子育て・教育
2021年02月12日掲載 / この記事は約8分で読めます
幼児教育における非認知能力の育成についての取り組み、特に領域「表現」と音・音楽との関わりについて、浜口順子先生(お茶の水女子大学教授)にお話を伺うシリーズの第2回。幼児教育における「表現」の領域と非認知能力とのかかわり、そしてグループでの遊びや学びの意義についてのお話です。
連載
浜口順子先生に聞く 幼児教育の領域「表現」と非認知能力との関係
非認知能力と幼児教育5領域
幼児教育における領域「表現」とは
連載第2回は幼児教育における「表現」の領域と非認知能力のかかわりについてお話を伺いたいと思います。一般的に「表現」というと、楽器の演奏や絵の作品などといった成果物をイメージしがちですが、幼児教育における「表現」とは、そのような作品制作を指すのでしょうか。
――まず「表現」という言葉ですが、明確に出てきたのは平成になってからのことなんです。日本で初めて出された幼稚園教育のガイドラインは1926(大正15)年の「幼稚園令」というもので、ここには「遊戯」「唱歌」という保育項目がありました。そして戦後1948年に出た「保育要領」の14の項目の中に「リズム」や「音楽」、そして「絵画」や「製作」などの表現系の項目がいろいろと入っています。
そして1956年には小学校学習指導要領と合わせる形で「幼稚園教育要領」が出て、ここからはかなり現在に近いものになり、保育項目は6つの領域になります。その領域という言葉について説明しますと、日本の幼児教育では教育のカリキュラムを組み立てる際に「教科」ではなく「領域」という細目を用います。1956年の幼稚園教育要領には「健康」「社会」「自然」「言語」「音楽リズム」「絵画製作」という6領域がありました。そして平成元年に「幼稚園教育要領」の大改訂が行われ、そこで領域が5つになります。その時に音楽リズムと絵画製作が合体して「表現」という領域になりました。ここではじめて「表現」という言葉が登場します。
写真提供:PIXTA
現在の保育の5領域とは
1. 健康 | 心身の健康に関する領域 |
2. 人間関係 | 人との関わりに関する領域 |
3. 環境 | 身近な環境との関わりに関する領域 |
4. 言葉 | 言葉の獲得に関する領域 |
5. 表現 | 感性と表現に関する領域 |
の5つとなっています。
この領域とは小学校のように休み時間を挟んで45分と時間を区切る授業のようなものではありません。幼児教育は基本的に時間を細かく区切らない一つのまとまった生活を基盤にします。ですから、この5つの領域は別々のものではなく重なっており、いわば生活の全体性を捉える5つの視点だということもできます。生活の流れの中で言葉的な側面、人間関係的な側面、そして表現的な側面などが総合的に育まれていくという考え方です。
また「音楽リズム」「絵画制作」と分かれていたものが「表現」という大きな括りになったことで「表現しようとする気持ち」を大切にしよう、という方向性が示されていると思いますし、音楽なら歌や演奏、絵ならお絵かきというように狭く限定しないことが前提になっています。
幼児教育の「表現」では音楽や絵画をそれぞれ個別に行うのではなく、日々の暮らしにおいて「表現する気持ち」を育む、ということですね。
――そのとおりです。たとえば幼稚園教育要領には「表現」について3つのねらいが設定されています。
(1)いろいろなものの美しさなどに対する豊かな感性をもつ。
(2)感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。
(3)生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。
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これは「成果」ではなく、自分で感じたり考えたりしたことを自分なりに表現して楽しむプロセスが重視されているということなのです。「自分なり」というのが大切で、大人の目線で「良い」や「悪い」を判断するのではなく、大人からみてたとえ「下手」に見えても、下手という言葉は私、表現に関してタブーだと思っているんですけれども、子どもが一所懸命やっている姿を認めることで、子どもが思いきり表現できるようになる、そのことが大切なんです。
それは子どもが認められて自己を発揮するということであり、非認知能力の育成そのものだと思います。そして様々な表現を楽しむ、お友だちと一緒に表現を楽しむということは他の子の気持ちを汲んだり、自分の素直さを発揮する、ということにもなります。これも非認知能力の育ちに大きく寄与すると思います。
ただ、これは「表現」という領域に限ったことではありません。幼児教育では5つの領域のどれをとっても非認知能力と関係があります。2018(平成30)年から施行されている現在の幼稚園教育要領では「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」というものが打ち出されていて、これを読むと全ての項目において非認知能力が意識されていることがはっきりとわかります。
「10の姿」※1
(1)健康な心と体
(2)自立心
(3)協同性
(4)道徳性・規範意識の芽生え
(5)社会生活との関わり
(6)思考力の芽生え
(7)自然との関わり・生命尊重
(8)数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚
(9)言葉による伝え合い
(10)豊かな感性と表現
グループで響きあうこと、リズムが育むもの
ヤマハ音楽教室では同年齢の子どもたちによるグループレッスンを行っていますが、同じような年代の子どもたちが複数人で関わることは、非認知能力の育成にとってメリットがあると言えるでしょうか。
――グループのメリットは大きいと思います。「空気を読む」という言葉がありますが、人と人との関係には常に「間」がありますよね。その間にある空気を感じることは、実は赤ちゃんの頃から敏感に行っています。相手とのリズミカルなやりとりは他者との関係性の構築において、なくてはならないものなんです。ですからグループ、集団の中でのやりとりは保育という意味でも、非認知能力の育成においても非常に重要だと思います。
写真提供:PIXTA
赤ちゃんと養育者との関係を表すのに音楽用語が使われるのは面白いと思います。例えば「共鳴動作」。まだ1か月ぐらいの赤ちゃんが機嫌のいいときに、養育者が目をあわせて口を開けたり舌を出したりすると、赤ちゃんも同じような表情をするのです。自分の口がどこにあるかなんて赤ちゃんは認識していないのに、相手がそういう顔をすると身体がそのように合わせてしまうというのは不思議ですよね。これはやはり人間と人間のやりとりであり、リズムだと思うんです。
自分が泣けばお母さんが来てミルクをくれて気持ちよくなるというのも、リズミカルなやりとりですよね。それからD.N.スターンという乳幼児精神医学者が言っている「情動調律」という言葉もあります。赤ちゃんが泣いているといないいないバーとあやしたり、機嫌がいい時には鼻歌を歌って踊ってみせたりなど、養育者が赤ちゃんの情動に合わせた行動をとることです。
共鳴動作も情動調律も相手とのリズミカルな関係で、人間はそれでお互いに快の感情をもつということを考えると、人との関係性、人とのやりとりとしてのリズムはなくてはならないものとして捉えられるんじゃないかなと思います。
- ※1 「10の姿」2018年4月に改定された文科省の幼稚園教育要領、保育所保育指針、幼保連携型認定こども園教育・保育要領で重要なポイントとして位置づけられた。1歳児から小学校入学前の6歳児までに養っておきたい姿を10の項目を挙げて示した内容で、幼稚園、保育所、認定こども園共通の指針とされている。
文・編集:池谷 恵司(いけや けいじ)
(当連載は2020年10月26日に取材した内容をもとに作成しております)
→「3.非認知能力を育むために求められるもの」につづく(全3回連載予定)
◇プロフィール
浜口 順子(はまぐち じゅんこ)
お茶の水女子大学 教授
お茶の水女子大学卒業。オランダ・ユトレヒト大学教育学研究所留学。博士(人文科学)。主な著書に『自由保育とは何か』(共著、フレーベル館)、『事例で学ぶ保育内容・領域表現』(編著、萌文書林)、『倉橋惣三・保育人間学セレクション』(監修、学術出版社)。