合奏では、タイミングを合わせること(前回お話しました)に加え、演奏の方向性やプランも、全員で共有しなければなりません。ある曲をどう演奏するのがよいと思うかは、ひとによって違う場合があります。従って、合奏を仕上げるまでに互いに相談するなど、それぞれの考えをすり合わせる必要が出てきます。また、アンサンブルは、会社やグループ活動と同じような、目的を持った人間集団でもあります。このように、ひとが集まって物事を決めて実行するときには、当然、人間関係上の問題も起こりえます。
合奏では、タイミングを合わせること(前回お話しました)に加え、演奏の方向性やプランも、全員で共有しなければなりません。ある曲をどう演奏するのがよいと思うかは、ひとによって違う場合があります。従って、合奏を仕上げるまでに互いに相談するなど、それぞれの考えをすり合わせる必要が出てきます。また、アンサンブルは、会社やグループ活動と同じような、目的を持った人間集団でもあります。このように、ひとが集まって物事を決めて実行するときには、当然、人間関係上の問題も起こりえます。
では、成功しているアンサンブルは、人間関係上の問題にどう対処しているのでしょうか? メンバーどうしは仲良くやっているのでしょうか? メンバーどうしの対立が起きたときは、どうしているのでしょうか? リーダーの役割はどのようなものでしょうか? 今回は、これらのトピックに注目し、アンサンブル内の人間関係が、合奏にどのように影響しているのかをみていきます。
演奏家にとって、ほかのメンバーと良好な関係をむすべるかどうかが、合奏での成功のカギになることを、多くの研究が示しています。たとえば、ロンドンの有名オーケストラ(楽団名は伏せられています)のメンバーに、「オーケストラでやっていくためには、どんなスキルが必要か」を尋ねた研究があります※1。その最も多かった答えは、「人付き合いのスキル」でした。ちなみに、「卓越したテクニック」は4番目に多い答えで、メンバーとして持っておくべき基本的な能力とみなされていました。また、われわれは、音楽専攻生のコミュニケーション能力と、彼らの合奏での評価の関係を調べました※2。そこでも、人付き合いがうまく、お互いが満足できるようなかたち(win-win)で問題解決できる能力があれば、効果的な練習ができ、合奏の評価が高くなることが示されました。さらに、演奏者の性格が、協力的・友好的・外向的であることと、その演奏者の合奏の評価に関連があることも示されました※3。
合奏は集団行動ですので、それぞれのメンバーが、自分の役割を果たしてアンサンブルに貢献することも重要です。アマデウス弦楽四重奏団の第二バイオリン奏者ジークムント・ニッセルは、メンバーの役割を、“ワイン”にたとえました。「みんなの注目を集める第一バイオリンはラベル、下から支えるチェロはボトル、第二バイオリンとビオラは中身」と※4。この言葉は、それぞれのパートに、チームを成り立たせるための大事な役目がある、ということを的確にあらわしています。先ほどあげた、ロンドンのオーケストラの調査でも、「チームワークや自分の役割の理解」が、オーケストラでやっていくためのスキルとして2番目に多い回答でした。また、イギリスのプロの弦楽四重奏を対象とした調査でも、成功している楽団(商業的、社会的に)は、メンバーどうしの役割の理解と、お互いへの尊敬を重視していたと報告されています※5。
以上に紹介した研究が示すように、メンバーどうしがよい人間関係を保ち、集団での自分の役割をきちんと果たすことが、アンサンブルにはとても重要なのです。
メンバーどうしのよい関係は、合奏の成功につながります。しかし、メンバー全員の意見が何から何まで合うことは、めずらしいのではないでしょうか。時には対立も起こるかもしれません。これまでの研究では、「曲をどのように演奏するか」ということが、対立の原因になることが知られています※6。また、アンサンブルのメンバーは、いくら「音楽家」という共通の特徴があっても、年齢や性別、さらには性格や価値観などが異なる人々の集まりでもあります。従って、多かれ少なかれ、意見が合わないときもあるでしょう。
では、このようなメンバーどうしの対立には、どう対処すればよいのでしょうか? 先にあげたイギリスのプロの弦楽四重奏団の調査では、意見の違いがあったときに、成功している楽団とそうでない楽団では、別の対処をしていたことが報告されています※5。成功している楽団でのテクニックは、どのようなものでしょうか? まず、互いの違いをみとめ、妥協することの必要性をわかっていることがあげられました。また、話し合いの冷却期間をおくことも試みられていました。これは、やっかいな議論にはまりこんだら、いったん保留して別の機会にもう一度話し合うというテクニックです。ほかには、議論をするよりも、まず演奏してみるということも行われていました。さらに、もし演奏の仕方について意見が分かれたなら、まず片方のやり方でコンサートを行い、もう一方のやり方で次のコンサートを行う、という方法もとられていました。また、第一バイオリンにリーダーシップを与えて、それに合わせることも行われていました(リーダーシップについては、後ほどお話します)。これらの報告から、たとえみんなの意見が合わなくても、成功している楽団では、うまく工夫して対処していることがうかがえます。
