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緊張・あがりと音楽演奏 ―ステージで練習の成果を発揮するために―
吉江 路子(よしえ みちこ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報研究部門 研究員

※記事掲載時点の情報です

演奏家における緊張・あがりの実態

「練習では暗譜で弾けていたのに、発表会で突然頭が真っ白になり、次の音を思い出せなくなった」「ステージに上がった途端、胸がドキドキして、体が思うように動かなくなった」…人前で音楽を演奏したことのある方なら、このような苦いご経験が一度はあるのではないでしょうか。本連載では、こうした、音楽演奏時の緊張・あがりについて、さまざまな角度から考察してまいりたいと思います。第1回は、国内外での調査結果を踏まえながら、演奏家における緊張・あがりの実態を探っていきましょう。

緊張・あがりの学術的研究の始まり

音楽心理学の分野では、演奏家における緊張・あがりは「音楽演奏不安(music performance anxiety)」と呼ばれ、1980年代ごろから、欧米を中心に研究が行われるようになってきました。このころは、スポーツ心理学の分野で、スポーツ選手の試合時の緊張・あがりに関する研究が盛んに行われており、おそらく、その流れが音楽分野にも広がってきたのでしょう。さて、音楽演奏不安の最も一般的な定義は、「演奏者の音楽的素質・訓練・準備状態に対して不当なレベルまで、公演に対する強い不安を感じたり、公演で演奏技術が損なわれたりすること」とされています※1。つまり、単なる練習不足による失敗は定義上含まれず、「十分に練習しているにも関わらず、本番になると練習と同じように演奏できなくなる状態」のことを指します。

欧米でも、緊張・あがりに悩む演奏家は多い

これまで、欧米で演奏家を対象とした調査がいくつか行われてきましたが、そのいずれも、緊張・あがりに悩む演奏家が多いことを示しています。たとえば、1990年代に英国で実施された調査※2では、ロンドン交響楽団やロイヤル・オペラ・ハウスなどに所属する舞台芸術家162名がアンケートに回答しました。回答者のうち、最も緊張・あがりに悩まされている人の割合が高かったのが器楽奏者で、47%でした。次に多かったのが声楽家で38%、そして、ダンサー35%、俳優33%と続きました。このように、演奏家が1位と2位を占め、数ある舞台芸術の中でも、音楽演奏は特に緊張・あがりを伴いやすいことが分かりました。

一方、同時期に米国で実施された調査※3では、音楽大学の教員と学生302名がアンケートに回答しました。そのうち、61%もの人が緊張・あがりを苦痛に感じていることが分かりました。実際、緊張・あがりによって演奏の質が低下してしまう人は46%と多く、あまりの緊張で演奏が止まってしまったことのある人も13%いました。演奏の質が低下してしまう人のうち、63%は「集中力の低下」、57%は「心拍数の増加」、46%は「震え」、43%は「口の乾き・発汗」、40%は「息切れ」に悩んでいました。皆さんも、汗をかいて鍵盤上で手が滑ってしまったり、息切れがしてブレスをうまくコントロールできなくなったりしたご経験があるのではないでしょうか。どれも、演奏の邪魔になる厄介な症状だと言えます。

緊張・あがりは、一番のストレス源

ここまで欧米での調査結果をご紹介してきましたが、我が国ではどうなのでしょうか。私たちは、国内における実態を調べるため、クラシック演奏家274名の皆さんに郵送アンケート調査にご協力いただきました※4。驚くべきことに、演奏に伴う何らかの心理的ストレスがあると答えた方は、全体の85.8%に上りました。「どのような場面でストレスを感じますか」という質問に対しては、一番多かった回答が「演奏会」で62.8%、次が「コンクール」で40.1%、その後、「実技試験」35.8%、「個人練習」27.0%、「レッスン」25.9%、「合奏練習」16.4%、「リハーサル」15.0%と続きました。やはり、人前で演奏を披露する「本番」でストレスを感じる方が多いようです。

続いて、演奏時にストレスを感じる原因を尋ねてみました。表1に、演奏家の皆さんが挙げたストレス源のトップ5を楽器別に示しました。緊張・あがりをストレスに感じている方の割合は全体の63.9%と、2位以降に大差をつけて圧倒的に高くなっています。次に高かったのが、「練習時間確保の困難」で32.1%、続いて、「伸び悩み」28.8%、「対人関係」28.1%、「集中困難」24.5%となっています。2位以下も、緊張・あがりを悪化させる要因ばかりでした。楽器別に見てみますと、ロンドンでの調査結果と同様、声楽家に比べて器楽奏者のほうが緊張・あがりに悩む方の割合が高い傾向がありました。また、器楽奏者の中では、ソロ演奏の機会の多いピアノ奏者が最も高く、続いて、オーケストラなどの合奏でも目立つ機会の多い管楽器奏者が高くなっていました。音楽全体において自分の果たす責任が大きいほど、緊張・あがりが生じやすいことが見てとれます。

表1.演奏家の心理的ストレス源トップ5

(表内の数字は、各項目を「ストレスに感じている」と答えた人の割合(%)を表す。※4より改変)

ストレス源
ピアノ
弦楽器
管楽器
声楽
平均
1.緊張・あがり68.952.957.152.863.9
2.練習時間確保の困難33.332.423.830.632.1
3.伸び悩み24.047.128.636.128.8
4.対人関係18.044.157.147.228.1
5.集中困難25.120.628.622.224.5

さて、今回は、緊張・あがりが、多くの演奏家を悩ませる深刻な問題であることがお分かりいただけたかと思います。次回以降は、緊張・あがりが生じるメカニズムを詳しく検討していきたいと思います。

  • ※1 Salmon, P.G. (1990). A psychological perspective on musical performance anxiety: a review of the literature. Medical Problems of Performing Artists, 5, 2-11.
  • ※2 Marchant-Haycox, S. E., & Wilson, G. D. (1992). Personality and stress in performing artists. Personality and Individual Differences, 13, 1061-1068.
  • ※3 Wesner, R. B., Noyes, R., & Davis, T. L. (1990). The occurrence of performance anxiety among musicians. Journal of Affective Disorders, 18, 177-185.
  • ※4 Yoshie, M., Kanazawa, E., Kudo, K., Ohtsuki, T., & Nakazawa, K. (2011). Music performance anxiety and occupational stress among classical musicians. In J. Langan-Fox & C. L. Cooper (Eds.), Handbook of Stress in the Occupations (pp. 409-425). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.
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著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
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吉江 路子(よしえ みちこ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報研究部門 研究員
専門:演奏心理学、生理心理学、神経科学
著書・論文

  • Michiko Yoshie, Eriko Kanazawa, Kazutoshi Kudo, Tatsuyuki Ohtsuki, & Kimitaka Nakazawa (2011). Music performance anxiety and occupational stress among classical musicians. In J. Langan-Fox & C. L. Cooper (Eds.), Handbook of Stress in the Occupations (pp. 409-425). Cheltenham, UK: Edward Elgar Publishing.

  • Michiko Yoshie, Kazutoshi Kudo, Takayuki Murakoshi, & Tatsuyuki Ohtsuki (2009). Music performance anxiety in skilled pianists: effects of social-evaluative performance situation on subjective, autonomic, and electromyographic reactions. Experimental Brain Research, 199, 117-126.

  • 尾山智子,吉江路子(訳)(2011).演奏不安-“あがり”という現象.演奏を支える心と科学.R. パーンカット, G. E. マクファーソン(著),安達真由美,小川容子(監訳),pp.74-96,誠信書房


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