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研究・レポート
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学 名誉教授
※記事掲載時点の情報です

音楽家の食事

初回に身体活動でのエネルギー消費を支える栄養素と、その後の2回で演奏時のエネルギー消費量について解説しました。それらを踏まえて今回は、その栄養・水分補給を適切にするための食事や飲料について少しお話をします。

身体面および精神面でベストなパフォーマンスを得るための食事や飲み物について、さらには栄養サプリメントにいたるまで最も関心を示しているのはスポーツ選手とその指導者かも知れません。スポーツ栄養学関連の書籍が昨今数多く出版されていることからも、その波が一般のスポーツ愛好者のレベルまで浸透してきていることが分かります。一方、音楽の世界では、どうかといえば、そこまで考えている指導者や演奏家は数少ないようですし、関連書籍も私の知る限りでは見当たりません。でも私たちの身体の内臓、骨、筋肉、神経、そして脳にいたるまで、すべての組織の維持と機能が毎回の食事や飲料からの栄養によって保たれていることを考えれば、日々の音楽活動をベストな身体・精神状態で行えるように食生活にまで気を配るのは決して無駄なことではありません。

毎回の食事の基本栄養素の適切なバランスとは

われわれの身体機能をある程度正常で優れた状態で維持するには、まず、毎回の食事の基本栄養素(炭水化物・タンパク質・脂質)の適切なバランスについて知る必要があります。栄養学、運動生理学、医学研究の多くが炭水化物60%、タンパク質15~20%、脂質20~25%の比率を勧めています。身体の活動機能を保つためには糖質が最も重要ですので比率も高く、それをサポートする脂質が次いで多くなり、身体の組織を保全するためのタンパク質は比較的少な目で十分、ということのようです。日本人には大変都合が良いことに、伝統的な日本型の食事である「米や小麦などの穀類を主食とし、主菜として魚介類や豆類、複数の副菜として野菜・海草・小魚などの煮付け、汁物としてのみそ汁を組み合わせ」の和食は、タンパク質が多少少ない比率(10~15%)ですが、ほぼ理想に近い栄養素バランス食になっているようです(写真)。和食が欧米でもブームとなっている背景には、このバランスの良さが健康、長寿に寄与することについて理解されてきたことによるものと思われます。一方、洋食や中華食が悪いということでは決してありません。肉類のもつ高タンパク・高ミネラルは筋肉や骨格組織を形成する上で重要ですので、特に成長期の小児や若者では栄養源として重要です。また、最近では高齢者の筋力低下問題(加齢性筋萎縮症:サルコペニア)の解決には、肉類の摂取による高タンパク食の摂取も勧められています。

ゴマ油などで多種の野菜と肉類を使う中華の炒め物や、オリーブオイルとトマトやパスタ、チーズなどの乳製品を頻繁に使うイタリアンは、極めて効率良くミネラルやビタミンの摂取を可能にしてくれる主食・副菜です。ですから、私たちが手軽にお手本にできる和食をベースとしながら、そこに肉類・炒め物・パスタ類・乳製品などをうまく組み入れ、なるべく多種の総菜を摂取する食事を毎食で摂(と)るように努めてください。

一般的な和食の例

摂取カロリー量について

次に摂取カロリー量です。たとえば、標準体格(168cm, 62 kg)の20歳代の男性では生命維持に必要なエネルギー量(安静時代謝量)が男性では大体1500kcal、女性(154cm, 52kg)では1200kcal前後となります。この値をベースとして日常での身体・精神活動を支えるエネルギー量(男性:約1100kcal・女性:約900kcal)を加え、さらに長時間の激しい音楽活動が日常の身体活動よりも上回っている場合には約300kcalを加算して計算すると男性で2800kcal、女性では2400kcal程度となります。ただし、第2回と3回のお話の中で示したように演奏活動自体による代謝量はそれほど大きい訳ではありませんので、通常の音楽練習程度では演奏活動の加算分は不要となり標準体格の男性で2600kcal、女性では2100kcal程度で十分かも知れません。消費カロリーは、演奏活動以外の運動量(身体活動量が多い場合は10%増)や体重(男性:24kcal/kg・女性:22kcal/kg)などで異なりますので、それを換算して推定する必要があります。最近では、簡易な摂取カロリー計算に関する情報がネット上で数多く見られますので、一度自分にとって必要なカロリー量を試算してみてください。

