子育て・教育
2021年09月17日掲載 / この記事は約9分で読めます
今日、幼児教育や保育の分野で注目されている「非認知能力」。
さまざまな価値観が存在し、目まぐるしく変化するこの世界を生きる子どもたちにとって非常に重要な「心の力」であるとされますが、具体的にどのような力を指すのでしょうか。
この記事では、お子さんを持つご家庭が知っておきたい「非認知能力とはどんな力なのか」「非認知能力を育むと子どもたちの将来にどんな影響があるのか」そして「音楽を通して非認知能力を育むにはどんな方法があるのか」についてご紹介します。
非認知能力とは
非認知能力とは、点数やIQなど数値で表すことのできる認知能力ではなく、「目標に向かってやり抜く力」「他者と助け合って活動する力」「自分の感情をコントロールする力」といった子どもが豊かな人生を送る上で重要とされる一連の能力であるとされています。
非認知能力の高さが、その後の学歴や所得、持ち家率などに影響を及ぼすという研究結果が出たことにより、幼児教育の分野で大きな注目を集めることになりました。
なぜ非認知能力が注目されているのか
非認知能力にスポットライトが当たるようになったきっかけは、2000年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者ジェームズ・ヘックマン氏が行った「ペリー就学前計画」と呼ばれる実験です。
1960年代初頭から開始されたこの実験では、家庭の経済的事情で幼稚園に通えない3歳~4歳の子ども123人を対象に、その約半数に対して、平日は幼稚園で授業を行い週末には1.5時間の家庭訪問を行うという内容の幼児教育プログラムを2年間実施し、その後の経済状況や生活の質にどんな違いが生まれるかについて約40年という長い年月にわたって追跡調査を行いました。
その結果、就学前教育を受けた子どもたちは就学後に学力が伸びただけではなく、40歳時点で高校卒業率、持ち家率、平均所得が高く、生活保護受給率、逮捕者率が低い傾向があることが明らかになりました。つまり、3歳からの2年間が、大人になってからの経済力や、犯罪に手を染めないという意味での健全な成長に影響していることが示されたのです。
写真提供:PIXTA
この結果について、ヘックマン氏は「人生で成功するためには認知能力だけでなく非認知能力が必要である」「認知能力・非認知能力はともに幼少期に発達し、その度合いは家庭環境に左右される」そして「家庭環境の問題は幼少期の介入により解決することができる」という3つの提言を残しました。
こうして非認知能力について注目が集まり、幼少期の家庭環境や保育環境がその後の子どもたちの人生に与える影響についてさまざまな場で議論され、どのようなかかわり方をすれば子どもたちに良い影響を与えられるのか、という研究が行われることになりました。
非認知能力には具体的にどんなものがあるの?
IQでは測ることのできない心の力、非認知能力とはどんな力で、将来にどのような影響を与えると考えられるのでしょうか。非認知能力の具体的な例として、OECD(経済協力開発機構)が定義している内容についてみていきましょう。
①やり抜く力(長期的な目標の達成力)
非認知能力の主軸のひとつに、「目標のためにしっかり頑張る力」が挙げられます。
たとえば、友達と遊びたいけれど、もうすぐピアノの発表会があるから、いい演奏をするために1時間しっかり練習してから友達と遊ぼう、など目標を達成するために自分の感情をコントロールしながら前向きに取り組むことができる力です。将来、さまざまな場面で目標達成のために計画をきちんと立ててそれを着実にこなすことのできる基礎が身に付くと考えられます。
②他者とのコミュニケーション力(他者との協働)
生きていく上で欠かすことのできない他者とのコミュニケーション力も非認知能力のひとつです。
たとえば、幼稚園でみんなと一緒に歌を歌うとき、自分だけ大きな声を出して他のお友達の声や伴奏をきかずに歌うのではなく、お友達の存在を感じながら一緒に歌うというのも他者との協働にあたるといえるでしょう。自分以外の人とのかかわりを大切にする力を身につけることで、将来周りの人とのコミュニケーションをスムーズに行う力を育むことができるのです。
③自分の感情をコントロールする力(感情の管理)
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非認知能力には、自分の感情を理解し、その感情を自分自身で制御管理できる力も挙げられます。
今やりたいことを優先するのではなく、それを我慢してもっと先の大切なことのために頑張ろうとする。また、周囲の人とうまくやっていくために自分のことよりもほかの人を思いやって行動することができるといった力は、将来さまざまな状況の中で自分の気持ちをうまくコントロールしたり、周りの人と助け合って乗り越えていったりする際の助けとなると考えられます。
音楽で非認知能力を育むポイントとは?
