学び・教養
2020年02月13日掲載 / この記事は約8分で読めます
NASA(アメリカ航空宇宙局)が1972年に着手した宇宙探査機ボイジャーのミッション。星や宇宙に関心のある方ならば、近年でもこのボイジャーのニュースを耳にされたのではないでしょうか。2012年にボイジャー1号は人類史上初めて太陽圏の外の空間へと突入。ボイジャー2号は、木星より遠くにある惑星すべてに接近したのち、1号とは違うルートで2018年に太陽圏の外側へと到達しています。
佐治先生は、惑星探査だけではない、この計画に秘められた目的について語ります。
連載
見えない世界にまなぶ-佐治博士の宇宙・音楽・未来へのまなざし-
宇宙から考える、地球の平和や未来のこと
1/f ゆらぎの性質がETとの共通語?
ボイジャーに搭載されたゴールデンレコード(the Golden Record)。もしもET(地球外生命体)が、バッハの音楽を含むさまざまな音が刻まれたそのレコードと出会ったら……? 40億年先を見据えたボイジャー計画に、佐治先生も感動の連続だったようです。
――僕が感動したのは、NASAは「40億年先のことを考えてボイジャーを送り出した」ということです。地球上には風が吹き嵐もありますが、それでも一番昔の生命体としておよそ30億年前のものが見つかっています。放射線くらいしかない宇宙ならば、40億年以上先でも何かを残せると考えて、彼らはあのレコードを作ったんです。
ただ、レコードがETさんの手に渡ったとき、全体が残っているとは限らない。破片になっているかもしれません。しかし、部分の中に全体の痕跡が含まれていれば解読可能です。例えばホログラフィー写真では、ネガがダメになっても、ネガの一部が残っていれば、そこから全体の情報が得られますよね。まさにこれが1/f ゆらぎ※1という性質で、数学の世界では「フラクタル※2」ともいいます。
僕は、バッハの音楽の一部の破片でも宇宙に残れば、ETさんはそこから地球文明の情報としての信号を取り出してくれるだろうと思っています。ETが高度な文明をもっていれば、表現する言葉は違っていても、そこにある数学的規則には気付いてくれるでしょう。A>BでB>Cならば、A>Cであるという論理は宇宙全体で通用する真理でしょう。
ですから、あの音の中からその数学的要素を抽出することができれば、ETさんは、それが雑音ではなく何らかの意図をもってなされた情報であるということをきっと理解するでしょう。そんな考えに思い至ったのも、僕が数学をやっていたからかもしれません。
40億年先の未来へ
遥か先を見据えたボイジャー計画のもと、ゴールデンレコードにはさまざまな工夫が施されていました。それらが今から40年以上前の科学技術のもとに行われたこと、そして今も旅を続けるボイジャーに、佐治先生は感動で「泣けてくるようなお話」だと想いを寄せます。
ゴールデンレコードのカバー
――40億年先の未来を想定して、ボイジャーには40億年以上機能する時計が搭載されています。その時計とは、ウラニウム238です。ウラニウム238は、43億年位経つと放出する放射線量が半分に減る放射性物質です。そこで、ETさんが回収した時点で放射線の強さを測れば、これがいつ頃、作られたものかがわかるはずです。
また、ボイジャーが打ち上げられた地球という場所を示すために、レコードカバーの表面には、地球で受信できる遠くの星からの電波地図が刻印されています。
ボイジャー計画が、普通の宇宙探査とは違ったものすごい計画だったということ、おわかりいただけたでしょうか。
ボイジャー1号は1977年の9月5日に打ち上げられています。現在の1号の位置までの距離は210億キロメートル、光の速さで走って20時間です。光の速さだと1秒間で月まで行きますし、約8分20秒で太陽まで行きます。その速さで走っても20時間くらいかかるところを彼はひとりで旅をしているんですね。
現在もボイジャーは、まだ地球とつながっています。1970年代の古い電子機器なので、処理能力は皆さんがお使いのスマホの1/7000くらいの能力しかありません。彼の脳に相当する部分は畳2畳分くらいの大きさです。その中に仕込まれた昔ながらの電子装置に、地球から電波を送りながら知能アップの教育をしていることもすごいことです。そして、ボイジャーは、まず太陽の方向を、さらにカノープス※3という星を検知して自分の位置を計算しながら未知の宇宙空間を飛んでいます。それが、ボイジャーです。
「詩や芸術のため」ボイジャーがママ(地球)をふり返って撮った写真
佐治先生は、この壮大なボイジャー計画について「どうしても言っておかなければいけないことがあります」と続けます。それは、ボイジャーによる撮影計画にまつわるお話です。
――1990年にボイジャーが海王星の探査を終えたとき、「ママ(地球のこと)の方を振り返って」というある女性研究者の声で、ボイジャーが撮影した太陽系の家族写真。その時の64枚の写真の中に、針の先ほどの地球が写っていました。
太陽の光の中にある地球は、「Pale Blue Dot(淡い青の点)」と表現されました。この写真について、カール・セーガン※4はこう述べています。
Pale Blue Dot
