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研究・レポート
森尻 有貴(もりじり ゆき)
ロンドン大学教育研究所
※記事掲載時点の情報です

音楽と人と研究と—音楽研究に魅せられて—

日常会話の中で、仕事の話をするとき「音楽の研究をしている」と言うとびっくりされ、「音楽って…何をどうやって研究するのですか?」と尋ねられることがよくあります。“研究”と言うと、一般的には科学的な分野に強いイメージがあり、脳科学、薬学、生物学などの方が直結しやすいのかもしれません…

私は現在、ロンドンにある教育研究機関で、音楽教育について研究をしています。研究室では音楽と教育に関するたくさんのプロジェクトが行われていて、分野や研究方法も多岐に亘り、研究対象も小さな子どもから高齢者までさまざまです。それぞれの研究を共有する機会も多く、学会発表や出版にも意欲的なので刺激的です。普段は、皆それぞれミーティングや実験、フィールドワークなどに忙しく、それに加えて国際学会などで不在なこともあるので、スカイプやEメールなどでミーティングを行うこともあります。
日本でもそうですが、研究者というのは多忙な生活を送っていて、時間の確保が難しいのです。逆に、リラックスしている場面もあって、天気がよければ公園でミーティングをする場合もあります。ティータイムを大事にするのもイギリスならではでしょうか…

演奏から研究へ

今でこそ音楽教育の研究を行っていますが、私自身、始めは音楽を演奏することに興味があり、演奏の勉強に時間を割いていました。多くの演奏家が思うように、なぜこの部分が弾けないのだろう、どうしたらもっと魅力的な演奏ができるのだろう、ということを日々模索していました。当時は演奏をしたり練習をしたりすることで試行錯誤していましたが、やがて、それらの疑問がもっと理論的に、そして合理的に解決でき、どこかに偶然ではない突破口や共通点があるのではないかと考え始めたのです。毎日偶発的に起こる演奏上の変化や練習の成果を感じて、どうやって演奏が上達していくのだろう、とふと思ったわけです。
もともと、物事を分析的に、そして理論的に考える癖があって、そういうことを組み立てて人に話すのも好きでした。ちょうど当時のピアノの先生からも「君はピアニストっていうよりも、もっと違う道もあるんじゃない?その能力がもっと生かせるような…ほら、研究とかさ。」なんて言われて…それから、音楽的な発達や認知の勉強をすることによって、どうやって「人は音楽ができるようになるのか」ということを理解し始めました。

たとえば、熟達した演奏者というのは、「学ぶ」ということを学ぶことに優れているのです。たとえば、練習の際にただ繰り返し練習をするのではなく、どの部分に問題があるのかを見極め、その部分を分割し、さらにさまざまな練習方法(テンポを変える、アクセントを変える、練習部の長さを変えるなど)を行い、最終的にそれらを統合するという能力が高いことが証明されています※1。さらに、頭の中で行った練習を反すうしたり、批判的に演奏を捉えたり、上記のような効果的な演奏方法を構成する能力そのものにも優れているのです※2
演奏練習というのはいくつかのステージに分かれていて、初期段階である、譜読みや運指、その後の強弱やフレーズ感、最終的な解釈や表現の段階があります※3。もちろん、物理的な練習時間というのが基本的には上達に影響しますが、それぞれの段階での練習方法は異なり、同じ時間を割くなら効果的に上達する方法を熟達者は実践しているわけです。

そのようなことを理解したとき、自分自身が演奏に向き合う姿勢が少しではありますが、変わってくるのかな、と思っています。そして何より、私たちが何気ない日常を過ごす中で、感覚的に感じていたどこか曖昧なものが、研究によって実証されたり、新たな発見が生まれたりすることはとても興味深く、面白いと感じるようになりました。