この個人の必要カロリーを知ることは、それに見合った食事を検討する上で重要です。一般的な食事からのエネルギーは、和朝食(白米茶わん1杯・みそ汁・卵焼き・焼き魚・野菜サラダ)または洋食(バターつきトースト2枚・ゆで卵・ハム・野菜サラダ・コーヒー)で約500~600kcalです。また、お昼の定食(焼き魚定食やハンバーグ定食など)は600kcal~900kcalで、夕食も通常は昼食とほぼ同等か、それより少し多めの値ですが、女性では平均的に炭水化物の摂取量が男性よりも少ないので、それぞれの食事のカロリー値の下限程度になるようです。これらの値に間食の菓子パンやプリン(各200kcal)、またはケーキやドーナッツ、クッキー3枚(各300kcal)を加えると、大体男女それぞれ適量のカロリー摂取になります。このように消費と摂取のカロリー値がほぼ一致している場合には、ほぼ一定の体重が保たれることになります。

一方、一食でも欠けると逆にカロリー不足になり、通常は体重減に傾きます。このカロリー不足による空腹感を私たちはよく炭水化物と脂質分を多く含む間食で補うという策を取るのですが、そうすると摂取栄養素に占めるタンパク質比が小さくなってしまいます。このような状況を長期にわたって続けると身体の組織を健全に保持するためのアミノ酸不足に陥ることになると同時に、運動のエネルギー産生にも影響を及ぼすことになります。逆に、肉類を主体とした洋食に偏る食生活では過剰のタンパク質や脂質の分解や代謝に大きなエネルギーを使うことになり、運動のためのエネルギー活用効率が悪くなります。特にタンパク質の代謝副産物であるアンモニアの分解・排出にかかわる肝臓と腎臓には過大な負荷をかけることになります。また、動物性食品の過剰摂取は血液を酸性に傾けることもよく知られます。それを中和するために血中カルシウム濃度が上昇し、それに伴い筋や骨格へのカルシウム不足、それにより筋のけいれん、骨折、関節痛などを引き起こす原因となります。

三大栄養素に加えてビタミンとミネラルを十分に摂取することも身体の機能を正常に保つためには重要です。たとえば、ビタミンB1は糖質のエネルギー変換時に必要となりますし、B6はタンパク質の再合成において必要となります。ビタミンA,C,Eなどは身体の細胞の活性化、老化防止、ストレス性ホルモンの増加防止などに役立っています。ミネラルは、鉄・ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム・亜鉛・マンガン・ヨウ素などですが、いずれもが身体の機能維持に極めて重要な役割を果たしています。運動面ではカリウム・ナトリウム・鉄・マグネシウム・カルシウムなどが欠乏すると機能減退(疲労・けいれんなど)を招きますし、長期に欠乏すると骨密度の低下・骨折・爪割れなどのより深刻な問題を引き起こします。これらのミネラルは同時に脳の神経細胞の活動でも重要で、それらの欠乏により音楽演奏では極めて大切な集中力や記憶力の低下、さらには憂鬱(ゆううつ)・精神不安定などの精神面での問題を引き起こします。諸種のビタミンは野菜・果実・穀物・ナッツ・きのこ類・魚介類・肉類・植物油などから摂取できますし、ミネラルも海草・乳製品・魚介類・肉類・植物種(特にゴマ)・玄米などに多く含まれていますので、それらを満遍なく、さらに積極的に食事のメニューに加える気遣いが必要です。

