ON-KEN SCOPE 音楽×研究ON-KEN SCOPE 音楽×研究 https://www.yamaha.mf.or.jp/onkenscope Wed, 02 Oct 2019 05:58:34 0 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.8 日本中の子どもをクリエイティブに! /onkenscope/ishidonanako1_chapter1/ Tue, 01 Oct 2019 12:00:59 0 /onkenscope/?p=5239 大事なこと、伝えたいことほど「ささやき声」で /onkenscope/katotoshinori1_chapter5/ Thu, 05 Sep 2019 17:49:53 0 /onkenscope/?p=5278 すべて“ひとつながりの世界”――音楽、数学、そして物理 /onkenscope/sajiharuo1_chapter1/ Mon, 26 Aug 2019 14:28:12 0 /onkenscope/?p=5060 専門を決めるまでの長い長い道のり /onkenscope/maruyamashin5_chapter1/ Mon, 26 Aug 2019 12:51:26 0 /onkenscope/?p=5101 子どもの「聞く力」が伸びる親子の話し方 /onkenscope/katotoshinori1_chapter4/ Fri, 19 Jul 2019 12:06:37 0 /onkenscope/?p=5036 「話しかけたら、ちょっと待つ」が、子どもの脳を成長させる /onkenscope/katotoshinori1_chapter3/ Fri, 19 Jul 2019 10:58:31 0 /onkenscope/?p=5032 Power of Music –音楽の力– /onkenscope/morijiriyuki2_chapter2/ Tue, 11 Jun 2019 11:04:05 0 森尻 有貴(もりじり ゆき) 東京学芸大学 教育学部 講師 /onkenscope/?p=4957

音楽教育が大切であることを訴え、少しでも多くの子どもたちがより良い教育を受けられるよう願うのは、音楽家も音楽教育者も同じで、それは音楽教育の研究者にとっても需要なことです。音楽は人の心を豊かにし、情操教育を担い、人々の生活を豊かにするのだから、子どもにとっても必要である、と声に出して訴えるだけでなく、何らかの形で証明することで、音楽の必要性を世の中に訴えてきました。

音楽の有効性

英国ノッティンガム大学の研究チームは、成人を対象に歌唱、ダンス、サイクリングの3つの活動を行った場合、幸福感に関連する血中の物質が、活動前と活動後でどの程度変化するかを調べました。その結果、ダンスやサイクリングよりも、歌唱の方が有意的な差で上昇することが明らかになりました ※1

つまり、他のアクティビティを行うよりも歌を歌った方が、より幸福感を得る生活を送ることができることが示唆されます。また、他の研究では、一人で歌うよりも合唱等、複数の人たちで歌う活動の方が、社会的繋がりや気分の高揚等の点で、より良いことが示されています ※2

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子どもたちの音楽教育に関する調査では、2017年にイギリスの新聞に「どのように学校の成果を上げるか:数学の追加ではなく音楽を」という内容の記事が掲載されました。そこには、学校で音楽の授業(1週間あたり最大6時間)を導入したところ、算数や読み書きの成績が学校全体で上がったことが報告されています ※3

また、アメリカの研究では、小学校で優れた音楽プログラムを受講している児童は、不十分な音楽プログラムを受けている児童よりも、英語や算数の成績が20%以上高いことが明らかにされています。また、質の高い器楽教育を受けている生徒は音楽プログラムのない学校に通う生徒よりも、英語の成績が19%高いと報告があります。つまり、良い音楽教育は、語学や数学といった他の教科での好成績と関係があることが示されました ※4

また2012年のアメリカでの調査では、音楽を受講した生徒は、読解、数学、記述の試験において平均点より高い結果を残したことが報告されています ※5

“Power of Music” – 音楽の力–

様々な研究がある中でも、音楽教育の有効性についてまとめられた成果として、ロンドン大学のスーザン・ハラム教授による「Power of Music(音楽の力)」を紹介したいと思います。2010年に論文として発表された後、2015年にはもっと広範囲の視点を加え、詳細な検討が記載された本が出版されました ※6