私たちの身近にある音楽は、保育の現場や家庭において非認知能力を育む上でどのような効果をもたらすことができるのでしょうか。
合唱・合奏が生み出す「連帯感」
お友達や家族と一緒に歌を歌ったり楽器を演奏したりすることで「誰かと一緒に音楽を奏でる」という連帯感や「上手に曲を表現できた」という感動体験を共有することができます。みんなで一緒にハーモニーを楽しんだり、上手にできない子がいればみんなで助けたり、自分がうまくできないときは助けてもらったりといったほかの子どもや大人との音楽を通したかかわりの中で、共感する力や思いやりの気持ちが育まれていくと考えられます。
楽しく学ぶことによる「内発的動機付け」
ご褒美を与えることでやる気を引き出す「外発的動機付け」に対して、面白いからもっとやってみたい、もっと上手になりたいという内側から湧き出る気持ちを「内発的動機付け」と表します。遊びの要素を含んだ音楽の学びを子どもが楽しいと感じれば、結果的にパフォーマンス向上につながり、それが励みとなって、もっとやりたいという良い循環が生み出されます。
グループレッスンで育まれる「自発的に取り組む力」
グループレッスンでは、遊びと同様に複数の子どもたちが一緒に取り組んでいる点が重要です。ほかの子が自分よりも先に上手に弾けるようになったり歌えるようになったりして、自分はまだできていないという状況では「恥ずかしい」と感じるかもしれませんが、「あの子のようになりたい」という尊敬や憧れの気持ちも生まれるかもしれません。周りの年齢の近いお友達は、少し手を伸ばせば届きそうな身近な憧れの対象であり、もう少し頑張ろうという気持ちが芽生えることで子どもが自発的に取り組むきっかけのひとつになるでしょう。
たくさんの選択肢で生まれる「興味・関心」
写真提供:PIXTA
非認知能力を育てるために、たくさんの選択肢を用意しておくことも家庭で取り入れやすい方法のひとつです。
たとえば積み木ひとつをとっても、木の温かみがある自然素材のもの、口に入れても安心なお米でできているもの、身近なプラスチック製のもの、それぞれに重さや手触りに違いがあり、選択肢が増えることで子どもの遊びは無限の広がりを見せます。
ほかにも、楽器を用いて「なぜ太鼓は叩くもので音が違うのかな?」「ピアノの鍵盤はなんでこんなにたくさんあるのかな?」と保育者が子どもたちへの語り掛けを工夫することで、「なぜだろう?」「これはどうなるのだろう?」といった気持ちが生まれ、興味・関心の芽はぐんぐん育っていきます。
乳幼児期に育みたい力
非認知能力は新学習指導要領で重要とされる「学びに向かう力」と非常に深くかかわっているといわれます。その意味において、乳幼児期に最も大切にされるべき学びとは、「子ども自身が自分の頭で考え抜く力」そして「他者と協働して時にはぶつかり合いながら考える力」を身に付けることであり、それには「自発的な遊び」が大切な役割を果たします。
私たち大人は、子どもが「遊び」を通して好奇心を膨らませ、安心して自分の行動範囲を広げていけるような関係性を子どもと築いていくことを大切にすべきであるといえるでしょう。
子どもの豊かな将来のために欠かせないといわれる非認知能力。日常生活の中にもお子さんの非認知能力を育むチャンスはたくさんあります。親子で一緒にさまざまな遊びや活動を楽しく共有しながら、お子さんの興味や関心の芽を大切に育てていってあげましょう。
◇ご協力をいただいた方
遠藤 利彦(えんどう としひこ)
東京大学大学院教育学研究科・教授/同附属発達保育実践政策学センター長
東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(心理学)。専門は教育心理学、発達心理学。聖心女子大学、九州大学助教授、京都大学准教授、東京大学大学院教育学研究科准教授を経て現職。日本学術会議会員。東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター(Cedep)センター長。主な著書に『よくわかる情動発達』ミネルヴァ書房、『乳幼児のこころー子育ち・子育ての発達心理学』有斐閣アルマ、『赤ちゃんの発達とアタッチメントー乳児保育で大切にしたいこと』ひとなる書房、ほか多数。