研究・レポート
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
玉川大学 リベラルアーツ学部 准教授/脳科学研究所
※記事掲載時点の情報です
音楽と身体の動き
2014年12月24日掲載 / この記事は約9分で読めます
音楽が流れると、自然と身体が動いて手足や首をリズミカルに振ったり、曲によってはノリノリでダンスのように動いたりする反応が、赤ちゃんにも大人にも出てきます。また「げんこつやまのたぬきさん」「大きな栗の木の下で」などジェスチャーのついた手遊び歌は、赤ちゃんから子どもまで人気があります。音楽に合わせて自由に身体を動かすことも楽しいものですが、決まった振り付けや動作を同じタイミングで行って踊ったときに、周囲との一体感を抱いて楽しい気持ちがさらに増すことがあります。今回は、このような音楽に伴う身体の動きについて考えてみたいと思います。
私たちはふだん会話をするときにジェスチャー(身ぶり)を行いますが、歌を歌ったり音楽を演奏したりするときにもジェスチャーを使っています。こうした音楽演奏時に出てくるジェスチャーは、演奏者による表現力を高め、またその場で演奏者を見ている聴き手の音楽認知や理解を助けます。すなわちフレーズに合わせてリズミカルに身体を揺らしたり、レガートの際に頭を滑らかに動かしたりすることは、演奏者自身の産出へ向けた身体コントロールの一部であると同時に、その場の聴き手に音楽構造を示す手がかりにもなっているのです。実際に、聴衆がいる場合にはいない場合よりも、演奏者がジェスチャーをスムーズに行う事例が報告されています。また、歌いながら表情を作ったり腕を大きく動かしたりすることは、音楽の感情や歌詞の意味を明確に伝え、聴き手と演奏者の間で共有することにも役立っています。
子どもにとっても、音楽を感じたり表現したりすることと身体の動きは切り離せません。1歳から2歳にかけて縦断的に子どもを観察した研究※1によると、1歳前半には音楽を聴いて全身を使ってリズムを合わせようとする動きがみられ、1歳後半になると歌いながら動くことができるようになりました。そしてこの移行期にはリズミカルなことばを言いながら自分で作ったジェスチャーを同期させる表現が生まれて、1歳後半にはフレーズの拍感を含む動きへ発達していったことが報告されています。
話しことばに伴うジェスチャーは、話者の思考を発話へ移すことを助ける機能を持っており、子どもの言語発達過程においても似たような現象がみられます。子どもはことばを話し始めるよりも少し前からジェスチャーを使い始め、意志を少しずつ伝えるようになるのです。たとえば1歳少し前の赤ちゃんは、別れの場面で手を振るジェスチャーを行うようになります。初めは相手が手を振ることを赤ちゃんがまねているだけのように見えますが、やがて自分から場面を認識して手を振るようになります。このときにはまだ「さようなら」や「バイバイ」といった発話はできていないことがほとんどで、手を振るジェスチャーが「さようなら」ということばに代わる赤ちゃんからのメッセージと言えるでしょう。
ほかに、抱き上げてほしいときに腕を伸ばす、欲しい物の方に手を伸ばしてみせる、嫌なときは首を振る、などのジェスチャーも1歳前後に出てきます。こうしたジェスチャーが出始めてしばらくすると、腕を伸ばすのと同時に「だっこ」と言うようになり、やがてジェスチャーをせずに「だっこがいい」などとことばだけで伝えるようになります。このように子どものコミュニケーション発達において、発話とジェスチャーは密接に関連しています。
歌の発達場面では、ジェスチャーはことばの場合と同じように関連しているでしょうか。1歳児を対象とした親子参加型の音楽プログラムで、母親と子どものジェスチャーと歌唱の行動を観察した研究をご紹介します※2。プログラムの中で、子どもにも簡単にできるジェスチャー(振り付け)を付けた歌を歌ってもらいました。この場面での母親のジェスチャーには、(1)母親単独で行う、(2)子どもの手などを動かして表出させる、(3)子どもに触れずに子どもと母親が同時に行う、というパターンがありました。プログラムを始めたころには、指導者に合わせて母親が単独でジェスチャーを行っていましたが、やがて徐々に母親が子どもの手などを動かし表出させることが増えてきました。そしてこの親子共同表出を行った後に、子ども単独のジェスチャー表出や歌唱行動が出てきました。一方母親は、子どもと同時にジェスチャーを行う、またはジェスチャーをやめて子どもを見守るという姿勢に移行していきました。
ジェスチャーは音楽や歌をよく知らなくても表出できるため、子どもの歌への参加を助けます。また歌の中のどのタイミングでジェスチャーを行うかに注意を向けることによって、メロディーや音楽の構造をおぼえるきっかけにもなります。さらに、母親がジェスチャーを表出するように子どもの身体に働きかけることで、子どもの表出意欲が高まり、同年齢の子どもたちと一緒に行う中でグループへの参加意識も生まれてくると考えられます。結果として、ジェスチャーや歌唱の自発的表現が出てくることにつながってきます。またジェスチャーによって、歌詞内容の理解が助けられている可能性もあります。このことはまだ推測にすぎませんが、子どものグループ演奏への参加や表現産出の発達において、ジェスチャーがその導入としての役割を果たすということは言えそうです。
