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研究・レポート
安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授
※記事掲載時点の情報です

初見視奏の得手・不得手を分ける鍵とは?

音楽心理学と音楽発達心理学の専門家、北海道大学大学院教授 安達真由美先生をお迎えするシリーズの第2回。演奏研究におけるさまざまなトピックの中から、前回は主に「初見視奏ではどのような情報処理がなされているのか」について、ご紹介いただきました。

初見視奏において私たちは、楽譜を見て、音符を読み、瞬時に解読して、指に伝えます。そこで、楽譜上の音符から、音としての情報のほかに運動機能の情報など、たくさんの情報を処理しており、さらに、実際に弾いている音よりも先の音符を見ることで情報を先取りしているということが重要なポイントでした。初見視奏では、すごいことが起きているのだと、改めて実感なさった方もいらっしゃったのでは?
今回は、この初見視奏に関して「どうして初見視奏が得意な人と不得意な人がいるのか?その違いはどこから生まれるのか?」という問いを取り上げます。

ポイント1~分析力

――音楽に携わっていく中で、とても上手に初見視奏する人を見て、「どうすればあんなふうに演奏できるのだろう?」と思ったことのある方も多いと思います。初見視奏の得手、不得手の違いといったものは、どこから生まれるのでしょうか?

 

安達教授(以下敬称略):確かに、初見視奏を得意とする人と不得意とする人がいます。いったいどこが違うのだろうと思いますよね。これまで研究者たちは、その違いについていろいろな方法で調べてきました。
たとえばウォルフ(T. Wolf)という研究者は、初見視奏が得意な人と不得意な人に実際に初見視奏をしてもらう実験を行いました。楽譜はみんな同じものにして、「それを初見視奏してください」と伝えます。それ以外細かい指示は与えず、比較的自由に準備、演奏してもらうというものです。
そして、初見視奏を始めるまでの準備の違いなどを、一連の行動の観察とインタビューを通して調査したのです。まず、初見視奏が不得意な人というのは、いきなり弾き出しますよね。

 

――いきなり演奏し始め、つっかえてしまう…、指導者の先生方がよく見かける光景かもしれません。

 

安達:他方、初見視奏を得意とする人は、まずじっくり楽譜を見て、必要に応じてメモを書き入れるなど、準備の仕方が違います。それに、初見視奏が得意な人は、演奏の途中で止まらないし、つっかえることもありません。しかし、初見視奏が不得意な人は、しばしばつっかえてしまい、演奏としての質もあまり良くない場合が多いです。
このことから、ウォルフは初見視奏では楽譜を最初に見たときどれだけ分析できるかという、分析力が鍵を握るといっています。従って、幼い子どもであっても、いつも演奏の最初に分析をしてから弾くようにすると、初見視奏の能力もきちんと身に付いていくと考えられますね。

ポイント2~「まとまりで読む」

「アイ・ハンド・スパン(視手範囲:EHS)」とは?

――初見視奏の得手、不得手に関して、分析力の他に重要なポイントは何でしょうか。

 

安達:初見視奏の得手、不得手については、ほかにも興味深い研究があります。前回、ウィーヴァー(Homer Ellsworth Weaver)という研究者の研究に関連して、眼球運動のお話をしましたね。

 

――眼球運動とは、「情報を取り込むために眼球が動くこと」でした。

 

安達:そうです。その眼球運動には、固視とサッケード、追跡運動というものがあるのですが※1、視点がある1カ所(X)にとどまっているとき、実際にその情報を取り入れていることになります。これを「固視」といいます。

そして、演奏に際して、楽譜上の固視の位置(注視点ともいう)と、実際に指を動かしている範囲のことを「アイ・ハンド・スパン eye-hand span(視手範囲、以下EHS)」といいます。私が最初に読んだ心理学の論文、1970年代に発表されたスロボダ(John A. Sloboda)による研究に「アイ・ヴォイス・スパン eye-voice span(視声範囲、以下EVS)」というものが出てきますが、もともとこれは文章を音読しているときに、実際に声として発している単語と、目が見ている単語の間の範囲を測定する指標として開発されたのだそうです。

――確かにテキストを実際に声に出して音読するとき、目は少し先の文章を追っている気がします。

 

安達:つまり、目で見ている箇所と、実際に読んでいる箇所には差があるということですね。EVSは、その差(ずれの大きさ)を示しています。EHSは、楽譜を見ている箇所と、実際に弾いている箇所との差を表します。主だった心理学辞典を見ますと、EVSのという項目はあっても、EHSはないと思います。EVSは1950年代ごろからある比較的古い概念で、これを音楽の研究に応用したのがスロボダです。

スロボダの研究

――スロボダはどのような実験を試みたのですか?

