ON-KEN SCOPE 音楽×研究ON-KEN SCOPE 音楽×研究 https://www.yamaha.mf.or.jp/onkenscope Thu, 09 May 2019 09:58:38 0 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.8 親子の絆を強くする「歌いかけ」3つのコツ /onkenscope/shimurayouko2_chapter2/ Wed, 08 May 2019 10:56:29 0 /onkenscope/?p=4932 赤ちゃんの言葉を育てる「マザリーズ」知ってる? /onkenscope/shimurayouko2_chapter1/ Fri, 12 Apr 2019 16:40:14 0 /onkenscope/?p=4900 「心地よい」「おもしろいから聴く」が生むもの /onkenscope/ogawayouko2_chapter2/ Mon, 18 Mar 2019 09:57:40 0 /onkenscope/?p=4885 そもそも「よい耳」ってどんな耳? /onkenscope/ogawayouko2_chapter1/ Thu, 07 Feb 2019 14:03:43 0 /onkenscope/?p=3788 御浜-紀宝プロジェクトの意義 /onkenscope/satoumasayuki2_chapter3/ Thu, 07 Feb 2019 11:05:37 0 佐藤 正之(さとう まさゆき) 三重大学大学院 医学系研究科 認知症医療学講座 准教授/三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長 /onkenscope/?p=3776

御浜-紀宝プロジェクトのエビデンスとしての意味と限界

前述のように、認知症に対する非薬物療法のエビデンスは、現時点では高くありません。科学的批判に耐えうる、一定のクォリティを持った研究を今後積み重ねていくことによってエビデンスとして確立していくでしょう。“御浜-紀宝プロジェクト”の結果は、音楽のもつ新たな可能性に光を当てたものとして注目されます。

 

注意を要するのは、今回の結果はあくまでヤマハの“健康と音楽”に基づいて作成されたコンテンツを用いることにより得られた結果である、ということです。言い換えますと今回の結果は、このコンテンツにのみ保証されており、他のコンテンツを用いたときに同様の結果が得られることをも保証するものではありません。それについては別途検証する必要があります。

 

これは、薬物治療を考えると理解できます。ある疾患に薬物Aの有効性が明らかになっているとき、似た化学組成を有する物質Bでも当然有効性が期待されます。しかし、実際に物質Bが薬物として成立するか否かは、ヒトを対象とした臨床研究 (治験といいます) を通して明らかにする必要があります。そのような想定のもとに開発されたにも関わらず効果が乏しかった、あるいは思わぬ副作用で薬物たり得なかった物質は枚挙に暇がありません。

 

従って今回の結果は、“どんな体操にどんな音楽伴奏を付けても効果がある”ということを保証しているのではないのです。音楽と体操を組み合わせた研究が多くなされ、おしなべて有効性が示されたときに、両者の組み合わせは普遍的意味をもつようになります。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”により、有効性の確認された非薬物療法の手段のひとつを、われわれ臨床家は得ることができました。また、どのような枠組みで何を調べたら良いかも分かりました。われわれのグループはこれらの取り組みを推進できる、世界でも稀有な存在と自負しています。

地域ネットワークの構築という意義

認知症の原因疾患の多くは、未だ根治が困難なものです。病期が進むにつれ、医療の比重が減り、介護・福祉の重要性が高まります。認知症に関連する専門医は、国内に約1,500人います。単純計算すると一人の専門医が3,000名余りの認知症患者を診療することになりますが、これは不可能です。

 

さらに、少子化と核家族化が進み、従来のような家族や血縁者による介護だけでは成り立たなくなっています。必要なのは、地域におけるネットワーク、横のつながりです。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”では、参加者が週1回保健師や他の参加者と顔を合わせることにより、自然と“顔の見える関係”が出来上がっていきました。欠席が続いたり、様子に少し違和感があることに周囲が気付き、いち早く保健師が介入し問題解決に至った例があります。また、町が行う高齢者向けの他の取り組みは、1年後の継続率は30~40%であるのに対し、“御浜-紀宝プロジェクト”では約70%の方が1年後も出席されていました。さらに、1年間の研究期間後も「是非続けたい」との希望が多く寄せられ、現在では住民自身が主催する取り組みとして継続し、すでに5年が経過しています。

