子育て・教育
2021年02月18日掲載 / この記事は約6分で読めます
浜口順子先生(お茶の水女子大学教授)に幼児教育における非認知能力の育成についての取り組み、特に領域「表現」と音・音楽との関わりについてお話を伺うシリーズ第3回。連載最終回となる今回は子どもの非認知能力を育むための大人のあり方、そして非認知能力を育む音楽のあり方についてのお話です。
連載
浜口順子先生に聞く 幼児教育の領域「表現」と非認知能力との関係
非認知能力を育むために求められるもの
子どもの気持ちに寄り添い、大人も心を動かす
浜口先生のご著書を拝見すると「教える」という言葉よりも「支える」「援助する」という言葉を多く使われていたのが印象的でした。子どもが主体的にものごとに興味を持ち、取り組めるようになるために、保育者や養育者はどうあるべきだとお考えでしょうか。
写真提供:PIXTA
――子どもが何かに心を動かした時、保育者や養育者などの大人もいっしょに心を動かせるかということが、とても大切なことだと思っています。幼稚園教育要領の領域「表現」の「ねらい及び内容」の部分に、「豊かな感性は、身近な環境と十分に関わる中で美しいもの、優れたもの、心を動かす出来事などに出会い、そこから得た感動を他の幼児や教師と共有し、様々に表現することなどを通して養われるようにする」とあります。
さらに最近付け加えられたのは「その際、風の音や雨の音、身近にある草や花の形や色など自然の中にある音、形、色などに気付くようにすること」という文章です。ただ「心を動かしましょう」と言っても、きっとどうしたらいいのか分からないから具体的に記載されたのだと思いますが、すてきな一節だと思います。
例えば私が実際に見かけたシーンですが、幼稚園でお帰り会をはじめようとしていました。そこに突然激しく雨がバーっと降ってきた。保育者としては保護者がもうお迎えに来る時間なので、できればお帰り会を時間通りにすすめたいところです。でもものすごい雨の音がするので、子どもは気持ちがそっちに行ってしまうし、窓越しに見るだけじゃなく、外に手を差し出す子もいる、ベランダに出たい子や、中にはもう裸足で飛び出しそうな子もいるんですよね。でもついつい保育者は「もうお帰り会だからダメよ」って言ってしまうんです。若い保育者であればなおさら、時間通りに帰さないと保護者から指導力がないと思われるかも、などと心配もするだろうし、ベテランの保育者でも、そういう子どもらしい気持ちに共感できず、かえっててきぱきと子どもを思い通りに促してしまいがちでしょう。
時と場合にもよりますけれども、そんな時にどこまで子どもの気持ちに寄り添えるか。私も子どもの頃こんなことがあると楽しかったな、というように思い出して共感したりして、自然の音や生活の中にある面白い音に耳を澄ませて、子どもとともに自分の身体感覚をそこに合わせていくということ、それが養育者にとって大切なことだと思うんです。ただ頭から「だめよ」というのと、子どもの気持ちを汲んで「驚いたねー、傘をさしたらどんな音がするかなあ」などと気持ちを重ねていくかで、まったく違う指導になるのでしょうね。また音楽だけではなく、綺麗なものや美しいものに触れるために美術館などに行ったりして、日頃から「美」への感性を養っておくことも同じように大切だと思います。
子どもの時間、大人の時間
――先ほど時間のことを言いました。ミヒャエル・エンデの「モモ」みたいな話になりますけど、子どもって半分は時計通りに動く「大人の時間」とは違う「子どもの時間」を生きているんですね。自然の時間の中で生きているんです。それを理解できるか、共感できるか。
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例えばお帰り会で急がなくちゃいけないという「狭い時間」の中に「広い時間」をイメージできるか。「広い時間」とは津守眞(児童心理学・保育学者、お茶の水女子大学名誉教授)の言葉ですが、「予定」とか「計画」という大人時間のなかに自由感の味わえる時間、生命的な時間をスケジュールの中に織り込ませていけるか。大人にはそういうリズム感覚が求められると思います。
「生命」を哲学の基本とした生の哲学者であり心理学者でもあるルートヴィヒ・クラーゲスの『リズムの本質』には、リズムと拍子とは違うものであり、拍子は反復するけれどもリズムは常に新しく生まれていく、常に更新されていくものだと述べられています。リズムって必ずしも同じ間隔、規則的な時間ではなく、生命的な、生き生きしたものを含んでいるのではないでしょうか。
大人の時間と、子どもの時間があって、子どもはその両方を行き来している、大人も同じような感覚を持つ必要があると言うことですね。
――そうですね。また一方で「リズムの怖さ」もあると思っています。音楽を使って子どもを意図的に動かすということも起こり得るわけですね。例えば「おかたづけ」の時間を、毎日同じ音楽を鳴らすことで知らせる。「もう遊びをやめなさい」というメッセージを決まったメロディーを鳴らして伝えるのです。子どもも5歳位になれば周りの状況を見て、そろそろ帰る時間だから遊びをやめて自発的にかたづけを始める、ということはできるようになってきます。主体的に生活することが保障されている空間であれば、子どもは大人の決めた時間にも合わせていけるのです。あいさつにしても「先生さよなら、みなさんさよなら」みたいな歌にしないとあいさつできないのは寂しいことですよね。やっぱり状況に合わせて自分からあいさつできることが大切だと思うんです。自分で判断して自ら行動するのも非認知能力です。
非認知能力を伸ばすためには広い視点で子どもの持っている音楽性に気づくことが大切
最後におうかがいします。音楽に親しむことは非認知能力の育成にメリットなのでしょうか。
――もちろんです。音楽は、非認知能力の基盤を築くのに不可欠だと思います。ただそれは狭い意味の音楽ではなく、生活全体の中でリズムや表現を捉えたときにはじめてそう言えるのだと思います。
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幼児はまだ半分は動物みたいで、うれしかったり楽しかったりすると身体全体をぴょんぴょんと弾ませずにはいられない人たちです。そんな子どもたちが持っている生命的ともいえる音楽性を感じ取り、尊び、いっしょに楽しみ、育む。それこそが、非認知能力を伸ばすのに大切なことだと思います。
(おわり)
文・編集:池谷 恵司(いけや けいじ)
(当連載は2020年10月26日に取材した内容をもとに作成しております)
◇プロフィール
浜口 順子(はまぐち じゅんこ)
お茶の水女子大学 教授
お茶の水女子大学卒業。オランダ・ユトレヒト大学教育学研究所留学。博士(人文科学)。主な著書に『自由保育とは何か』(共著、フレーベル館)、『事例で学ぶ保育内容・領域表現』(編著、萌文書林)、『倉橋惣三・保育人間学セレクション』(監修、学術出版社)。
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