研究活動支援対象者の活動レポート

音楽認知に内在する身体・運動性に関する研究 -乳幼児の音知覚の発達を中心にして-国立情報学研究所情報社会相関研究系 丸山慎 特任研究員 インタビュー2010年02月24日 取材

知識や経験を媒介しない、身体を基点とした音楽教育のシステムを作りたい

今回の実験の成果をさらに確かなものにするため、丸山研究員はヤマハ音楽振興会の協力のもと、引き続き乳幼児を対象とした実験を行なっています。

丸山: すべり台でお子さま自身に運動をしてもらうという実験は、課題の設定としては難しい場合もありました。お子さまが初めて訪れる実験室でのことですから、たとえ親御さんと一緒にいても緊張してしまったりして、どうしても遊びたがらないということもあったわけです。そこで今度はアイトラッカーという装置を用いて、運動するキャラクターを眺めているお子さまの視線の移動を計測するという方法を試してみました。お子さまが視聴するモニタ上には、音の動きに合わせて坂を上昇したり、下降したりするキャラクターを映し出し、その運動の特徴と音の知覚との対応関係を調べてみることにしたのです。そこで新たに54名ほどの乳幼児に集まっていただき、いろいろな動きをするキャラクターのアニメーション映像と2種類の玩具楽器を用いた実験を行ないました。
幸い、かなりのお子さまが注意深くアニメーション映像を見てくれました。まだ分析の途中ということもあり、確定的なことは申し上げられませんが、キャラクターの運動のパターンの知覚が音高の上下向に影響されていることを示すデータも見られました。

興味深いポイントは、

  1. キャラクターの動きをかなり細かく追尾し、次第に運動の方向を予測するようになる
  2. 音刺激の変化に対して鋭敏な反応を示す
  3. キャラクターを観察する視線の動きが、同時に提示されている音階の方向にバイアスを受ける場合がある

といったことでした。

これまでの実験を土台にして、さらに新しく出てきたアイデアをテーマに研究に盛り込んでいます。まだまだ試行錯誤をしながらではありますが、今後も研究を継続していけば、音楽の根源が、私たちの身体と環境との関わりの中にあるということをもっと強く主張できるようになるのではないかと考えています。

丸山研究員は、今回の実験結果が音楽教育の新たな一面を切り拓くことができれば、とも考えておられます。

丸山: 従来の音に関する研究や教育の多くが、まず「いい音」ありきで開始されている気がしています。しかし、音が鳴る以前に、音を出す身体の構えのようなものが実は大事なんだということを、さまざまなデータで実証して、意識の部分から変えていければと思います。知識や概念の獲得といった側面だけに焦点を当てるのではなく、身体と環境との素朴な経験の積み重ねのなかから音楽の萌芽を見つけて、それがやがて「こういう音を出したいときは、自分の身体の運動をどのようにコントロールすればよいのか」といったことを学習者自らが能動的に、そして柔軟に考えられるようになってゆく、そんな音楽教育のシステムを作り出していきたいですね。

今回のテーマは、新しい学問分野に基づいた研究といえるかもしれません。しかし、これまで曖昧だった身体の運動と音楽認知との関係が明らかになれば、単に精神的な側面のみに固執するものとは違う新しい音楽教育のアプローチとして注目を集めることになるのではないでしょうか。研究のさらなる進展に期待しています。

支援対象者プロフィール(取材時)

丸山慎 特任研究員

国立情報学研究所情報社会相関研究系

山崎 特別研究員

東京大学大学院教育学研究科博士課程

支援対象研究

課題名
音楽認知に内在する身体・運動性に関する研究 -乳幼児の音知覚の発達を中心にして-
研究期間
平成20年4月~平成21年3月