活動リポート:嘉屋 翔太(ピアノ)

2022年度の支援対象者で、現在東京音楽大学大学院1年に在学中の嘉屋翔太さんにお話しを伺いました。

自分の音楽人生に影響を与えた瞬間

私の家族や親戚には、音楽を生業とする人がいません。その影響もあってか、私がピアノを習い始めた後、強い憧れを抱く対象となったのは誰もが知る有名な作品−とりわけベートーヴェンの『月光』ソナタの終楽章でした。自動演奏ピアノで再生されていたそのほとばしるような音楽に純粋な好奇心をくすぐられ、頭から離れなくなりました。
その後まもなく、映画『アマデウス』に出会うと同時にモーツァルトの『レクイエム』を好んで聴くようになり、初めて自らCDが欲しいと親にねだったのもこの作品でした。当時習っていたピアノ曲はメンデルスゾーンの『ロンド・カプリチオーソ』のように華やかな曲が多く、また自分自身も技巧的な作品を好んでいたにも拘らず、聴き手としては小学生ながらレクイエムの持つ深遠さに心打たれたのです。

レクイエムのおかげですっかりモーツァルト信者と化した私の脳天に雷を落としたのがプロコフィエフでした。中学生になってすぐのこと、その衝撃を忘れることは決してないでしょう。それは未だに親しくしてもらっている音楽の先生が弾く6番のピアノソナタでした。たった冒頭3小節のうちに、今まで経験したことのない鮮烈で背徳的な快感に満ちた世界を目の当たりにした私は、その感動と衝撃が薄れる前に、銀座の街にCDを買いに繰り出し…手にしたアブドゥライモフの録音を何度聴いたことか。思えばそのレコーディングにはホロヴィッツ編のサン=サーンスの『死の舞踏』やプロコフィエフの『悪魔的暗示』、リストの『孤独の中の神の祝福』など、現在に至るまでピアニストとしての私の音楽観に影響を与えた作曲家の作品が大量に含まれていました。この時から私は近現代の、特にロシア音楽に心を奪われていきます。

1週間の滞在中3回のソロ演奏と2回のコンチェルトというドイツ演奏旅行、そのうちの1つがこちら、皆英語が堪能で助かりました…特に田舎ではドイツ語しか喋らない人がたくさんいます

リストが実際に演奏したヴィルヘルムシュタール城のテレマンザール、今年修復保全の工事が終わったばかりで、私のコンサートが柿落としだったとのこと…!光栄なことです

生演奏で最も心躍ったのはショスタコーヴィチの『チェロ協奏曲第1番』を聴いた時でしょう。プロコフィエフとの邂逅を果たしてから2年、それはオーチャードホールでの演奏会で、目当てはメインのストラヴィンスキー作曲『春の祭典』でした。しかし前半のプログラムで演奏されたショスタコーヴィチの妖しい響きと不気味な拍動はプロコフィエフに負けず劣らず魅惑的で、なおかつ鳥肌が立つほど感動的でした。お目当てのストラヴィンスキーの印象が思い出せないほどです。ショスタコーヴィチは素晴らしいピアノのための『24の前奏曲とフーガ』などといった作品も遺していますが、このチェロ協奏曲や後期の交響曲、弦楽四重奏曲のような、ともすると醜悪なエネルギーを秘めた曲をもっと多く遺していたらと残念でなりません。

そんなわけで私の中学3年間は近代ロシア音楽に彩られた時期でした。実を言うとその裏で私はブラームスを、特に交響曲のジャンルにおいて忌み嫌っていました。それは私の所属していた学内オーケストラでの経験の影響が大きいのですが、とにかくブラームスの交響曲は漠然として平坦なつまらないものに思えたのです。

しかし何を思ったのか、高校3年生にもなると唐突にブラームスのピアノ作品に取り組んでみたくなりました。ある種の見栄だったようにも思います。「ブラームスを選ぶなんて渋い!」という様な…そして不思議な縁でそこからブラームスを演奏する機会に恵まれるようになり、とりわけ『クラリネットソナタ第2番』はピアノソロの作品ではないにも拘らず自分の重要なレパートリーとして今も大切にしています。

こうして文章に起こしてみると、自分がピアノ音楽よりもむしろ管弦楽作品を好んできたことに気付かされます。ピアノという楽器が持つ可能性はいつでも驚くべきものですが、同時に自分はピアノを弾くために生きているのではなく、音楽を取り込みまた放出する手段としてピアノに向かっている−いわば呼吸のようなものだと思います。疲れれば呼吸は乱れるように、ピアノは必ず自分自身の状況によって音が変わります。精神的な面においても肉体的な面でも、如実に表れます。時折「あなたにとってピアノとは?」という質問を見かけますが、その点においてピアノは、私にとって鏡のようなものかもしれません。