また、対立には、悪い面しかないわけでもありません。むしろ、話し合いのよい機会でもあるからです。先にあげたイギリスのプロの弦楽四重奏の研究では、成功している楽団は、妥協の重要性はみとめながらも、安易な妥協はよい結果につながらないとし、対立は緊張を保つよいこととしてとらえていました。ただし、つつくと修羅場になる点をはっきりとわかっており、言っていいことと悪いことの区別をきちんとつけていました。逆に、成功していない楽団は、対立を避け、たびたび妥協していました。また、ある成功していない楽団では、メンバーが、いつもほかのメンバーと対立していました。そこでは、言いたいことを言い、多くの練習時間を議論に割き、対立を解消せず、怒りを家まで持ち帰っていました。結果として、彼らは、解散してしまったようです。
これらの研究は、アンサンブルでの対立は起こるものだと思ったうえで、対立をどうとらえ、どう対処するかが重要だということを示しています。
合奏では、オーケストラにおける指揮者や、弦楽四重奏団における第一バイオリンなど、リーダーがいる場合が多くあります。これまでの研究では、リーダーシップがうまく機能しているかも、アンサンブルの成功にとって重要であることが示されています。
まず、指揮者のリーダーシップについては、いろいろなタイプのリーダー像が観察されています(たとえば、カラヤンとムーティの異なるリーダーシップが動画で紹介されています※7)。ドイツのオーケストラを対象にした調査では、指導的で力強く、自信に満ちた、カリスマ性のあるリーダーシップを持つ指揮者は、オーケストラの芸術性にポジティブな影響を与えることが報告されています※8。また、近年注目されている「変革型」のリーダーシップも、演奏の質に影響を与えることが観察されています※9。この研究でいう変革型のリーダーシップの特徴は、(1)カリスマ性がある:ビジョンや使命感を与え、プライドを植えつけるような、(2)モチベーションを高める:方向性や意味を指し示すことにより、熱中させる、(3)知的な刺激を与える:古い考えを見直し、新しいものをもたらす、といったものです。ただし、指揮者の変革型のリーダーシップがうまくいくには、オーケストラのメンバーどうしに協力的な雰囲気があることも必要だと示されています。また、指揮者とメンバーのよい関係は、すぐに生まれるわけではないことも報告されています。その研究では、指揮者と演奏者は、互いに試行錯誤をくり返しながら信頼を築き、最終的には、責任を共有し、上下関係の壁の低い、変革型のリーダーとフォロワーの関係になると述べられていました※10。このように、指揮者ははっきりとしたリーダーシップを発揮しているものの、演奏者との人間関係についても、かなり気をつけなければならないようです。
一方、指揮者のいない小アンサンブルの研究では、民主的なリーダーシップが効果的であることが、報告されています。先にあげたイギリスのプロの弦楽四重奏の調査では、成功している楽団の特徴として、リーダー(第一バイオリンの場合が多い)が民主的であることの重要性が示されています※5。リーダーシップと、民主的であることの両立は、なかなかむずかしいかもしれません。この調査では、その両立の例として、ある成功している楽団のリーダーが、「自分がその楽団のかたちを作っており、自分の演奏したいように演奏するが、メンバーみんなも満足していなければならない」とのべていました。また、ある第二バイオリンは、第一バイオリンのことを、「支配的で、とにかく外交的で、注目されるのが好き―それは第一バイオリンとしてはとてもよいこと―」といい、「われわれ(その楽団)は決断するときにはとても平等だ」とのべています。反対に、うまくいっていない楽団の第一バイオリンのなかには、リーダーシップのとり方が不十分、リーダーがやりたいようにふるまっている、自身のグループがとても民主的だというわりに、本当はそうでない、といった特徴がありました。
とはいえ、合奏にはリーダーが欠かせない、というわけではありません。イギリスの管楽五重奏団のメンバーに対する調査では、63パーセントの回答者が、明確なリーダーがいないと答えています※11。そのような場合、演奏家どうしがアンサンブルについて平等に責任をもつようです。この調査で、あるホルン奏者は、「すべてのメンバーが異なる方面で強みをもっているからこそ、決断において民主的であり、互いの強みを尊敬している」とのべています。つまり、リーダーの有無にかかわらず、適切なコミュニケーションや人間関係が築けていれば、よい合奏につながるということでしょう。
今回は、メンバーどうしの人間関係が、合奏に大きく影響することを示した研究を紹介してきました。これらの研究成果は、合奏のみならず、ほかの集団活動にも応用できる、豊かなヒントを示しているのではないでしょうか。ひとつ注意すべきは、これらの研究は主に欧米で行われたものであり、日本人のやり方とは少し違う部分もあるかもしれないという点です。ただ、日本人を対象としたわれわれの研究でも、欧米の研究と似たような結果が出ていますので、文化によって全く違うというわけでもなさそうです。今後も、さらなる研究が必要でしょう。
次回からの2回は、演奏家と観客がどのようにコミュニケーションしているかについてお話します。次回は、演奏家の思いは観客に届いているのか、観客が演奏で感じる感情はどのようにもたらされるのか、といったトピックについて考えていきます。