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研究・レポート
連載
音楽経験が子どもの発達にもたらすもの
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
玉川大学 リベラルアーツ学部 准教授/脳科学研究所
※記事掲載時点の情報です

赤ちゃんに聞かせる音楽

これまで、音楽経験が赤ちゃんや子どもの発達にもたらす影響をみてきましたが、特に年齢が低い時期には家庭での音楽経験が主なものになることが多いでしょう。そこで、今回は音楽を使った親子コミュニケーションに目を向け、子育てにおける音楽の使用や、赤ちゃんの音楽の好みや聞き方についての研究をご紹介します。

育児と音楽

赤ちゃんに聞かせる音楽としてまず頭に思い浮かぶものは、子守歌や遊び歌などの歌いかけではないでしょうか。そもそも私たちはなぜ歌うのだろう—そのような疑問を感じたことはありませんか。音楽の起源についての理論のひとつに、母子間コミュニケーションが挙げられています※1。赤ちゃんをなだめ母子の絆を深める上で、音楽的な音声の働きかけが有効であったというものです。

実際に、現代でも多くの養育者が赤ちゃんに対し歌いかけを行っているという報告があります。2006年に日本で行った調査※2では、約280名の0~2歳児のお母さんのうち90%以上が日常的に子どもに歌いかけると回答しています。これより10年ほど前のカナダの調査でも同様に、約70%が歌いかけを行っていました※3

しかし近年、さまざまな育児グッズや玩具が開発され、手軽な音楽再生機器が使えるようになって、育児を取り巻く音楽環境にも新たな変化がみられはじめています。たとえばスマートフォンや携帯電話などのアプリケーションには、映像と共に音楽を流したり、赤ちゃんの泣き声に反応して音楽や音声であやしたりするなど、赤ちゃんを楽しませるための多様な機能が備えられています。

イギリスで2004~2006年に0~2歳児をもつ88家庭を対象に行われた調査によると、CDプレーヤーなどオーディオ機器を使って子どもに音楽を聞かせる家庭は90%以上でした。これに対し、寝かしつけの場面と遊びの場面で直接歌いかけをするという家庭は、それぞれ約20%でした※4。アメリカでも0~3歳児の2000家庭のうち、「毎週」音楽を聞かせたり歌いかけをしたりする家庭は約90%ですが、「毎日」と回答した家庭は60%であったと報告されています※5

2012年に1歳児の保護者245名を対象に行った日本の調査※6では、「ほぼ毎日」歌いかけをする家庭は約60%、「週2~3日」が約15%でした(図1)。そして歌う時間は、約70%の家庭が30分以内と短時間でした。またオーディオ機器などを使って音楽を聞かせる頻度は、「ほぼ毎日」が約40%と歌いかけよりも少なく、「週2~3日」と合わせても55%程度にとどまりました。オーディオ機器などで音楽を聞かせる時間は、歌う時間よりもやや長い傾向がみられたものの、両者に大きな違いはみられませんでした。音楽を聞かせる手段は、テレビやラジオ約80%、DVDやビデオ、CDがそれぞれ約40%という結果で、聞かせる音楽を選んで再生するよりも、子ども向け番組などをテレビで見ている際に流れてくる音楽を聞くという受動的な聞き方が多いこともここからわかりました。

図1 1歳児の家庭での歌いかけ・音楽聴取の頻度と時間

このように育児における音楽使用は、手段の変化と共に歌いかける頻度が減少している傾向があるといえそうです。

赤ちゃんはどんな音楽が好き?

赤ちゃん向けとされるCDや音の流れる絵本などの音楽を、赤ちゃんはどのように聞いているでしょうか。ここでは2つの研究をご紹介しましょう。

1つめの研究※7は、歌唱音声だけの音楽と伴奏のついたにぎやかな音楽との間で好みを比較したものです。録音された歌唱を聞かせる実験の結果、声だけのシンプルな歌いかけの方が伴奏のある歌いかけよりも赤ちゃんに好まれることがわかりました。初めて聞く外国語の歌唱音声を流したとき、5~11か月の赤ちゃんは伴奏のついたバージョンよりも伴奏なしのバージョンを長く聞いたのです(図2)。これは、赤ちゃんにとって人間の声が注意を惹きつける魅力をもった音であることや、音を聞いたり理解したりするための情報処理能力がまだ十分に発達していない時期にある赤ちゃんは、よりシンプルな刺激を好むことなどが理由として考えられています。赤ちゃんは自分にとって聞きやすいパターンの音を選択して聞くことで、そこから歌詞や音楽の特徴をつかみとろうとしていくのです。

