人前で演奏するとき、自分の演奏する姿を意識したことはありませんか? お客さんの目にどう映っているのだろう、表情が硬いかな、衣装はどうしよう…など、気になることもあるかもしれません。また、音楽を聴くときも、ライブコンサートやインターネット、DVDなどで、演奏を「見る」ことも多いのではないでしょうか。
では、演奏する姿は、演奏や鑑賞にどう影響するのでしょうか? 演奏を「見る」ことと、「聴く」ことは、どう関わり合っているのでしょうか? 最終回では、これらのトピックについてお話します。
人前で演奏するとき、自分の演奏する姿を意識したことはありませんか? お客さんの目にどう映っているのだろう、表情が硬いかな、衣装はどうしよう…など、気になることもあるかもしれません。また、音楽を聴くときも、ライブコンサートやインターネット、DVDなどで、演奏を「見る」ことも多いのではないでしょうか。
では、演奏する姿は、演奏や鑑賞にどう影響するのでしょうか? 演奏を「見る」ことと、「聴く」ことは、どう関わり合っているのでしょうか? 最終回では、これらのトピックについてお話します。
演奏する姿は何を伝えるのでしょうか?この疑問に答えるべく、いろいろな研究が行われています※1。たとえば、反射マーカーの点々で表された身体の動きだけで、演奏表現の大きさが伝わるか調べた研究があります※2。実験では、バイオリニストが、身体の各部の関節に反射マーカーを付け、3通りの表現の大きさ(無表情・通常通り・誇張)で、モーツァルトのバイオリン協奏曲などを演奏しました。鑑賞者は、それを3条件(音だけ・マーカーの映像だけ・音+マーカーの映像)で視聴し、演奏表現の大きさを判断しました。すると、マーカーの映像があるとき、最もうまく表現が区別できていました。つまり、音よりも動きの方が、表現をよく伝えていたのです。
演奏中の身体の動きは、感情も伝えます。マリンバ演奏の実験では、演奏者が感情を表現しながら演奏し、鑑賞者がその映像を音なしで見て、表された感情(恐れ・怒り・喜び・悲しみ)の強さを評価しました※3。この評価と、演奏者が表そうとした感情を照らし合わせると、一致していました。身体の動きで、感情がちゃんと伝わっていたのです。さらにこの実験では、身体の動きの特徴も感情の読み取りに関係していました。たとえば、動作の遅さは悲しみの表現として、動作の速さと大きさは喜びの表現と関係していました。
演奏中の表情も、感情を読み取る手がかりになります。声楽家がいろいろな感情表現(喜び・悲しみなど)で、歌詞のないフォーレのボカリーゼを歌い分けた研究が、その例です※4。実験では、歌唱が、3条件(音だけ・映像だけ・音+映像)で流され、鑑賞者が感情の印象を評価しました。その結果、映像+音の条件で、最もうまく感情が読み取られていました。一方、音だけでは、感情が十分に区別できず、悲しみと恐れなどが混同されていました。
演奏者の表情や動きは、音程や演奏のテクニックなども伝えます。歌手の表情だけを見ただけで(音を聴かずに)、鑑賞者が歌の音程を区別できた研究が一例です※5。また、バイオリンやビオラのビブラートの演奏映像と音がどうかかわっているか調べた研究もあります※6。実験では、あまり熟達していない演奏者を評価する場合、演奏している映像があれば、ビブラートの全体的な評価が高くなることが観察されています。この研究は結論として、弦楽器の先生は生徒のビブラートの上達を測る場合、ときには生徒を見ないことも必要だろうと、示唆しています。
このように、身体や表情は、演奏の印象や音を伝えるパワフルな手段になります。ただし、やみくもに動けばよいものでもなく、「最適な」スタイルがあるかもしれないことも指摘されています※7。また、演奏のエチケットなどにより、あまり派手なジェスチャーや表情が出しにくい場合もあるでしょう※8。演奏される場面によって、どのような視覚的な表現が適切なのかは、今後検討されるべき課題です。
演奏者の見た目や服装も、演奏評価にかかわるのでしょうか? たとえば、歌手の外見的な魅力が、歌唱評価にどう影響するか調べた研究があります。実験では、歌唱が3条件(音だけ・映像だけ・音+映像)で流されました※9。そして鑑賞者が、歌唱の質および歌手の外見的な魅力を評価しました。すると、音+映像の条件で、外見的な魅力が高い歌手の歌唱は、そうでない歌手に比べて高く評価されていました。
演奏者の服装も、演奏に対する好みを左右します。演奏者の服装によって、演奏の評価が変わるかを調べた実験では、女性バイオリニストが4種類の服装(ジーンズにTシャツ・ナイトクラブドレス・コンサートドレス・からだに付けたマーカーだけ)で、クラシックの曲を演奏しました※10。そして、それぞれの映像に、全く同じ演奏音を重ねて流し、音楽家が演奏を評価しました。その結果、音は同じなのに、コンサートドレスでの演奏が圧倒的に好まれました。