そこには、音楽活動の有効性についての多岐に渡る研究が非常によく検討されていますが、主に以下のような内容への音楽の有効性を結論づけています。

【知覚と言語能力】

音楽と言語に関する研究は昔から多く行われています。音楽への積極的関与は、聴覚的な知覚や音韻認識能力の向上を助けることが証明されています。また、音楽の訓練を受けている子どもは、受けていない子どもよりも、言語テストにおいて成績が上回っている例なども示されています。スピーチのピッチなどの音声的特徴を捉える力は、音楽のメロディを捉える力に関する音楽的知覚能力と関係があります。

【知的発達】

音楽の学習は、知的能力の発達を促進することも研究されてきています。2004年にSchellenbergが行なった研究では、音楽の授業を1年間受けた子どもは、受けなかった子どもよりも1年後のIQテストにおいて有意な得点上昇が見られたとされています。また、他の研究では就学時前の子どもに対して、どのような音楽活動がより有効かを調べました。ピアノ、歌、リズムレッスン、コンピュータのそれぞれのグループで2年間の教授を受けた結果、音楽の学習を行った子どもたちは、何も受けていない子どもたちよりも、物や出来事の心的イメージを行う課題で良い成績を残しました。更に、リズムレッスンを受けた子どもたちは、他のどのグループよりも時間的認知と数学的能力が有意に高いことが分かりました。

【創造性】

高等教育において音楽を専攻する学生は、そうでない学生たちよりも、創造性のテストにおいて好成績を残し、特に10年以上の音楽教育を受けた人たちにより顕著に現れました。また、創造性の育成には音楽への取り組み方も影響があるとされています。教科書を用いた講義中心の教授法でなく、即興演奏の機会がある子どもの方がより創造性が育まれることが示されています。音楽の学びの中に創造的な活動を含むことが重要であることが示唆されます。

【社会的発達および自己啓発】

音楽活動に参加する人たちは、社会性の発達や個人的な恩恵が期待できることが研究されてきました。音楽活動への従事は、自尊心の形成、自己規制の能力、チームワークの力の育成などに有益であることがわかっています。学校生活での音楽活動においても、志を同じくする仲間との友情形成や社会生活への貢献などの面で有益であることが示されてきました。

また、集中力や自己統制、勉強する際のリラックスの効果などの点でも役立つことが示されています。ある研究では、演奏(音楽)に込められている感情を読み取る能力と、一般的なEQ(Emotional Intelligence: 心の知能指数)には有意に関係があることが証明されました。音楽における感情を読み取る力は日常生活における感情のスキルも引き出してくれることが分かります。

ハラム教授の研究には、これらの他にも読み書き、算数(数学)、一般的な知識、身体的発達、健康や良好な生活状態など、様々な面で音楽活動や音楽教育が貢献することが示されています。

 

音楽のある生活は、もちろん音楽それ自体を楽しみ、音楽的な能力の育成自体に貢献することは明らかですが、それ以外の認知能力や社会生活を送る上での様々なスキルの育成、強いては生活の質の向上にも貢献することが分かっています。世界で一人でも多くの人が音楽教育を受ける機会に恵まれたら、きっとより豊かな人生を送ることができる可能性を広げることができるのではないでしょうか。