 

このように、継続性に優れ、地域ネットワークの構築にも役立つ本法は、限られた人的・経済的資源を活かすという意味でも優れていると思われます。過疎や高齢化、乏しい財源に悩む日本の多くの自治体と地域にとって、御浜-紀宝プロジェクトの取り組みが、問題解決のひとつの有効な手段として活用されていくことを願って止みません。

事業・ビジネスとしての御浜-紀宝プロジェクトの意義と将来性

平成27年に厚労省が発表した「認知症施策推進総合戦略 ~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」別名“新オレンジプラン”では、認知症の予防やリハビリテーションの開発・普及も重点課題に挙げられ、「住民や企業が一体となって地域全体として取組を推進」していくことが重要と記載されています。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”で産官学共同研究を行ってみて、産と官とが認知症予防・リハビリのハード、ソフトの両面でコラボできることが分かりました。国の方針に従い、各自治体には予算が配られ事業の展開が求められます。しかし、様々な事業に即応できる人的パワーを有する自治体は限られています。むしろ「お金と場所はあるが、ノウハウがない」、つまりハードはあるがソフトがないという自治体が多いです。

 

一方、ヤマハはコンテンツとそれを指導するトレーナーは持っていますが、音楽レッスンに用いられる教室はピアノやオルガンが置かれており体操をするスペースがない。言い換えるとソフトはあるがハードがない、という状態です。そこで、両者がコラボすることにより、自治体はお金と場所を、ヤマハはコンテンツとトレーナーを提供することによりwin-winの関係での協力が可能となりました。しかも、“御浜-紀宝プロジェクト”では御浜町・紀宝町とヤマハとの間に契約が取り交わされすでに協力体制の鋳型が出来上がっています。従って、全国の自治体ですぐにでも展開が可能です。

 

さらに、増え続ける高齢者のなかで、認知症予防・リハビリの需要は増えこそすれ減ることは、少なくともこの先数十年ありません。社会に貢献しつつビジネスとしても成立する将来性を“御浜-紀宝プロジェクト”は有しています。その輪の中心に、われわれは立ち続けたいと願っています。

おわりに

音楽は大きな力を秘めています。その魅力は多くのひとを惹きつけて止みません。魅力的である分、エビデンスに基づかない出鱈目なものも出回っています。さらに、療法士が自身の好みと信念だけに基づいて行うセッションは、時として参加者に害を与えたりします。

 

わたしは、魅力的なものほど厳しい評価に耐えるものでないといけないと考えます。本稿を読まれた方にその片鱗でもお伝えすることが出来たなら、その目的は達したと言えます。

 

 

(おわり)

]]>
御浜-紀宝プロジェクト/スキャン・プロジェクト /onkenscope/satoumasayuki2_chapter2/ Fri, 01 Feb 2019 16:34:33 0 佐藤 正之(さとう まさゆき) 三重大学大学院 医学系研究科 認知症医療学講座 准教授/三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長 /onkenscope/?p=3761

複数の非薬物療法の融合

前記のように、認知症に対する運動療法の有効性はエビデンスが確立しています。では、運動と他の非薬物療法を組み合わせるとさらに効果が高まるのではないでしょうか。この疑問について調べた報告が数編あります (Fabre 2002; Oswald 2006; Suzuki 2013)※1; ※2※3。いずれも運動療法と認知刺激療法を組み合わせたもので、歩いたり体操をしながら計算などの認知課題を行うと有効性が増すと報告しています。わが国でも愛知県にある国立長寿医療研究センターが、運動と認知課題を組み合わせた訓練を“コグニサイズ”と称して推奨しています。今後のさらなる発展が期待されます。

