ヤマハ音楽支援制度は、優れた音楽能力を有し、将来音楽分野で活躍が期待される若手音楽家への支援として「音楽奨学支援」(13歳以上~25歳以下)を実施しています。
今回は2017年度の支援対象者で、現在、ベルリン芸術大学大学院で、オーケストラ ヴァイオリン専攻に在籍されている、藤原晶世さんにお話を伺いました。
プロフィール:藤原 晶世(フジワラ アキヨ)
1991年生まれ、山梨県南アルプス市出身
2010年 3月 東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校ヴァイオリン専攻卒業
2014年 3月 東京藝術大学音楽学部器楽科ヴァイオリン専攻卒業
2017年10月 ベルリン芸術大学に留学、現在同大学大学院2ゼメスター(1年後期)、オーケストラコース ヴァイオリン専攻に在籍
2011年10月 第1回東京芸術センター記念ヴァイオリンコンクール第1位
2011年12月 チャイコフスキー ピアノトリオ オーディション 優勝
2012年8月 ウィーン ベートーヴェン国際コンクール 第2位
2012年11月 日本学生支援機構優秀学生顕彰 文化芸術部門 大賞
2014年8月 第2回日本ヴァイオリンコンクール 年間最優秀賞
2015年8月 第1回神戸芸術センター ヴァイオリンコンクール 第1位
また、小林研一郎氏指揮 日本フィルハーモニー交響楽団、ダグラス・ボストック氏指揮 藝大フィルハーモニー、Neusser Orchesterなど国内外のオーケストラとも共演
これまでに、故 鈴木共子、篠崎功子、木野雅之、清水高師、徳永二男、玉井菜摘の各氏に師事
現在ベルリン芸術大学で、Nora Chastain、伊藤真麗音の各氏に師事
現在の学校での勉強
私は現在、Nora Chastain教授と、ベルリン・フィルの奏者 伊藤真麗音(Marlene Ito)先生に師事しています。Chastain先生のレッスンが週に1回、伊藤先生のレッスンが月に2回ほどあります。それ以外にオーケストラの授業、合唱、室内楽、オーケストラスタディなどの授業があります。オーケストラスタディは、ベルリン・コンツェルトハウスのコンサートマスターであるMichael Erxleben先生がレッスンしてくださいます。
Chastain先生は大変明るい先生で、とてもフレンドリーな雰囲気で教えてくださいます。生徒にはとても親身になり、練習の仕方や基本的な姿勢・構え、音楽的に自然に演奏する事など、ナチュラルでニュートラルな状態を作るためのアドバイスをしていただけます。門下生からは一流のオーケストラ奏者が多く輩出されているそうで、実は伊藤先生もChastain先生の門下生の1人でいらっしゃいます。
伊藤先生は人間的にも大変魅力的な方で、とても真っすぐでピュアな人間性を感じます。「こんなにありのままに接してくださるヴァイオリニストに出会ったのは初めて」と言っても過言ではないほどすてきなお人柄です。演奏が素晴らしいことに感激したのはもちろんですが、同じくらい人間性にも刺激を受けて、先生と出会えてとてもラッキーだったと思っています。先生は日本人ですが、生まれてから基本的に外国で育っておられるので、コミュニケーションはドイツ語か英語になります。でも、時折感覚が言語を超えて、日本語で話しているかのような感覚になることがあります。先生がベルリン・フィルで活躍されていることは、自分の師でもあり、また同じ日本人ということがさらに輪を掛けて、とても誇らしく思います。お二人の先生に共通するのは、音楽的にも人間的にもとても自然体だということです。素晴らしい先生方からアドバイスをいただけるという環境はとても贅沢だと思います。また、門下生のかたがたと接していても、皆さん真っすぐで音楽が好きだという感覚が強く、そういう面からも刺激を受けています。
音楽を始めたきっかけ
