ヤマハ音楽研究所では2021~2022年度の研究活動として、国内外のさまざまなデータを精査しエビデンスに基づいた子どもの「発達曲線」を策定しました。策定された3本の曲線の1つが「音楽を聴き分ける力」の曲線です。音楽を聴き分ける力とひと言で言ってもさまざまな要素があります。今回は「ピッチ・ハーモニー」と「リズム」の側面から調査を行い、多くの研究論文の中から15本を参考にしました。
「ピッチ・ハーモニー」から見ていきましょう。
まずは、2つのメロディを聴いてそれらのメロディが似ているかどうかを5段階で評価させる実験です。
StalinskiとSchellenbergは、5~12歳と成人計135名に2つのメロディを聴かせました。メロディの組み合わせの1つは「変化のないもの」(同じメロディ)、もう1つは「同じメロディで移調のあるもの」(絶対的ピッチは異なるがピッチの相対関係は変わらない)、もう1つは「異なるメロディで移調のないもの」(使われる音階は同じだが各音の順番または相対関係が変わる)、もう1つは「異なるメロディで移調のあるもの」(絶対的ピッチと相対的ピッチの両方が異なる)。
その結果、5~7歳では絶対的ピッチの違いに敏感であるが、年齢が上がるとともに相対的ピッチの違いに敏感になり、成人では相対的ピッチの違いにより敏感になることがわかりました※3。
2つの演奏を聴かせ、どちらがよりよい演奏かを答えさせた実験もあります。
CorrigallとTrainorは、4~5歳児各72名に2つのパペットが順番にメロディを演奏する映像を見せ、よりよい演奏をしたほうに賞を与えさせるという実験を行いました。各メロディは単音列か和音列で構成され、一方は常に西洋音楽のルールに沿っていますが、もう一方は調性かハーモニーが逸脱している場合があるものです。(調性逸脱=最終コードが半音高く設定、ハーモニー逸脱=最終コードがサブドミナントに設定)
結果、4歳児は調性やハーモニーの逸脱を検出することができませんでしたが、5歳児は調性の逸脱を検出できることがわかりました。ハーモニーの逸脱については、5歳児でも検出は「偶然」レベルでした※4。
この実験ではさらに脳波も測定していて、4歳児では和音列を聴いたとき調性やハーモニーの逸脱が起こったところで未熟ながらも反応が見られました※4。
つまり、4歳児は調性やハーモニーの知識を表現できないけれど脳波は未熟な反応を見せる、5歳児は調性の知識を表現できるがハーモニーの知識の表現はまだ難しいということが考えられます。
同様に、KrumhanslとKeilが、小学1~6年生と成人計66名に聴いたメロディがよいか悪いかを7段階で評価させた実験では、「小学1~2年生は全音階と非全音階を区別することができ調性の知識を持っている」「小学3~4年生になるとそのメロディが調和するような2音で終わることを好むようになる」という結果が得られました※10。
さらに、Koelschらが5歳児と9歳児各14名を対象に脳波(事象関連脳電位)を測定した実験では、和声的に不適切な場所(5番目)にナポリタンコードが出てくる場合、5歳児、9歳児ともに脳波に陰性の反応が見られました※9。つまり、5歳の時点ですでに音楽的構文に従って音楽を処理していると考えられます。
音楽を聴き分ける能力における「リズムの側面」はどのように発達するのでしょうか。
KirschnerとTomaselloが行った実験は次のようなものです。2.5歳、3.5歳、4.5歳児計36名にドラムを叩いてもらうのに3つの状況を用意しました。1つは他者と一緒に叩く(社会的条件)、あとの2つはドラムを叩く装置と一緒にたたく(非社会的条件1)もの、スピーカーから流れるドラム音に合わせてたたく(非社会的条件2)ものです。
その結果、それらのテンポが子ども自身の最適テンポより遅い場合、3.5歳、4.5歳児ではいずれの状況であっても遅くたたくことができるが、2.5歳児は他者と一緒にたたく場合にテンポを遅くすることができるという結果となりました※11。
