ずっと、音楽と一緒に。 ON-KEN SCOPE

ON-KEN SCOPE とは?

ずっと、音楽と一緒に。
ON-KEN SCOPE
  1. ホーム
  2. 研究・レポート
  3. 教育
  4. Power of Music –音楽の力–
研究・レポート
連載
海外の音楽教育事情
森尻 有貴(もりじり ゆき)
東京学芸大学 教育学部 講師
※記事掲載時点の情報です

Power of Music –音楽の力–

音楽教育が大切であることを訴え、少しでも多くの子どもたちがより良い教育を受けられるよう願うのは、音楽家も音楽教育者も同じで、それは音楽教育の研究者にとっても需要なことです。音楽は人の心を豊かにし、情操教育を担い、人々の生活を豊かにするのだから、子どもにとっても必要である、と声に出して訴えるだけでなく、何らかの形で証明することで、音楽の必要性を世の中に訴えてきました。

音楽の有効性

英国ノッティンガム大学の研究チームは、成人を対象に歌唱、ダンス、サイクリングの3つの活動を行った場合、幸福感に関連する血中の物質が、活動前と活動後でどの程度変化するかを調べました。その結果、ダンスやサイクリングよりも、歌唱の方が有意的な差で上昇することが明らかになりました ※1

つまり、他のアクティビティを行うよりも歌を歌った方が、より幸福感を得る生活を送ることができることが示唆されます。また、他の研究では、一人で歌うよりも合唱等、複数の人たちで歌う活動の方が、社会的繋がりや気分の高揚等の点で、より良いことが示されています ※2

photo3_s

子どもたちの音楽教育に関する調査では、2017年にイギリスの新聞に「どのように学校の成果を上げるか:数学の追加ではなく音楽を」という内容の記事が掲載されました。そこには、学校で音楽の授業(1週間あたり最大6時間)を導入したところ、算数や読み書きの成績が学校全体で上がったことが報告されています ※3

また、アメリカの研究では、小学校で優れた音楽プログラムを受講している児童は、不十分な音楽プログラムを受けている児童よりも、英語や算数の成績が20%以上高いことが明らかにされています。また、質の高い器楽教育を受けている生徒は音楽プログラムのない学校に通う生徒よりも、英語の成績が19%高いと報告があります。つまり、良い音楽教育は、語学や数学といった他の教科での好成績と関係があることが示されました ※4

また2012年のアメリカでの調査では、音楽を受講した生徒は、読解、数学、記述の試験において平均点より高い結果を残したことが報告されています ※5

“Power of Music” – 音楽の力–

様々な研究がある中でも、音楽教育の有効性についてまとめられた成果として、ロンドン大学のスーザン・ハラム教授による「Power of Music(音楽の力)」を紹介したいと思います。2010年に論文として発表された後、2015年にはもっと広範囲の視点を加え、詳細な検討が記載された本が出版されました ※6

そこには、音楽活動の有効性についての多岐に渡る研究が非常によく検討されていますが、主に以下のような内容への音楽の有効性を結論づけています。

【知覚と言語能力】

音楽と言語に関する研究は昔から多く行われています。音楽への積極的関与は、聴覚的な知覚や音韻認識能力の向上を助けることが証明されています。また、音楽の訓練を受けている子どもは、受けていない子どもよりも、言語テストにおいて成績が上回っている例なども示されています。スピーチのピッチなどの音声的特徴を捉える力は、音楽のメロディを捉える力に関する音楽的知覚能力と関係があります。

【知的発達】

音楽の学習は、知的能力の発達を促進することも研究されてきています。2004年にSchellenbergが行なった研究では、音楽の授業を1年間受けた子どもは、受けなかった子どもよりも1年後のIQテストにおいて有意な得点上昇が見られたとされています。また、他の研究では就学時前の子どもに対して、どのような音楽活動がより有効かを調べました。ピアノ、歌、リズムレッスン、コンピュータのそれぞれのグループで2年間の教授を受けた結果、音楽の学習を行った子どもたちは、何も受けていない子どもたちよりも、物や出来事の心的イメージを行う課題で良い成績を残しました。更に、リズムレッスンを受けた子どもたちは、他のどのグループよりも時間的認知と数学的能力が有意に高いことが分かりました。

【創造性】

高等教育において音楽を専攻する学生は、そうでない学生たちよりも、創造性のテストにおいて好成績を残し、特に10年以上の音楽教育を受けた人たちにより顕著に現れました。また、創造性の育成には音楽への取り組み方も影響があるとされています。教科書を用いた講義中心の教授法でなく、即興演奏の機会がある子どもの方がより創造性が育まれることが示されています。音楽の学びの中に創造的な活動を含むことが重要であることが示唆されます。

【社会的発達および自己啓発】

音楽活動に参加する人たちは、社会性の発達や個人的な恩恵が期待できることが研究されてきました。音楽活動への従事は、自尊心の形成、自己規制の能力、チームワークの力の育成などに有益であることがわかっています。学校生活での音楽活動においても、志を同じくする仲間との友情形成や社会生活への貢献などの面で有益であることが示されてきました。

