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研究・レポート
連載
音楽体操がもつ認知症の予防効果 ー御浜-紀宝プロジェクト/スキャン・プロジェクトー
佐藤 正之(さとう まさゆき)
三重大学大学院 医学系研究科 認知症医療学講座 准教授/三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長
※記事掲載時点の情報です

御浜-紀宝プロジェクトの意義

御浜-紀宝プロジェクトのエビデンスとしての意味と限界

前述のように、認知症に対する非薬物療法のエビデンスは、現時点では高くありません。科学的批判に耐えうる、一定のクォリティを持った研究を今後積み重ねていくことによってエビデンスとして確立していくでしょう。“御浜-紀宝プロジェクト”の結果は、音楽のもつ新たな可能性に光を当てたものとして注目されます。

 

注意を要するのは、今回の結果はあくまでヤマハの“健康と音楽”に基づいて作成されたコンテンツを用いることにより得られた結果である、ということです。言い換えますと今回の結果は、このコンテンツにのみ保証されており、他のコンテンツを用いたときに同様の結果が得られることをも保証するものではありません。それについては別途検証する必要があります。

 

これは、薬物治療を考えると理解できます。ある疾患に薬物Aの有効性が明らかになっているとき、似た化学組成を有する物質Bでも当然有効性が期待されます。しかし、実際に物質Bが薬物として成立するか否かは、ヒトを対象とした臨床研究 (治験といいます) を通して明らかにする必要があります。そのような想定のもとに開発されたにも関わらず効果が乏しかった、あるいは思わぬ副作用で薬物たり得なかった物質は枚挙に暇がありません。

 

従って今回の結果は、“どんな体操にどんな音楽伴奏を付けても効果がある”ということを保証しているのではないのです。音楽と体操を組み合わせた研究が多くなされ、おしなべて有効性が示されたときに、両者の組み合わせは普遍的意味をもつようになります。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”により、有効性の確認された非薬物療法の手段のひとつを、われわれ臨床家は得ることができました。また、どのような枠組みで何を調べたら良いかも分かりました。われわれのグループはこれらの取り組みを推進できる、世界でも稀有な存在と自負しています。

地域ネットワークの構築という意義

認知症の原因疾患の多くは、未だ根治が困難なものです。病期が進むにつれ、医療の比重が減り、介護・福祉の重要性が高まります。認知症に関連する専門医は、国内に約1,500人います。単純計算すると一人の専門医が3,000名余りの認知症患者を診療することになりますが、これは不可能です。

 

さらに、少子化と核家族化が進み、従来のような家族や血縁者による介護だけでは成り立たなくなっています。必要なのは、地域におけるネットワーク、横のつながりです。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”では、参加者が週1回保健師や他の参加者と顔を合わせることにより、自然と“顔の見える関係”が出来上がっていきました。欠席が続いたり、様子に少し違和感があることに周囲が気付き、いち早く保健師が介入し問題解決に至った例があります。また、町が行う高齢者向けの他の取り組みは、1年後の継続率は30~40%であるのに対し、“御浜-紀宝プロジェクト”では約70%の方が1年後も出席されていました。さらに、1年間の研究期間後も「是非続けたい」との希望が多く寄せられ、現在では住民自身が主催する取り組みとして継続し、すでに5年が経過しています。

 

このように、継続性に優れ、地域ネットワークの構築にも役立つ本法は、限られた人的・経済的資源を活かすという意味でも優れていると思われます。過疎や高齢化、乏しい財源に悩む日本の多くの自治体と地域にとって、御浜-紀宝プロジェクトの取り組みが、問題解決のひとつの有効な手段として活用されていくことを願って止みません。

事業・ビジネスとしての御浜-紀宝プロジェクトの意義と将来性

平成27年に厚労省が発表した「認知症施策推進総合戦略 ~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」別名“新オレンジプラン”では、認知症の予防やリハビリテーションの開発・普及も重点課題に挙げられ、「住民や企業が一体となって地域全体として取組を推進」していくことが重要と記載されています。

 

“御浜-紀宝プロジェクト”で産官学共同研究を行ってみて、産と官とが認知症予防・リハビリのハード、ソフトの両面でコラボできることが分かりました。国の方針に従い、各自治体には予算が配られ事業の展開が求められます。しかし、様々な事業に即応できる人的パワーを有する自治体は限られています。むしろ「お金と場所はあるが、ノウハウがない」、つまりハードはあるがソフトがないという自治体が多いです。

 

一方、ヤマハはコンテンツとそれを指導するトレーナーは持っていますが、音楽レッスンに用いられる教室はピアノやオルガンが置かれており体操をするスペースがない。言い換えるとソフトはあるがハードがない、という状態です。そこで、両者がコラボすることにより、自治体はお金と場所を、ヤマハはコンテンツとトレーナーを提供することによりwin-winの関係での協力が可能となりました。しかも、“御浜-紀宝プロジェクト”では御浜町・紀宝町とヤマハとの間に契約が取り交わされすでに協力体制の鋳型が出来上がっています。従って、全国の自治体ですぐにでも展開が可能です。

 

さらに、増え続ける高齢者のなかで、認知症予防・リハビリの需要は増えこそすれ減ることは、少なくともこの先数十年ありません。社会に貢献しつつビジネスとしても成立する将来性を“御浜-紀宝プロジェクト”は有しています。その輪の中心に、われわれは立ち続けたいと願っています。

おわりに

音楽は大きな力を秘めています。その魅力は多くのひとを惹きつけて止みません。魅力的である分、エビデンスに基づかない出鱈目なものも出回っています。さらに、療法士が自身の好みと信念だけに基づいて行うセッションは、時として参加者に害を与えたりします。

 

わたしは、魅力的なものほど厳しい評価に耐えるものでないといけないと考えます。本稿を読まれた方にその片鱗でもお伝えすることが出来たなら、その目的は達したと言えます。

 

 

(おわり)

著者プロフィール ※記事掲載時点の情報です
佐藤 正之(さとう まさゆき)
三重大学大学院 医学系研究科 認知症医療学講座 准教授/三重大学医学部附属病院 音楽療法室 室長

専門:神経内科学、神経心理学、認知症医療学

著書・論文
  • 「音楽する脳―音楽の脳科学」 脳とアート:感覚と表現の脳科学。 脳とソシアル、pp.149-166、2012、医学書院
  • 「カルテと楽譜の間から:音楽家くずれの医者の随想」 2011、新風書房、大阪
  • 「アート・イン・サイエンス:医療としての音楽療法」音楽医療研究、5: 1-7, 2012. 
  • 「音楽療法はどれだけ有効か:科学的根拠を検証する」 2017、 化学同人
著書・論文
  • 「音楽する脳―音楽の脳科学」 脳とアート:感覚と表現の脳科学。 脳とソシアル、pp.149-166、2012、医学書院
  • 「カルテと楽譜の間から:音楽家くずれの医者の随想」 2011、新風書房、大阪
  • 「アート・イン・サイエンス:医療としての音楽療法」音楽医療研究、5: 1-7, 2012. 
  • 「音楽療法はどれだけ有効か:科学的根拠を検証する」 2017、 化学同人
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