近くで見れば見るほど磨く箇所が見つかる鏡です。鏡に映るものも、鏡そのものも、どちらも丹念に、愛情深く、育て上げていこうと思います。

テレマンザールでのリハーサル

チューリンゲン・フィルとのリハーサル前、オーケストラの椅子が並んでいるのを見るとワクワクします

アイゼナハの街並み。良い天気なのに人がいません、ところが夜のコンサートには、どこからともなくたくさんのお客さまが現れるのです…不思議

ドイツ演奏旅行、目的地のゴータには午後9時40分に到着、ほの暗い空がなんとも幻想的です

今後の目標

ところで、時々「留学しないの?」と訊かれます。今のところするつもりはありません。理由は主に二つ。まず意識的に外国の先生に師事するようにしており、特別レッスンなどの機会を丁寧に用いるように意識していれば、ヨーロッパの、それも各地の物事の捉え方を学ぶことができるからです。我ながら自分は所謂「日本人的な」思考回路というよりはヨーロッパ風の考え方を持っているように感じます。ゆえに尚更ヨーロッパへ「行かねばならない」という観念は起こらないのです。もちろん本場の空気感は大切です。コンクールでも演奏会でも、機会があれば足を運ぶべきだと考えています。

もう一つは、留学先で日本人のグループとして固まってしまうことを危惧しているからです。私自身今年5月、ドイツでの演奏旅行で周りに一人も日本人がいないという経験をしました。時々は心細いものです。しかしそこで日本人同士で固まり始めては、コミュニティを自ら閉じるようなもの。勇気を持って外国人と積極的にコミュニケーションを図っていかねばなりません。それならいっそ、時々訪問する先々で友人を作っていくのも一つの方法ではないか、と思うのです。

コンクール会場のジュネーヴ音楽院のホール、残響がすごい

ジュネーヴの大噴水、滞在中は何度もこの周りの公園を散歩しました

その点に関して言えば、4月にコンクールを受けた際ジュネーヴに滞在したのは最上の経験の一つです。ステイホーム先として受け入れてくれた家族は皆温かく、お互い空き時間があればお茶を飲みながら楽しく会話(時節柄、戦争や政治の話もありましたが)をできたのは大変嬉しいことでした。観光名所から知る人ぞ知る小路まで紹介してもらい2週間弱の滞在を堪能したのはいうまでもありません。驚いたことにその2ヶ月後日本に観光で訪れるというので、旅程の選定や宿泊予約を共同で作業したのがまた一興でした。

世界がより速く、簡単に繋がるようになった今日。学びの在り方も、新たな局面を迎えているはずだと確信しています。

ホームステイ先のご夫人とジュネーヴを散策、旧市街へと続く歴史ある小路です

ギネス世界記録を持つ花時計。なんだかポップな感じ!

嘉屋 翔太(SHOTA KAYA)さん プロフィール

  • 2000年東京生まれ、3歳よりピアノを始める
  • 開成中学校・高等学校を卒業後東京音楽大学に進学
  • 現在同大学院器楽専攻鍵盤楽器研究領域(ピアノ)修士1年に在学中
  • 第43回PTNAピアノコンペティションPre特級金賞をはじめ、多数の国内コンクールで入賞を重ねる
  • 2021年 第10回フランツ・リスト国際ピアノコンクール(ワイマール)にて最高位の第2位に入賞し、同時に聴衆賞、サン=サーンス最優秀解釈賞を受賞。ピアニストとしての視点に留まらず、室内楽や管弦楽作品への造詣の深さを活かした多面的な作品解釈において高い評価を受けている
  • 2022年9月には自身初となるCD「Voice of Liszt」をリリースした
  • ピアニストとしてソロでの演奏活動、チューリンゲン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする国内外のオーケストラとの共演・アンサンブル等に積極的に勤しむ傍ら、作編曲の分野にも取り組む
  • これまでに石井克典、菊地裕介、佐藤彦大、武田真理、ファルカシュ・ガーボル、ギグラ・カツァラヴァ、故野島稔の各氏に師事
  • シャネル・ピグマリオンデイズ2023参加アーティスト

今後の演奏会予定

  • 2023年10月16日(火)東京音楽大学ACT Project presents ピアノリサイタル(詳細後日)
  • 2023年11月25日(土)シャネル・ピグマリオンデイズ・コンサート第5回(要抽選)
  • 2023年12月6日(水)シャネル・ピグマリオンデイズ・コンサート フィナーレ(要抽選)