 

安達:スロボダは自身がフルート奏者ということもあり、フルート奏者を集めてきて、彼らにある単旋律の楽譜を見ながら演奏してもらいました。その楽譜は、紙ではなく、スライドに映されます。そして、ある時点でスライドから楽譜は消えてしまいます。
もしも楽譜が消える前に先の部分を、つまり自分が演奏している箇所よりも先を見ていたら、スライドから楽譜が消えても、すでに見ていた部分までは演奏できるはずですよね。これを彼はアイ・ハンド・スパン(EHS)の指標に使ったのです。楽譜が見えなくなってからの、正しく演奏できる音符の数、これがこの論文におけるEHSです。

特殊な機械で視点の位置がどこかにあるか測定できなくても、このような手続きを踏めば推測は可能なのではないかという、行動指標に基づく研究です。眼球運動測定器が手軽に手に入らなかった時代、なんとかしてEHSを測ろうと工夫した、苦肉の策だったのだと思います。測定器は車が1台容易に買えるくらいのものですから、現在でも手軽という訳ではないですが…。
私の講義では、スロボダの論文のデータを使って、グラフを作成する課題を出しています。そのデータには、楽譜が見えなくなるまでにミスタッチした音の数と、楽譜が見えなくなってから正しく弾けた音符の数(=EHS)の平均値が示されています。

眼球測定器の一例
ナック アイマークレコーダEMR-8B
画像提供:
株式会社ナックイメージテクノロジー

この2つの変数の関係を方眼紙に書き入れていくと、楽譜が見えなくなるまでにミスタッチした音の数と、EHSには負の相関※2があることがわかります。つまり、EHSが長いほどミスが少ないことから、どれだけ先を見ることができるかということが、初見奏が上手にできるかどうかの要因のひとつと考えられるのです。

①上級者

②初心者

眼球運動測定実験の参考映像
映像提供:安達真由美教授

たくさんの情報を保持するには

――「アイ・ハンド・スパン(EHS)が長いほどミスが少なく演奏する」というのは、どういうことを意味しているのでしょうか?

安達:認知心理学では、「ある作業をするときに入力して保持できる情報の量は決まっている」、そして「その情報量がいっぱいになると、もう作業ができない」と考えます。なので「どこまで遠くを見ることができるか」ということは、「どれだけの量の情報を入力し保持できるか」を表します。
初見視奏の場合、私たちは楽譜にある音符を見て、視覚から情報を取り入れ、それを指に伝えます。つまり、取り入れた視覚情報を運動に伝えるために、ほんの少しの間ですがその情報を保持しないといけません。そうした情報を保持する能力に加えて、情報を伝えたら、今度は実際に指を動かさないといけないので、運動のための資源も必要になります。

さらに、演奏して出てきた音が実際に正しかったかどうかも確認(モニタリング)しなければならないので、このための資源も必要です。もし間違えたときには、弾き直すか弾き直さないかは別にして、どこで間違えたのか覚えておかなければ、次に弾くとき何も修正することができませんよね。
初見視奏では少なくともこれだけたくさんのことに資源を分散しなければいけない訳です。従って、「EHSが長い」ということは、「楽譜を見てから実際に音を出すまでの間に保持している音の数が多い」ということなので、それだけ情報処理を効率よくできていると考えられるのです。

 

――「ある作業をするとき、保持できる情報の量は決まっている」とのお話でしたが、どれくらいの量なのでしょう?