研究者として

日常のさまざまな疑問点が、研究を行う原動力になりますが、実際にいざ研究しようとする場合、その道のりはとても長いのです…よく「Research Journey」という言葉が使われます。
まず、世界中でその疑問を解決した研究があるのか、もしないとしたら、どの程度まで研究が進んでいるのかを調べなくてはいけません。研究成果が発表された膨大な量の研究誌や書籍を読み、文献研究と呼ばれる研究を行います。研究を始めた当時、この文献研究が私には結構楽しく、いろいろな論文や文献を読んで、そこにある情報を自分の中で統合していく過程が楽しかったのです。
ネットサーフィンという言葉がありますが、一時期、論文サーフィンと題して、様々さまざまな論文を読んでいくことに没頭していました…1つ論文を読むと、そこに引用文献が書いてあるわけですが、それをたどって元の論文を探して読み、さらにその論文に引用されている文献を読んで…とやっていると朝になってしまうわけです。

もちろん、そんなことをいつもしているわけにはいかず、研究のためには、どこまで読めばいいか、どれをじっくり読むべきか見極めて、効率よく進める必要があるわけですが…当時は自分自身の知識も少ないので、それぞれの研究結果を読むのも、理論がつながっていって納得していく過程も、面白かったですね。音楽の論文を読んでいたのに、気がついたら生物学や数学の論文を読んでいた…なんてこともありました。まぁ一種の職業病でしょうか。論文を読むのは基本的なことなので、同僚と新しく発表された論文について話をしたり、面白い論文が見つかれば共有します。

キー・パーソン

私が研究者を目指したきっかけとして、一人の尊敬する恩師の存在があります。彼女は修士課程の指導教官だったのですが、イギリスで学位を取った方だったので、今私がこうしてイギリスで研究をしているのも、どこか通じるものがあります。彼女は私の良き理解者で、私が1つのことに没頭して突き進んでしまったり、物おじせずに思い立ったら即行動する姿も、温かく見守ってくれました。
あるとき、彼女は、「私はあなたに、研究者としての素質があると信じているの」と声をかけてくれたのです。そのときの表情、口調、部屋の雰囲気など、今でも鮮明に覚えています。何気ない一言だったかもしれませんが、背中を押された気持ちで、何だかとても勇気づけられ、今でも研究で大変なことがあると、その言葉を信じて頑張ることができる気がするのです。

その恩師が「研究者は芸術家と同じで、『Esthetic』であることがとても大切」と言っていたのを、いつも思い出します。Esthetic(Aesthetic)とは、日本の美容業界で使われる「エステ」がこの言葉から来ていますが、本来は美的感覚や感性が鋭い状態のことを指します。反意語の一種である『Anesthetic』は麻酔状態の、という意味があり、つまり感覚がまひしている状態を意味するのです。
目の前でどんなに素晴らしいことが起こっていても、それを自分の感覚で気づき、捉えていくことができなければ、発見できるはずのことも見落としてしまう…と。常に自分が演奏をしたり聴いたりして、音楽そのものへの感性を大切にすること、教育活動を行うことで人が紡ぎ出す音楽活動に常に触れることは、研究をする上で常に心がけています。
逆に、オフの日は音楽も聴かず本も読まず、仕事から離れて、何も持たず公園を散歩したり、友人と会ってたあいもない話をしたりします。やはり、いつも同じようなものに向き合っていると感覚もまひして新鮮味もなくなってしまいますから。ロンドンは公園がたくさんあるので、ちょっと散歩をするには最適ですね。

