子育て・教育
2020年12月28日掲載 / この記事は約7分で読めます
発達心理学と発達認知神経科学を専門とする森口佑介先生(京都大学准教授)の連載第2回。非認知能力の発達に関して、森口先生がキーワードとして掲げたのが「実行機能(エグゼクティブ・ファンクション)」でした。実行機能には一つは欲求を抑えること、もう一つは行動や思考をコントロールして頭を切り替えるという、大きく二つの側面があるといいます。連載第1回では、幼児期における実行機能の発達には個人差が大きく、それがなぜ生じるのかと言えば遺伝的な要因と環境要因が考えられると伺いました。今回はさらに深掘りしていただきます。
子どもの実行機能の発達と環境
親は子どもにとって“初めて出会う他人”
連載第1回では、実行機能の発達に個人差が生じる理由の一つは環境要因にあり、特に家庭環境が大きいというお話でした。特に幼児期から児童期にかけての子どもに焦点を当てて、続きを教えてください。
写真提供:PIXTA
――幼児期の子どもにとって、家庭が非常に大きな影響力をもつというのは当然と言えば当然だと思われるかもしれませんね。実行機能の発達においては、具体的には親子関係が基本になると思います。
親は子どもにとっての最初の他者、自分以外の存在です。その親としっかりとした関係を築くことが大事です。要点は、子どもが困ったときに自分の親を頼りにできるか、親は自分を助けてくれる存在だと認識しているかどうかですね。
連載第1回で説明した通り、他人と折り合いをつけてやっていくことは非認知能力の大きな役割の一つであることから、まずは親と上手くやっていけるかが実行機能の発達も左右します。心理学では親子の絆をアタッチメント(愛着)と呼び、さかんに研究が行われています。
健やかな生活習慣は実行機能の成長にプラス
この「非認知能力と音楽」のシリーズでは、遠藤利彦先生(東京大学教授)がアタッチメントについて特に詳しく解説されていました。さらに森口先生によれば、実行機能の発達の個人差には親子関係以外にも環境的に大きな要因があるといいます。それは一体何でしょうか。
――家庭環境という点では、家庭の経済状態も実行機能の発達に影響をもたらします。世の中にはどうしても裕福な家庭とそうでない家庭があり、後者の場合は実行機能の発達に問題を抱える可能性が高くなると言われているんですね。
ただ、仮に問題があったとしても原因がすべて経済状態にあるのかどうか断定するのは難しく、その他の要因も考えられます。例えば、テレビの見過ぎは実行機能の発達によくないことが研究でわかっています。まだ実証的な証拠は少ないながらも、おそらくスマホやタブレットを過度に使用すればテレビ同様によくない影響が出るでしょう。
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また、毎日決まった時間にしっかりと睡眠をとることの重要性も研究によって明らかにされており、睡眠時間が少ないと実行機能の発達には問題を抱えやすくなります。テレビやインターネットの見過ぎ、睡眠時間などの問題は裕福な家庭でも起こり得る訳ですが、困難な経済状態にあると生活習慣を築きにくいことが関連しています。
自分でやり切る力が大事
生活習慣の乱れは、実行機能の発達に悪影響をもたらすのですね。逆に、ある特定の行動や習慣が実行機能の発達に有効だと証明する研究や調査はあるのでしょうか。
――比較的よく話題になる例は、バイリンガルであることです。例えば日本語と英語の両方を話すようなバイリンガルの場合、ある種の頭の切り替えが上手になると捉えられ、実行機能の一つの側面に貢献する可能性があると示唆されています。ただし、最近では反論もされている学説です。
他には、幼稚園や保育園に行くだけでも、どうやら行かないよりはよいということもわかってきています。幼児教育はやはり大事なんですね。さらに実行機能を育む上では、瞑想のように精神を整える活動や、いわゆる「ごっこ遊び」も有効だとする研究があります。
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こうした研究結果から考えられるのは、子どもに自分で何かを成し遂げるという経験を積ませることが特に実行機能の成長には大事だということです。繰り返しになりますが、実行機能は目標達成のために必要な訳です。したがって、たとえ上手く行かなかったとしても子ども自身が目標を立てて自分でそれを遂行してみることが重要なのですね。実行機能を育てる要となるのは、親子関係に加えて自分で何かをしようとする自主性、自立性だと言えるでしょう。
ストレスは大敵!どんな活動も子どもが楽しんでこそ
実行機能の発達上、行かないより行く方がよいという幼稚園や保育園。そこへ行けばおのずと他人と挨拶を交わしたり、運動や工作などさまざまなプログラムをしたりするからだと捉えてよいのでしょうか。森口先生によれば、今日では子どもの実行機能の成長にどんな体験やプログラムが必要で、それはなぜなのか、さまざまな学術研究と実践が試行されている段階だといいます。
――先ほどのバイリンガルの例のように、実行機能の発達と特定の活動との関係をひもとく研究はまだまだ発展途上の段階です。実は音楽活動もその一つです。
心理学では非常に厳しい眼で見た研究であっても、子どものとき音楽を学ぶ体験は特に記憶力に影響することなどがわかっています。実行機能に対しては、音楽活動はポジティブな影響があるかもしれないとする研究やデータが積み重ねられてきている状況です。そうした世界中の研究を見渡したとき、実行機能の発達に音楽が他の活動に比べてどれだけ有効かそうでないかまで明確にできる段階にはないということです。今言えるのは、音楽が実行機能を育むためのすべてではないにしても、少なくても一つの手段として有効であろうということだと思います。
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音楽と言っても、さまざまな音楽がありますね。楽器を使った研究では、微細運動と言われる指の細かな動きと脳との関係が重要です。リズムという点では仮説の段階ですが生体のリズムが整えられることや他人と一緒に合わせられることが大事になってくるでしょう。実行機能の発達に音楽活動がよいとしても、なぜそれがよいのかはまだわかっていないのです。
ただ、いずれにしても子どもが楽しめる活動であるかどうかに主眼を置くとよいと思います。実は、実行機能の発達に最も悪いのはストレスです。わたしたちの脳の基盤には前頭前野という場所があります。その中でも外側前頭前野はストレスに弱く、もしストレスを慢性的に受け続ける状況に置かれたら実行機能の成長にも影響します。適度のストレスだったら問題ありませんが、強いストレスは脳の発達に影響を与えることはさまざまな研究結果から示されています。
そう考えると、音楽などの活動においてストレスを緩和する、他の人と一緒に楽しめるといったことは、実行機能の発達においてやはり大事な側面の一つだと思います。
(おわり)
文・編集:小山 文加(おやま あやか)
(当連載は2020年10月22日に取材した内容をもとに作成しております)
◇プロフィール
森口 佑介(もりぐち ゆうすけ)
京都大学大学院文学研究科准教授
福岡県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了。博士(文学)。専門は、発達心理学・発達認知神経科学。主な著書に、『自分をコントロールする力 非認知スキルの心理学』(講談社現代新書)、『おさなごころを科学する:進化する乳幼児観』(新曜社)、『わたしを律するわたし:子どもの制御機能の発達』(京都大学学術出版会)など。