジュニアオリジナルコンサート」等に多数出演。17歳の時にチック・コリアと共演し、絶賛される。1999年ボストンのバークリー音楽院に入学。在学中にジャズの名門テラーク・レーベルと契約。2003年にアルバム「Another Mind」で世界デビューし、欧米でのライブ活動をスタート。2005年1月にはニューヨーク・ブルーノートでの一週間連続公演を行い大成功を収める。2007年は新たにギターを加えたプロジェクトとして「HIROMI'S SONICBLOOM」を結成し、3月にアルバム「Time Control」を発売。日本人初の3年連続のニューヨーク・ブルーノートでの一週間連続公演をはじめ、全米・ヨーロッパ・中東・日本など各国でのツアーが予定されている。
村松崇継
1978年静岡県出身。国立音楽大学作曲学科卒。高校在学中にピアノソロアルバム『窓』でデビュー。2001年には映画『狗神』、2003年には『突入せよ浅間山荘事件』の音楽を手掛け、2004年にはNHK朝の連続テレビ小説『天花』の音楽を歴代史上最年少で担当する。その後も、2005年には映画『自由戀愛』、2006年にはNHK土曜ドラマ『氷壁』など数多くの音楽を担当。映画・ドラマ以外にも、劇団四季『Song&dance』の編曲、ブロードウェーミュージカル『キャバレー』の編曲、長崎ハウステンボス『Hanabiinハウステンボス』の作曲、浜名湖花博浜松産業館e-raの音楽担当、リベラ『彼方の光』の世界同時リリースをはじめ、上松美香、高嶋ちさこ、高木綾子、神谷百子など数多くのアーティストに楽曲を提供する傍ら、プロデューサー、ピアニストとしても活躍。2006年度「浜松市文化ゆかりの芸術顕彰」受賞。

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