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研究・レポート
連載
赤ちゃんと音楽-赤ちゃんの聴取と表出を探る-
志村 洋子(しむら ようこ)
日本女子大学大学院・東洋英和女学院大学大学院 非常勤講師
※記事掲載時点の情報です

赤ちゃんはいつごろから歌い始めるか

このシリーズでは、従来から行われてきている観察をベースにした研究の成果や心理学的実験研究の成果を基に、赤ちゃんと音楽のかかわりについて、その聴取と表出を中心に解説しています。
これまでに赤ちゃんが成長する中でどのような歌や音楽を聞き取っているか、その聴取の姿を示しました。では赤ちゃんは、泣く声だけで自分の気持ちを表現していた時期から、どのようにことばを獲得していき、さらにはどのように歌を歌うようになるのでしょうか。第3回では、あたかも歌のようなメロディーを口ずさむ赤ちゃんの表出の姿を見てみましょう。

赤ちゃんのことばの獲得過程

赤ちゃんは成長する中で、周囲の大人や親、きょうだいなど実に多くの人々の言葉の中から、単語を切り出すための「手がかりとなるもの」を増やしていると考えられています。いわゆる「初語」といわれている「ママ」とか「バーバ」など短いけれども日本語らしい響きで、明確に音声を発することができるようになるのは、生後12か月を過ぎるころになってからですので、生後1年間ほどが必要なことがわかります。初語により、周囲の大人たちは「日本語の話し手」として成長したと受け止めるようになりますので、一層中身の濃い話しかけや、言葉のコミュニケーションが行われるようになっていきます。第1回に書きましたいわゆるマザリーズが持つ音声特徴は徐々に減り、大人同士の会話に近い音声が中心になっていくのです。

 

ここで、赤ちゃんの音声表出はどのように変容していくか、ことばの獲得についての段階を追った姿を見てみましょう。表1には広く周知されている喃語の変容に関する研究成果※1を、説明と共に示しました。

表1.初期喃語から初語が出現するまでの過程

発声期
(0~1カ月齢)
偶然表出されたような/a/や/u/など母音に聞こえるシンプルな発声
goo期
(2~3カ月齢)
クーイング期ともよばれ口蓋(こうがい)音も混じる発声
基準喃語期
(4~6カ月齢)
「喃語」(babbling)と一般に理解される発声
(/ba ba ba ba ba/ /man man man man man/など子音が多用され反復を多く含む)
非重複性喃語期
(7~11カ月齢)
反復が徐々に減り、短く明瞭な発声
(/aba/ /da-da-/ /aja/ /nma/など)
始語期
(12カ月齢以降)
「初語」と理解され、示すものと音声が対応する有意味語の発声
(/manma/ /mama/ /atta/ /koe/※など ※「コエ」と聞こえるが「これ」の意)

この表1に示したそれぞれの音声特徴が対応する月齢は、あくまでも定型発達とされたもので、実際の赤ちゃんの姿を詳細に観察しますと、さらに多様な音声が表出されていることがわかります。面白いことに、赤ちゃんによってはお気に入りの子音や母音があり、その音を好んで頻繁に出したりもしますので、個人差には大きいものがあります。またこうした発達の姿は、それぞれの国で出生した赤ちゃんが「その国の言語を話す人になる」ことともつながっています。

 

ところで赤ちゃんが日々行っている周囲の人の言葉からの「単語」の切り出しは、聴き取りを重ねる中で培われますが、特に「単語」が持つストレスとアクセントを手がかりとしているといわれています。ジューシック(Jusezyk)ら※2は英語の2音節単語のような強弱のストレスパタンを持つ音に対しては、生後7か月の基準喃語期の赤ちゃんが、このストレスパタンをひとつのかたまりとして聞き取ることを示しました。そして、梶川ら※3は歌いかけられた「歌唱」の中からも同月齢児が単語を切り出せることを示しています。このことは、赤ちゃんがその成長に従いことばを発するまでに、周囲の言葉だけでなく、歌唱音声からも単語を聞き取る手がかりの要素を聞き取ることを明確にしたといえましょう。このように、赤ちゃんは単語を切り出す力の成熟を基盤にして、示すものと声が対応する初語を発し、さらにことばを爆発的に増加させていくことになります。

 

