研究活動支援対象者の活動レポート

最新の触覚理論に基づくピアノ演奏技能の解明名古屋工業大学大学院工学研究科機能工学専攻 佐野明人 教授 インタビュー2010年06月22日 取材

ピアノの構造と、人間の指の触覚との関係で、新たな発見があった

まず最初に、ピアノの構造を詳しく知るために、ヤマハのホームページにも掲載されているピアノ設計士の富永英嗣さんを訪ねた佐野教授。鍵盤を押すとハンマーのフェルト部分が弦を叩いて音が鳴る、というピアノの構造を研究すると同時に、フェルト部分を違う素材に変更してみたらどうなるかという富永さんの研究にも大きな刺激を受けたといいます。

佐野: これは触感でいうタッチの部分ですので、非常に面白く拝見し、ご本人にも色々お聞きしました。動作は一緒でも、フェルト部分の素材が変わるだけで、当たったときの弦の響きに変化が生じるなど、色々なことが分かりました。また、ハンマーが当たったときの感触がバックして手元で感じるのですが、他の素材に変わると、この戻ってくる感触にも変化が出てきました。この研究はそういう触覚との関係が非常に深かったので、私としても、ここを起点として研究を進めたいと考えました。そのため、ピアノのアクションモデルをヤマハさんにご準備いただき、1年間借用させていただいたのです。そして、どこを叩いてどうなるか、各部分にセンサーを貼り付けて、振動の具合を見るということからスタートしました。

しかし、実験を進めていくうちに、実際には音にも変化があったのですが、触感としては、ローラーあるいはその下のジャック部分における素材の当たり感で「ピアノタッチ」の感じが変わるということが分かり、最終的にはこの部分に着目してデータを集めました。

次に佐野教授は、打鍵における触感、力の入れ方、筋肉の使い方についても研究を進めていきました。実験としては、ピアニストの渚智佳さんにも協力いただきながら、強い打鍵と弱い打鍵を比較し、その振動の波形の違いについて計測しました。

佐野: プロのピアニストの方と実験に同席していた田中助教にお願いして、ピアノで強い音と弱い音を弾いていただきました。そこで田中助教が目一杯グッと力を入れて強い音を出すのですが、どうしてもプロが弾いた音よりも音量が小さいのです。どうやら強い音を出すためには単に力んで強く押せばいいわけではないことが分かりました。なぜそうなるのか、どのような理論に基づいているのか、もっと詳しく調べたいと思いました。

また、弱い打鍵は振動の波形に大きな影響はありませんでした。しかし、強い打鍵になると振動の波形に明らかな違いが出てくることが分かりました。やはり、強く弾くというピアノ演奏の中には、力任せではない何かが秘められていることを改めて感じました。人工指の素材を少し替えるだけでも波形に変化があり、このことについてかなり集中的に研究しました。

さらに、ピアノ演奏時の筋肉の動きについて、腕に筋電計を貼って調べました。強い打鍵時には、グニャとしなってしまうので、ある程度力を入れて構えるのですが、リラックスした状態から力を入れてタッチするのが80msぐらい前だということが分かりました。高速度カメラなどで写真撮影もしながら計測したのですが、最初からガチガチに力を入れた形で打鍵するのではなく、指が鍵盤に当たる直前に、指の力を入れてパーンと打鍵するのです。バレーボールや剣道などの場合にも、リラックスしていて当てる瞬間に力を入れます。そういう他のスポーツと同じように必要最小限に抑える傾向にあるようです。

ピアノアクションモデルを用いた実験装置

強い打鍵(右)と弱い打鍵(左)における筋活動電位の比較