先日、ヤマハ音楽振興会と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授が実施した共同調査で、子ども時代に音楽の習い事を経験した大人は「幸福度」が高い、という興味深い結果が出ました。
前野教授による研究では、幸福との関係が深いと思われる心的要因は「やってみよう!(自己実現と成長)」「ありがとう!(つながりと感謝)」「なんとかなる!(前向きと楽観)」「あなたらしく!(独立とマイペース)」という4つの因子に集約できます。
この中の「ありがとう!」因子において、音楽の習い事を経験した人は非経験者に比べて幸福度が高いことがわかりました。(詳しくは「ヤマハ音楽振興会オフィシャルサイト」に掲載しています)
そこで、普段子どもたちと一番近くで接している講師のみなさんにお集まりいただき、この研究結果を受けて、どのような感想を持たれたかを伺い、3回にわたりご紹介させていただきます。
生徒たちは、人と人のつながりを大事にしていますか?
安立講師:
そう思います。例えばアンサンブルで理想の演奏をするためには、昨日決めたことが今日変わるようなことも少なくありません。それでも子どもたち同士で譲り合いながら、チームで演奏を整えていこうとしてくれます。こうした経験を積み重ねて、子どもたちが1つのチームになり、わかり合い、励まし合う形ができていると感じます。
細澤講師:
そうそう。教室にはいろんな子どもたちが集まっていて、得意なことも不得意なことも性格もいろいろある中で。お互いにリスペクトしたり、苦手な部分をフォローしたりしながら、1つの音楽を作り上げていくことが多いですよね。
佐々木講師:
中学生の生徒で、指を速く動かすのが少し苦手な子がいます。レッスンがその子に集中する場面もありますが、ほかの子が責めることはありませんし、テンポをそろえて頑張ろうと助け合っています。逆に、その子はすごく表現力が豊かで、ほかの子がまねしていることもあります。お互いが認め合い、その関係を大事にしていると感じますね。
安立:
社会に出てからも、理不尽なことや助け合いが必要なことは多い。ですから、そうしたチームで対応していく力が育っていくことはとても良いと思います。
一同:
そうですね。
ヤマハ音楽研究所 所長 田山:
子どもたちが、1つの目標に向かって助け合うことが、他の人とのつながりを大事にする姿勢につながっているのかもしれないですね。
「ありがとう」と口にする子どもが多い
佐々木:
よく「ありがとう」と生徒から言われますね。出席シールを配るときなど、ちょっとしたことですけど。普段から「ありがとう」という習慣がある子どもが多いです。もともとの素養か、習い事の中で自然と身に付いているのかは、わからないですけど…。
安立:
確かに、ヤマハでは小さい子どものクラスから「ありがとう」という感謝の言葉が生まれる場面が多いと思います。子どもたちが頑張って発表したら、お母さんたちに「ありがとうの拍手を」とお願いしたり、子どもたちにも「聞いてくれてありがとうとお辞儀をしましょうね」と言ったり。
細澤:
みなさんのお話を聞いて、確かにと思いました。私ではなく別の先生に習いに行った子どもも、何かしてもらったら必ず「ありがとう」と言っていましたし。そういう感謝の気持ちは、いつも持っているのかなと思います。
安立:
発表会のアンサンブルの楽譜は、普段は講師が書くのですが、先日生徒8人で手分けをして移調のパートを書くという経験をしてもらいました。みんな大変だったと思います。書いてきた楽譜の一部をアンサンブル用に私がまとめて渡すと、ある子にとても感謝されました。今までは楽譜を配ると「えー、難しそう」みたいな反応だったのに、今回は「先生ありがとう」って。他の人がやっていることの大変さを、自分たちでできる力が付いて初めて実感してくれたのかなと。私もすごくうれしかったです。
ヤマハ音楽振興会 システム教育部 部長 水戸瀬:
難しい局面を迎えて初めて気付くこともありますから。先生の気持ちがわかって、子どもたちも自然と感謝の気持ちが言葉に出たのでしょうね。
まわりの人を喜ばせることが 自分の喜びにつながっている
細澤:
幼児科のレッスンで、先生の伴奏で一緒にドレミを歌うものがあります。子どもたちは上手に歌えるとお母さんの表情を確認したり。たまにお母さんのほうを向いて歌うときも、お母さんの顔を見てドキドキしながらも一生懸命歌って。子どもたちも小さいながらに、大好きなお母さんやお父さんに喜んでほしいという気持ちが大きいのかなと思います。
安立:
レッスンに来る子どもたちのご両親は、ご自身も音楽が好きで、心から子どもに音楽をやってほしいと考えている方が多いです。だから、子どもたちが弾けるようになったり、上手に歌えるようになったりすると、本当に喜んでくださっています。そういう気持ちを子どもたちが受け取って、ご両親を喜ばせたい、いろいろな人を喜ばせることが自分の喜び、ということにつながっているのかな。
佐々木:
子どもたちにとっても、大好きな人が喜んでいるのって、すごくうれしいことだと思います。レッスンの中で歌を発表する場面でも、聴いている人のことを考えているなと感じます。アンサンブルでも、自分が楽しいということに加えて、見ている人も楽しめるようにパフォーマンスを考える男の子がいたり。楽しませる、喜ばせるのが好きという感情は、子どもたちの中にあると思います。
田山:
世の中に「自分だけ良ければ」という考えが増えている中で、誰かを喜ばせると自分もうれしいという感情に気付くと、その後いろいろなことへの取り組み方が変わってくるかもしれませんね。子どもたちが先生方に喜んでほしくて行動するようなことはありませんか?
佐々木:
褒められたいと思って頑張って練習してきた、ということはよくありますね。
一同:
あるある。
安立:
ただ、私は誰でも何でも褒めることはしないようにしています。子どもたちは、誰かを喜ばせたり、褒められたりするために、教室以外の場所でもたくさんの努力をしています。それなのに、私が何でも簡単に褒めてしまう状況では、頑張ろうという気持ちにつながらないかもしれません。だから、私も本当の気持ちで褒めるように、本当に子どもたちが頑張っていることを褒めてあげるように、気を付けています。
水戸瀬:
誰かを喜ばせると楽しいとかうれしいということに気がつき、それが子どもたちにとって音楽を続けていく理由になってくれればうれしいですね。
ヤマハ音楽振興会 システム教育部 部長 水戸瀬
保護者や講師の方々が、子どもとどのように向き合うかで、音楽の感じ方が全く変わってくると思います。ですから、私たち大人が「本当にありがとう」という心で向き合うことで、子どもたちにもそういう気持ちが生まれ育まれるのかなと思いました。
ヤマハ音楽研究所 所長 田山
2020年に文科省の指導要領が大きく変わり、学校の授業にもコンピューターが導入されます。今の子どもたちが大人になるころには、仕事の半分はコンピューターに代わられるという話も。そういう状況だからこそ、人間にしかできないコミュニケーションや対応力はとても重要になってきます。今回講師の方々のお話を聞いて、グループレッスンや音楽を介して、子どもたちの中にそうした能力が育っていることにとても感動しました。
次回は、音楽系の習い事の中でも、ヤマハ音楽教室の経験者とそれ以外の経験者との比較について伺ったコメントをご紹介していきます。