御浜-紀宝プロジェクト

運動療法と認知刺激療法の組み合わせで効果が増大するならば、運動療法と音楽療法を組み合わせても運動療法だけの時よりも認知機能への改善効果が高まるのではないでしょうか?筆者は、三重県御浜町・紀宝町、ヤマハ音楽研究所との産官学共同研究で、地域在住健常高齢者の認知機能の維持・改善を目的とした音楽体操を用いた非薬物的介入である“御浜-紀宝プロジェクト”を行いました。結果は、権威ある医学国際誌のPLOS ONEに掲載されました (Satoh 2014)※4

舞台となった三重県御浜町・紀宝町はともに紀伊半島の南端に位置する小さな町。人口減少、高齢化、医療過疎に悩み、高齢化率は30数%で、地区によっては50%を超えるところもあります。いわば“20年後の日本を先取りしている地域”で、これらの町で成功した事業は日本の他地域でも役立つ、反対に失敗した事業は他地域では反面教師として行わないでおく、という意味で注目されている地域です。

satoumasayuki2_chapter2_fg3

対象は、三重県御浜町・紀宝町に在住の健常高齢者202名。運動教室への参加を希望した163名を二群 (音楽体操群、体操群) に分け、プロのインストラクターの指導のもと、週1回、1時間の運動を1年間行いました 。

 

音楽体操群にはヤマハが開発した音楽の伴奏の付いた運動である“健康と音楽”のコンテンツを (図1)、体操群には運動の内容は音楽体操群と同一ですが音楽の代わりに太鼓で拍だけを付けた運動を用いました。

satoumasayuki2_chapter2_fg4

図1 音楽体操群のセッション例

“健康と音楽”は10年以上前にヤマハが開発した高齢者向けの体操で、スポーツの専門家が設定した運動にヤマハが適切な音楽伴奏を付けたものです。

講師は特別なトレーニングを積んだヤマハの音楽教師が務め、これまでに8,000人、現在も約3,000人のお年寄りが受講されています。

音楽体操群と体操群への介入期間の前後に神経心理検査を行い、認知機能の変化についてそれぞれ検討しました。脳検査群として1年間隔で検査を2回行う39名を設定しました。検査は、知能や記憶、前頭葉機能、視空間認知に関する神経心理検査を行いました。また、呼吸機能として肺活量を調べています。それらを一年間の介入期間の前後で施行しています。

結果を示します (図2-5)。左端が音楽体操群、真ん中が体操群、右端が脳検査群で、水色が介入前、紫が介入後です。p値が0.05未満の時、1年後に有意に(偶然ではなく)改善したことを意味しています。

satoumasayuki2_chapter2_fg5

図2 視空間認知

視空間認知は音楽体操群と体操群で有意差をもって改善していましたが、その程度は音楽体操群でより顕著でした。

satoumasayuki2_chapter2_fg6

図3 MMSE(全般的知能)

全般的知能は音楽体操群でのみ有意差をもって改善しています。

satoumasayuki2_chapter2_fg7

図4 LM-I(記憶検査)

記憶検査は音楽体操群と体操群の両方で改善しています。これは運動すると記憶が改善するという先行研究の結果と一致する内容です。

satoumasayuki2_chapter2_fg8

図5 %VC(肺活量)

肺活量は、当然運動を行った二群のほうが一年後には改善し、しなかった脳検査群は変化はありませんでした。

以上より、音楽体操は、高齢者の認知機能をより改善することが明らかになりました。言い換えると、音楽伴奏が付くことにより、運動だけの時よりも、運動による認知機能維持・改善の効果がより高まったといえます。

御浜-紀宝スキャン・プロジェクト

同時にわたしたちは、訓練期間の前後に脳MRIを施行し、voxel-based morphometry (VBM) という手法を用いて1年間での脳の容積の変化を調べました (Tabei 2017)※5。解析の結果を図6に示します。

satoumasayuki2_chapter2_fg9

図6 脳形態計測(Voxel-based morphometry; VBM)

ここでは1年間で容積が有意に大きくなった部分に赤色が付いています。脳検査群をみるとどこにも赤色がありません。このことは1年間で大きくなった部位は脳になかった、言い換えると、1年間で脳の容積は少し小さくなったことを示しています。これは、加齢に伴う生理的な萎縮で、正常な老化現象といえます。