演奏者が鑑賞者に向ける視線も、演奏の印象のよしあしにつながることが示されています。その研究では、演奏者が、鑑賞者の方を向く頻度を変えた映像を使い、演奏の印象に差があるかを調べました※11。実験では、プロの演奏者に、全くカメラを見ない条件や、30秒に1回見る条件などで、ビリー・ジョエルなどのポップスをピアノで弾いてもらいました。その演奏映像を鑑賞者が評価した結果、演奏者がカメラの方(つまり鑑賞者の方)を向く回数が多い演奏が、少ない演奏よりも好まれ、表現力豊かであると評価されました。もちろん、演奏者の視線は、状況によって、楽譜や楽器、指揮者や共演者などにも向けられるので※12、ずっと観客の方を向いているわけにはいきません。しかし、TPOに合わせてうまく視線を使えば、印象を上げるのに有効かもしれません。
演奏は場合によっては、「見られる」ものです。従って、いかに見せる(魅せる)か意識することも、よりよい演奏には必要なのでしょう。能の世阿弥は、観客の立場で自分の姿を見て、舞姿を優美に保つ「離見(りけん)の見(けん)」の大切さを説いています※13。そのような人前でのパフォーマンスにおける見る・見られることの重要性は、音楽にもあてはまると考えられます。
それでは、鑑賞において、見え方の影響はどれくらい強いのでしょうか? 演奏の見え方と聴こえ方の影響を調べた15件の研究に対する分析では、見え方が、演奏の好みなどの評価に深くかかわっていることがわかりました※14。とはいえ、ドラムとサックスの感情表現の判断などでは、聴こえ方の影響が、見え方より強かった例もあります※15。しかし、先ほどの声楽家の感情表現の研究※4などのように、全体的な傾向として、見え方のインパクトは強いようです。
表現の大きさの伝わり方(無表情・通常通り・誇張など)を調べた研究では、見え方のほうが、聴こえ方よりも影響した結果が多く出ています。たとえば、ピアノ演奏※16やバイオリン演奏※2、クラリネット演奏※17などの研究です。ピアノ演奏の実験では、ショパンのノクターンを使い、音と演奏映像をいろいろ組み合わせて、鑑賞者に表現の大きさをたずねました。たとえば「無表情な演奏の音+誇張した演奏の映像」などです。その結果、映像の方が、音よりも表現の大きさの判断に影響していました。
たった6秒の音なしの映像を見ただけでも、鑑賞者がコンクールの優勝者を当てられたことも報告されています※18。実験では、世界的に有名な10のコンクール(たとえば、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール)の映像が使われました。合計1164人がそれを視聴し、優勝者が誰かを予想しました。すると、鑑賞者の多くは、音が重要であると考えていたにもかかわらず、映像だけを見たときに、優勝者を当てられる確率が高かったのです。一方、音だけ、あるいは音+映像では、ランダムに選んだのと同じ程度か低い確率でしか優勝者を当てられませんでした。しかも、この傾向は、音楽経験の有無によりませんでした。見え方が鑑賞に与えるインパクトの強さを物語る結果です。
では、観客も、積極的に「見よう・見たい」と思っているのでしょうか? この疑問を探るべく、われわれは、実在のコンサートホールの座席表を使い、座りたい座席とその理由を調査しました※19。音楽専攻生60人と一般学生65人に、クラシックからロックまでいろいろな種類の音楽コンサートを想定して答えてもらいました。そうしたところ、音楽専攻生でも一般学生でも、「演奏者の見やすさ」が、「音の良さ」よりも座席選びの決め手になっていました(図)。この結果は、演奏を見たい意思の強さを示しています。最近のコンサートホールのWebサイトでは、座席からのステージの見え方が載っているところも多くありますが、それも観客の見ることへのニーズに応えたものといえるでしょう。
以上をまとめれば、音楽を「見ながら聴く」場合、見え方は鑑賞者にとても大きな影響を及ぼしていることが、さまざまな研究で示されていました。もちろん、一部の曲を除けば、音楽は音あってのものなので、見え方がよければそれでよい、というわけではありません。とはいえ、シューマンは、リストのコンサートでの演奏について、次のように述べています。「もしリストが舞台の裏で演奏していれば、詩的なものの大部分は失われてしまうだろう」※20。この言葉は、音楽における「見ること・見られること」の大切さを、問いかけているのかもしれません。
これまでの4回の連載では、音楽のもつコミュニケーションの側面についてお話してきました。誰かとのセッションで、新しい何かが生まれる。コンサートに行って、心がゆさぶられる。このような魅力的な音楽のコミュニケーションが、科学的に研究されていることを、多くの方に知っていただき、成果を演奏や鑑賞に生かしていただければ幸いです。もちろん、十分にご紹介できなかった研究や、まだ手が付けられていないトピックも、たくさんあります。これからも、音楽を演奏する方、聴く方のどちらにも役立つ研究を続け、またの機会に成果をお話できればと願っています。