昨年12月に発刊された書籍『そうだ!音楽教室に行こう』(音楽之友社)が話題になっています。このたび、著者の大内孝夫さんと、「ヤマハ大人の音楽レッスン」担当の大友茂による対談が実現し、音楽を学ぶ意義について多方面にわたって熱く語っていただきました。その模様をお届けいたします。
今は“音楽教室3.0時代”
大友:本日はお忙しいところをありがとうございます。早速ですが、今回この本を執筆されようと思われたきっかけについてお聞かせいただけますか。
大内:私は、もともとは音大生のキャリアをより充実させる観点で『「音大卒」は武器になる』を執筆しました。次に指導者向けの著書『「音楽教室の経営」塾』を著したわけですが、その取材を進める中で、自分が感じていた以上に音楽教室の重要性が高いことに気づいたのです。実際に、「音楽教室は社会インフラです!」という章もあります(笑)。そこで、“楽しさ”以外の音楽教室の魅力――アンチエイジングや健康……といった大人にとって関心の高い領域で楽器や歌が発揮するメリットを知ってもらい、より多くの方に音楽を習って充実した人生を送ってほしいと思うようになりました。またそれが音楽教育や音楽業界全体にも良い影響を及ぼすのではないか、とも考え執筆しようと思いました。
大友:ありがとうございます。本の中で、今は「音楽教室3.0時代」という言い方をされていますよね。(注:1.0時代はバイエル等で個人レッスン中心の音楽教室の幕開け、2.0時代はヤマハ、カワイなどに代表される音楽教室が拡大展開され子どもの音楽教育が普及していった時代、そして現代は幼児~90歳代まで目的やジャンル、楽器も多彩な教室が出揃った3.0時代)
大内:はいそうですね。この大きな変化の背景には、近年の少子高齢化や労働時間の短縮化、女性の社会進出などによる、日本人のライフスタイルやニーズの変化があると考えられます。音楽教室、特に大人の教室はそれらの動きをダイナミックに取り込みつつあるのではないでしょうか。
今回、さまざまな音楽教室にご協力いただきましたが、中でも「ヤマハ大人の音楽レッスン」の生徒さんへのアンケート結果には大変驚きました。結構男性の比率が高かったり、これまで楽器経験のない多くの方が習っていたり・・・また、体験レッスンでご一緒した生徒さんなどからの生の声も大変参考になりました。習っている方が活き活きとしている一方で、多くの大人は、自分の思い込みで、音楽を習うハードルを上げてしまい、教室に通いづらくなっているように思えます。それを変えていきたいですね。
音楽は運動以上に健康に効果がある
大友:音楽を習うことがもたらす効果や効能についても多くを書かれていますね。例えば昨年のピティナ・ピアノコンペティションの特級グランプリは東大の大学院生が受賞したとか。
大内:はい。音楽を習って得られるものは、音楽それ自体の魅力はもちろんですが、今の例のように学業との相互作用など、ほかにも同様の例はいくらでもあります。音楽が勉強に、勉強が音楽に良い影響を与えているのだと思います。また、運動以上に健康に効果があることには取材した私自身がとても驚きました。運動全般が必ずしも健康に良いとは言えず、特に中高年はやり方を間違えると逆効果にもなりかねません。さらに音楽は脳に好影響を与え、楽器演奏はアンチエイジングやボケ防止に役立つことも実証されています。また今回の取材を通して、大人になってからでも上達するという顕著な例で、76歳でピアノを始めた楽譜が読めない全くの初心者の方が、半年でベートーヴェンの『月光』第1楽章を両手で弾けるようになったということを知りました。年齢は関係ないのです。諦めないことが大切です。
もう一つ、中高年、特に定年後の男性は、会社を通じて繋がっていた社会とのかかわりが途絶え、孤独に陥りがちのようです。孤独は健康の大敵との研究発表もあるので、音楽教室通いはその防止にもなる。音楽教室にはそういう“居場所”も提供してくれるチカラを持っている気がします。
グループレッスンの良さはミラー効果
大友:次に、今回の取材では、実際に多くのレッスンを体験されたとのことですが、その感想をお聞かせいただけますか。
大内:本で紹介しているのは、ピアノやドラムなど9種類の体験レッスンと1つの見学ですが、実はその他にもたくさん体験しました。
グループレッスン、個人レッスンそれぞれに魅力があると思います。個人レッスンは集中して取り組み、連続して一人で受けられる。
対してグループは、仲間とお互いに刺激しあいながら頑張れるメリットがあると思います。
今回、私はヤマハのドラムとサックスのグループレッスンを体験したのですが、どちらも非常に楽しかった! 特にドラムセットの前に座った時は、緊張感とともに気持ちが高ぶりました。どちらのクラスも生徒さん同士が皆で励ましあいながら、もちろん先生も一緒になって、すごく良い雰囲気で、グループレッスンの良さを味わうことができました。
あと本でも書きましたが、習いたくても楽譜が読めないことが不安、という方が多いようですが、先ほどの76歳の方の例からも最初は読めなくても全く心配ないと思います。そのことをハードルにしないで欲しいですね。