 

体操群と音楽体操群では主に前頭葉に赤色が付いていましたが、その程度・範囲ともに音楽体操群の方が顕著です。つまり、運動により加齢による脳の萎縮が防げただけでなく、その容積を部分的に増やすことができ、しかもその効果は音楽の伴奏が付いている方がより顕著であることを意味しています。

 

これは驚くべき結果です。一般的に脳の神経細胞は20歳くらいをピークにその後は減り続け、脳の容積は減ることはあっても増えることはないと考えられています。

 

しかし今回の研究は、音楽体操により高齢者の認知機能が高まり、それに並行して脳の容積も増加することを明らかにしました。増加分はおそらくは神経細胞を支えるグリア細胞や神経細胞同士を連絡するシナプスの増加によるものと考えられます。

わたしたちが思っていた以上にひとの脳は秘めた能力を持っていると言えます。

  • ※1 Fabre C, Chamari K, Mucci P, Massé-Biron J, Préfaut C. Improvement of cognitive function by mental and/or individualized aerobic training in healthy elderly subjects. Int J Sport Med 23(6): 415-421, 2002.
  • ※2 Oswald WD, Gunzelmann T, Rupprecht R, Hagen B. Differential effects of single versus combined cognitive and physical training with adults: the SimA study in a 5-year perspective. Eur J Ageing 3: 179-192, 2006.
  • ※3 Suzuki T, Shimada H, Makizako H, Doi T, Yoshida D, Ito K, Shimokata H, Washimi Y, Endo H, Kato T. A randomized controlled trial of multicomponent exercise in older adults with mild cognitive impairment. PLOS ONE 8(4): e61483. Doi: 10.1371/journal.pone.0061483, 2013
  • ※4 Satoh M, Ogawa J, Tokita T, Nakaguchi N, Nakao K, Kida H, Tomimoto T. The effects of physical exercise with music on cognitive function of elderly people: Mihama-Kiho project. PLOS ONE, April 2014, Volume 9, Issue 4, doi:10.1371/journal.pone.0095230.
  • ※5 Tabei K, Satoh M, Ogawa J, Tokita T, Nakaguchi N, Nakao K, Kida H, Tomimoto H. Physical exercise with music reduces gray and white matter loss in the frontal cortex of elderly people: The Mihama-Kiho scan project. Front Aging Neurosci,. 07 June, 2017. Doi: 10.3389/fnagi.2017.00174.
]]>
認知症を取り巻く諸問題 /onkenscope/satoumasayuki2_chapter1/ Fri, 01 Feb 2019 09:37:41 0 佐藤 正之(さとう まさゆき) 三重大学大学院 医学系研究科 認知症医療学講座 准教授/三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長 /onkenscope/?p=3733

認知症の現況

現在、日本の認知症患者数は約500万人とされています。認知症予備群である軽度認知障害 (mild cognitive impairment, MCI) の方はさらに400万人います。一説では、MCIの方の8割が5年後には認知症に移行すると言われ、厚生労働省によると2025年の全国の認知症患者は、少なくとも700万人に上ると予測されています。この数字はむしろ低めに見積もったもので、研究者の間では2025年の認知症患者数は約1,000万人になると考えられています。少子化・核家族化により家族が出来る認知症への対応が限られている今日、認知症は医学はもちろん、社会、経済を含む我が国の喫緊の課題です。

 

世界に目を転じてみると、認知症が地球規模の問題であることが分かります。2013年12月にロンドンで“G8認知症サミット”の初回会合が開催されました。それによると、世界で認知症に費やされる金額は年60兆円にのぼり、これはロシアの国家予算の約1.5倍に相当します。また、認知症患者の60%は中・低所得国に存在しますが、国家的対策を講じているのは先進国を含めわずか10数か国に過ぎません。今後は平均寿命の世界的延伸、経済格差の増大から、全世界で認知症は大問題となっていくと思われます。今も世界各地で宗教や主義・主張の違いによる戦闘・戦争が絶えません。しかし“老い”はそれらの如何を問わず、等しくすべての人に訪れます。無益な戦いは止めて、人類共通の敵である認知症に、世界が手を携えて立ち向かうときが来ていると私は考えます。

