辰本 幸子さん
(たつもと ゆきこ)
インタビュー
産婦人科医
インタビューページへかつてJOCに出演、学んだ頃の皆さんの
エピソードをご紹介♪
JOCで学んでいる皆さんの
エピソードをご紹介♪
卒業生で活躍中のアーティストの方々の
メッセージをご紹介♪
現在、映画・ドラマ・アニメなど幅広いメディアで活躍されている、作曲家の菅野祐悟さん。小学生のときに参加したJOCの思い出や、現在に至る創作活動についてさまざまなお話を伺いました。
モンスターハンターシリーズで音楽監修と作曲を担当し、現在はテレビやCM、アニメなど幅広いジャンルで活躍されている小見山優子さんに、作曲を始めたきっかけ、ゲーム音楽との出会いから現在のお仕事の様子など、お話を伺いました。
第17~19回合歓コンサート(JOC)に出演。初めて創った楽曲の演奏&当時の想い出などをお話しいただきました。
ご自身の経験や生徒さんについてなど、
さまざまなエピソードをご紹介♪
大本 由加 講師OOMOTO Yuka
ワタナベミュージックラボ
私がヤマハに通い始めたのは、幼児科からだったと思います。その後ジュニア専門コースに進み、そこで作曲を学びました。2年生までは言われたままにしてたと思います。3年生ぐらいからは、自分で考えるようになってきて、好きだったアニメの曲を真似して創っていたように思います。当時は、小林亜星さんや、宮川泰さん、はたまたカーペンターズ、荒井由実さんらのメロディーを口ずさんでいました。
それから十数年が過ぎて、まさか自分が作曲した曲で学生時代の仲間とミュージカルの舞台で踊ったり、歌ったりする日が来るとは夢にも思いませんでした。
今振り返ると、幼少期に素地作りがされてたのかなとつくづく感心させられています。
城山 美樹 講師SHIROYAMA Miki
ヤマハミュージックリテイリング銀座店 ユニスタイル所沢
「来週のレッスンまでに、短いメロディー作ってきてね」
小学5年のある日、カバンを持って帰ろうとしたら先生の言葉が追いかけてきた。
なんだ?メロディーを作るとは?
いつも右手で弾いてるモノ?それを作る?
わたしが?作れるものなの???
作曲との出会いはこの日だった。
幸い4小節ほどの「短いメロディー」は、数日後に浮かんだけれど、コレをどうするのかは全くわからず。翌週のレッスンで弾いてみると、
「伴奏つけてきて」
「続きはどうしたい?」
「楽譜にしてきて」
えぇー???
それからは毎週の宿題に戸惑いながらもレジストを決め、曲名を決め、ついには教室で録音する流れとなっていった。
今までは「誰かが作った曲」が「エレクトーンで弾ける楽譜」になっていて、そこから知識やら表現法を学んでいた。しかし自分が作曲してそれを演奏するとなると、大げさだが「それまでの音楽人生の集大成」なんだと気づいた。
ただ音符を並べるだけでは楽譜にならない。どんなテンポで、どんな風に弾きたい曲なのかを記号や楽語で書いていく。楽譜に書いていく中で、演奏表現が固まっていく。
今までのレッスンで先生に言われてきた多くの言葉が、ようやく腑に落ちた。
音楽は、自分の想いを表現するものなんだ。
録音したその曲はフロアコンサートで弾くことになり、さらに後日、大きなホールで演奏することとなっていった。
プログラムに載っている曲名と、当日の私の演奏で、客席の方達はいったい何を受け取るのだろうか?と考えたことを、今でも覚えている。
今、ヤマハ音楽教室の講師として、
「短いメロディーを作ってきてね」
と声をかける時、子ども達の表情を目で追ってみる。
ちょっと戸惑ってる?