また、親や保育者など日々の変化を見て、声を聴いている者でなければその微細な変化を十分聞き分け、感知することはむずかしいと思われますが、音声そのものを単独で聞くと意味不明であっても、周囲の親や大人は、ゆびさしや視線の先にあるものを結び付けて、「発話の意味」を理解しようと努め、「そうね、ワンワンいたわね」などと話しかけますので、発音と意味をその場で確認させながら、その力を加速度的に広げていくと考えられます。

「歌」のようにも聞こえる赤ちゃんの声

さて、赤ちゃんは1歳のお誕生日を迎えるまでに日々変化する音声を発声していきますが、そもそも発声を支える口内や口頭の筋肉の成長に伴い、また聴覚からのインプット情報の多様さに従って発声のバリエーションは一層多様になっていきます。より詳細に音声を聴いてみると、とても面白いことに気がつきます。
これまでに坂井ら※4は乳児の音声データベースを使い、1発声が3音に聞こえる発声を収集し、その音声が「話しているように聞こえるか」「歌っているように聞こえるか」についての聴取実験を、成人を中心に実施しています。その結果、3音という限定された音声の中にも、話していると聞こえる音声と同じく、ほとんどの成人が「歌っている」と感じる音声があることが見いだされました。

 

このようにわれわれ成人は、自身の子ではない赤ちゃんの音声の中に、あたかもメロディーの断片のような動きを聞き取ることができるような耳を持っているようです。他人の赤ちゃんの音声について、このように聞き取ることができるくらいですので、日々、わが子の多種多様な音声表現を耳にしているお母さんが「あれ、お歌うたっているの?」と声をかけたくなる音声が存在することも確かにうなずけます。またお母さんがそのように言葉かけをしたり、うれしそうな顔を見せて声をまねしてあげたりすることが、さらに赤ちゃんの歌っているような音声を引き出し、複雑なものに展開させていくことも想像に難くありません。つまり、赤ちゃんの表出にはことばとしてだけでなく、歌に発展していく要素が混ざった声も存在し、それらは母子のやり取りの中で一層多様なものとなり、発展していくものと推測されます。

 

これまで志村ら※5も乳児音声の録音を継続的に家庭に依頼し、日常の母児間の音声のやり取りを解析してきました。その中から乳児相互に類似した傾向が見られた音声の一端を紹介しましょう。

 

具体的な例として、図1に12か月齢の音声を解析したグラフを示しました。横軸の時間の経過に沿って音声の長さのパターンは変化しており、併せて縦軸の音の高さを示すピッチも1音声を伸ばしている中で、微細に動いていることがわかります。採譜した楽譜からも読み取れるように、「短・長」パタンが繰り返されている発声で、短の部分は0.1~0.2sec.で、長は1.0~1.5sec.の規則的なリズムを持ったひとまとまりで、このパタンは連続して数回の繰り返しが観測されました。「短・長」パタンの休止部分も一定な長さのものでした。また一方、この逆のパタン、「長・短」の組み合わせを発声する子も見られました。
12か月齢は初語と感じられる音声が徐々に出始める時期ですので、/man man man man /などの繰り返しの顕著な発声から、単語のような短い発声に変化する特徴的な時期でもあります。しかしこの時期に、こうした一定のリズムパタンをハミングのようにしばらく繰り返して楽しむような表出が見られることは、「ことば」とはまた違った側面を持つ音声表出の顕在化を示すものといえましょう。

図1.12か月児の歌唱様の発声例(ピッチ変化のグラフと音声表記および採譜)

さらに16か月齢児になりますと、既成曲のメロディーと歌詞の一部とも聞き取れる音声も表出されます。その一例として図2に、「ぞうさん」の模倣唱と聞き取れるピッチパタンと音声表記および採譜を示しました。
ピッチの変化の範囲は260Hz~290Hzで、メロディーの音階進行は長2度でひとまとまりになったフレーズの繰り返しですが、明瞭ではないものの、「ぞうさん」の冒頭部分と聞き取れる発声でした。音声の途中で、母親の合いの手の「ん」という声(音声表記/(N)/の部分)が読み取れますが、この後にも乳児音声に親が反応し、乳児と一緒に「ぞうさん」のメロディーを口ずさむ発声行動が見られました。

図2.16か月児の歌唱様の発声例(ピッチ変化のグラフと音声表記および採譜)

