研究活動支援対象者の活動レポート

あがりに伴う手指運動の巧緻性低下のメカニズムの解明ソニーコンピュータサイエンス研究所 奥貴紀 研究員 インタビュー2019年07月25日 取材

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属し、音楽家の運動器疾患の予防、優れた演奏技能を実現する脳神経系のメカニズムの解明、演奏技能の可視化や熟達支援などに関する研究を進めておられる奥貴紀研究員(以下、奥研究員)。そんな奥研究員の研究「あがりに伴う手指運動の巧緻性低下のメカニズムの解明」が、2018年度研究活動支援の対象になりました。今回は、この研究テーマに着目したきっかけと、その研究内容について、東京都品川区にある株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所でお話をうかがいました。

演奏時の手指運動が、あがりで変化してしまうメカニズムを解明したい

普段は、音楽家が技能向上や故障予防のためにどうすればよいかを、さまざまなアプローチから研究している奥研究員。ご自身もずっとピアノを演奏してきた経験から、音楽家が緊張やあがりによって身体にも何らかの変化が発生し、大事な場面でいつも通りに演奏できなくなることや、音楽家がそのことについて不安を抱いていることを知っていました。

奥:音楽家はどんなに練習して上達できても、コンサートやコンクールでうまく演奏できなければ、努力が無駄になりかねません。しかし、緊張であがってしまうと、本来できる演奏ができなくなってしまいます。つまり、音楽家にとって緊張への対処は非常に重要なのです。この緊張やあがりによって、どのような乱れが発生するのか。僕がこれまで研究してきた運動の計測や関節の動き、筋肉活動の計測といった視点で見ていけば、そのメカニズムが解明できるのでは、と考えました。

先行研究では、あがりに伴って心拍数や発汗量の上昇といった生理学的な反応や、腕の筋肉が固まってしまう、脳の特定部位の活動が変わってしまうなどの事象が報告されています。しかし、実際の楽器演奏に必要不可欠な手指にある関節の協調運動が、あがりによってどう変わってしまうのか、演奏の巧緻性の低下がどのようにもたらされるかについては、明らかになっていません。奥研究員は、演奏中における手指の関節の協調運動に関するデータ取得を進めることにしました。

奥貴紀 研究員

奥:指の関節の角度を測定できるセンサーを取り付けたデータグローブを、ピアニストに着用してもらい、演奏時の手指関節の動きのデータを取得し、プレッシャーの「ある環境」と「ない環境」で比較します。そして、計測したデータを主成分分析という多変量解析の手法を用いることで、どの関節がどのタイミングで協調して同時に運動しているかという協調運動パターンを抽出し、あがりで動作がどのように変容するかを明らかすることを目指しました。同時に、ステップワイズ重回帰分析という統計手法で、ミスタッチ率やテンポ・音量のバラつきなど、あがりによる手指運動の巧緻性低下の原因となる、関節の協調運動異常について調べることにしました。

実は大学卒業後に、2015年度の研究活動支援の対象となった、古屋氏の研究室に在籍していたという奥研究員。今は株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所に所属している古屋氏から紹介され、今回の研究活動支援への応募に至ったのだそうです。