研究活動支援対象者の活動レポート

あがりに伴う手指運動の巧緻性低下のメカニズムの解明ソニーコンピュータサイエンス研究所 奥貴紀 研究員 インタビュー2019年07月25日 取材

緊張状態だとテンポが速まる方向にずれやすく、ずれを修正しにくくなる

実験を進めるにあたり、音楽大学の学生や知り合いのピアニストなどに声を掛け、被験者を集めた奥研究員。課題曲として選んだのは、指くぐりや指またぎといったピアノ特有の手指運動が必要になる、ショパンのエチュード(Op.10 No.8)です。データグローブを装着した被験者は、「一定の音量で」という指示のもと、メトロノームに合わせて120bpmで電子ピアノを演奏しました。また、被験者が緊張しているかどうかは、心拍を計測することで確認しました。

奥:演奏は、練習環境と同様に周囲に誰もいない「リラックス条件」と、被験者のすぐ隣に立った観客から演奏を観察される「プレッシャー条件」という、2つの条件下でおこないました。観客に横に立ってもらう緊張条件では、心拍数の増加が見られたことから、被験者は十分に緊張していたといえます。そんな緊張状態でも、課題を最後まで止まらずに演奏できた14名の被験者のデータを解析に用いました。

その解析結果から、リラックス状態ではほぼメトロノームに合わせて打鍵できていたものの、緊張状態では全体的にメトロノームよりも早いタイミングで打鍵してしまう傾向が見られました。また、リラックス状態では、メトロノームのテンポからのずれが大きくなってきた際に、すぐに元のテンポへ戻そうとする傾向が見られましたが、緊張状態ではずれてから元のテンポに戻すまでが遅く、ずれの量も大きくなっていて十分に戻りきらないケースも見られました。普段ならリカバリーできるのにできないのは、あがりの影響だと考えられます。

奥:ミスタッチ直後の打鍵の音量ですが、リラックス状態のとき、ミスタッチ直後の打鍵の音量が小さくなる傾向がありました。これは続けてミスしないように慎重になっているのだと推察できます。しかし、緊張状態のとき、ミスタッチ直後の打鍵の音量に変化は見られませんでした。失敗してしまったので次は直そう、というフィードバック機能が低下しているようです。リラックスしているときと同じことができなくなっていると考えられます。

また、データグローブで取得した手指の動きについては、人間の脳神経系が各指や各関節を個別に制御しているのではなく、関節運動の協調パターンを用いて手指を動かすようにして制御していることが、今回の解析結果でも示唆されています。そして、あがりが特定の指の動きのみ歪めるのではなく、手指の関節の協調運動パターンを変化させ、それがテンポを速めてしまう方向で影響していることがわかりました。

奥:それは必ずしも打鍵する指や直前の指の関節というわけではなく、隣り合う指の関節にも多く見られました。これはあがりが打鍵する指に関する関節協調運動パターンに加えて、打鍵の準備段階や直後の打鍵に関しての修正機能にも、あがりが影響を与えていることを示しています。これは電子ピアノのMIDIデータの解析から得られた、フィードバック機能が低下しているのでは、という考察ともおおむね一致していると考えられます。

図1:リラックス時・緊張時のテンポエラーの推移の例

図2:リラックス時・緊張時のテンポエラーに対する反応

図3:リラックス時・緊張時のミスタッチ直後の音量の変化

図4:手指関節運動の協調パターンの抽出