第1回は、音楽におけるさまざまな即興表現の事象を、内容・様式別にカテゴライズし、即興演奏の全貌を明らかにしました(図1)。今回は、それらを即興行為として、時間的余裕の多少と制約要素の多少との2つの観点から考察したいと思います。
即興伴奏 | コードネーム等による伴奏、通奏低音 |
編曲的即興演奏 | スコアリーディング、装飾・変奏、パラフレーズ |
設定素材に基づく創作的即興演奏 | モチーフ即興、音列即興、様式・形式即興、音素材即興 |
制約の全く無い創作的即興演奏 | イメージ即興 |
作品に設定されている即興の部分 | 古典協奏曲のカデンツァ、現代の音楽作品の中の即興部分 |
まず時間的余裕。即興演奏といっても、全く準備無しにいきなり行う場合と、予見や練習する時間がある場合とがあります。たとえばピアノ協奏曲の演奏会は何か月も前から決まっているはずなので、そのカデンツァ部分は即興とはいえ、十分な練習時間があります。つまり時間的余裕が非常に多いケースです。一方、モチーフ即興の場合は、予見時間が与えられる場合もありますが、それでも数分。舞台上で行う場合などはほとんどありません。モチーフからテーマをどう作出するかくらいのことを瞬時に考えなければなりません。つまり時間的余裕が少ないといえます。
次に制約要素、あらかじめ決められている事項の多少です。自由度ともいえるでしょう。たとえば、ジャズのスタンダードである「枯葉」をトリオで演奏するとします。一般的なSwingでドラムとベースにあわせてアドリブする場合、和声進行・テンポ・リズムが決められている中で即興演奏(装飾・変奏)することになりますから、制約が多いといえましょう。一方、音列即興の場合、決められているものは冒頭の数個の音のみ。調すら決まっていません。これをどのように使おうと自由であることから、制約は少ない方でしょう。
では前回分類した即興演奏の事象(図1)を、時間的余裕の多少を横軸、制約量の多少を縦軸にした座標に配置してみましょう(図2)。
もちろん、これと異なるケース、たとえば協奏曲のカデンツァを事前に練習せずあえてぶっつけ本番で披露するという場合も考えられます(時間的余裕が無い)。しかし、ごく一般的な即興行為を想定すると、このような配置になると思われます。今自分が行っている(あるいは鑑賞している)即興演奏が、この座標のどの位置にあるのかを確認することは、即興表現を考える際の重要な要素のひとつといえましょう。
さて、この図をもとに即興表現を考察しましょう。
落語の「三題噺(ばなし)」をご存じでしょうか。噺(はなし)家がその場で客席から出された3つのキーワード(たとえば、でっち・桜・吉原)を基に瞬時に即興で演じ、楽しませることです。
考える時間的余裕が無いので、その噺家のよく使うパターンや古典落語の引用などをベースに、3つのキーワードを織り込んで進んでいきます。演じる方も見る方もスリル満点で、予期しない方向へ話が進んだり、それを強引に戻すところ(音楽でいうとレスタティーヴォのような接続句)で逆に笑いをとったりと、その辺が醍醐味(だいごみ)といえます。
モチーフ即興や音列即興においても、パターンをマスターすることはとても大切ですが、本番でそこから外れそうになった際にどう対処して流れを作るかに、実はその人の持つ真の即興力が見えるのです。
いわば緊急時の対応力。この能力が備わってくると、1つのパターンが自由自在に応用されるようになり、その経験が新たな多くのパターンとなって蓄積されていきます。
週末ヨーロッパの教会では、若手オルガニストのミニリサイタルのようなものがよく開かれます(ふらっと入ることができ、無料のことが多い)。
時々そのアンコールにおいて、よく知られた賛美歌やグレゴリオ聖歌などをもとにした即興演奏に接することができます。
最初のテーマの部分は厳かな、あるいは原典にそった素朴な表現であるのが、変奏に入ると現代音楽のような斬新な音遣いに変化して驚かされることがあります。このケースは、演奏会の日まで十分考える時間的余裕があるので、何度も試しながら練り上げたに違いありません。
その奏者の独自の発想が楽しめてとても面白いですが、その反面「作曲(編曲)作品」との境界が曖昧になり、即興性は感じにくくなります。
「即興演奏というと、まずどのようなものを想起しますか?」と尋ねると「何も無いところから即座に演奏すること。」との答えが返ってくることが多いです。もちろんジャズ好きの人は「アドリブ」、音大生は「モチーフ即興」との答えが多いでしょうが、一般の方々にとってはそうではないようです。
キース・ジャレットの一連のソロコンサート(ケルン・コンサートなど)はその最右翼の例ですが、その他にもたとえばB-A-H-Cの音列即興のように、音列自体にこだわりつつも、いかに自分の世界を表出するかということに最大のポイントがあります。どちらかというと即興演奏を通しての自己スタイルの提示という面が強く感じられます。
たとえば童謡のようによく知られた曲を使っての即興演奏は、いわゆる編曲演奏であり目新しく感じられないかもしれません。しかし、その題材(テーマなど)が有名な旋律であればある程、その時々で、あるいは奏者による変化の様子がよくわかり、聴く人にとって実に楽しいものです。
たとえば、モチーフ即興の課題として提示されたものが童謡「ぞうさん」であるとしましょう。聴衆はそのモチーフを耳で簡単に追うことができ、どのように展開されているかなどが手に取るようによく分かります。決まりきっている題材、つまり制約が多いからこそ、その中での変化や工夫の様子が鮮明になるのです。
ここに「ぞうさん」を使った私の実践例を紹介しましょう。ソナタ形式による即興演奏です。第1テーマに「ぞうさん、ぞうさん、…」のモチーフを、第2テーマに「ぞうさん」後半の旋律「そうよ、母さんも…」を使って演奏してみました(モチーフ即興+様式即興)。
以上のように大きく4つの視点から考察しましたが、ことはそう簡単に割り切れません。
たとえば、時間的余裕が多い場合、即興と作曲の境界が曖昧になり即興性は薄まると上述しました。しかし、作曲された作品を演奏するのと、練りに練った即興演奏をするのとは根本的に違います。即興演奏の場合、どんなに計画を立てていても、演奏途中のある瞬間に、自分の発した音楽的表現に触発されて予期せぬものが出てくる場合が多々あります。
この感覚は即興を経験した人でないと分からないかもしれませんが、私はこれが即興の醍醐味(だいごみ)であると思っています。また、聴衆もこのような点により強い「ライブ感」を感じるのだろうと思います。
次回は、鍵盤楽器を中心にした学習者・指導者にとって、応用演奏力を高めるための即興演奏のいろいろな実践例を挙げながら、その効果などを考えてみたいと思います。