また、集中力や自己統制、勉強する際のリラックスの効果などの点でも役立つことが示されています。ある研究では、演奏(音楽)に込められている感情を読み取る能力と、一般的なEQ(Emotional Intelligence: 心の知能指数)には有意に関係があることが証明されました。音楽における感情を読み取る力は日常生活における感情のスキルも引き出してくれることが分かります。

ハラム教授の研究には、これらの他にも読み書き、算数(数学)、一般的な知識、身体的発達、健康や良好な生活状態など、様々な面で音楽活動や音楽教育が貢献することが示されています。

 

音楽のある生活は、もちろん音楽それ自体を楽しみ、音楽的な能力の育成自体に貢献することは明らかですが、それ以外の認知能力や社会生活を送る上での様々なスキルの育成、強いては生活の質の向上にも貢献することが分かっています。世界で一人でも多くの人が音楽教育を受ける機会に恵まれたら、きっとより豊かな人生を送ることができる可能性を広げることができるのではないでしょうか。

  • ※1 Stone NL, Millar SA, Herrod PJJ, Barrett DA, Ortori CA, Mellon VA and O’Sullivan SE (2018) An Analysis of Endocannabinoid Concentrations and Mood Following Singing and Exercise in Healthy Volunteers. Front. Behav. Neurosci. 12:269. doi: 10.3389/fnbeh.2018.00269
  • ※2 Schladt, T. M., Nordmann, G. C., Emilius, R., Kudielka, B. M., de Jong, T. R., and Neumann, I. D. (2017). Choir versus solo singing: effects on mood, and salivary oxytocin and cortisol concentrations. Front. Hum. Neurosci. 11:430. doi: 10.3389/fnhum.2017.00430
  • ※3 Halliday, J. (2017, October 3). How to improve the school results: not extra maths but music, loads of it. The Guardian. Retrieved from: https://www.theguardian.com/education/2017/oct/03/school-results-music-bradford
  • ※4 Johnson, C. M. and Memmott, J. E. (2006). Examination of Relationships between Participation in School Music Programs of Differing Quality and Standardized Test Results. Journal of Research in Music Education, 54 (4) 293-307.
  • ※5 The College Board (2012). Total Group Profile Report. Retrieved from: http://secure-media.collegeboard.org/digitalServices/pdf/research/TotalGroup-2012.pdf
  • ※6 Hallam, S. (2010). The Power of Music: Its Impact on the Intellectual, Social and Personal Development of Children and Young People. International Journal of Music Education, 28(3), 269-289.
    Hallam, S. (2015). The Power of Music: A Research Synthesis on the Impact of Actively Making Music on the Intellectual, Social and Personal Development of Children and Young People. London: iMerc.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
森尻 有貴(もりじり ゆき)
東京学芸大学 教育学部 講師


専門:音楽教育学・音楽心理学

著書・論文
  • 中等科音楽教育研究会編(2019)『最新 中等科音楽教育法 2017/18年告示「中学校・高等学校学習指導要領」準拠』 音楽之友社:東京(分担執筆)
  • 森尻有貴(訳)(2016)『ヴォチェス・エイト・メソッド』Smith, P. (2013). The VOCES8 Method. Edition Peters.
  • Morijiri, Y. (2016). Influential factors in the evaluation of music performances: Focusing on musical factors, extra-musical factors and non-musical factors. Bulletin of Tokyo Gakugei University, Division of Arts and Sports Sciences, 68 1 -14
著書・論文
  • 中等科音楽教育研究会編(2019)『最新 中等科音楽教育法 2017/18年告示「中学校・高等学校学習指導要領」準拠』 音楽之友社:東京(分担執筆)
  • 森尻有貴(訳)(2016)『ヴォチェス・エイト・メソッド』Smith, P. (2013). The VOCES8 Method. Edition Peters.
  • Morijiri, Y. (2016). Influential factors in the evaluation of music performances: Focusing on musical factors, extra-musical factors and non-musical factors. Bulletin of Tokyo Gakugei University, Division of Arts and Sports Sciences, 68 1 -14
今後より一層内容の充実を図るため皆さまからのご意見・ご要望をお聞かせいただきたく、アンケートへのご協力をお願い申し上げます。(全12項目)
この記事をどのようにして見つけましたか?※必須

入力枠

この記事についての印象をお聞かせください。※必須
この記事の文字量はいかがでしたか?※必須
この記事は役に立ちましたか?※必須
この記事がご自身にとって何に役立つと思われますか?(複数回答可)※必須

入力枠

このサイトには何回訪問されましたか?
このサイトのご利用頻度をお聞かせください。
あなたの職業をお聞かせください。※必須

入力枠

あなたの年代をお聞かせください。
あなたの性別をお聞かせください。
興味をお持ちのテーマをお聞かせください。(複数回答可)

入力枠

この記事についてのご感想やご意見などご自由にお書きください。
ページトップへ