 

寿命が延びれば高齢者が増え、認知症が増える‥では、認知症の増大は避けては通れない、手の施しようのない事象なのでしょうか?ここにひとつの報告があります。英国では20年以上前から、認知症予防に力を入れてきました。具体的には、高血圧や糖尿病などいわゆるメタボリック症候群のコントロールを推奨し、野菜などのビタミンの摂取、運動の重要性などを説いて回りました。その結果、1989~1994年に比し、2008~2011年での認知症の発症率が初めて低下に転じたのです (Matthews, 2013)※1。それまで認知症の発症率を調べると増加一辺倒だった中で、この報告は研究者の間に大きな反響を呼びました。英国では長年の取り組みの成果がようやく発症率の減少という目に見える形で現れた、つまり認知症はある程度、予防可能なことをこの報告は示しています。

認知症とは?

認知症ときくと多くの人はもの忘れを連想するでしょう。もの忘れが多くの認知症患者の主症状であることは確かです。しかし、もの忘れはあくまで健忘症で、認知症とは異なります。認知症というにはもの忘れだけでは不十分で、それにプラスαが加わったとき、初めて認知症ということができます。

satoumasayuki2_chapter1_fig1

図1 認知症とは?

そのプラスαとは何でしょうか?それは生活障害です。人や物の名前が出てこない、あれ・それなどの代名詞が増えたなどは、ほぼすべての高齢者にみられます。これらは正常な老化現象であり、認知症とはいいません。なぜなら、そのようなもの忘れは、その人の生活にとって少なくとも大きな支障とはならないからです。認知症というからには、もの忘れが原因でその人の生活に障害が生じている、あるいはその人の教育レベルや職歴、これまでのパフォーマンスからみて現在のそれが単なる老化では説明できないくらいに低下してきていることが必要です (図1)。

 

認知症の症状は、大きく「中核症状」と「BPSD (behavioral and psychological symptoms of dementia)」 に分けられます (図2)。

satoumasayuki2_chapter1_fig2

図2 認知症の症状

「中核症状」とは、いわゆる認知機能障害のことで、もの忘れが代表です。認知症で生じる認知機能障害は、もの忘れ以外にもたくさんあります。例えば“手際”や“段取り”の障害である実行機能障害はもう一つの重要な中核症状です。

「BPSD」は、認知症患者の行動・心理上の症状のことで、前者には徘徊や暴力、暴言、後者には幻覚、妄想などが含まれます。以前は周辺症状と言われていましたが、中核症状と同等に (ときにはそれよりも) 患者の療養・介護の成否を決定すること、“中核”に対する“周辺”という言葉のために医師や介護者が「たいしたことはないもの」「とるに足らないもの」との間違った概念をもってしまう恐れのあることから、本邦でもBPSDという英語がそのまま用いられています。BPSDは中核症状に影響を与えます。例えば、興奮や妄想があると知的機能も混乱を来しやすいです。一方。中核症状がBPSDに影響するかは、結論は出ていません。認知症への治療や予防、対応というときには、中核症状とBPSDの両者が対象となり得ます。

認知症に対する非薬物療法

認知症の薬物療法以外をまとめて、「非薬物療法 (non-pharmacological intervention) 」と呼びます。非薬物療法が対象とするのは、患者の認知機能障害、BPSD、生活障害であり、認知症患者の症状すべてです。

 

非薬物療法には次のようなものが含まれます:運動療法 (physical exercise)、認知刺激療法 (cognitive stimulation)、回想法 (life review)、現実見当識訓練 (reality orientation)、光療法 (light therapy)、音楽療法 (music therapy)。

 

