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音楽家の運動生理学
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学大学院 医学系研究科 教授/予防環境医学系 運動制御学教室

※記事掲載時点の情報です

音楽演奏のエネルギー消費(2)

前回はピアノ演奏時のエネルギー消費についてお話をしましたが、今回はそれ以外の楽器演奏や歌を歌っているときのエネルギー消費についてお話をしたいと思います。

表1をご覧ください。これまでの研究で報告されているさまざまな楽器演奏や歌唱、指揮中におけるエネルギー消費量です。残念ながらこれらの研究では、数名か1名の演奏者からの結果で、演奏している楽曲も全く不明でしたので、これらの値が必ずしも多くの奏者や演奏の内容(楽曲・ジャンルなど)に適用できるとは言えません。しかし、現在までに報告されている数少ない実測データですので、参考にしたいと思います。

金管・木管楽器・アコーディオンは、前回「音楽演奏のエネルギー消費(1)」図1に示したピアノ演奏時の比較的軽い負荷(弱音・スローテンポ)での値と類似しています。これらの楽器演奏では体幹や上肢の動きもピアノほど大きくはありませんので、ほぼ妥当な数値と思われます。オルガンは、少し大きい値ですが、これは一昔前の足の運動が加わる踏みペダル型ですので、足の運動が鍵盤操作に付加されていることが関係していると思われます。ですから歩行時の結果に類似しています(「音楽演奏のエネルギー消費(1)」表1参照)。チェロやバイオリンは予想以上に大きな値が計測されています。理由は定かではありませんが、おそらく上肢の運動に加えて体幹部の運動も大きいからかもしれません。その割に少ないのは指揮者です。これは人によるのかもしれませんが、全身を使って指揮する人と手先だけの人がいますので、それによって大きく変わってくるものと予想されます。

表1.さまざまな楽器演奏、歌唱、指揮時のエネルギー消費量 ※1 ※2 ※3

演奏楽器など
人数
kcal/min/kg
フルート(座位)
4
0.031
ホルン(座位)
4
0.029
トランペット(座位)
2
0.029
トランペット(立位)
1
0.031
クラリネット(座位)
4
0.031
サクソホン(座位)
3
0.028
アコーディオン(座位)
1
0.032
オルガン(足ふみ型)
1
0.054
チェロ(座位)
1
0.041
演奏楽器など
人数
kcal/min/kg
バイオリン(座位)
1
0.044
ダブルバス(立位)
1
0.035
ドラム(座位)
2
0.067
オーケストラ指揮
1
0.039
歌唱(座位:6~9歳)
15
0.038
歌唱(立位:9~11歳)
17
0.037
マンドリン、バラライカ
(13~14歳)
5
0.044
座位安静(9~11歳)
22
0.034

少し大きなエネルギー消費が予想されるのは、マーチングバンドかもしれません。直接的なデータがないので上のデータから算定してみることにしましょう。木管楽器(たとえばクラリネット)の演奏者がマーチングを行ったとしたら木管楽器演奏時(座位:0.031kcal/min/kg)の値から安静座位(0.022kcal/min/kg)を引いて、それを平均的な速度の歩行の値(0.056kcal/min/kg)に加えると推定値(0.065kcal/min/kg)が出てきます。この値は、少し速めに歩くときのエネルギー消費になりますので、運動負荷としては、それなりに高いと言えます。この速歩に近いような値はドラム演奏でも見られます。おそらく全身の運動が演奏には必要となることがかかわっていると思われます。

ドラム演奏に関連して、和太鼓の研究報告がありますので、それも少し触れたいと思います※4。金沢大学の研究グループによる報告ですが、7名の学生さんによって長胴太鼓と大太鼓を5段階(毎分60・90・120・150・180回)のテンポで連打する際の酸素摂取を計測しています。エネルギー消費量は、テンポの上昇に伴って大きくなり、(1)長胴太鼓を小ばちで叩く見合わせで60回で0.062から180回で0.087kcal/min/kg、(2)大太鼓を小ばちで叩く組み合わせで0.059から0.071kcal/min/kg、(3)大太鼓を大ばちで叩く組み合わせでは0.082から0.104kcal/min/kgです。これらの値は、軽いジョギングに相当するエネルギー消費量とほぼ一致しますので、体重65kgの奏者の1時間練習でも400kcalを超えます。ですから長時間の演奏ではかなり大きなエネルギー消費を伴います。数多くある楽器の中でもおそらく和太鼓の大太鼓演奏は、最も強い運動負荷になるのではないかと思われます。

