ヤマハ音楽支援制度「音楽奨学支援」は、国内外の音楽文化の発展に寄与することを目指して、将来音楽界の第一線で活躍が期待できる方、具体的な目標を持って音楽を学習している方への支援制度です。1999年にスタートし、これまで多くの奨学生の活動や研鑚への支援を続けてきました。2025年8月31日(日)、支援制度開始以降初めてとなる奨学生によるコンサートがヤマハホール(東京都中央区)で行われました。音楽プロデューサーに大井駿さん(2018年度奨学生)を迎え、2022~2024年度に奨学生として選ばれた5名の若手音楽家が出演しました。
第1部は各出演者によるソロ演奏です。
各々がどのような楽曲を選び自身の音楽性を表現するのか、その選曲にも大きな興味が寄せられました。
コンサートは児玉隼人さん(トランペット)、水野魁政さん(ピアノ)のJ.S.バッハ『協奏曲 ニ長調 BWV972』の演奏から始まりました。ファンファーレのような力強く明るい響きで第1楽章が始まり、高らかに響き渡る音色は強弱の変化に富み、流れるようなスラーがとても印象的でした。続く第2楽章では巧みに変化するピアノの和音に寄り添うように、トランペットがやさしく語りかけるような旋律を奏でます。そして迎えた第3楽章はリズミカルで躍動感のある終楽章にふさわしく、軽快なテンポにのせたフレーズの華やかさと繊細さの双方を確かなテクニックで熱演。トランペットの魅力を存分に発揮してコンサートの幕開けを飾りました。
竹本百合子さん(ヴァイオリン)は、H.I.F.ビーバーの『パッサカリア ト短調』を選曲。パッサカリアとは低音主題に基づく変奏曲で、この作品はもともと無伴奏で書かれています。「ソ・ファ・ミ♭・レ」という下行する旋律が低音で繰り返され、その憂いを秘めた旋律は聴く人の心に訴えかけるように切なく響きます。変奏が重なるたびにその世界はどんどん広がり、より深く豊かな描写へと変化を続けます。特に印象的だったのはささやくようなハーモニクスを交えた繊細なフレーズ。お客さまは、物語の続きを紡いでいるかのような一音一音を見守るようにじっくりと聴き入り、会場には心地よい緊張感が漂っていました。
続いて、古澤香理さん(ヴァイオリン)、嘉屋翔太さん(ピアノ)は、R.シューマンの『ヴァイオリンソナタ 第2番 ニ短調 作品121より 第1楽章』を演奏。冒頭から聴こえてきたのは、険しく情熱的なハーモニー。シューマンがこだわったそれぞれの楽器のバランスや感情の統一性をふまえ、時には互いに激しく主張し、時には溶け合いながらヴァイオリンとピアノがシンクロしてひとつの音楽を創り上げていきます。中間部では長調への転調で雰囲気が変わり、美しいメロディーに寄り添うようなピアノのフレーズが、ふくよかさ、音の広がりを感じさせてくれました。終わりに向かうにつれて躍動感が増し、さらに立体的になっていく息の合ったアンサンブルが見事でした。
水野魁政さん(ピアノ)は、B.バルトークの『3つのチーク県の民謡 BB45b』、F.リストの『ハンガリー狂詩曲 S.244 第15番 イ短調 「ラーコーツィ(ラコッツィ)行進曲」』を選曲。『3つのチーク県の民謡 BB45b』は、ハンガリーの民謡をモチーフにした作品で、独特のハーモニーの中で際立つ細やかな旋律が心地よく、美しく澄みきった音色が印象に残りました。民謡独特のテンポの揺れや即興的な装飾など、この曲ならではの民謡の世界観を自由に、そして緻密に描き出しました。
続く、F.リストの作品では、ハンガリー狂詩曲のびやかなオクターブ、水の流れのような細やかなフレーズ、躍動感のある行進曲のリズムなど、さまざまなタッチを駆使しての豊かな音色は聴きごたえたっぷり。ピアノの魔術師と言われたリストが作品に込めた想いが伝わってくるような、熱のこもったダイナミックな演奏でした。
第1部最後の演奏は、嘉屋翔太さん(ピアノ)。P.ヒンデミットの『ピアノ・ソナタ 第2番 ト長調』は、1936年に作曲され、大きく変化しようとする当時の時代の空気をそのまま反映するような、近現代音楽特有の存在感を持っています。冒頭から嘉屋さんの精巧な表現によってそれがさらに増幅され、みずみずしい音がホールいっぱいに響き渡りました。目まぐるしく変化するハーモニーが印象的な第2楽章はデリケートなタッチと大胆さが絶妙に交錯し、観客の心を掴みます。
