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研究・レポート
連載
音楽家の運動生理学
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学 名誉教授
※記事掲載時点の情報です

音楽演奏のエネルギー消費(1)

音楽演奏時のエネルギー消費について具体的に考えてみましょう。エネルギー量は、一般的には、カロリー(cal)または、その1000倍のキロカロリー(kcal)を単位として示しますが、別の単位としてジュール(1joul=4.184kcal)も用いられます。
運動時や安静時中エネルギー消費量を推定する方法は、測定対象者の口と鼻からの呼気ガスを流量計と自動ガス分析器を介して酸素と二酸化炭素の容量と濃度を測定し、それらから酸素摂取量と二酸化炭素産出量を計算します。エネルギー消費量(kcal)の概算値は、酸素摂取量の3.9倍と二酸化炭素産出量の1.1倍を加算した値で求めることができます。

ピアニストの演奏消費エネルギーは?

ピアノ実験風景

写真は、われわれが行ったピアニストの演奏中のエネルギー消費に関する実験風景です※3
奏者には呼気ガス用マスクを装着してもらい、同時に心拍数を計測するために心電図を、さらに上肢の打鍵動作を分析するためにポジションセンサーを着けてもらっています。
演奏は、両手での4オクターブの上行・下行の連続スケールをメトロノームの5段階テンポ(bpm=240・320・400・480・552)と3段階の音の強さ(p・mf・f)の組み合わせ(計15条件)を11名のピアニストに各条件で4分間の演奏を実施してもらいました。

図1.ピアノ演奏中の心拍数とエネルギー消費量(11名の平均値)

図1に演奏時の心拍数をプロットしました。演奏前の安静時には毎分71拍で、弱音でゆっくりしたテンポでの演奏中は78拍、また速いテンポでは95拍に、強音でのゆっくりテンポでは毎分80拍で、速いテンポでは105拍です。552bpmというほぼ最速に近いテンポでの両腕によるスケールを4分間続けるのは、感覚的にはある程度きついという参加者の意見でしたが、測定された心拍数からは、このようなテンポでも心肺機能への負荷は比較的軽い、というになります。
これは運動がほとんど前腕と手に限られていますので、活動する筋肉も脚や体幹などに比べると少なく、必要となる血液循環も少なくて済むからです。
次に消費エネルギーについて見てみましょう(図1)。その値は身体の大きさに比例することが分かっていますので、通常毎分や毎時のエネルギー量を奏者の体重で割った値(kcal/min/kg)を計算して評価します。
演奏前に椅子に座って安静にしているときの毎分の消費エネルギーは、0.022kcal/min/kgでした(図1の■)。一方、弱音(p)でゆっくりしたテンポでの演奏では、0.032(kcal/min/kg)、速いテンポでは0.041でした。強音(f)でのゆっくりテンポでは0034で、速いテンポでは0.049まで上がっています。これらすべての条件での平均エネルギー量は、0.038kcal/min/kgでした。
海外の研究※2で示されている1名のピアニストによる演奏時のエネルギー消費量でも0.04kcal/min/kgとなっていますので、通常の家でのピアノ演奏(練習)では、0.038〜0.04kcal/min/kgの値がピアノ演奏時の運動によって燃焼されるエネルギーである思われます。一方、演奏会などでは、観客を前にして緊張状態になりますので、精神活動に伴う脳機能や内臓機能の亢進(こうしん)と多少の緊張性の筋活動も加わる可能性がありますので、消費エネルギー量も多少増大するかもしれません。

ピアノ演奏時のエネルギー量は、日常の活動とどれほど違うのでしょうか?表1に示した一般的な運動時のエネルギー消費量(例)と比べてみましょう。それによるとピアノ演奏は、自動車で走り回るよりはきつく、家で家事(料理や掃除)をしているときの値に類似しています。一方、歩行や自転車乗りでの値に比べると明らかに少ないことも分かります。
では長時間のピアノ練習では、どれくらいのエネルギー消費になるのでしょうか?たとえば、45kgの女性ピアニストが一生懸命2時間平均的なエネルギー量の0.038kcal/min/kgで練習すると、0.038×120×45ということになりますから205kcalとなります。この値には単純に椅子に座って安静にしているときに必要なエネルギーの119kcal(0.022×120分×45kg)が入っていますので、その差であるピアノ演奏自体のエネルギー消費は86kcalになります。
炭水化物でこの不足分を補おうとすると前回のお話で示したようにご飯の量にしてお茶わん半分程度です。2時間の連続演奏で腕や脳が疲れたと感じる割には、それに使われる総エネルギー量の205kcalは意外に少ないように感じるかもしれませんが、実は、これはゆっくりとしたジョギングを約45分間したときのエネルギー量に相当します。ですから、練習の後で空腹を感じても不思議ではありません。
ただし、ジョギングでは下肢の大きな筋肉や心肺機能にも多大に負荷が掛かりますので、肉体的な疲労・苦痛度は、ピアノ演奏よりも大きくなると言えます。音大受験やリサイタルに備えて毎日6時間以上も練習するという女性では、この時間内で513〜616kcal、65kgの男子の奏者では741〜889kcalの消費となります。そうなると決して少ない運動量ではありません。十分なエネルギー補強が必要になります。

次回は、その他の楽器や歌唱でのエネルギー消費と音楽家の栄養補給について少し解説をしたいと思います。

表1.一般的な作業時の消費エネルギー量※1・2

作業内容(日常)kcal/min/kg
座位安静0.018~0.024
立位安静0.025~0.027
座位書字0.028~0.03
自動車運転0.026~0.032
料理(立位)0.025~0.04
家の掃除0.04~0.05
作業内容(移動やスポーツ)kcal/min/kg
歩行(速度:ゆっくり~速い)0.045~0.088
自転車乗り0.065~0.08
エアロビックダンス0.11~0.135
水泳0.13~0.16
ジョギング0.095~0.135
バスケットボール0.135~0.16
  • ※1 Ainsworth BE, Haskell WL, Leon AS, Jacobs DR, et al., Compendium of physical activities: an update of activity codes and MET intensities, Med Sci Sports Exerc, 32(9): 498-516, 2000.
  • ※2 Passmore R, Durnin JVGA, Human energy expenditure. Physiol Rev. 55: 801-840, 1955.
  • ※3 Nakahara H., Furuya S, Obata S, Kinoshita H., Cardiorespiratory responses and energy expenditure during piano playing, Int. Symp. Perform Sci, 2013. (in press).
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
木下 博(きのした ひろし)
大阪大学大学院 医学系研究科 教授/予防環境医学系 運動制御学教室 専門:運動制御学、運動生理学、脳科学
著書・論文
  • Chin force in violin playing. Eur J Appl Physiol. 112: 2085-95, 2012.
  • Control of multi-join arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists., BMC neuroscience, 11:82, 2010.
  • Functional brain areas associated with manipulation of a prehensicle tool: A PET study, Hum Brain Map 30; 2879-2889, 2009.
著書・論文

  • Chin force in violin playing. Eur J Appl Physiol. 112: 2085-95, 2012.

  • Control of multi-join arm movements for the manipulation of touch in keystroke by expert pianists., BMC neuroscience, 11:82, 2010.

  • Functional brain areas associated with manipulation of a prehensicle tool: A PET study, Hum Brain Map 30; 2879-2889, 2009.

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