ヤマハ音楽支援制度は、優れた音楽能力を有し、将来音楽分野で活躍が期待される若手音楽家への支援として「音楽奨学支援」(13歳以上~25歳以下)を実施しています。
今回は2019年度の支援対象者で、現在、ライプツィヒ・メンデルスゾーン音楽演劇大学演奏家課程でピアノを専攻されている、江崎萌子さんにお話を伺いました。
プロフィール:江崎萌子(エザキ モエコ)
1993年生まれ、4才よりピアノを始める
2012年 桐朋女子高等学校音楽科ピアノ専攻を首席で卒業、玉置善己氏に師事、その後パリ・スコラカントルム、パリ国立高等音楽院にてテオドール・パラスキヴェスコ、フランク・ブラレイ、上田晴子の各氏に師事、修士課程修了
現在ライプツィヒ・メンデルスゾーン演劇音楽大学演奏家課程にてゲラルド・ファウト氏に師事、またイヴリー・ギトリス、メナヘム・プレスラー、マリア・ジョアン・ピレシュの各氏の薫陶を受ける
2004年 第58回全日本学生音楽コンクール小学校の部東京大会第2位
2010年 第20回日本クラシック音楽コンクール全国大会高校女子の部第3位
2011年 第2回桐朋ピアノ・コンペティション第1位
2011年 第80回日本音楽コンクールピアノ部門入選
2013年 第4回東京ピアノコンクール一般部門第2位
2017年 第26回エピナル国際ピアノコンクール(フランス)第4位、併せてオーケストラ賞、現代曲賞を受賞
パリフィルハーモニー大ホールにて、パリ管弦楽団プレリュードコンサートのソリストを務めたのをはじめ、これまでに日本、フランス、ベルギー、ドイツ、オーストリア、イタリア、パキスタンにて演奏、2017年福岡にて大山平一郎氏指揮でモーツァルト『2台のピアノのための協奏曲』を上田晴子氏と共演したほか、東京交響楽団、Orchestre symphonique et lyrique de Nancy等と共演、シャネル・ピグマリオン・デイズ・アーティストとして、2018年東京にて全6回のソロリサイタルを行う、また室内楽にも積極的に取り組み、2014年ザルツブルク=モーツァルト国際室内楽コンクール第2位受賞、ラヴェル音楽祭(フランス)、Music Dialogueディスカバリーシリーズ、シャネル室内楽シリーズ等に出演
現在勉強していること
私は約7年間のフランス生活を経て昨年からドイツ、ライプツィヒの音楽大学の演奏家課程に在籍しています。演奏家課程はドイツ語でMeisterklasseと呼ばれ、修士課程の次の、より自由な研究・演奏活動が可能な課程です。フランスからドイツへ移った理由は、ひとつには本場ドイツでドイツ音楽を学び直したいと思ったこと、もうひとつは、フランスで得た経験や刺激を、確実に演奏につなげる技術と時間が必要だと感じていたことです。
そのためにライプツィヒというバッハやメンデルスゾーンの息吹が残る落ち着いた街と、ファウト先生のレッスンがとても適していると実感しています。レッスンでは、奇をてらうのではなく、楽譜を読み取ることと技術によって、自然に音楽のイメージを浮き彫りにしていく方法や、節制と自由さのバランスに重点が置かれます。そして最終的には感情が一番大事と言ってくださるレッスンで、毎回さまざまなことに気付かされます。
専攻のレッスンを受ける以外にも、私自身が弦楽器奏者に副科ピアノを教えたり、室内楽のグループを組んで授業を受けています。今年の前半は日本人、韓国人、ドイツ人の友人とブラームスの『ピアノ四重奏曲第1番ト短調Op.25』を勉強しました。
音楽を始めたきっかけ
私は、生まれた直後からヨルダンに住み、4歳で日本に帰国すると同時に音楽教室に通いピアノを始めました。両親は音楽が好きですが音楽家ではなく、ピアノも、当時は数あるお稽古ごとのひとつでした。ただ家には多くのCDがあり、車の中ではいつもクラシック音楽が流れていたり、演奏会に連れて行ってもらったりと幼少時から自然に音楽を聴いていたようです。
影響を受けた音楽家・レッスン
近年私が最も強く影響を受けたピアニストを4人挙げてみようと思います。まず1人目は長年のピアノの師であり、生き方においても強い影響を受けた上田晴子先生。高校生の時からパリ音楽院卒業までの約10年の間に教えていただいたこと、経験させていただいたことはとても言葉で表現しきれず、私の血の中に流れています。先生から息の長い音楽家になることの大切さを教わり、今も先生の姿を追うことは私が音楽をやり続ける原動力となっています。