以上、事例として示したように、赤ちゃん自身がいろいろな状況に合わせて発声のバリエーションを広げていき、親や周囲の大人とかかわるときだけでなく、一人でご機嫌よく遊んでいるときなど「快」を示す行動としてのあたかも歌唱のような音声表現が顕著になっていきます。最近の幼児の歌唱行動の観察研究成果※6が示唆しているように、幼児は自らの環境の中にある音楽文化の中で聴き、覚えた構造を再構築して表出・表現する、すなわち新しい創り歌を表現していくと予想されます。このように見ていくと、周囲の大人とのかかわりの中で生まれる音声表現や、自身の欲求や感情の自由な表出として生まれる音声行動が、その後の子どもの音楽行動の基盤になると考えます。

<参考音声:同一女児による月齢別歌唱例>

12か月児の歌唱例 (00:16)

15か月児の歌唱例1 (01:05)

15か月児の歌唱例2 (00:49)

※ 再生開始までに少し時間がかかる場合があります。
※ 家庭内での簡易録音のため、音声が安定しておりません。ご了承ください。

おわりに

小さな声ですが、なんだかうれしそうに手足をバタバタさせて声を出している赤ちゃんに、思わず共感して同じような声を返したくなってしまうことはありませんか。いつから赤ちゃんが歌を歌いだしているか、という疑問にまだ明快な答えが出ていない今、声によるやり取りがコミュニケーションの出発点であるなら、こうした周囲の人との声を通したやり取りが音楽行動や歌声を支えているかもしれない、と意識することも必要かもしれません。

 

3回にわたったこの稿では、赤ちゃんと音楽や歌のかかわりについて、観察を中心とした研究から述べてきました。最後にここで、これから研究の主流となっていくと思われる脳に関する研究の一端を見てみましょう。山根ら※7が行った12か月齢児を対象とした研究では、音楽のメロディーと言語音のピッチアクセントの相違をどのように聞き取っているかを調べ、それぞれの脳内処理が異なる可能性を報告しています。もしそうであれば、私たちが考えているより、赤ちゃんは言葉と歌の違いに敏感であるといえるのではないでしょうか。
今後は、赤ちゃんの脳の中で音楽がどのように聞き取られているかなどの研究が多くなることが予想され、研究最前線から目が離せない状況になってくるでしょう。

  • ※1 Oller, D. K. (1980). The emergence of the sounds speech in infancy. Child Phonology. 1, Academic Press.
  • ※2 Jusczyk, P. W., Houston, D. M., & Newsome, M. (1999). The beginnings of word segmentation in English-learning infants. Cognitive Psychology, 39, 159-–207.
  • ※3 梶川祥世・正高信男 (2000). 乳児における歌に含まれた語彙パターンの短期保持. 認知科学, 7, 131-138.
  • ※4 坂井康子・岡林典子・山根直人・志村洋子 (2013). 乳幼児の音声のリズムと抑揚. 甲南女子大学研究紀要, 49, 41-48.
  • ※5 志村洋子・市島民子・山内逸郎 (1991). 一歳児の歌唱様発声. 電子情報通信学会, SP90-111, 63-70.
  • ※6 Mang, E. (2006). The effects of age, gender and language on children’s singing competency. British Journal of Music Education, 23, 161-174.
  • ※7 山根直人・佐藤裕・志村洋子・馬塚れい子 (2013). 乳児の歌唱聴取における脳反応とその発達. 日本赤ちゃん学会第13回学術集会抄録集, 45.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
志村 洋子(しむら ようこ)
日本女子大学大学院・東洋英和女学院大学大学院 非常勤講師

<専門>幼児音楽教育、声楽
<著書・論文>
  • 『乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究』、風間書房、2005
  • 「乳児保育の環境構成」、『乳児保育の基本』(共著)、フレーベル館、231~262ページ、2007
  • 「赤ちゃんと住まい」、『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(共著)、世界思想社、217~236ページ、2012
<著書・論文>
  • 『乳児の音声における非言語情報に関する実験的研究』、風間書房、2005
  • 「乳児保育の環境構成」、『乳児保育の基本』(共著)、フレーベル館、231~262ページ、2007
  • 「赤ちゃんと住まい」、『赤ちゃん学を学ぶ人のために』(共著)、世界思想社、217~236ページ、2012
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