物悲しい雰囲気の導入部から生き生きとしたロンド形式に展開する第3楽章はタッチや強弱のコントロールにこだわった静と動のコントラストが深く心に残りました。
第2部は出演者達がさまざまな組み合わせで演奏するアンサンブル。
この日ならではの選曲、そして普段はなかなか聴くことのできないスペシャルな編成でのプログラムに会場全体の期待が高まります。
第2部1曲目は、古澤香理さん(ヴァイオリン)、竹本百合子(ヴァイオリン)さん、大井駿さん(ピアノ)による、B.マルティヌーの『2本のヴァイオリンとピアノのためのソナタ H.213』。ヴァイオリンが軽やかな旋律を奏で、ピアノと掛け合いながらリズミカルな展開でスタート。それぞれが独立した声部を自由に謳歌する場面と、ふとした瞬間に見せるアンサンブルならではの息の合った一体感、そのコントラストが見事です。言葉を交わすような2体のヴァイオリンのフレーズにピアノもスタッカートや繊細なパッセージで応え、休みなく観客を魅了し続けました。それぞれが激しく主張し合いながらも溶け合うスリリングな演奏を堪能したお客さまにとっては、アンサンブルの深い魅力を発見する機会となったことでしょう。
続いて、竹本百合子さん(ヴァイオリン)、古澤香理さん(ヴァイオリン)による、W.A.モーツァルトの『2本のヴァイオリンのための4つの鏡のカノン KV Anh.C10.16より 第1番』。「鏡のカノン」とは、1曲の楽譜を1人は通常のように冒頭から、もう1人は楽譜を逆さまにして曲の終わりから読んで2人で同時に演奏する、という遊び心にあふれた小品です。偽作と言われている作品ですが幼い頃から音楽とともにあったモーツァルトのこと、きっと実際にこのような流行の遊びに興じていたことでしょう。普段の演奏会ではなかなかお目にかかれない貴重な選曲とあってプログラムに掲載された楽譜を眺めながら演奏に聴き入るお客さまの姿も見られました。穏やかで優雅な音色に会場全体が和み、笑顔にあふれました。
続いて、嘉屋翔太さん(ピアノ)、水野魁政さん(ピアノ)によるアンサンブル。向かい合わせに並べられた2台のフルコンサートピアノで、M.ラヴェルの『ラ・ヴァルス』を演奏しました。重厚な低温の響きがホールを満たし、その中にウィンナ・ワルツのような美しい旋律やリズムが浮かび上がります。切ないメロディーに近代的なハーモニーが重なって新鮮に響き、ソリストとオーケストラが掛け合うコンチェルトのように大胆なアンサンブルが繰り広げられました。ヤマハホールの良質な音響もあいまって、軽快でありながら繊細なニュアンスの心地よさに自然と肩を揺らしながら聴くお客さまもいらっしゃいました。
コンサートの大詰めは奨学生5人の全員によるG.ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』。今回のために特別にヤマハ音楽支援制度奨学生OGの横山未央子さんが編曲を担当したスペシャルバージョンです。大井さんの「肩の力を抜いて楽しんでください」という言葉に会場の期待も高まります。
オーケストラ版ではクラリネットの音色が印象的な冒頭のあの旋律を、ミュートを使って音色を変化させたトランペットが濃厚に奏でて始まりました。続いてのフォルティッシモでのトゥッティ(全員が一緒に演奏する)は呼吸をピッタリと合わせ、こちらに迫ってくるようにパワフルです。中間部の(本来の)ピアノソロはヴァイオリンが美しいハーモニーを響かせるなどアレンジの意外性でも大いに観客を楽しませ、アレンジャー横山さんの卓越した手腕が光ります。ホ長調への転調後のゆったりとしたメロディーもヴァイオリンが表情豊かに歌い上げ、トランペットがガーシュウィン独特の半音進行を担います。それを包み込むようなピアノの重厚なサウンドが壮大なエンディングへと導き、感動的なクライマックスとなりました。
次回は、コンサート中盤のトークコーナー、終演後の大井駿さんのインタビューをお伝えします。




