2017年に発行された「認知症疾患治療ガイドライン2017」(日本神経学会編)によると、認知症の非薬物療法の中で有効性がほぼ確立しているのは、運動療法のみです。運動療法は、健常高齢者と軽度認知障害 (MCI) の患者の認知症の発症予防・進行抑制に有効とされ、推奨グレード1 (強い推奨)・エビデンス強度B (中等度の根拠) が与えられています。運動療法以外はすべて、推奨グレード 2 (弱い推奨)・エビデンス強度 C  (弱い根拠) です。

 

そのような中、音楽療法のBPSDへの有効性について初めて本ガイドラインに、推奨グレードやエビデンスレベルは付与されていない見解として記載がなされました。この10年間で音楽療法がBPSDの治療や発症予防に有効であるという多数の介入研究・メタアナリシスが報告されており、音楽療法のBPSDへの有効性はエビデンスとしてほぼ確立していると言えます。

非薬物療法は多くの施設、デイサービスで行われていますが、現時点でのエビデンスは総じて弱いです。それは決して非薬物療法の効果が乏しいからではなく、科学的に十分な質を伴った報告の少ないことが原因です。今後の良質な研究の蓄積が期待されます。

  • ※1 Matthews FE, Arthur A, Bames AL, Bond J, Jagger C, Robinson L, Brayne C. A two-decade comparison of prevalence of dementia in individuals aged 65 years and older from three geographical areas of England: results of the Cognitive Function and Ageing Study I and II. Lancet, 382: 1405-12, 2013.
]]>
音の高低を聞き分ける!?赤ちゃんの豊かな「音把握力」 /onkenscope/maruyamashin4_chapter1/ Tue, 08 Jan 2019 10:05:36 0 /onkenscope/?p=3666 img-04-02img-04-02

]]>
子どもの想像力&創造力をはぐくむ音楽遊び /onkenscope/kajikawasachiyo6_chapter1/ Tue, 08 Jan 2019 09:00:50 0 /onkenscope/?p=3605 img-04-02img-04-02

]]>
芸術家の才能発掘プロジェクト -脳波とAIを用いた創造性の個性抽出法の開発- /onkenscope/daikokutatsuya1_chapter1/ Wed, 19 Dec 2018 10:00:06 0 大黒 達也(だいこく たつや) Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences http://www-yamaha-mf-or-jp.dev.wsys.yamaha.co.jp/onkenscope/?p=2898

音楽への興味〜数学的法則性〜

私は幼い頃からピアノに触れ、どういう音と音の組み合わせでどのような現象(物理的共鳴とその感覚、環境変化)が起こるのかということを自分なりに解釈しながら独学で作曲をしておりました。小学生の頃に代理和音の法則に気づき(3と7、9と13の音の入れ替え)、それが見事に綺麗な響きになるとわかった時の感動を今でも覚えております。当時は今ほど楽譜や音源が簡単に手に入らなかったので、スーパーに流れている曲や実家にあったCD等から代理和音的な響きを使っているものがないか、しらみ潰しに探した結果、Jazzに出会いました。見えない他者と法則性を共有できた喜びと同時に、大発見と思っていたことが常識だったことにショックを受けました。

それ以降は、音楽だけではなく、あらゆる現象の法則性や最適化問題のようなものを考え、学校のテストもいかに覚える量を最小限にして高得点が取れるかばかり考えて肝心の勉強が手につかず最終的に赤点をとったり、シェパードトーンからなる循環和音の3と7の音の交差が頭の中で永遠と鳴り続けて気が狂いそうになったりして家族に本気で相談したのを覚えています。

実は研究者になろうと思った記憶はあまりなく、むしろ昔から作曲家になろうと思っておりました。しかし作曲家は音楽の研究者でもあり、そういう意味では幼い頃から研究と実験を繰り返してきたのだと思います。

将棋・チェスから得たヒント ~“コミュニケーション”という普遍性~

私は、研究をする上で将棋やチェスから多くのヒントを得ています。元々、物心つく頃から毎日スパルタ(?)のように父と将棋をやっていましたが一度も勝つことができず、父の部屋にあった必勝本のようなものを読んでも最初の1ページで眠気が襲う始末でした。