両親が、最初に生まれた子どもにはヴァイオリンを与えると決めていたのか、生まれた時には16分の1の小さな楽器が用意されていました。いつもおもちゃ箱か壁にぶら下げてあり、好きな時に触っていました。両親が音楽関係の仕事をしていたので(父はヴィオラ奏者で母は学校の音楽の教員、3歳下の弟も後にチェロを本格的に始め、最終的に家族全員が音楽に携わることになりました)家にはたくさんの楽譜や楽器があり、ヴァイオリンを弾くのはとても自然なことだったのだと思います。父が家で練習するのを見ていたはずなので、見よう見真似で弾き始めたのではないかと思います。気が付いたら弾いていたという感じです。
3歳の時にレッスンを始めようと、スズキメソードの教室で習い始めましたが、しばらくすると先生の前で弾かなくなってしまい、先生を変えてもまたレッスンで弾かなくなってしまいました。結局、小学校に入るまではちゃんとしたレッスンや練習はしていませんでしたが、その間も気ままに弾くことは続けていました。
印象に残った先生、レッスン、経験
それはもう、本当にたくさんあって選べないくらいです。振り返ってみれば当然のことなのですが、今の私があるのは教えてくださった全ての先生方のおかげだと強く思います。
10歳で習い始めた鈴木共子先生のレッスンは、私が11歳になる時に亡くなられるまでのたった1年間でしたが、自分の中ではとても濃い時間で、本格的にヴァイオリンを始めるきっかけとなりました。音楽に愛情を持たせてくださった先生で、その数多くの素晴らしい教えは遺言のように私の中にずっとあり、突然会えなくなってしまったこともあり、先生が今いらっしゃったらなんて言われるだろうと思うことが度々あります。
その後習った篠崎功子先生は、遊びたい盛りで練習に全く身の入らない時期の私を、根気よく見守ってくださいました。先生のご指導がなければヴァイオリンをやめてしまっていたかもしれません。お二人とも大変暖かい心で音楽を教えてくださいました。感性が育つ時期に、本当に素晴らしい先生方に習うことができて、これ以上ない感謝でいっぱいです。
東京に出て大学を卒業するまでの7年間は清水高師先生にご指導いただきました。最も長い時間習った先生で、たくさんのことを教えていただきました。清水先生はハイフェッツやミルシテインなどの巨匠に習われた方ですが、最初のレッスンがあまりにも素晴らしく衝撃的で、今でもよく覚えています。先生は芸術家という言葉がピッタリの方で、お姿そのものがとても音楽的で芸術的なので、それを見ているだけで感じることがたくさんありました。そして、そのお姿で弾かれるヴァイオリンの音にはいつも魂を感じていました。
また、私の音楽人生の中での貴重な経験の一つは、小学校6年生で友人に誘われて、篠崎史紀先生(NHK交響楽団コンサートマスター)が主宰するジュニアオーケストラに入ったことです。篠崎史紀先生からも多くのことを学ばせていただきました。たくさんの仲間と一緒に演奏する楽しさを教えていただき、これも私が音楽をより好きになった大きな要因だったと思います。私は小さいころ、休み時間や放課後はずっとサッカーや野球をやっている子どもで、チームプレーが好きでした。ヴァイオリンの練習はとにかく一人で苦痛だったのですが、オーケストラや室内楽は音楽のチームプレーだと感じ、とてもやりがいを感じました。私以外にも、その体験が音楽を続けるきっかけになったという例は多く、先生にはとても感謝しています。
影響を受けた音楽家、好きな音楽など
今はYouTubeやCDなどで昔の巨匠の演奏に簡単に触れることができますが、私が小さいころはまだそういうツールはあまりなく、田舎に暮らしていたこともあり、同じCDやDVDを何回も聴いたり見たりしていました。小学校低学年のころ特に気に入っていたのは、ミッシャ・エルマンの小品集とウィーン・フィルの演奏するウィンナ・ワルツで、本当に毎日擦り切れるほど聴いていました。12歳くらいの時に巨匠達のLPレコードをデジタル化して20枚くらいのセットになったCDが発売されるとのことで、音楽関係者だった父のところに宣材用のCDが送られてきました。それはジネット・ヌヴーが演奏する3分ほどのデモテープでしたが、とても感銘を受け、かなり高価だったのですが、どうしても欲しくて親に頼み込んで買ってもらいました。その中で一番古い音源は確かヨアヒムの演奏で、それを最初に聴いた時はタイムスリップしたような異質な感動がありました。その後中学生の時に『アート・オブ・ヴァイオリン』という番組のDVDを父が持って来て、それはそれは私にとってセンセーショナルなもので、小さいころから音しか聴いたことが無かった往年の巨匠たちの姿を見ることができて、これもほとんど毎日見ていました。