 

安達:ミラー(George Armitage Miller)の有名な論文から、「ミラーのマジックナンバー」は「7±2」といわれています。短期記憶の中に保持できる情報量は「7±2」ということです。

 

――つまり5から9ですね…。なんだか少ない気がするのですが。

 

安達:そう、これを音楽で言おうとすると、1つの作品でも音符はたくさんありますから、「7±2」なんてあっという間に達してしまいます。四声体の和音を1つ弾いた時点でもう4つです。音符1つ1つを情報として処理していたら、マジックナンバーをあっという間に超えてしまいますね。
しかし音を1つ1つ処理しているのではなく、実際には私たちはいくつかの音を「チャンク※3」として、ひとまとまりにして処理しています。たとえ音符の数が30個くらいある場合でも、あるモチーフを1つとして考えると、実は30個の音符は4つくらいのまとまりでできているのかもしれない、と考えられる訳です。そうして情報が凝縮されれば、保持できる量が増えるとともに限られた資源を有効に使えるようになります。
つまり、短期記憶の中に保持できる情報量は「7±2」ですが、「7±2」というのは絶対数ではなく、その情報処理の心理的な単位の数です。一単位を構成する情報量が大きければ大きいほど、たくさんの情報が一挙に処理されるということなので、いかにその単位を大きくしていくかが重要になります。

 

――極端な例として、楽譜を見るときに、音符を1つ1つ読んでしまう人と、あるフレーズをひとまとまりで見ることのできる人とでは、バックボーンに何か違いがあるのでしょうか?

 

安達:初見視奏に限らず、楽譜を見るときに「まとまりで読む」という見方を知っているかどうかが鍵になりますね。音符は1つ1つ読んでいくものだと習ったら、そう見るようになるでしょう。「まとまりで読む」というように最初から訓練されれば、それが普通になります。
たとえば8小節の短い旋律があったとき、たいてい冒頭でモチーフが提示されて、それがいろんな形で変化していきますね。パターンを見つけ、さらにそれがどう変化していくかを見つけていく訳です。パターンを見つけるということは、楽譜から見つけるのはもちろんですが、音で聴いてわかるということも重要です。小さい単位で少しずつ慣れていくうちに、何年かするとバックボーンができるので、応用力もついてきます。
和声も同じですね。Iの和音に始まり、徐々にいろいろな和音へ広がっていき、やがてV7―IやI―IV―V7―Iなど、パターン化していきます。和音自体は4個あっても、それを1つのまとまりとしてとらえられるようになれば、処理できる量が一気に増えます。そうして繰り返し弾くうちに、指が動くようになり、楽譜を見たときにぱっと1つの 塊(かたまり)として判断できれば、自然とそのまま弾ける…というようになるということですね。

 

――そうやってパターンを増やしていくことが重要なのですね。初見視奏には分析力と、情報を保持できる量、つまり音をまとまりとしてとらえる見方が鍵となるというお話、ありがとうございました!次回は、初見奏が得手な人にみられる、興味深い現象をご紹介します。

  • ※1 あるXの位置から、次のXを見るというように、視点がXとXの間を移動しているとき、その眼球運動を「サッケード」という。また、眼球運動には、動いているものと一緒に視点も移動する「追跡運動」もある。
  • ※2 変数xの値が大きいほど、変数yの値が小さい場合、この2つの変数の間に「負の相関」があるという。
  • ※3 チャンクとは、たくさんの情報を、意味のある単位に区切ること。たとえばヤマハ音楽研究所の電話番号03-5773-0880を覚えるとき、「03・5773・0880」というように区切ることで、10の数字の情報が3つの情報に凝縮される。

聞き手:ヤマハ音楽研究所研究員 小山文加(おやまあやか)

著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
安達 真由美(あだち まゆみ)
北海道大学大学院 文学研究科 教授
専門:音楽心理学、音楽発達心理学
著書・論文
  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.
  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.
  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.
  
著書・論文
  • Adachi, M. (2012). Incorporating formal lesson materials into spontaneous musical play: A window for how young children learn music. In C. H. Lum & P. Whiteman (Eds.), Musical Childhoods of Asia and the Pacific (pp. 133-160). Charlotte, NC: Information Age Publishing.
  • 安達真由美・小川容子(監訳)(2011). 『演奏を支える心と科学』.東京:誠信書房.
  • 安達真由美(2006)音楽の意味を科学する.大津由起雄・波多野誼余夫・三宅ほなみ(編著)『認知科学への招待2ー心の研究の多様性を探る』 (pp. 148-166). 東京:研究社.
  
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