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音楽とコミュニケーション
河瀬 諭(かわせ さとし)
相愛大学 客員研究員

※記事掲載時点の情報です

なぜ合奏は「合う」のだろう?

音楽は、太古から世界中で行われてきたコミュニケーション手段のひとつです。仲間と一緒に楽器を奏でる。誰かの歌声に耳を傾ける。そんな場面には、人々の想いやメッセージが交錯しているのではないでしょうか。この連載では、音楽とコミュニケーションについて、4回お話します。前半2回は、合奏での演奏者どうしのコミュニケーションについて扱います。後半2回は、演奏者と観客とのコミュニケーションにふれます。この連載では、コミュニケーションという用語をかなり広い意味で使っています。音楽では、言葉でのやり取りだけでなく、音、身ぶり手ぶりやアイコンタクトなども、大切なコミュニケーションの手がかりだからです。

合奏が「合う」ことと、「ズレ」の関係

合奏を聴いていて、あるいは演奏していて、演奏者どうしのタイミングが合っている/ズレているということを経験された方も多いのではないでしょうか。合奏がバラバラに聴こえないためには、ズレが小さい方がよいのは明らかです。しかし、人どうしの合奏では、機械のように完全に合わせることは不可能ですので、大なり小なりズレが含まれています。では、ズレがどのくらいまでなら、演奏が合っていると感じられるのでしょうか?西洋音楽を扱った研究では、演奏者どうしのズレが数10ミリ秒(1ミリ秒は0.001秒)程度ならば、演奏している方も、聴いている方もズレているとは感じないことが示されています※1※2。この傾向は、弦楽やピアノ、リコーダーなど、さまざまな楽器で確認されています。一方、演奏が合っていないと判断される目安は、ズレが100ミリ秒(0.1秒)を超えたあたりです。さらに、フレーズの出だしなどでは、ズレに対する感度が上がり、100ミリ秒以下のズレでもズレていると判断されることがあります※3。数10ミリ秒というとても小さなズレで合奏するためには、共演者との厳密なタイミング調整が求められるのです。

しかし、単純に、「ズレがない=優れた演奏」となるわけではありません。合奏では、ほんのわずかなズレが、演奏の魅力を高める場合があるからです。たとえば、いくつかの研究では、旋律を担当するパートが、ほかのパートよりも数ミリ秒ほど早く演奏されることが示されています。これは、旋律先行(Melody Lead)と呼ばれ、旋律を際立たせる効果があるといわれています※1

ほかにも、合奏の各パートどうしの絶妙なズレが、演奏に彩りをそえることが知られています。たとえば、ジャズのドラムとベースの間のごく小さなズレが、体を動かしたくなったり、演奏の一体感を抱く「グルーヴ」という現象を生むといわれています※4。音は極力合わせた方がいいが、わずかなズレがある方が効果的な場合がある―。こんな繊細なさじ加減も、合奏の魅力なのかもしれません。

何を手がかりに、合わせている?

合奏では、合わせるために、どんな手がかりが使われているのでしょうか?もちろん、音をよく聴いて合わせることが必要ですが、言葉や、言葉によらないコミュニケーションも重要であることが、研究で明らかになっています。練習中は、演奏のやり方を話し合うなど、言葉でのコミュニケーションで情報が共有されます。それに加えて、言葉によらないコミュニケーション(体の動き・アイコンタクト・表情・呼吸など)が必要です。一方、演奏中は、会話がしにくいので、言葉によらないコミュニケーションが主に使われます。この言葉によらないコミュニケーションは、よりよい演奏には欠かせません。たとえば、優れた弦楽四重奏団や、熟達した指揮者などは、言葉によらないコミュニケーションを大切にしていることが知られています※5※6。そこで、これらの手がかりが具体的にどのように使われているかを、それぞれ見ていきたいと思います。