大友:初心者の方が楽譜が読めないのは当然です。講師がいろいろ工夫してレッスンをしていく中で、読み方のコツを教えたりして、ある期間が経てばだんだん読めるようになっていきます。
大内:そういう事例をもっとアピールされるといいかもしれませんね。どうも我々中高年には小学校や中学校の音楽の授業などで、楽譜が読めなかったりした嫌な思い出がある人が多いのかも知れません。
大友:ヤマハでは、レッスンにおけるさまざまな状況の中で講師がフレキシブルに対応できるよう、情報交換や指導法研究などを定期的に行っています。講師がグループレッスンの良さを感じるのは、全部の生徒さんが必ずしも同じようでなくても良いと気付いたときかも知れません。他人を見ていて自分の弱点や良さが分かり成長していく・・・ミラー効果と言いますが、グループレッスンの良いところだと思います。
ドラムで高揚感があったとのお話でしたが、今話題の「鍵ハモ」はいかがでしたか。
大内:子ども時代に学校で使った「鍵盤ハーモニカ」のイメージとは違い、ストラップを付けてギターのように抱えて吹くなど、いろいろな楽しみ方があって、非常にバラエティに富んだ楽器ですね。多くのジャンルとの相性も良く、ブームになるのが理解できます。タンギングや息使いで微妙にニュアンスを変えることもでき、奥が深いなぁとすっかりファンになってしまいました。
大友:音大生の方の卒業後の進路はどのような傾向になっていますか。
大内:やはり演奏家志望が多いのですが、私の大学の場合、企業などへの就職が3割、教員が2割、音楽教室の講師が1割、また大学院に進む人も2割ほどいます。
大友:音楽教室の講師になる人が意外に少ないのですね。
大内:そうですね。講師になる学生は、子どもの頃の音楽教室体験から講師に憧れることが多いようです。ですから大人を教えることを想定している学生はまだまだ少ないと思います。講師もベテランが増え、ある大きな指導者団体の講師の平均年齢は50歳、また別のところのある楽器ではなんと70歳というデータもあるくらいです。生徒が増えても教える講師が少ないと困ってしまいます。もっと音楽教室の講師になって欲しいですね。われわれ音大は勿論ですが、音楽教室側とも連携して指導者育成に取り組まなければいけないと思います。
大人の音楽教室市場には大きな可能性が
大友:では、今後の音楽教室への提言などお願いします。またユーザー目線から見て、音楽教室はどうなって行けば良いのか?今後の方向性などをお聞かせください。
大内:大人の音楽教室は今後飛躍的に発展していく世界だと思います。前述のヤマハのアンケートによれば、20歳以上の大人で、機会があれば楽器をやりたいと考えている潜在人口は約2,000万人にも及びます。
現在の大人の生徒は国内全体でも約50万人程度でしょうから、とてつもなく大きな可能性を秘めています。それが私のような立場で外から眺めさせていただいた率直な感想です。
大切なのは、音楽教室に通っている人、通おうとしている人ばかりに目をやるのではなく、教室に来ない人はなぜ来ないのか、という具合に、「ノンカスタマー」も意識することではないでしょうか。「もしドラ」で有名なドラッカーの言葉、「顧客の創造」ですね。広くマーケットを捉えられれば、意外なニーズの発見にもつながります。音大の学生などは、上手に弾けるようにしなければいけない、という教え方につい縛られてしまいがちですが、習う目的は必ずしも上達にあるとは限りません。そういう意味では、ニーズ別の教室などがあっても良いですね。
またライバルと競うほど全体のパイは小さくなりがちです。音楽教室同士も連携しながら業界全体で市場をどう拡大していくのかを考えてみてはいかがでしょう。
大友:本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
対談を終えて(大友談)
今回の大内様との対談を終えて、改めて音楽普及の原点を再認識できたと感じています。
『そうだ!音楽教室に行こう』でも大内様が述べられていますが、音楽教室を拡大することは、結果として人々の人生を豊かにし、音楽によって人々の人生が輝くという熱い思いにとても共感いたしました。
大内様が本の最後に書かれている「音楽があれば、あらゆる壁を乗り越えられる」この言葉を胸に、今後はより広い視野を持って、たくさんの方に「楽器を演奏することの歓び」「さまざまな音楽の楽しみ方」を伝えていきたいと思います。
※大内孝夫氏 プロフィール
1960年生まれ。大手銀行勤務を経て、2013年より武蔵野音楽大学教職員(進路指導/会計学講師)。これまでにない視点に立った進路・キャリア関連著書が音楽教育界で大きな話題を呼ぶ。経営、金融経済関連含め著作多数。音楽を愛し、人生を豊かに生きるための武器の磨き方をわかりやすく語ることに定評があり、企業、大学、高校、楽器店などでセミナーや公演を行っている。主な著作に、『「音大卒」は武器になる』『「音大卒」の戦い方』(ヤマハミュージックメディア)、『「音楽教室の経営」塾』(音楽之友社)など。
※大友茂
1963年生まれ。ヤマハ音楽振興会 教室運営統括部 大人の音楽推進部 戦略推進グループにて大人の音楽レッスン講師採用・育成・研修企画業務を担当。