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研究・レポート
連載
「幼児期・児童期の音楽学習と幸福度やグローバルネットワーク社会への適応力との関係性に関する調査」レポート
前野 隆司(まえの たかし)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授
※記事掲載時点の情報です

音楽は多様性適応力と学ぶ姿勢を育む

2017年1月26日、ヤマハ音楽振興会と慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授は「幼児期・児童期に音楽教育を受けた子どもたちが大人になった後、幸福で満足度の高い生活を送り、またグローバルネットワーク社会への適応力を得ているか」について共同調査を行った結果を発表しました。興味深いことに、子ども時代に音楽系の習い事を経験した大人は「幸福度」が高い、という結果が出ました。この調査について、ヤマハ音楽研究所 所長 田山誠が前野隆司教授にお話をうかがいました。
調査内容の詳細はこちらをごらんください。
<プレスリリース>
子ども時代に「音楽系の習い事を経験した大人」は、「幸福度」が高い。-「幼児期・児童期の音楽学習と幸福度やグローバルネットワーク社会への適応力との関係性に関する調査」-
http://www.yamaha-mf.or.jp/pr-release/2017/2017-1.html

調査結果の概要

http://www.yamaha-mf.or.jp/pr-release/2017/2017-1.html より

  • 幼児期・児童期の音楽系の習い事「経験者」は「非経験者」に比べて、「幸せ」に対する評価点(平均)が上回る結果に(+0.34点)。※評価点=10点満点さらに、幼児期・児童期の音楽系の習い事「経験者」の約4割(35.5%)は現在の生活に「満足」と回答。「非経験者」の「満足」(28.9%)を上回る。
  • 幸福感を構成する「幸せの4つの因子」のうち3つの因子で、幼児期・児童期の音楽系の習い事「経験者」は「非経験者」に比べてスコアが高い傾向がある。特に差が生じたのが、「ありがとう!」因子(つながりと感謝の因子)(+1.24点)。※評価点=回答を7点満点に換算し、各因子の項目の合計得点から平均値を算出
  • 「多様性適応力」を構成する8要素のうち7要素で、幼児期・児童期の音楽系の習い事「経験者」は「非経験者」に比べて評価点(平均)が有意に上回る。特に差が生じたのが「信頼関係構築力」(+0.22点)、「利他精神」(+0.16点)、「挑戦意欲」(+0.16点)。※評価点=回答を7点満点に換算し、各要素の項目の合計得点から平均値を算出

音楽教育は「多様な環境で生き延びる力」も高める

田山所長(以下田山):今回の調査は幸福度にかかわりの強い「多様性適応力」についても調べていますが、多様性適応力についてご説明いただけますでしょうか。

 

前野教授(以下前野):多様性適応力とはグローバルなネットワーク社会において多様な人間と接する能力を計測する指標です。これはブラインドサッカーのワークショップがきっかけとなって私たち慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科が開発した「多様性適応力評価尺度」で計測します。

田山:ブラインドサッカーとはなんですか。

前野:もともと目の見えない方のためのサッカーで、ボールに鈴が入っていて、ボールが動くとシャンシャンと音がするんです。このブラインドサッカーを、健常者が目隠しをして障害者の方といっしょにサッカーをすることで多様性を理解する、それがブラインドサッカーのワークショップです。ワークショップではブラインドサッカーでパラリンピックに出るような選手が健常者に教えてくれるんですが、目の見えない選手が実に上手にドリブルするんです。それを健常者が耳を研ぎ澄ませて追いかける。多様性適応力はこのワークショップで開発されました。

田山:具体的にはどのような力なのでしょうか。

 

前野:多様性適応力には8つの因子があります。「個性を発揮する力」「挑戦意欲」「俯瞰(ふかん)力」「創造力」「利他精神」「許容力」「信頼関係構築力」「コミュニケーション力」です。この8つが多様な人材が集まる中で自らの個性を発揮し、物事を達成していく力になります。

 

田山:調査結果によると幼少期に音楽の習い事をした人は8つの因子のうち7項目で平均を上回りました。

 

前野:いろんな力が高まっていましたね。中でも「信頼性関係構築力」が特に平均よりも高いスコアを出しています。

 