また、Drakeらが行った、4歳、6歳、8歳、10歳児と成人計200名に2つのテンポを聴かせ、どちらがより速いかを回答させる実験では、弁別可能なテンポの範囲は年齢とともに増加することがわかりました※13。
ちなみに、HannonとTrehubが行った、自文化(西洋文化)と他国それぞれに特有のリズム構造に対する感受性を調べた実験では、12か月の子どもでは他国特有のリズムに対する感受性が低く、12か月ですでに自文化のリズムを獲得していることがわかりました。一方で、他国のリズムもある程度(実験では2週間)聞けば、自国のリズムと同様にまで感受性は上昇。その上昇度は大人よりも大幅に大きいことがわかりました※14。つまり、12カ月の子どものほうが成人よりも音楽のリズムを容易に学ぶことができるようです。
以上を含む、ピッチ・ハーモニーの側面とリズムの側面から見た「音楽を聴き分ける力」に関する論文・書籍15本からは次のことが示唆されます。
【ピッチ・ハーモニーの側面】
●歌唱において3~5歳の間にメロディの輪郭の知覚・演奏能力、4~5歳の間にメロディの音程の知覚・演奏能力が向上する※1
●3~6歳にわたって絶対的ピッチから相対的ピッチへなどピッチの知覚や概念的次元が変化する※2
●5~7歳はメロディの絶対的ピッチの違いに敏感だが年齢が上がるにつれてだんだんとメロディの相対的ピッチの違いに敏感になる※3
●4歳児は調性やハーモニーの知識を表現できないが脳波は未熟な反応を見せる。5歳児は調性の知識を表現できるがハーモニーの知識は表現できない※4
●3.5歳児の脳は調性やハーモニーに対して未熟な反応を見せる※5
●5歳頃から調性構造や協和音が好まれ始める※6
●4歳児は和音列のコードの変化を検出できないが5歳児は検出できる※7
●5~6歳児の西洋の旋律構造に関する暗黙知と処理が成人と同等である※8
●成人とは異なるが5歳児の時点で音楽的構文に従って音楽を処理している※9
●小学1~2年生は全音階と非全音階を区別することができ調性の知識を持つ。小学3~4年生になるとそのメロディが調和するような2音で終わることを好むようになる※10
【リズムの側面】
●歌唱において3~4歳の間にメロディのリズム知覚・演奏能力が向上する※1
●4歳後半からリズミカルなパターンを好み始める※6
●2.5歳児は他者と一緒にドラムをたたくという社会的な条件では、最適テンポよりも遅いテンポであってもそれに合わせてテンポを遅くすることができる※11
●3歳児も適切な方法(声など)であればリズムの知覚や再現が可能※12
●4~10歳の間、弁別可能なテンポの範囲は年齢とともに広がる※13
●生後12か月児は自文化の等時性の拍子よりも他国の非等時性の拍子を知覚しにくいが他国の拍子への暴露によってその感受性は上昇する※14
●11歳と成人では暴露後にも感受性のバイアスは変化しない※15
これらの結果から総合的に判断して作成されたグラフがこちらの曲線です。
音感、すなわち音楽を聴き分ける力は、リズム、メロディ、ハーモニーといった音楽の3要素や、楽曲の形式や構造、楽器の音色などの音楽にかかわるさまざまな要素を認知する力で、音楽を学習する上で最も重要な能力といえます。
この発達曲線から「音楽を聴き分ける力」は1~2歳頃から少しずつ発達し始め3歳頃から5歳頃にかけ急激に発達していくこと、つまり「音楽を聴き分ける力」が今回調査した「手指の器用さ」「楽譜を読む力」よりも早い段階で発達することがわかります。この発達特性を考慮すると「音楽を聴き分ける、すなわち音楽を認知する」ための学習は、早い段階から5歳頃までは他の2つの能力を基盤とする「演奏」「読譜」に先行して積極的に行われることが子どもにとって楽しくストレスのない音楽学習の方法だといえるでしょう。
(ヤマハ音楽研究所)