しかしあるとき、父が読破した必勝本の必勝法を考えれば必ず勝てるじゃないかと思い、対戦データと照らし合わせながら父の将棋モデルを考えてみました。

結果、自分の最高勝率ルートを計算するのではなく、相手の最高勝率ルートを相手に認識させるよう誘導(干渉)することで自分の勝率が上がることがわかりました(図1)。

最終的には90%位の確率で勝てるようになりましたが、自分はむしろ、いわゆる逸脱的な残りの10%の方に興味を持ち、「なぜヒトは、ごく稀に予測不能なことをしようとするのか」というテーマにぶつかりました。

考えてみると、既存の音楽理論に基づいて作曲された音楽にも少なからず個性がありますし、シェーンベルグの12音技法のように新しい理論をもとめていろいろな手段も取られてきました。

なぜヒトの創造性には、既存の知識の枠のなかに表現を納めようとする表現意欲と、既存の知識から逸脱しようとする表現意欲の相反する二つの力が互いに引き合うような形で存在しているのでしょうか。

figure_1_s

図1 将棋やチェスの意思決定モデルの変動の例

相手の打つ手が白ブロック、自分の打つ手が黒ブロックとする。最終的に相手が [B] を打つと相手が勝ち、 [C] を打つと自分が勝つとする。相手が [A] を打った後、自分が [A’] を打つより、一旦 [B’] という手を介することで、相手は [B’] [D] [C’] [B] という勝ちへのルートを確信し、[D] [A’] [C] の危険性が見えなくなる可能性が高い。

この、干渉(コミュニケーション)、普遍法則とその逸脱性が、今の私の音楽研究のキーワードとなります。

将棋やチェスと音楽の創造性は似ていると思います。最初の第1手である程度目的地までの最適ルートが何パターンかでき上がること、各々の意思決定モデルは決して独立的に更新されるのではなく、他者とコミュニケーションし合っていること、そして、モデルの逸脱こそが進化の第一歩であることなどです。

各々の個性の共通分母を「普遍的法則」とするだけでなく、共通分母を差し引いた残りが個々の「芸術的才能の潜在的可能性」なのではないかと仮説を立てています。また、互いの個性のコミュニケーションにこそ普遍的法則が内在し、そのコミュニケーションが個性の助長にも寄与していると考えております。

脳の潜在学習

高校の頃は、夜行バスで実家の青森から東京まで通い、大学の先生方から本格的に音楽理論を学びましたが、その音楽理論があまりにも利に敵いすぎていて違和感を感じ、もはや手も足も出なくなってしまいました。

高校3年間は音楽のことばかり考えておりましたが、別の視点を求め大学では医学を学ぶことにしました。一方、学部時代はレストランやラウンジでピアノの即興演奏や編曲の仕事もしていました。毎回ぶっつけ本番で即興演奏をしていましたが、直感的になればなるほど自分の個性が顕著にあらわれ、だんだんと飽きてくるので、時々逸脱した音を試してみたくなります。それによって、聴き手の表情が変化したり、本当に不快すぎて(演奏している自分自身も)お客さんに怒鳴られたりもしましたが、そこから創造性における普遍法則、他者干渉、逸脱性を体現したのだと思っています。

そして、創造性の個性とは何なのかという疑問がより顕在化し、それを解決すべく大学院に進学して音楽と脳の研究に取り組みました。

大学院時代は、指導教員から潜在学習というテーマを与えていただきました。潜在学習とは、意識や注意に依存せずに発動する脳に普遍的な学習システムであり、その神経メカニズムの1つとして統計学習が主張されています※1。これは、系列情報の遷移確率を意識下で脳が計算し学習するシステムであり、その潜在性ゆえに学習者本人は学習した知識に自身の行動が左右されていることに気づきません。