  • ※1 Stone NL, Millar SA, Herrod PJJ, Barrett DA, Ortori CA, Mellon VA and O’Sullivan SE (2018) An Analysis of Endocannabinoid Concentrations and Mood Following Singing and Exercise in Healthy Volunteers. Front. Behav. Neurosci. 12:269. doi: 10.3389/fnbeh.2018.00269
  • ※2 Schladt, T. M., Nordmann, G. C., Emilius, R., Kudielka, B. M., de Jong, T. R., and Neumann, I. D. (2017). Choir versus solo singing: effects on mood, and salivary oxytocin and cortisol concentrations. Front. Hum. Neurosci. 11:430. doi: 10.3389/fnhum.2017.00430
  • ※3 Halliday, J. (2017, October 3). How to improve the school results: not extra maths but music, loads of it. The Guardian. Retrieved from: https://www.theguardian.com/education/2017/oct/03/school-results-music-bradford
  • ※4 Johnson, C. M. and Memmott, J. E. (2006). Examination of Relationships between Participation in School Music Programs of Differing Quality and Standardized Test Results. Journal of Research in Music Education, 54 (4) 293-307.
  • ※5 The College Board (2012). Total Group Profile Report. Retrieved from: http://secure-media.collegeboard.org/digitalServices/pdf/research/TotalGroup-2012.pdf
  • ※6 Hallam, S. (2010). The Power of Music: Its Impact on the Intellectual, Social and Personal Development of Children and Young People. International Journal of Music Education, 28(3), 269-289.
    Hallam, S. (2015). The Power of Music: A Research Synthesis on the Impact of Actively Making Music on the Intellectual, Social and Personal Development of Children and Young People. London: iMerc.
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イギリスの音楽教育 /onkenscope/morijiriyuki2_chapter1/ Mon, 10 Jun 2019 10:11:48 0 森尻 有貴(もりじり ゆき) 東京学芸大学 教育学部 講師 /onkenscope/?p=4948

日本の音楽教育を受けた人たちは、自分たちの経験してきたものが世界の中でどのような水準にあるのか、という視点で捉えることはあまりないかもしれません。私もイギリスに行くまでは、自分が受けてきた音楽教育が基準であり、それが「普通」だと思っていました。しかし、世界には私たちが捉えている音楽教育とは異なることがたくさんあり、その実態も様々です。ここでは、主にイギリス(イングランド ※1)の実態を中心に、日本の音楽教育と比較して考えてみたいと思います。

音楽が出来ることは有利になる?

日本では、ピアノが弾けたり、ヴァイオリンが弾けたり、というのは、主に学校外での習い事で培われる能力として、趣味や教養の一部のような位置付けがあると思います。ところが、イギリスの小学校や中学校で“音楽が出来る”ことは、少し異なる側面を持っています。

 

イギリスにはABRSM検定(Associated Board of the Royal Schools of Music: 英国王立音楽検定)やTrinity’s music exams(トリニティ音楽試験)などの音楽検定試験があり、歌唱や楽器ごとにグレード(級)が設定されています。それを受験して合格すると、資格のような効力があるので、中学校受験で奨学金をもらえる対象となったりします。日本で言う「英検」のような機能があります。つまり、学校教育の中で効力があり、児童・生徒はそれによって制度的に恩恵を受ける機会があるということです。

 

イギリスの学校では(主に私立の学校)、学校でピアノやフルート、ヴァイオリンのレッスンが受けられる学校が多く存在します。しかも放課後にレッスンを受けるのではなく、普通に授業が行われている日中に、レッスンを受けに生徒が授業を抜けてレッスン室にやってきます。日本では、ちょっと考えられない光景かもしれません。

 

音楽検定試験も、学校で受けることが出来たりします。これは音楽大学を卒業した人たちにとっても、雇用の機会や生活の安定性という点で貢献しています。

学校での音楽教育

日本の学校では、小学校でも中学校でも週に1~2時間音楽の授業があって、歌を歌ったり、楽器を演奏したり、音楽を聴いたり、音楽をつくったりする活動が行われます。音楽集会や合唱祭なども学校内で開催されたりします。

 

しかし、イギリスでは、週に何時間音楽の授業をしなければいけない、という基準はなく、国定教科書もありません。先生が楽曲を選んだり教材を作成したりして、子どもたちはそれを使いますが、楽譜を使わずに学ぶ機会も多いです。

特に小学校では、耳から聴いて歌を覚える聴唱法が多く見られ、CMM(Creative Music Making:創造的音楽学習)の先駆けとなったイギリスならではの創作活動も多く取り入れられています。また、学校に音楽家が来て授業をするようなアウト・リーチの機会も多く、地域の音楽機関が提供するサービスとの結びつきも強いため、学校にも寄りますが多様な機会があることも特徴です。