図2 伴奏なし(Unaccompanied)と伴奏あり(Accompanied)の歌唱音声に対する聴取時間

もっとも「では赤ちゃんにはオーケストラ曲を聞かせても仕方がない」と結論づけてしまうのは、極端かもしれません。赤ちゃんが新しい歌になじむためには、伴奏なしの歌声、それも対面で直接歌いかけを聞くことが最も容易な方法であると考えられます。そこから徐々に、伴奏のついたにぎやかな音楽を取り入れ慣れていくことで、さまざまな音楽に触れ、それを楽しめるようになっていくことでしょう。

2つめの研究※8は、赤ちゃん向けとしてクラシック曲の電子楽器による演奏がCDやDVDなどによく使われていることから、こうした電子楽器の演奏とピアノなどの楽器による演奏とに対する赤ちゃんの好みを調べたものです。「赤ちゃん向け」にアレンジされた電子楽器による音楽は、オリジナルの演奏と比べて、音色が異なるだけでなく、強弱やハーモニー、タイミングのニュアンスといった表現が控えめで単調であるという特徴をもっています。このような音楽は実際に赤ちゃんに好まれるのか、1歳になったばかりの赤ちゃんに聞かせてみたところ、全体としてはっきりとした好みの傾向はみられませんでした。つまり赤ちゃん向けにわかりやすく、そして好まれるように作り変えられた音楽が、必ずしも赤ちゃんに好まれるというわけではないようです。この研究論文の著者は提言として、クラシック、現代音楽を問わず、作曲家の意図がより忠実に反映されたオリジナルの演奏を赤ちゃんに聞かせることが、音楽の聞き方が成長していく乳幼児の音楽経験として望ましいと議論しています。

「子どもの成長によいこと」を考える風潮が高まっている今日では、大人が歌うことに自信がなく子どもの教育のためには歌わない方がよいと感じている人が少なくありません。子どもに歌ってあげたくなるような歌をあまり知らないという場合もあるでしょう。音楽の流れる絵本やおもちゃ、CDやDVD、TV、携帯音楽プレーヤーなどを便利に使いこなすことで、赤ちゃんや子どもの音楽経験を増やすことはできるかもしれません。そのような現代であっても、人による直接の歌いかけは、赤ちゃんをやすらかな気分に導き、子どもの注意を惹きつけ、いろいろな場面に応じて歌い方を変化させることもできる、とても優れたコミュニケーションツールです。親子のコミュニケーションを通して知ることのできた、音楽を聞いたり演奏に参加したりする心地よさやさまざまな音楽のスタイルは、そこから先に広がっていく音楽の世界をより魅力的なものとする基礎になることでしょう。

  • ※1 Dissanayake, A. (2000). Antecedents of the temporal arts in early mother-infant interaction. In N.L.Wallin, B.Merker, & S.Brown (eds.), The Origins of Music, pp.389-410. The MIT Press: Cambridge, MA.
  • ※2 黒石純子・梶川祥世(2008)現代の家庭育児における子守歌の機能 -0~35か月児に対する母親の肉声による歌いかけとオーディオ等による音楽利用の比較検討-. 小児保健研究, 67, 714-728.
  • ※3 Trehub, S. E., & Trainor, L. J. (1998). Singing to infants: Lullabies and playsongs. Advances in Infancy Research, 12, 43-77.
  • ※4 Young, S. (2008). Lullaby light shows: everyday musical experience among under-two-year-olds. International Journal of Music Education, 26, 33-46.
  • ※5 Custodero, L.A., Britto, P.R., & Brooks-Gunn, J. (2003). Musical lives: A collective portrait of American parents and their young children. Journal of Applied Developmental Psychology, 24, 553-572.
  • ※6 梶川祥世・森内秀夫(2014)1歳児における音楽経験と発達の関連. 日本発達心理学会第25回大会 2014年3月、京都.
  • ※7 Ilari, B. & Sundara, M. (2009). Music Listening Preferences in Early Life Infants’ Responses to Accompanied Versus Unaccompanied Singing. Journal of Research in Music Education, 56, 357-369.
  • ※8 Merkow, C.H., & Costa-Giomi, E. (2014). Infants’ attention to synthesized baby music and original acoustic music. Early Child Development and Care, 184, 73-83.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
玉川大学 リベラルアーツ学部 准教授/脳科学研究所
専門:発達心理学
著書・論文
  • 新・子どもたちの言語獲得(分担執筆)小林春美・佐々木正人(編)大修館書店
  • なるほど!赤ちゃん学―ここまでわかった赤ちゃんの不思議―(分担執筆)玉川大学赤ちゃんラボ(編)新潮社
著書・論文
  • 新・子どもたちの言語獲得(分担執筆)小林春美・佐々木正人(編)大修館書店
  • なるほど!赤ちゃん学―ここまでわかった赤ちゃんの不思議―(分担執筆)玉川大学赤ちゃんラボ(編)新潮社
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