まず、体や楽器の動きには、お互いのタイミングをはかる合図としての機能があります※7。楽器を演奏するときは、ほとんどの場合、体の動きが伴います。ピアニストの演奏では、手だけでなく体全体が前後左右に揺れています。バイオリンやフルートの演奏では、体とともに楽器自体もよく動いています。合奏でのこのような動きは、共演者に対する演奏のタイミングなどの情報として役立っています。次の音が出るタイミングを動作から予測できるのです。フルート奏者が上体をゆっくり反らせた後、前にうなずくように体を倒し始めると、音の出るタイミングが予想できることなどがその例です。指揮者の手や体の動きも、同様にタイミングの合図になります※8。また、合奏のメンバー内で通じるジェスチャーによって、どのように演奏するかを伝え合うこともあります。たとえば、ジャズデュオのリハーサルでは、演奏者がうなずきや腕のジェスチャーを使っていたことが明らかにされています※9

相手に向ける視線も、演奏のタイミングを合わせるための重要な手がかりになります。「目は口ほどにものを言う」といいますが、多くの演奏者が合奏中のアイコンタクトや視線を重視しており、その理由のひとつとしてタイミングを合わせることを挙げています。われわれは、視線がどのように合奏に役立っているかについて、ピアノデュオを対象として研究しました※10※11。実験の結果、ピアニストたちがお互いを見合うのは、テンポが変化する部分や、フェルマータなどの次の音の出だしがわかりにくい部分でした。そして、共演者に視線を向けた全時間のうち、およそ90%がこの部分に集中していました。つまり、曲中に変化があって合わせにくいところで、視線を相手に向けていたのです。具体的には、(1)前のフレーズの終わりに相手を見始める、(2)次のフレーズの出だしの直前で共演者から視線をそらす、(3)次のフレーズが始まる、という順でした。曲や演奏者にもよると思いますが、われわれの実験では、音で出だしの0.5秒程度前にお互いが見合っていることで、ズレがより小さくなっていました。また、相手から視線をはずすことは、現在演奏している箇所が終わる合図としても機能しているようです。しかし、お互いの目と目を合わせるアイコンタクトが必須というわけではなく、共演者の首から下しか見えない状況での演奏でも、ピアニストたちは、十分小さなズレで演奏できました(図1)。このことから、体の動きを視線でキャッチできれば、タイミングを合わせることはできるということが示唆されました。

図1 いろいろな条件で演奏したときのズレの大きさ(テンポが変化する箇所での結果)※10

図1 いろいろな条件で演奏したときのズレの大きさ(テンポが変化する箇所での結果)※10

合奏中の表情は、タイミングを合わせるというよりは、相手に音楽的な表現や曲の解釈を伝えたり、感情的なメッセージを送ったりするのに役立っています。演奏者どうしがほほ笑み合ったり、指揮者が表情を変化させることなどがその例です。特に指揮者の表情については、演奏者との音楽的なコミュニケーションの手段であることが研究で示されています。たとえば、難しい顔をして眉をひそめる表情が大きな音を出す合図で、眉間を上げる悲しげな表情が悲しい音の合図、といった具合です※12

呼吸も、演奏者どうしで合わせる手がかりになります※13。息を吸うときの「スーッ」という音や呼吸に伴う動きも、音の出るタイミングの手がかりになっているようです。「息の合った演奏」「あうんの呼吸」というように、呼吸は一体感を表す慣用句としてよく使われますが、それを裏づける現象が、実際の演奏でも起こっているのです。

ここまで、音以外のさまざまな手がかりが、タイミングを合わせるのに役立っていることを紹介してきました。とはいえ、いつもこれらの手がかりが使われているわけではありません。音だけで演奏者どうしが合わせている場合も多くあります。たとえば、一定のリズムで曲を演奏するときには、共演者を見なくても合わせられることが知られています※14。また、録画された指揮者に合わせて演奏する実験では、演奏者が指揮者の方を見ていた時間は、全体の30%ほどでした※15。共演者を見ない理由はいくつか考えられます。演奏中は、楽器や楽譜など、共演者以外にも見る対象があるので、ずっと共演者を見ることはできません。それに、むやみに共演者を見ると、「何か間違っただろうか?」などと余計な情報を送ることにもなりかねません。実際の演奏では、アイコンタクトで「今のソロ、良かったよ!」と知らせるような、演奏のため以外のやり取りもされるでしょう。しかし、「合わせる」ということに関していえば、利用できる手がかりを場合に応じてうまく使いながら、次の音を予測することが重要になるのです。