大太鼓の演奏(提供:北芝解放太鼓保存会 鼓吹)

大太鼓の演奏
(提供:北芝解放太鼓保存会 鼓吹)

歌唱時のエネルギー消費量も興味深いのですが1919年に成人女性で調べている研究と1949年に子供を対象とした研究が報告されています。前者の方は測定方法が詳細ではないので、表1には記載していませんが、結果として安静時のエネルギー消費量に対して22%の増加が認められたと報告されています。安静時を0.022kcal/min/kgとすると、0.027kcal/min/kgになります※5。子供の歌唱に関しては、0.037~0.038kcal/min/kgという値が示されています(表1)。彼らの安静時の値を見ても分かるように生命の維持つまり体温調節や脳・内臓機能の維持に必要なエネルギー量(基礎代謝量)が成人の値の1.5~1.7倍(「音楽演奏のエネルギー消費(1)」表1参照)です。子供が冬に半袖・半ズボンで常に走り回っていられる背景には、この基礎代謝の高さが関係しています。ですから歌唱のエネルギー消費という意味では、彼らの値から0.01kcal/min/kgを引いて計算すると上記の成人の値に近い数値になり、歌唱のエネルギー消費はホルンなどの値と類似すると考えられます。また、マンドリン・バラライカ(ロシアの弦楽器)の演奏も木管楽器やダブルバス(ベース)演奏時の値とほぼ同じになります。どちらもさほど大きなエネルギー消費ではないことが分かります。

演奏エネルギーの補給?

楽器演奏や歌唱などは運動負荷自体がかなり小さいので短時間の演奏によるエネルギー消費は、それほど大きな値にはならないようですが、軽負荷であるが故に長時間の演奏が可能となります。その結果、スポーツでの総消費量に相当する量にまで増大することが十分に考えられます。また、和太鼓やドラム演奏などの場合には全身での比較的大きな動作が伴いますので、消費エネルギーも速足からジョギングに相当する量が必要となり、まさにスポーツと同等ということになります。演奏会で最高の演奏を可能にするために、また最良な体力、精神状態で日々の練習を継続できるようにするためには十分な休養(睡眠)と同時に食事をベースとした適切な、つまり消費エネルギー量に見合った継続的な栄養補給が重要です。栄養が不足した状態では、身体の動きも鈍くなり、血糖値の低下により練習にも集中できず、また疲労した身体の回復も十分には望めなくなります。次回は、音楽家にとって適切な栄養摂取について解説したいと思います。

  • ※1 Baadjou AE, Marjon DF, Eijsden-Besseling, et al. Energy expenditure in brass and woodwind instrumentalists; the effect of body posture, Med Probl Perform Art, 26 (4); 218-222, 2011.
  • ※2 Passmore R, Durnin JVGA, Human energy expenditure. Physiol Rev. 55: 801-840, 1955.
  • ※3 Taylor CM, Pye OF, AB Caldwell, ER Sostman, The energy expenditure of boys and girls 9 to 11 years of age (1) singing listening to the radio (phonograph), (2) siting singing, and (3)standing singing, The Winstar Inst Anat Biol., Jan: 1-10, 1949.
  • ※4 山本博男、安田弥生、道用亘ら、和太鼓演奏の実態とエネルギー消費量、教育工学研究、22:7-12、1996.
  • ※5 Benedict FG、Johnson A. The Energy Loss of Young Women during the Muscular Activity of Light Household Work, Proc Am Philos Soc. pp89-96, 1911.
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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
kinoshita-hiroshi
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学大学院 医学系研究科 教授/予防環境医学系 運動制御学教室
専門:運動制御学、運動生理学、脳科学
著書・論文

  • Chin force in violin playing. Eur J Appl Physiol. 112: 2085-95, 2012.

  • Control of multi-join arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists., BMC neuroscience, 11:82, 2010.

  • Functional brain areas associated with manipulation of a prehensicle tool: A PET study, Hum Brain Map 30; 2879-2889, 2009.

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