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赤ちゃんと音楽-赤ちゃんの聴取と表出を探る-
志村 洋子(しむら ようこ)
日本女子大学大学院・東洋英和女学院大学大学院 非常勤講師
※記事掲載時点の情報です

マザリーズが赤ちゃんに伝えるもの

現代に生きる私たちは、日々の暮らしの中で多種多様な音や音楽に囲まれています。好むと好まざるとにかかわらず、常に音や音楽が聞こえている世界に身をおいているといってもいいでしょう。中には「シーンとした静けさ」や、「自分の心臓の音が聞こえる」ような“静粛な環境”を、体験したことがない子どもも多いかもしれません。

赤ちゃんが持つ優れた力が次々に明らかにされ始めた1960年代以降、赤ちゃん研究は素晴らしい進展を遂げてきました。“音声”や“音楽”に関係することを例にとると、胎生5か月頃には聴覚器官がほぼ完成し、出生後の聴力は成人と同様であることが明らかにされ、また、生後1年間に赤ちゃんは、周囲から聞こえる実にさまざまな話声の中から単語を切り出して聞き取り、その音声特徴と意味を自ら学びつつ環境にある言語を獲得していくという、驚嘆すべき作業をしていることも知られています。

音楽そのものに目を向けてみても、言葉と同様に、日々の生活の中から“音の連なり”として音楽を聞き取る力を発揮し、さらにはそれぞれの環境や文化に適応しながら「お気に入りの音楽」を作っていくこと、一方、言葉の発達に併せるように喃語と平行して、歌唱様の発声もするようになるなど、音楽的な表出も活発になることが分かってきました。

近年、音楽に関する研究は、乳幼児を対象に脳科学的手法によって行われるようになってきました。ただし、まだ赤ちゃんを対象に行っているものは少ないのが現状です。もちろん、成人を対象として多くの成果を上げていますので、これからの研究成果が楽しみでもあります。

このシリーズでは、従来から行われてきている観察をベースにした研究の成果や心理学的実験研究の成果を基に、赤ちゃんと音楽のかかわりについて、その聴取と表出を中心に解説します。

赤ちゃんが胎内で聞いている声

出生後すぐから、赤ちゃんは胎内で聞いていたお母さんの声そのものを聞き分け、お母さんが話しかける声と歌いかけの声、さらにはお母さんの母語(赤ちゃんの成育環境にある言語)に特に反応することが実験的な研究で明らかにされています※1。このことは、おなかの中にいるときからすでに、お母さんの言葉や歌いかけのような「声」への嗜好が始まっている可能性を示しています。

胎内で聞いていたお母さんの声がどのようなものか、そのモデルとして、胃内にマイクロフォンを挿入した人の発話音声を図に示しました※2。その人の「ある日北風と太陽が」というセリフを体外で録音した場合、図1に示したように、私たちが通常耳で聞いているように6KHzまでの周波数帯域の縞模様(スペクトル)がはっきりしていますが、一方、図2に示した胃の中での録音を解析すると、3KHz以上のスペクトルはほとんど見られません。このことは「子音」を伝搬する高い周波数の成分が大きく減衰し、「子音が不明瞭な声」が胃内に伝わっていることを示しています。

なお、矢印の部分が指している一番下の縞模様は、声の高さの推移を示しています。つまりこの図が示すように、胎児だったときに聞いている声の聴覚印象は、子音が明瞭でないためあまりとげとげしくない、母音が中心の柔らかな声と考えられます。また、図中の矢印の部分が示しているイントネーションの変化やリズム、ポーズはそのまま伝わっていることから、言葉としては明瞭ではないものの、「声の韻律的情報」※3)は十分に伝わる声であったことが分かります。

図1 体外で録音した自己発話音声のサウンドスペクトログラム

図1 体外で録音した自己発話音声のサウンドスペクトログラム

図2 胃中で録音した自己発話音の音声のサウンドスペクトログラム

図2 胃中で録音した自己発話音の音声のサウンドスペクトログラム

Yamanouchi, I., Fukuhara, H., & Shimura, Y. (1990)

このように、胎内でのこうした聴覚経験が、赤ちゃんがお母さんの声そのものの特徴や母語の音響特徴を聞き分ける手立てにつながり、お母さんの語りかけや歌いかけてくれる声を好む基本になっていると考えられます。また、韻律的情報は言葉の獲得においては、文法構造や語義の理解を助けるだけでなく、コミュニケーションにおいての楽しさや優しさなどといった「感情情報」の伝達も担っていることも示されていますので、語りかけてくれるお母さんや周囲の人々の声が持つ感情性を聞き取っているといえましょう。
胎内で包み込まれている感覚と共に聞こえていた声がもたらす語りかけや歌いかけは、出生後の周囲とのかかわりの基礎を作っているのです。