私たち人間が音楽を持つようになったのは、仲間の結びつきを強め社会を維持するという進化的利点があったためという考え方があります。狩りの際に合唱や合奏、ダンスによって集団の結束を高めたり、儀式で音楽を用いて皆の気持ちをひとつにまとめたりという使われ方がその証拠として挙げられます。現代でも、タイミングを合わせて歌う、同じ動作をするといった経験を共有した相手とは、課題を行う際に協力し合う傾向が強くみられるという報告が出されています※3。さらにこうした傾向は最近、子どもにおいても確認されています。
4歳児を対象とした研究※4では、同性の子ども2名ずつをペアにし、さらに音楽を使うグループと音楽を使わないグループとに分けて、あるアクティビティを行いました。音楽を使うグループでは、実験者の行動を2名の子どもがまねをして、一緒に楽器を鳴らしたり歌を歌ったりしながら歩き回りました。一方、音楽を使わないグループでは、ストーリーを聞いたりともに動いたりはしましたが、音楽的な活動はありませんでした。この後、各ペアで課題を行ってもらい、お互いの協力行動がみられるかどうかを観察しました。もともと女の子の方が男の子よりも相手に協力する向社会的行動が多くみられる傾向はありましたが、どちらの性別のペアでも音楽を使うグループの方が使わなかったグループよりも向社会的行動が多く出現することがわかりました。これは音楽を使ってともに活動することによって、社会性が促進された結果と言えるでしょう。
さらに1歳児(14か月児)でも、音楽(The Beatles “Twist and Shout”)に合わせてシンクロする動作、いわばダンスを共有した相手に対して、向社会的行動を多く示すことが明らかにされています※5。この実験では、赤ちゃんを抱っこひもで抱っこした実験者1と何も持たない実験者2が向かい合い、音楽を聴きながら膝を曲げ伸ばししてリズミカルに上下する動作を行います。このとき、実験者1と2の動きのタイミングが完全に一致する条件と、タイミングがずれる不一致条件のいずれかで赤ちゃんを揺らしました。その後、実験者2が赤ちゃんの前で物を誤って落としてしまったりボールに手が届かなかったりして、困っている様子をしてみせます。このときに、赤ちゃんが物を拾ってくれる援助行動は、タイミング一致条件の場合に多くみられたのです。
これら2つの研究から、大人と赤ちゃんに共通して、音楽に合わせた動作のタイミングが一致していることが重要なポイントであることがわかりました。赤ちゃんは自分と同じ動きをする相手に対して共感し、仲間意識を持つことが言われています。こうした動きの種類やタイミングを調整するためのツールとして、構造がシンプルでリズミカルである音楽は適しているのでしょう。さらに情動に対して作用しやすい音楽の性質も、人々の間の共感を促進すると考えられます。
これまで4回にわたり、乳幼児期の発達と音楽のかかわりについて見てきました。赤ちゃんは早い時期から音楽のさまざまな要素を聞き分け学習し始めますが、音楽経験は音楽以外の発達にも影響を及ぼすことがわかっています。そして家庭内外どちらでも、周囲の人々と音楽を共有すること、聴覚にとどまらずほかの感覚情報や自分の身体運動も含めて音楽を感じとることが、赤ちゃんや子どもの積極性や能動性、社会性の発達に大切であることが言えます。音楽が私たちの生活を支えるコミュニケーションツールであることの一端を拙文を通して改めてお伝えできましたならうれしく思います。
- ※1 遠藤晶(1999).幼児における音楽に合わせた身体表現の発達―歌いながら動く表現の獲得過程― エデュケア, 20, 43-49.
- ※2 梶川祥世・森内秀夫(2014).1歳児音楽グループレッスンにおける親子の行動―歌唱場面でのジェスチャ表出― 日本音楽教育学会第41回大会抄録集.
- ※3 Wiltermuth, S.S. & Heath, C. (2009). Synchrony and cooperation. Psychological Science, 20, 1-5.
- ※4 Kirschner, S., & Tomasello, M. (2010). Joint music making promotes prosocial behavior in 4-year-old children. Evolution and Human Behavior, 31, 354-364.
- ※5 Cirelli, L.K.,Einarson, K.M., & Trainor, L. J. (2014). Interpersonal synchrony increases prosocial behavior in infants. Developmental Science, 17, 1003-1011.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
梶川 祥世(かじかわ さちよ)
玉川大学 リベラルアーツ学部 准教授/脳科学研究所
専門:発達心理学
著書・論文
- 新・子どもたちの言語獲得(分担執筆)小林春美・佐々木正人(編)大修館書店
- なるほど!赤ちゃん学―ここまでわかった赤ちゃんの不思議―(分担執筆)玉川大学赤ちゃんラボ(編)新潮社
著書・論文
- 新・子どもたちの言語獲得(分担執筆)小林春美・佐々木正人(編)大修館書店
- なるほど!赤ちゃん学―ここまでわかった赤ちゃんの不思議―(分担執筆)玉川大学赤ちゃんラボ(編)新潮社
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