音楽演奏に適切な食生活とは

音楽演奏はスポーツとは異なり高齢期まで現役で楽しむことができる精神・身体活動です。日々安定した精神・身体状態で、さらに長年にわたって楽しむためには、食事を通しての身体の保全と調節は必要不可欠です。以下のチェックリストでご自分の食生活の適切さを確認してみてはいかがでしょうか。

  1.  毎朝・昼・夜の3食をきちんと摂(と)り、間食は控えめにしていますか。
  1. カロリー面と栄養素のバランスを考えた食事を摂(と)っていますか。また、ビタミンやミネラルが十分に確保できる食事内容になっていますか。
  1. 日々の体重を計測・記録していますか。

体重は摂取カロリーの適切さを判断する最良のバロメータです。また、食事の内容の良しあしを判断するのは、日々の体調です。できれば精神・肉体(筋・骨格・神経)的な疲労感や倦怠(けんたい)感、活動意欲、肌や爪、睡眠時間などの健康状態を日記に記録し、食事の内容と照らし合わせて各自にとって最良の食事内容を検討することも重要です。

  1. 外食を控え、自宅での食事を多くしていますか。

外食では塩分、糖分さらには油分が多く、野菜類も不足する食事内容が一般的です。とはいえ、職場や学校では昼食を外食で済ますことが多いのも現実です。そのような場合は、少なくとも朝と晩の食事は自宅でバランスの良い食事を摂(と)るよう努めてください。

  1. 食事時間を十分に確保していますか。

早食いは急な血糖値の上昇と過食の最大の原因です。少なくとも毎回の食事には30分以上(できれば1時間)を費やして、ゆっくりとしたペースで食物をよくかみ、仲間や家族と楽しい食卓を囲むようにしてください。

  1. 水分補給に気を使っていますか。

水分については、あまり触れませんでしたが、近年熱中症などの問題がクローズアップされるようになり、その重要性が認識されるようになりました。われわれの身体から日々、尿・汗・便などで排出される水分量は2.5リットル前後です。食事に含まれる水分や体内で産生される代謝水から1~1.5リットル程度確保されますので、飲み物として摂取する必要がある水分量は1~1.5リットル程度になります。つまりコーヒーやお茶を含む飲料水物として必要となるのがコップ1杯(200ミリリットル)を5~7回程度で補給する、ということが必要です。また、夏場の暑い環境で長時間にわたる練習やコンサートでは発汗分に応じて0.5~1リットル程度の余分な補給も必要となります。練習中でもコンサートでもペットボトルを横におき、できるだけ小まめな水分補給を忘れないようにしてください。

  1. 夕食は就寝前3時間までに終えていますか。

就寝時に胃の中に食物が多く残っている場合には、消化不良や胃もたれ、また、胃の活動を促進するために内臓の血流が増加し安眠を妨げる原因となります。公演や夜のリハーサル、練習などで夕食が遅くなってしまう場合には、できるだけ消化が良く、低エネルギーの食事を控えめな量で摂(と)ることを勧めます。

これらのチェックで2つ以上に「いいえ」または「?」の回答がある場合には食生活の改善をお勧めします。

著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学 名誉教授  ※記事掲載時点の情報です
専門:運動制御学、運動生理学、脳科学
著書・論文
  • Chin force in violin playing. Eur J Appl Physiol. 112: 2085-95, 2012.
  • Control of multi-join arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists., BMC neuroscience, 11:82, 2010.
  • Functional brain areas associated with manipulation of a prehensicle tool: A PET study, Hum Brain Map 30; 2879-2889, 2009.
著書・論文
  • Chin force in violin playing. Eur J Appl Physiol. 112: 2085-95, 2012.
  • Control of multi-join arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists., BMC neuroscience, 11:82, 2010.
  • Functional brain areas associated with manipulation of a prehensicle tool: A PET study, Hum Brain Map 30; 2879-2889, 2009.
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