田山:それはどうしてでしょうか。

 

前野:これは私見ですが、スポーツにも団体競技やチームプレーはありますが、本質的には戦って勝つものです。それに対してコンクールなどもありますが、基本的に音楽の演奏やアンサンブルをすることは調和的ですから、いっしょに演奏する仲間との信頼性を構築する力が強まるのかもしれません。

表 多様性適応力

1
個性を発揮する力
2
挑戦意欲
3
俯瞰(ふかん)力
4
創造力
5
利他精神
6
許容力
7
信頼関係構築力
8
コミュニケーション力

田山:グループレッスンで行われる合唱や合奏は音のタイミングをそろえる以前に気持ちを合わせることを大切にします。確かにお互いの信頼や多様な個性を認めることを抜きにしては、ひとつの音楽にはならないですね。

音楽によって「学ぶ姿勢」の基礎が身につく

田山:音楽の習い事を経験した人に「中学3年のときの成績が上の方だった」という回答が多いという調査結果も興味深いところです。

 

前野:「音楽を習うことと学校の成績とは相関がある」という説は以前からありました。それには2つの理由が考えられます。1つはもともと成績がいいお子さんが音楽を習う傾向にあるのかもしれない、ということ。もう1つは音楽を習うことで学びの姿勢が身につく、という可能性もあります。今回の調査では、そのどちらかは判断できませんが、結果として子ども時代に音楽を習っていた人は成績が良かった、ということは統計的に言えると思います。

田山:音楽を習うことで学ぶ姿勢が身につくのでしょうか。

 

前野:これも仮説ですが、音楽ってメロディーを情感豊かに歌う感情的な側面に加えて、和声のようにロジカルで理詰めに考える理論的な部分・数理的な部分もありますよね。そういった論理性を、体感を通じて身につけることができるメリットがあります。別の面では運指など繰り返し練習することで技術を身につけるといった粘り強さも培うことができる。さらに先生との関係・グループレッスンでの仲間との関係を通じて協調性も養えます。

 

田山:なるほど。「学ぶ姿勢」の基礎となる要素が、かなり音楽のレッスンに入っているんですね。

 

前野:それだけではありません。最近「マインドフルネス」という言葉をよく聞きますが、幸せの研究をしていると「心が落ちついている」という状態は、非常にパフォーマンスが高いことがわかってきました。ですから音楽を演奏する、あるいは音楽を聴いて心が落ちついた状態で勉強をすると、パフォーマンスが上がりますし、集中できるので、結果として勉強時間が長くとれる。勉強時間がとれれば、必然的に学力が上がる。ですから音楽は学力向上にも大きく寄与していると言えるでしょう。

 

田山:最後にこの調査を終えて、一言メッセージをいただきたいと思います。

前野:本当は「心が豊かになること」自体が、私たちが生きていく上での第一の目的のはずなんです。ところが「お金が稼げるようになる」とか「科学技術が発展する」とか、そういうことが目的になってしまって、今はそうしたことを実現するために心を豊かにしておきましょう、となってしまっているように思えます。でも今、幸福学が脚光を浴びていることからわかるように、今はまさに時代の転換点だと思うんです。成長の時代は終わって、心の豊かさを第一の目的にしましょう、という時代がこれからくると思います。

今回の調査で「音楽が人間の心の豊かさに影響する」ことが科学的にもわかって良かったと思います。今後は音楽だけでなく、絵画や日本の伝統芸能など、ほかの文化や芸術全体がどのように人の心の豊かさに貢献するのかを明らかにしたいですね。またこのような研究を通して「人間中心の世の中」を作ることに貢献したいと思っています。

 

田山:本日はありがとうございました。

前野教授とヤマハ音楽研究所 田山

聞き手:ヤマハ音楽研究所 所長 田山誠(たやままこと)

著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
前野 隆司(まえの たかし)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業、1986年東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了、同年キヤノン株式会社入社、1993年博士(工学)学位取得(東京工業大学)、1995年慶應義塾大学理工学部専任講師、同助教授、同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。2011年4月よりSDM研究科委員長。この間、1990年-1992年カリフォルニア大学バークレー校Visiting Industrial Fellow、2001年ハーバード大学Visiting Professor。

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