大学院時代の研究成果により、この統計学習効果を神経生理的に評価できることがわかり、音楽聴取時にも統計学習が行われている可能性を示唆しました※2

創造性の個性抽出法を用いた、芸術家の潜在的な才能発掘に向けて

学位取得後はすぐ、イギリスのオックスフォード大学で働き、現在はドイツのマックスプランク研究所にてProf. Koelschらと統計学習の研究を継続しています。統計学習は自動作曲でも用いられている概念で、音楽の遷移確率分布を機械に統計学習させることで、その統計分布に基づいて原曲に似た曲を機械が自動生成するようなシステムを作ることができます。

私は、この概念に基づいて曲の個性を抽出できないか考え、ベートーベンのピアノソナタ全曲、バッハの平均律クラヴィーア曲集全曲、ジャズの即興演奏、世界中の子供のための歌、計600曲以上を解析しました。その結果、一作曲家が生涯作った曲を一曲一曲モデル化し、それらを作曲時期の時系列順に並べると、初期に頻繁に用いていたフレーズを後期では用いなくなっていることがわかり※3、作曲する中で新しい音楽を試そうとする意欲が反映している可能性が示唆されました。

さらに、即興演奏から、演奏者毎の個性も抽出することができました(図2)。

daikoku_graph1 (350x317)

図2 即興演奏の統計分布に基づいた個性の抽出。演奏者毎に記号で表す。

現在は、Dr.Sammlerらの研究により※4、ピアノ演奏時の脳波活動を評価できることが示唆されています。現在はこれを応用して、即興演奏時の脳波とMIDI演奏データを用いて、神経生理とAI技術を組み合わせた創造性の個性抽出法の開発に取り組んでいます(※5、特許出願済)。私は、これを用いることで、これまで見えてこなかった芸術家の潜在的な才能を発掘できるのではないかと考えています。

そして、将来的には国内外の音楽大学にて、個々の才能を最大限に発掘できるようなプランを設定したり、成長過程の評価など、音楽教育へ応用できるよう取り組んでいます。例えば、ビル・エバンスのような即興演奏を自然にできるようになりたいと思った場合、ビル・エバンスの過去の演奏履歴から統計知識的法則を抽出し、それに基づいてフレーズ集を提示することで、効率の良い最適な練習が可能になると考えています。

daikoku_photo2 (350x267)

図3 脳波とAIを用いた創造性の個性抽出法の開発。MIDI信号を使って即興演奏情報を機械学習させモデル化し(PC、左)、そのモデルに基づいて奏者の個性を判断し、奏者毎に最適な練習用フレーズパターンを提供する。また、演奏時の脳波活動も同時に記録し、モデルのエントロピーと脳波の学習効果の相関性を検証する。

最後に、私は少なくとも芸術はシンプルに整理されるべきだと考えていますが、綺麗である必要はないと思っています。つまり、芸術表現は普遍的な方程式で表現されるはずだと思っていますが、固定した1つの方程式のみで必然的に解決されるのではなく、その方程式自体に偶然性が表現され、進化し得るものであるべきだと考えています。

変化ではなくあくまで進化であるための最低限の制約として、AIでいう識別関数のような法則性が存在するのだと考えています。私は、その普遍法則として脳の統計知識が密接に関与し、コミュニケーション、逸脱性に関連した、統計知識のアップデートによって創造性の個性が生まれるのではないかと考えています。

  • ※1 Saffran, J.R.; Aslin, R.N.; Newport, E.L. Statistical learning by 8-month-old infants. Science 1996, 274, 1926e1928.
  • ※2 Daikoku, T.; Yatomi, Y.; Yumoto, M. Statistical learning of music- and language-like sequences and tolerance for spectral shifts. Neurobiol Learn Mem. 2015, 118, 8-19.
  • ※3 Daikoku, T. Time-course variation of statistics embedded in music: Corpus study on implicit learning and knowledge. PloS ONE 2018, .
  • ※4 Bianco R, Novembre G, Keller PE, Villringer A, Sammler D. Musical genre-dependent behavioural and EEG signatures of action planning. A comparison between classical and jazz pianists. Neuroimage. 2018, 169, 383-394.
  • ※5 大黒達也. 音楽情報の特徴解析方法及びその装置. (特願2017-242127)
]]>