研究・レポート
藤原 嘉文(ふじわら よしぶみ)
山梨大学大学院 教育学研究科 教授/芸術文化教育講座
※記事掲載時点の情報です
即興演奏とはいったいどのようなもの?
2013年11月07日掲載 / この記事は約7分で読めます
バロック時代には当然であったさまざまな場面での即興演奏を含む演奏家の自由が、時代を経るにつれて次第に狭められ、作曲家と演奏家との分業が進んだこともあり、演奏家は精密に記される楽譜の解釈にエネルギーの多くが割かれるようになりました。その結果現在では、即興演奏は何か特別な行為、すなわち、教育現場で必要であるから、資格修得のためなど、義務的な理由で修得するものと捉えている方も少なくないようです。
一方20世紀初頭に登場したジャズは、最初から即興演奏を本質とした音楽であり、その後のさまざまなポピュラー音楽に大きな影響を与えてきたために、即興演奏を含む演奏者の自由度が大きい音楽として展開されてきています。また世界各地にある民族音楽は、その多くが伝統的に受け継がれてきたものであり、楽譜を用いないところに自(おの)ずと演奏表現上の自己表出能力が求められてきました。
今回は、いわゆる西洋クラシックにおける事象も含め、音楽における即興表現にはどのような内容や行為があるのか、その多様性を知っていただき、できるだけ多くの皆さんに即興演奏の楽しさを感じていただけるように、話を進めていきたいと思います。(今回は、鍵盤楽器、あるいは鍵盤楽器を伴った即興演奏を中心にさせていただきます。)
第1回は、音楽におけるさまざまな即興表現の事象を、内容・様式別にカテゴライズし、即興演奏の全貌を把握したいと思います。
キーボードハーモニーとも呼ばれ、広義のソルフェージュとも捉えられますが、即興演奏の基礎トレーニングとして重要な要素です。コードネーム、または和声記号をもとに、即興的に音楽の流れに沿った伴奏をしなければなりません。
バロック時代のチェンバロ奏者の即興伴奏システム。低音と付された数字から和声を把握し、それに基づいて即興的に伴奏する。現代のコードネームは、そのシステムとしての発想が類似していることから、通奏低音を基に確立されたと考えられます。
譜例1 通奏低音の例 J.S.Bach 《ブランデンブルグ協奏曲第5番第1楽章》冒頭
リダクション、つまりオーケストラや室内楽などアンサンブル編成の楽曲を、鍵盤上でソロ演奏することです。原曲を忠実に再現しなければなりませんが、その概略を瞬時に表現することから即興演奏のひとつとして捉えることができます。指揮者の必須実技要素であり、かつては(レコードなど再生装置が一般的になる以前は)、作品の試聴(デモ演奏)の技術としても必要でした。
修飾、Fake、アドリブなど主に旋律を変化させるもの、和声やリズム、拍子やテンポなどを変化させ、原曲の持つ性格を変えるものなど、あらゆる変化が含まれます。ジャズのアドリブや編曲演奏などポピュラー分野での即興例が非常に多いように思われますが、バロック時代に頻繁に行われていた装飾演奏やコラール変奏※1などもこのカテゴリーです。さらに、F. リストのTranscriptionのように、ヴィルティオーゾを表すために華麗に即興的装飾が施される例も有名ですね。
原曲の一部を使った創作演奏。E. L. P(Emerson, Lake & Palmer)がチャイコフスキー「くるみ割り人形」“行進曲”をカバーした「Nutcracker」などが好例といえます。最近では、バッハ「インベンション第1番」をもとにした松本あすか「インベンション〜primo〜」も秀逸です。ただ、上記(2)装飾・変奏 の要素が混在しているなど、明確な分類がむずかしい場合も多いです。
2小節程度のモチーフに基づく即興。ヤマハ5〜3級演奏グレード試験における課題「即興演奏B」や、ジュニア・オリジナル・コンサートで行われる即興演奏などがこれにあたります。モチーフから読み取れるテンポ感、拍子感、表情などが生かして演奏することが大切です。
提示された数個の音に基づいて行う即興演奏。古くからB-A-C-H(バッハ)によるものなどは有名です。ヤマハ2級演奏グレード試験における即興演奏課題はこれです。
たとえば、バロックスタイルで、マズルカのように、古典ソナタ形式で、あるいはラヴェル風でというように、様式や形式などを指定して行う即興演奏。R・グレイソンは、これとモチーフ即興やパラフレーズとの組み合わせで、華麗な即興演奏を楽しませてくれます。
シューベルト「未完成」のテーマを使ってフーガ風による即興演奏
リズム、音群、モード、音程など上記以外の要素指定による即興演奏も考えられます。私がR・グレイソン氏と行ったPandiatonic(全音階を、調性を無視しひとつの旋法(モード)と捉える)によるDuet即興演奏は一例です。
イメージ即興とも呼ばれ、キース・ジャレットの行った「ケルン・コンサート」などが好例です。全く無の状態から、その場のイメージや感じたまま音を紡いでいく即興演奏で、現代舞踏や他芸術とのコラボレーションなども、音素材による制約は無い場合はこのカテゴリーに属するのではないでしょうか。
モーツァルトの協奏曲におけるカデンツァ部分は空白で、演奏者に委ねられていました。当時のソリストはカデンツァを即興演奏できる技術をマスターしていなければならなかったわけです。即興演奏の教育者としても有名だったC. チェルニー(1791〜1857)の著書「ピアノによる即興演奏の体系的指導」には、フェルマータによるレスタティーヴォ即興例、終止形の和声進行をもとにしたプレリュード即興例などが多数載せられています。これらは、カデンツァを即興的に演奏するための数少ない教育プログラムとして大変貴重なものです。
2. 現代の音楽作品の中の即興部分、あるいは不確定性の作品
20世紀の半ばから数十年は「前衛の時代」と呼ばれ、即興自体を作品のコンセプトとする「偶然性の音楽」(ジョン・ケージなど)や、「図形楽譜」(M. フェルドマン、ロゴテーティスなど)が台頭しました。21世紀の現在では、そのようないわゆる「前衛」作品はあまり多く聴かれなくなりましたが、作品の中に部分的に即興演奏を求めるケースは少なくありません。拙作においても、「舞〜3本のフルートのための」、「Sound Mosaic Ⅲ〜ハープシコードのための」などがその例です。
このように分類すると、即興演奏も内容的に多岐にわたることがおわかりになると思います。次回は、これらの事象を即興行為として、時間的余裕の多少と制約の多少との2つの観点から考察したいと思います。
- ※1 17世紀ごろより、教会のオルガニストは即興的に合唱隊の伴奏をするだけではなく、礼拝の進行などに合わせて、前奏曲や後奏曲などを即興的に挿入する、あるいはコラールなどの旋律にもとづく即興演奏を行うようになった。
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
藤原 嘉文(ふじわら よしぶみ)
山梨大学大学院 教育学研究科 教授/芸術文化教育講座
専門:作曲、現代音楽、即興演奏
著書・論文
- 巡りあう時空~ピアノとオーケストラのために CD:KMUR10034
- Metamorphosis Ⅳ~2台のピアノのための CD:FPCD4365、楽譜:JFC0304
- バッハ《平均律クラヴィア曲集 分析・演奏》 ISBN978-4-9018-5213-2、共著
著書・論文
- 巡りあう時空~ピアノとオーケストラのために CD:KMUR10034
- Metamorphosis Ⅳ~2台のピアノのための CD:FPCD4365、楽譜:JFC0304
- バッハ《平均律クラヴィア曲集 分析・演奏》 ISBN978-4-9018-5213-2、共著
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