研究を通じて出会う人たち—苦労と感謝—

私は今まで取り組んだほぼすべての研究で、研究協力者と呼ばれる人たちが必要でした。研究のプロジェクトのために演奏をしてくれる人や、質問紙やインタビューに答えてくれる人、音楽の授業やレッスンに参加してくれる人など、その対象はさまざまです。
大人数が必要な場合、「この研究に協力してください」と呼びかけを行いますが、人数が集まらないことも多々あります。でも、協力者の方々の助けがないと研究は成立しないのです。
少し前の研究プロジェクトで、ピアノ科の学生か卒業生を研究対象としたとき、協力を仰ぐのがとても難しかったことがありました。ロンドンを中心としたイギリスの音楽大学や地域の音楽機関に、協力者募集のメールを送ったり、ピアノのイベントで貼り紙をしたり、音楽大学へ直接出向いて呼びかけを行ったりしたのですが、ほとんど集まらず…対象が限られているので難しいのですが、さすがに人脈も当時は限られていたので、先をふさがれた思いでした。
そんなとき、Webサイトで偶然見つけたロンドン在住のピアニストの方に、思い切ってメールを送ってみたのです。今思えばかなり唐突でしたが、当時は必死で…とてもすてきな方で快く協力してくださり、さらに人数が足りないことを知ってほかの方を紹介してくださったのです。そして、その方がまた別の人を…というように人から人へつながり、徐々に協力者が増え、最後には必要な人数がそろったのです。あのときほど、人の優しさとつながりと縁に感謝したことはありませんでした。

研究を通じてお手伝いをさせていただいたHokusai Orchestraの東日本大震災チャリティコンサートの様子

大変なこともたくさんありますが、音楽研究に興味を持ってくださった方々が、その後も研究に参加してくださったり、演奏家の方ならコンサートに招待してくださったりすることはとてもうれしいです。人間関係の輪が、研究を通じて広がり、それがさらにほかのネットワークにつながったりします。
ロンドンは特に音楽活動が盛んなので、研究を通じて知り合った方のコンサートや音楽教育活動にかかわらせていただいたり、という機会も多いです。快く協力してくださる方との関係を大切にして、感謝の気持ちを忘れずにいたいな、といつも思います。

研究は一人ではできません。協力し合うことのできる同僚やリサーチチーム、研究協力者の方々の存在があって初めて成立します。また、音楽研究の発展のために、世界中で私たちと同じように音楽と人に関する疑問に立ち向かっている研究者が、多くの研究成果を発表し合い、共有することによって新たな道が切り開かれていきます。
研究に携わる人たちへの感謝の気持ちを忘れないこと、その人たちがくれる発見を見落とさないように、自分自身が感性豊かでいることは、研究を行う上でとても大切だと感じます。将来、どんなに素晴らしい研究ができるようになっても、そういった気持ちは決して忘れたくないですね。

  • ※1 McPherson, G.E. and McCormick, J. (1999). Motivational and Self-Regulated Learning Components of Musical Practice, Bulletin of the Council for Research in Music Education, 141, 98- 102.
  • ※2 Nielsen, S.G. (2001). Self-Regulating Learning Strategies in Instrumental Music Practice, Music Education Research, 3, 155-67.
  • ※3 Chaffin, R., and Imreh, G. (2001). A comparison of practice and self-report as sources of information about the goals of expert practice. Psychology of Music, 29(1), 39-69.
著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
森尻 有貴(もりじり ゆき)
ロンドン大学教育研究所 専門:音楽教育学・音楽心理学
著書・論文
  • The influence of learning history on musical approaches to piano improvisation. In M. Stakelum (Ed). Developing the Musicians, Farnham: Ashgate. 2013.
  • 翻訳「世界のミュージック図鑑」神原雅之・塩原麻里(編)ポプラ社. 2011.
  • 「ピアノ演奏学習者における自己評価活動の影響:演奏後の録音聴取によるフィードバックを通して」人間文化創成科学論叢, 12:111-119. 2010.
 
著書・論文

  • The influence of learning history on musical approaches to piano improvisation. In M. Stakelum (Ed). Developing the Musicians, Farnham: Ashgate. 2013.

  • 翻訳「世界のミュージック図鑑」神原雅之・塩原麻里(編)ポプラ社. 2011.

  • 「ピアノ演奏学習者における自己評価活動の影響:演奏後の録音聴取によるフィードバックを通して」人間文化創成科学論叢, 12:111-119. 2010.


 
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