これまで、音楽経験が赤ちゃんや子どもの発達にもたらす影響をみてきましたが、特に年齢が低い時期には家庭での音楽経験が主なものになることが多いでしょう。そこで、今回は音楽を使った親子コミュニケーションに目を向け、子育てにおける音楽の使用や、赤ちゃんの音楽の好みや聞き方についての研究をご紹介します。
これまで、音楽経験が赤ちゃんや子どもの発達にもたらす影響をみてきましたが、特に年齢が低い時期には家庭での音楽経験が主なものになることが多いでしょう。そこで、今回は音楽を使った親子コミュニケーションに目を向け、子育てにおける音楽の使用や、赤ちゃんの音楽の好みや聞き方についての研究をご紹介します。
赤ちゃんに聞かせる音楽としてまず頭に思い浮かぶものは、子守歌や遊び歌などの歌いかけではないでしょうか。そもそも私たちはなぜ歌うのだろう—そのような疑問を感じたことはありませんか。音楽の起源についての理論のひとつに、母子間コミュニケーションが挙げられています※1。赤ちゃんをなだめ母子の絆を深める上で、音楽的な音声の働きかけが有効であったというものです。
しかし近年、さまざまな育児グッズや玩具が開発され、手軽な音楽再生機器が使えるようになって、育児を取り巻く音楽環境にも新たな変化がみられはじめています。たとえばスマートフォンや携帯電話などのアプリケーションには、映像と共に音楽を流したり、赤ちゃんの泣き声に反応して音楽や音声であやしたりするなど、赤ちゃんを楽しませるための多様な機能が備えられています。
2012年に1歳児の保護者245名を対象に行った日本の調査※6では、「ほぼ毎日」歌いかけをする家庭は約60%、「週2~3日」が約15%でした(図1)。そして歌う時間は、約70%の家庭が30分以内と短時間でした。またオーディオ機器などを使って音楽を聞かせる頻度は、「ほぼ毎日」が約40%と歌いかけよりも少なく、「週2~3日」と合わせても55%程度にとどまりました。オーディオ機器などで音楽を聞かせる時間は、歌う時間よりもやや長い傾向がみられたものの、両者に大きな違いはみられませんでした。音楽を聞かせる手段は、テレビやラジオ約80%、DVDやビデオ、CDがそれぞれ約40%という結果で、聞かせる音楽を選んで再生するよりも、子ども向け番組などをテレビで見ている際に流れてくる音楽を聞くという受動的な聞き方が多いこともここからわかりました。
このように育児における音楽使用は、手段の変化と共に歌いかける頻度が減少している傾向があるといえそうです。
赤ちゃん向けとされるCDや音の流れる絵本などの音楽を、赤ちゃんはどのように聞いているでしょうか。ここでは2つの研究をご紹介しましょう。
1つめの研究※7は、歌唱音声だけの音楽と伴奏のついたにぎやかな音楽との間で好みを比較したものです。録音された歌唱を聞かせる実験の結果、声だけのシンプルな歌いかけの方が伴奏のある歌いかけよりも赤ちゃんに好まれることがわかりました。初めて聞く外国語の歌唱音声を流したとき、5~11か月の赤ちゃんは伴奏のついたバージョンよりも伴奏なしのバージョンを長く聞いたのです(図2)。これは、赤ちゃんにとって人間の声が注意を惹きつける魅力をもった音であることや、音を聞いたり理解したりするための情報処理能力がまだ十分に発達していない時期にある赤ちゃんは、よりシンプルな刺激を好むことなどが理由として考えられています。赤ちゃんは自分にとって聞きやすいパターンの音を選択して聞くことで、そこから歌詞や音楽の特徴をつかみとろうとしていくのです。
もっとも「では赤ちゃんにはオーケストラ曲を聞かせても仕方がない」と結論づけてしまうのは、極端かもしれません。赤ちゃんが新しい歌になじむためには、伴奏なしの歌声、それも対面で直接歌いかけを聞くことが最も容易な方法であると考えられます。そこから徐々に、伴奏のついたにぎやかな音楽を取り入れ慣れていくことで、さまざまな音楽に触れ、それを楽しめるようになっていくことでしょう。
2つめの研究※8は、赤ちゃん向けとしてクラシック曲の電子楽器による演奏がCDやDVDなどによく使われていることから、こうした電子楽器の演奏とピアノなどの楽器による演奏とに対する赤ちゃんの好みを調べたものです。「赤ちゃん向け」にアレンジされた電子楽器による音楽は、オリジナルの演奏と比べて、音色が異なるだけでなく、強弱やハーモニー、タイミングのニュアンスといった表現が控えめで単調であるという特徴をもっています。このような音楽は実際に赤ちゃんに好まれるのか、1歳になったばかりの赤ちゃんに聞かせてみたところ、全体としてはっきりとした好みの傾向はみられませんでした。つまり赤ちゃん向けにわかりやすく、そして好まれるように作り変えられた音楽が、必ずしも赤ちゃんに好まれるというわけではないようです。この研究論文の著者は提言として、クラシック、現代音楽を問わず、作曲家の意図がより忠実に反映されたオリジナルの演奏を赤ちゃんに聞かせることが、音楽の聞き方が成長していく乳幼児の音楽経験として望ましいと議論しています。
「子どもの成長によいこと」を考える風潮が高まっている今日では、大人が歌うことに自信がなく子どもの教育のためには歌わない方がよいと感じている人が少なくありません。子どもに歌ってあげたくなるような歌をあまり知らないという場合もあるでしょう。音楽の流れる絵本やおもちゃ、CDやDVD、TV、携帯音楽プレーヤーなどを便利に使いこなすことで、赤ちゃんや子どもの音楽経験を増やすことはできるかもしれません。そのような現代であっても、人による直接の歌いかけは、赤ちゃんをやすらかな気分に導き、子どもの注意を惹きつけ、いろいろな場面に応じて歌い方を変化させることもできる、とても優れたコミュニケーションツールです。親子のコミュニケーションを通して知ることのできた、音楽を聞いたり演奏に参加したりする心地よさやさまざまな音楽のスタイルは、そこから先に広がっていく音楽の世界をより魅力的なものとする基礎になることでしょう。