 

一方で、日本では、中学校でも音楽の授業が毎週のように行われていると思いますが、実はイギリスには音楽の授業を行わない中等教育学校もあります。サセックス大学が行なった調査では、13-14歳(日本の中学1-2年)の生徒が必修で音楽を学習している学校は、2012-13年では84%でした。それが2017年の調査では、47.5%にまで下がっているのです ※2。なぜそのようなことが起きたのでしょうか。

音楽教育を取り巻く厳しい環境

日本には「主要5教科」という言葉があり、そこには音楽科は含まれておらず、どちらかと言うと音楽は学校教育の中で「学問」としての取り扱われ方が比較的低い印象かと思います。

イギリスでは中等教育の修了時にGCSE(General Certificate for Secondary Education)という試験があり、この音楽の試験は、日本の中学校修了時よりかなり学術的な内容が含まれています。楽典や作曲技法、音楽史なども含まれています。GCSEには必修科目と選択科目がありますが、音楽は選択科目に分類されています。

 

2010年、イギリス政府は英国バカロレア資格としてEBacc(English Baccalaureates)を発表しました。ここには、イギリスの学校教育での主要な科目が明示され、それらが各学校の評価基準にもなるとされました。そこには語学や科学、数学などは含まれていますが、音楽はリストにありませんでした。

つまり、どんなに学校で音楽教育を充実させても、政府からの公な評価の対象にならないとなると、学校によってはやはり主要科目の方を強化しよう、という流れになるのも時間の問題でした。おおよそ6割の学校は、このEBaccは学校での音楽学習にネガティブな影響を与えると回答し、実際に音楽をGCSEの試験科目として受験する生徒が減っています。

教育調査局(Ofquel)の調査によると、2015年はGCSEで音楽を受験した生徒は43,370人、2018年では35,895人に減少しました(図1) ※3。中学校でもクラス全員で3年間、音楽の授業が受けられる日本は、ある意味恵まれているのかもしれません。

図1 イギリスにおけるGCSE(音楽)の受験者数の推移

このような状況に対してイギリスの音楽家や音楽教育者が黙っているわけにはいきません。音楽が学校から消えてしまうのではないか、と危惧しました。

ロンドン交響楽団の音楽監督であるサイモン・ラトルは2018年5月、英国タイムズ誌に、「すべての子どもが音楽に接することは生得権であり、音楽を始めとする芸術や文化の教育を充実させることは、子どもたちの将来性や新たな世界に向き合っていくこと、強いては世の中を良くしていくことに必要不可欠である」との声明を送りました ※4

 

音楽の学習は大切である、と声を挙げ訴える音楽家や音楽教育者がたくさんいましたが、社会的にその理解を得たり、根拠を持って証明したりするのは容易いことではありません。音楽教育の研究者たちは「音楽を学習するとこんなに良いことがある」という事実を証明しようと、過去数十年にも渡って取り組んできました。

次回は、そんな研究の一部を紹介したいと思います。

  • ※1 本稿におけるイギリスとは、イングランドのことを指します。
  • ※2 Weale, S. (2018, October 10). Music disappearing from curriculum, schools survey shows. The Guardian. Retrieved from: https://www.theguardian.com/education/2018/oct/10/music-disappearing-school-curriculum-england-survey-gcse-a-level
    Daubney, A.& Mackrill, D. (2017). Music education at significant risk of disappearing as a sustained curriculum offer no longer the norm in secondary. University of Sussex.
  • ※3 Ofquel (2018). Report – summer 2018 exam entries GCSEs Level1_2 AS and A levels. Ref: Ofqual/18/6368/1
  • ※4 (2018, May 18). The value of arts education to our prosperity. The Times. 18/May/2018
    Davis, E. (2018, May 31). Dramatic fall in number of students studying Music at GCSE. Classic FM. Retrieved from: https://www.classicfm.com/music-news/decline-music-gcse-ebacc/
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