ほとんどのヴァイオリン奏者がそうだと思いますが、私も同じように巨匠たちの音にはいつも影響を受けてきました。
今後どんな音楽をしていきたいか
留学してから、音楽を含む芸術がいかに人間をコントロールする力を持っているかということを感じるようになりました。日本は豊かで娯楽もたくさんありますが、ドイツは日本ほど多くはありません。それ故、より音楽を求める人、自然を愛する人が多いように思います。ある意味原始的な感覚を残して生活しているようにも見えます。私自身ここに来るまで、生まれてからずっと音楽がそばにあったせいか、正直なところ音楽の持つ意味をあまり感じないで、どちらかというと一番社会に還元できない無力なことをしているように感じていました。しかし、質素な生活をして人間から色々なものを削ぎ落としていくと、最後は芸術によって心を支配されるようにさえなり得るのだと感じるようになりました。
クリスマスに教会でバッハやヘンデルが演奏されているのを見て、これが音楽の原点なのかと感じ、どんなに貧しくても教会に流れるこの音楽に救われるのだと想像できるのです。そういうことを肌で感じられることが何より勉強になっているのだと思います。
情報で溢れかえる世の中ですが、自分というフィルターを通して自身の言葉や手段で表現しなければ意味がありません。昔初めて沖縄に降り立った時も全く同じ感覚があったのですが、その湿度や建物の雰囲気と、独特の音階や三線の音色が本当にピッタリだと思ったのです。同じように秋のベルリンはブラームスがよく似合いますし、5月に凄い勢いで木々に葉が生えだし、鳥が嬉しそうに歌っている光景はシューマンの歌曲を思い出します。
小さいころからいつも遠い世界を想像することしかできなかった私には、まるでファンタジーの世界に来たかのように刺激的な感動を与えてくれます。
そういうことから少しずつ曲に対する見え方や音楽の感じ方が変わっていき、演奏に反映されていったら良いなと思います。
今後チャレンジしたいこと、近い将来の夢
ベルリンでは超一流の演奏に触れられる機会が多くあり、学生は信じられないくらい安い金額で聴くことができます。日本にいた時はあまり演奏会に出向きませんでしたが、こちらでは頻繁に演奏会に足を運んでいます。ベルリン・フィルもウィーン・フィルも日本では生演奏を聴くことが無かったのですが、いずれも聴くことが叶いました。ベルリン・フィルに関しては物凄いペースで足を運んでいます。このオーケストラはチームプレーが素晴らしいと感じます。それはシンフォニーでもコンチェルトでも、いつも全てに協力的な音楽です。個人の技術が超一流なのはもちろんですが、そこから生みだされるアンサンブルがとにかく素晴らしく、ちょうどヨーロッパのビッグクラブのサッカーに似ているとも思います。
それを可能にしているのは個人がちゃんと主張しているからなのだということをいつも感じます。他にもオペラや昔からファンだった著名な演奏家も数多く聴くことができました。
ドイツはとても文化を大切にしており、学生に(ましてや外国からの留学生にも)安く良い演奏を提供するという精神には感銘を受けています。こちらで生活をしてみると、離れたことによって日本の良さが分かり、日本は本当に素晴らしい国だと思うようになりました。ただ社会全体を通して(音楽に限らず)教育に関してだけはドイツに見習うべき点が多くあるように思います。
現在多くの人の支えと協力によって勉強できている環境にあるので、それをいつか還元するという意味でも、将来教育的な活動にも何か携わることができたら良いなと思っています。 そのような人材になれるよう、素晴らしい環境に感謝しながら勉強させていただきたいと思います。