今回は、「合わせる」ことをメインにお話してきました。次回は、演奏者どうしの社会的な関係(対人関係や、リーダーシップなど)に注目し、アンサンブル内の関係性が合奏に及ぼす影響に迫ります。

  • ※1 Rasch, R. A. (1979). Synchronization in performed ensemble music. Acustica, 43, 121-131.
  • ※2 Keller, P. E., & Appel, M. (2010). Individual differences, auditory imagery, and the coordination of body movements and sounds in musical ensembles. Music Perception, 28, 27-46.
  • ※3 堀内靖雄, 三井卓, 井宮淳, & 市川憙. (1996). 二人の人間による演奏の収録と分析. 情報処理学会研究報告.[音楽情報科学], 96(53), 21-26.
  • ※4 Keil, C., & Feld, S. (1994). Music grooves. Chicago, IL: University of Chicago Press.
  • ※5 Murnighan, K. J., & Conlon, D. E. (1991). The dynamics of intense work groups: A study of British string quartets. Administrative Science Quarterly, 36, 165-186.
  • ※6 Durrant, C. (2009). Communicating and accentuating the aesthetic and expressive dimension in choral conducting. International journal of music education, 27, 326-340.
  • ※7 Goebl, W., & Palmer, C. (2009). Synchronization of timing and motion among performing musicians. Music Perception, 26, 427-438.
  • ※8 Luck, G., & Nte, S. (2007). An investigation of conductors’ temporal gestures and conductor-musician synchronization, and a first experiment. Psychology of Music, 36, 81-99.
  • ※9 Davidson, J. W. (2005). Bodily communication in musical performance. In D. Miell, R. MacDonald, & D. J. Hargreaves (Eds.) , Musical communication (pp. 215-238). New York: Oxford University Press.
  • ※10 Kawase, S. (2014). Gazing behavior and coordination during piano duo performance. Attention, Perception, & Psychophysics, 76, 527-540.
  • ※11 Kawase, S. (2014). Assignment of leadership role changes performers’ gaze during piano duo performances. Ecological Psychology, 26, 198-215.
  • ※12 Poggi, I. (2002). The lexicon of the conductor’s face. In P. McKevitt, S. Ó Nualláin, & C. Mulvhill (Eds.), Language, vision and music (pp. 271-284). Amsterdam: John Benjamins.
  • ※13 中村敏枝 (1995) 「間」における演奏者と伴奏者の呼吸の同期 日本心理学会第59回大会発表論文集, 631.
  • ※14 Davidson, J. W. (2012). Bodily movement and facial actions in expressive musical performance by solo and duo instrumentalists: Two distinctive case studies. Psychology of Music, 40, 595-633.
  • ※15 Fredrickson, W. E. (1994). Bandmusicians’ performance and eye contact as influenced by loss of a visual and/or aural stimulus. Journal of Research in Music Education, 42, 306-317.
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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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河瀬 諭(かわせ さとし)
相愛大学 客員研究員
専門:音楽心理学、感性情報心理学
著書・論文

  • Kawase, S. (2014). Assignment of leadership role changes performers' gaze during piano duo performances. Ecological Psychology, 26(3), 198-215.

  • Kawase, S. (2014). Gazing behavior and coordination during piano duo performance. Attention, Perception, & Psychophysics, 76(2), 527-540.

  • Kawase, S. (2013). Factors influencing audience seat selection in a concert hall: A comparison between music majors and nonmusic majors. Journal of Environmental Psychology, 36, 305-315.


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