「諸君、よく見てごらん。我々はあの小さい針の先ほどの点の中にいる。すべてあの中にだ。君たちの家族も、君たちが可愛がっているペットも全部この中にいる。たがいにいがみ合っている敵対国もあの小さな点の中だ。しっかりと見てほしい。もしこの小さい青い点の中で何か重大事件が起こったとしても、どこからも助けに来る気配はないということをよく覚えておいてほしい」。
これが、ボイジャーが敢えて撮った写真の意味です。64億キロメートルという限りなく果てしない遠くから撮った、孤独な地球の姿。
さらに、別の研究者は「この写真を撮ったことに科学的意味はない」と言っていましたね。写真に撮らなくても、太陽系のどこに何があるかということは計算でわかっているからです。では、なぜ撮ったのでしょうか。
「詩や芸術のためだった」と彼は言っていました。これは、テレビ番組の映像としても残っています。
音楽を学んでいる方々にもぜひこのお話を知ってほしいと思っています。このボイジャー計画こそ、ある意味で、リベラルアーツ※5の結晶として行われた前代未聞の壮大な宇宙探査だったのですね。
ボイジャーは地球文明のタイムカプセル
ボイジャー計画を率いていたセーガン博士は、佐治先生によれば「天才で人を褒めるということをしない。何を言っても、It’s nonsense.と返すような厳しい人」。そんなセーガン博士が、佐治先生にかけた言葉とは。
――カール・セーガンが「それはステキだね」と言ってくれた言葉がいくつかあります。一つは、今いる地球を「宇宙の渚」と表現したときです。なぜ宇宙と「渚」という語が結び付いたかというと、太平洋戦争が関係しています。
戦争中、東京が火の海になるということで疎開した先で、海岸線に立つと海が見えました。海の向こうには、同盟国のドイツがあり、敵国のアメリカがあり、そこで戦争が行われていた訳です。
この目では見ることができない水平線の彼方から吹いてくる風を全身に受け、あの先には何があるだろうと想像をふくらませていました。今も、研究者たちは、宇宙からの光や電波の風を受けながら、宇宙の姿を想像している。私たちは宇宙の渚にいるのです。この言葉を、とてもビューティフルだとカールは言ってくれました。
もう一つ、まさにそうだね、と言ってくれたのは、「ボイジャーは地球文明のタイムカプセル」だと言ったときでした。なつかしい思い出です。
少し唐突な話になりますが、太陽は膨張を続けていますので、将来地球は太陽に飲み込まれます。そうすると銀河系の中に地球があったという歴史は消え去るでしょう。しかし、40億年先を見越しているボイジャーは生き残っているかもしれません。
つまり、このゴールデンレコードがETさんの手に渡ったとき、おそらくもう地球はないかもしれない。でもね、そのとき、ETさんの想像力の中で、私たちの地球は、再び蘇ることになるんでしょうね。私がそう言ったとき、NASAのスタッフたちがいっせいに拍手してくれた日のことが忘れられません。
聞き手:小山 文加(おやま あやか)
(当連載は2019年3月9日に取材した内容をもとに作成しております)
→「4.見えなくても、今、ここにあること」につづく(全4回連載予定)
- ※1 「ゆらぎ」は、自然界のあらゆる物質や現象がもつとされる性質でさまざまな種類があり、「1/f ゆらぎ」はその一つである。
- ※2 「フラクタル」とは図形のどこを分解しても、その部分が全体と同じ形をしている図形のこと。「1/f ゆらぎ」を詳しく調べると、全体と部分の変動が似た形をしていることから、「フラクタル」の代表例と考えられている。
- ※3 カノープスは「りゅうこつ座」に含まれ、夜空に見える恒星としては2番目に明るい。南寄りの空にあって、北半球の地域によっては見ることさえできず、日本や中国ではこの赤い星が見えると縁起がよいなどさまざまな言い伝えの元になっている。
- ※4 セーガン博士(1934~1996)は天文学と生物学の両分野で研鑚を積んだ、NASAの惑星探査の中心人物。詳細は第2回を参照。
- ※5 リベラルアーツとは、ギリシャ・ローマ時代の「自由7科」に起源をもち、中世のヨーロッパの大学では基本的な教養科目とされた。文法、修辞(論理学)、弁証の3学と、算術、幾何、天文、音楽の4科で構成される。
◇プロフィール
佐治 晴夫(さじ はるお)
1935年東京生まれ。理学博士(理論物理学)。東京大学、ウィーン大学での研究生活の後、玉川大学教授、県立宮城大学教授、鈴鹿短期大学学長などを歴任。無からの宇宙創生に関わる「ゆらぎ」の理論研究やNASAの宇宙探査機・ボイジャーに地球文明のタイムカプセルとしてバッハの音楽を搭載することの提案などでも知られる。音楽をこよなく愛し、金子みすヾの詩による歌曲作品などもある。現在北海道・美宙天文台台長。大阪音楽大学客員教授。日本文藝家協会所属。
著書:「14歳のための時間論」春秋社、「14歳のための宇宙授業」春秋社、「詩人のための宇宙授業―金子みすヾの詩をめぐる夜想的逍遥」JULA出版、「14歳からの数学-佐治博士と数のふしぎな1週間」春秋社、「宇宙のカケラ-物理学者、般若心経を語る」毎日新聞出版、最新刊として「男性復活~宇宙進化と男性滅亡に抗して」春秋社、他多数。
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