さて出生後、赤ちゃんがとりわけ「注聴する声」は、私たち大人が語りかけるときに、ついしてしまう話し方、すなわち、ゆっくりとした速度でイントネーションを大きくした話し方です※4。これは一般的には「マザリーズ=Motherese」と呼ばれ、専門的には「対乳児音声=Infant Directed Speech」といわれるものです。表1にその音響特徴をまとめました。実際にお母さんたちのマザリーズを観察してみると、個人差はあるものの、「うーん」や「そうねー」とゆったりした速度で声をかけ、また赤ちゃんの発声や表情の変化などを待つように間をおいた相槌も多く見られます。赤ちゃんの名前を、抑揚をさまざまに変化させながら強調して何回も呼ぶなどの繰り返しの多用や、1つの単語の各音を引き伸ばしたり、あたかも歌いかけているような音声が観測できます。

マザリーズMothereseの音響特徴

  • 発話の声全体が高い(音声の基本周波数平均値の上昇)
  • 抑揚が大きい(基本周波数の変化範囲の拡大)
  • ゆっくり話す(発話速度の低下)
  • 相手の反応を待つように間をとる(潜時の変化範囲の拡大)
  • 同じ言葉を繰り返す(繰り返しの多用)

こうしたマザリーズ音声は、赤ちゃんの言葉の学びにとって有効なものと考えられています。大人同士の会話音声とは異なり、母語の特徴を目立つように伝える語りかけは、周囲の成人間による会話音声からは際立って聞こえますので、赤ちゃんへ向けられたものとして、児自身の注意を喚起するものになると考えられるからです。

また、日本の子育ての中ではマザリーズと共に「赤ちゃんことば」といわれる「育児語」も多く使われています。たとえば、ネコをニャンニャンと呼んだり、犬をワンワンと呼んだり、ポンポン(おなか)やオテテ(手)、アンヨ(足)と枚挙に暇がありませんが、この育児語の持つ繰り返しのリズムパターンや語音の強弱の違いを生後7か月前後の赤ちゃんが単語としての切り出しに使うことも報告されています※5

このように、出生直後から半年くらいまでは世界中の言語の「音」を聞き分けることができる、といわれている赤ちゃんですが、暮らしている環境の中にある子音や母音の長さ、促音の有無の違いも「カテゴリー」に分類する知覚を駆使して、同種の音を仕分け、徐々に母語の特徴に合わせて自らの言語獲得に向けた学びを進めていくことが分かってきました。よく知られていることとして、英語圏で使われる/ r /と/ l /の音の聴き分けは、日本の赤ちゃんでは6か月を過ぎるとできなくなるという報告がありますが、これは日本語でこれらの子音の使用の差異がほとんどないため区別できなくなるという「知覚の適合化」が起こることによると考えられています※6

乳児期の言語獲得研究が積み重ねられ、多くの言語で適合化を引き起こすメカニズムも解明され始めており、今後、言語獲得のメカニズムが今後一層明らかになってきそうです。赤ちゃんへの語りかけのリズムパターンやアクセントの強調といった言葉の中の「音楽的要素」は、音の連なりとしての「メロディーの切り出し」につながると予想され、乳児期の言語獲得メカニズムの明確化に沿って、歌の獲得過程をも明らかにするものになると思われ、期待が高まります。

  • ※1 韻律的情報:プロソディや超分節的特徴とよばれ、イントネーション、アクセント、リズム、ポーズなどの総称(杉藤1992)
  • ※2 DeCasper, A. J., & Fifer, W. P. (1980). Of human bonding: Newborns prefer their mothers’ voices. Science, 208 (4448), 1174-1176
  • ※3 Yamanouchi, I., Fukuhara, H., & Shimura, Y. (1990). The transmission of ambient noise and self-generated sound into the human body. Acta Pediatrica Japonica. 32. 615-624
  • ※4 Cooper, R. P. & Aslin, R. N. (1990). Preference for infant-directed speech in the first month after birth. Child Development, 61, 1584-1595.
  • ※5 林安紀子、馬塚れい子(2010)。 生後5〜13ヵ月齢児の音声知覚発達に関する研究−語の切り出し能力の発達について−。 聴覚研究会資料、40(6)、525-530。
  • ※6 麦谷綾子(2009)。乳児期の母語音声・音韻知覚の発達過程。ベビーサイエンス、8、38〜49。
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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志村 洋子(しむら ようこ)
埼玉大学 教育学部 教授 専門:乳幼児音楽教育、声楽
著書・論文
  • 『乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究』、風間書房、2005
  • 「乳児保育の環境構成」、『乳児保育の基本』(共著)、フレーベル館、231~262ページ、2007
  • 「赤ちゃんと住まい」、『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(共著)、世界思想社、217~236ページ、2012
 
著書・論文

  • 『乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究』、風間書房、2005

  • 「乳児保育の環境構成」、『乳児保育の基本』(共著)、フレーベル館、231~262ページ、2007

  • 「赤ちゃんと住まい」、『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(共著)、世界思想社、217~236ページ、2012


 
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