ワクワクしてそうかな。
作曲と出会った先の道は、きっと未開の地。
どんな景色でもいい。その中で、自分からしか生まれないメロディーやハーモニーとたくさん戯れてほしい。
それは必ず、その子の音楽人生の中に残り続けるものになるから。
梅﨑 真純 講師UMEZAKI Masumi
コンド―楽器
JOCについての思い出は数え切れないほどあります。小2の時の作品を一音も変えずに発表会で披露してくれた藝大生、感激して涙が止まりませんでした。現在では舞妓さんになっている生徒さんもいます。Youtubeで動画を見た、というお客様もいるそうで、コロナ禍の中舞妓の姿でストリートピアノを弾いて活躍しています。ジュニア専門コースではない生徒さんたちは、一音一音大切に繋ぎ、心に残るアンサンブルをたくさん残してくれました。コロナ禍で会えないまま亡くなってしまった祖父への想いを曲にし、披露してくれた中学生もいます。コンクールとはまた違った、成長する子どもたちの心に大きく影響を与えてくれるコンサートだと思っています。
畔田 泰江 講師KURODA Yasue
大村楽器店
JOC作品の曲名を通して子どもたちが、今何を考え、思っているかの一部を垣間見ることができました。
◆ 子どもの気持ちを感じた曲名
『ぼくのピーちゃんポーちゃん』
とても可愛がっているジュウシマツのことを曲にしてくれました。
『さびしいことり』
同じ絵をみているのにどうしてこの曲名になったのか聞いてみたところ、本人は、モジモジ。お母様にお聞きしましたら、「あっ!」と、3月に妹が産まれたので、本人の気持ちかもしれませんと。その後、妹思いのお姉さんになりました。
『作曲やだな』
作曲がやだなという気持ちを表すために、いろいろな調(短調)は、でてくるのですが、明るい調は、あえて使わない所に注目してほしいと、話していました。裏を返せば作曲は、面白いということだと思います。
聞いてくださった方から、「気持ちがわかる。最後のテーマが やだな!やだな!って聞こえたよ」と。
◆ 時世を感じた曲名
『メタボのオバサン大変身!』
メタボリックシンドロームが世の中で騒がれはじめた頃、大人の話しを聞いていたのでしょう。
『モチーフまだ作ってないけど、曲名を考えたよ。』
ワシャワシャした楽しい曲になりました。
曲名では、ありませんが、2011年、東日本大震災が起きた年のできごとをご紹介します。
ソナタ形式の話しをしていました。
「どういう作りになってたかな?」
「ていじぶ・てんかいぶ えっともうひとつは、さいがいぶ」
えっ?子ども心に、思うことがあったのだと思います。その後で、「さいがいぶではなくて、さいげんぶ!だね。」切なくなりました。
最後に、修了を迎えた生徒さんが話してくれた言葉。
「私は、ヤマハで、いろいろなことがあったけど、それを乗り越えられた。だからこれから先、どんなことがあっても乗り越えられると思う」そう言って卒業していきました。 私が何かでつまづきそうになる時に、この言葉を思いだすことにしています。
今年も、素敵な曲名に出会えることを楽しみにしています。
中澤 圭子 講師NAKAZAWA Keiko
ヤマハミュージックリテイリング仙台店
私自身が幼稚園からヤマハで音楽をまなび、楽しい思い出が沢山あります。なかでも、小学生の時に作曲でコンサートに出演した事が、ヤマハでお仕事をするきっかけになったように思います。 先生に楽譜の書き方を教えて頂いたり、特別レッスンでいつも会わない先生に教えて頂いたり、色々な地域の生徒さんの演奏を聴いたり…刺激あふれる体験を沢山させて頂きました。
やっぱり音楽は楽しい!!そんな体験をたくさんの子供達と共有したいなあと講師になりました。コロナ禍で対面の触れあいが制限される中、音楽の持つ力も改めて感じています。音楽で『心が動く体験を』、そして『心の声を音楽で』表現していく感動が、沢山広がっていきますように。
松川 惟子 講師MATSUKAWA Yuiko
ヤマハミュージックリテイリング札幌店
2歳からヤマハ音楽教室に通わせてもらい、そこから音楽人生がスタートしました。
小学校中学年頃『My Dream』という曲を初めて作曲し、こんなのがあるよ!と勧めてもらったのがJOCでした。
当時は、楽しい=作曲が好きというより、お友達とコンサートに出られることの方が嬉しいという気持ちでいたと思います。
それから毎年作曲して披露する、中学生に上がると友人とアンサンブルして披露し、徐々に作曲することが好きという感情になりました。
高校生に上がるとコンクールで演奏する曲を自作するお姉さんがいて衝撃を受け、気がつけば自身でも“作曲してコンクールで弾こう”という自我が芽生えたのも覚えています。
大学生になり音楽を続けることが苦しい時期に作った曲、社会人時代に作った曲、その時その時に作った曲はたくさんの思い出がありますが、講師を目指そうと奮起している時に作った『Answer of a “Dream”』という曲が自身の中でも特別な1曲の1つです。直訳すると“夢の答え”。小学生で初めて作った『My Dream』(私の夢)の“答え”のアンサーソングであります。自分の中で悩んでもがいて、それでも講師になりたいという夢、掴んだその時がこの曲の完成形となりました。勤めていた職場を退職し講師2年目になります。まだまだ至らない点が沢山ありますがこの曲に支えられ、そして今まで指導してくださった方、関わってくださった方、感謝の気持ちと恩返しをし、夢の答えとして、これからも進んでいきたいと思います。