2人目はパリで4年間師事したフランク・ブラレイ先生です。ブラレイ先生のレッスンでは、どこかでよく耳にするような演奏ではなく、もう一度楽譜に立ち返り、音の並びや作曲家からの指示が何を意味し、どんな表現を求めているのかを探して実現していきます。同時に演劇、オーケストラ、歌、ダンス、料理、ジャズ、ロックなど、ピアノという楽器を超えたさまざまな分野からのインスピレーションが多用されるので、それまであまり聴いてこなかったクラシック以外のジャンルに親しみ始めるきっかけにもなりました。先生の手ですくい取られる音楽はいつも全く新しく感動的なものとして私の前に立ち上がり、大きな喜びを与えてくれるピアニストです。
3人目はメナヘム・プレスラー氏。2014年パリ音楽院でのレコーディングに立ち会う機会に恵まれて以来、たびたびお会いしてきました。彼は常に周りの人びとを気にかけ愛するのと同じように、一つ一つの音を愛し、注意を払っています。目の前にあるフレーズや音が一番美しいと思えるまで弾き続け、探し当てると目を輝かせてにっこりする・・・そこに人生におけるたゆまぬ努力と音楽への愛の姿勢を学びました。プレスラー氏にドビュッシーの『ラモー礼賛』やブラームスの『6つの小品Op.118』、モーツァルトの『幻想曲ニ短調K.397』を聴いていただいて以来、ふとすぐ横で彼が目をつむって静かに耳を傾けているような錯覚に陥ることがあります。それは少しでもおざなりに弾いていないかと心が引き締まり、同時に、何か強いものに見守られているかのような温かな感覚です。
そして4人目は、昨年4月に岐阜のサラマンカホールで行われたワークショップで出会ったマリア・ジョアン・ピレシュ氏です。何より感銘を受けたのはその人間性で、彼女が大ホールに立ち続けてきた巨匠ピアニストということを忘れてしまうほど少女のように素直で繊細、かつ他人に優しかったのです。ピアノを囲みながら、また食卓を共にしながら、彼女の発する一言やそのニュアンスに、長年考え続けてたどり着いた哲学や音楽と共に生きる覚悟を垣間見ました。彼女のアドバイスによって音楽とともによりナチュラルに深く呼吸できるようになり、身体と楽器がもっと近いものになっていく感覚を体感しました。
今後チャレンジしたいこと、将来の夢
まず近い未来の目標のひとつは、ヨーロッパとアメリカでの演奏機会を増やし、大きな音楽祭にアーティストとして参加することです。ヴェルヴィエ、ザルツブルク、マールボロなどの主要音楽祭に出演することは幼少からの夢であり、そこで音楽を発信し、さまざまなアーティストと関わってその音楽を吸収すると同時に、音楽祭の企画や内部を観察し人脈を広げたいと思います。それをのちに日本に持ち帰って、将来的には日本の音楽界の底上げを図れるような音楽祭を企画したり、教育現場にも携わっていきたいと考えています。演奏活動においては、フランスとドイツ両国の在住経験を生かして独自の演奏スタイルとレパートリーを見つけ、ストーリー性のある意味深いプログラミングでリサイタルをできる演奏家を目指しています。
私が高校を卒業してパリに留学を始めたのは19歳の時です。その時には25歳の現在の私の状況は全く想像できず、とにかくすべては将来に繋がるはず、と目の前の目標をこなしてがむしゃらに走ってきたという感覚があります。それと同じように、今から5年後には、現時点ではとても想像がつかないような自分でいることを夢見て、それもひとつの目標としています。
そして一番の夢は前述の通り、息の長い音楽家になることです。人生の終わるときに、音楽においてなにか確信のあるものを見つけ、またそのために長い時間をかけて力を尽くそうとしてきた、という自負を持てればと思います。「一生学び続けることだよ」と微笑みながらおっしゃったプレスラー氏の言葉を胸に、ポジティブに前進していきたいと思っています。
演奏会の予定
2019年7月27日(土)シャネル・ピグマリオン・デイズ 矢野玲子ヴァイオリンリサイタル 共演 東京・銀座シャネルビル
2019年7月28日(日)矢野玲子 江崎萌子 デュオリサイタル 東京・尾上邸音楽室
2019年8月2日 (土)ピアノリサイタル 山口・ポルシェセンター山口
2019年8月5日 (火)ピアノリサイタル 福岡・久留米クララザール