子育て・教育
2021年05月07日掲載 / この記事は約6分で読めます
連載第1回では幼児における「遊び」とは何か、そしてなぜ保育について遊びが重要なのかについて河邉貴子先生(聖心女子大学教授)に語っていただきました。続く第2回は非認知能力と認知能力との関係、非認知能力を育む環境づくり、そして幼児教育における「表現」領域と音楽についてお話を伺いました。
連載
河邉貴子先生に聞く 非認知能力は豊かな「遊び」を通じて育まれる
子どもが主体的に遊べる環境を
非認知能力を高めれば認知能力も高まる
取材に先だって河邉先生の記事をいくつか読ませていただきましたが「非認知能力」という言葉が幼児教育で使われるようになったことで、今までよりも明確な言葉で保育の目的や成果がきちんと説明できるようになった、という趣旨の発言があり印象的でした。
――今までの幼稚園教育は「心情・意欲・態度」を育むことを趣旨としていました。それはもともと非認知能力を育てる教育だったことを意味しています。逆に言えば今までは遊びは楽しければいい、という側面だけが表になっていました。保護者にも「今日はたくさん遊んでましたよ」とか「嬉しそうにしていました」などと伝えてきました。それが「幼児の時には遊んでていいのよ、小学校に行ったら勉強があるからね」という構図を生んでいました。
でも今は、文部科学省が「育成すべき資質・能力の3つの柱」というものを出していて、「知識及び技能の基礎」、「思考力、判断力、表現力等の基礎」、「学びに向かう力、人間性等」の3つが育成すべき重要な柱として挙げられています。この「学びに向かう力」が「心情・意欲・態度」に相当するものなんですね。今までの「心情・意欲・態度」=「非認知能力」は3つの柱の1つであって、あとの2つに相当する「認知能力」も今後はしっかり見てくださいね、という構図になったのだと私は解釈しています。
写真提供:PIXTA
実際、非認知能力と認知能力は両輪であって、非認知能力を引き上げれば認知能力も高まるのです。幼児は遊んでいるといっても、遊びという独自の形態の中で学んでいるのです。学びの形態は違うけれども、幼児だって学んでいる。それをしっかりと伝えるためにも認知能力と非認知能力という概念が必要なのだと思います。
「遊び=学び」の場で求められる環境とは
遊びに大人が関わる意味合い、必要性について教えてください。遊びをより豊かにしていくために、保育者・保護者はどのような環境を用意すればいいのでしょうか。
――いつも驚くのですが、子どもって遊びながらすごい勢いで認知能力もスキルもどんどん獲得していくんです。そしてもう少し難しいことにチャレンジしたい、もっと美しいものを作りたいという気持ちをいつも持っています。ところが子どもが次の段階を求めているのに、環境がずっと変わらない状態では能力を伸ばすことができません。遊びが停滞してしまうんです。大人はそこをよく観察し、子どもの「やりたい気持」に応じて、遊びの環境を更新してあげることが必要です。
たとえば、前回年齢に応じて子どもが砂場で遊ぶ例を挙げましたが、砂をただ触って嬉しい時期からカップに入れるのが楽しくなってきて、次は砂をカップで型抜きしたいと思うような段階に来たとき、もしも砂場に大きな器しかなかったら小さい子は型抜きを楽しむことはできませんよね。その時は小さなカップを環境として用意する必要がある。このように子どもたちが経験してきたことを観察し、この子が次にやりたいと思っているものは何かしらって、少し先を見越してあげる必要があります。
子どもたちの遊ぶ様子をよく観察し、今どういう状態なのかを見極めることが大切なのですね。
――子どもって、いつもどこかで何かをして遊んでいるわけですから、その場所の意味や物の意味、それと自分がやりたいこととが一致しないと面白くないんです。
写真提供:PIXTA
たとえば、おままごとをしてるって言ってるけど、それぞれが絵本を読んでいたりすると、ああ、今は遊びたいイメージが共有されていないのかなとか、おままごとの役割分担のイメージが曖昧なのかしらとか。その合致してない状態を読み解いて、子どもが遊びに対して主体的になれる環境を提供することが大人の役割だと思います。
活動主義だった「音楽 リズム」から、総合的な「表現」へ
幼稚園では平成元年に「幼稚園教育要領」の大改訂で「表現」という領域が生まれました。そこには音楽も含まれると思うのですが、領域として「音楽」という言葉はなぜ消えてしまったのでしょうか。
――平成元年までは6つの領域があり、そこには「音楽リズム」と「絵画制作」がありましたが、平成元年の改訂で5領域となり、音楽と絵画がなくなって「表現」という領域が生まれました。しかしこれは音楽リズムと絵画制作が合体したということではありません。6領域の時代、領域は活動の特性で分けられていました。しかし、子どもの体験は、たとえば音楽を聴けばついつい身体が動いてしまう、というように総合的です。活動の特性で領域を分けることへの意義がないと考えられたこと、また小学校の教科学習の前倒しのような教育が蔓延したことへの批判もあり、平成元年の改訂で領域の考え方そのものが大きく変わって子どもの発達を見る窓口として捉えようということになりました。音楽リズムであろうと絵画であろうと自分を表現する力ということですね。
幼児教育の現場では今、音楽はどのように使われているのでしょうか。
――表現という領域にはなりましたが、実際はなかなか転換できずに以前のような「音楽の時間」という感じでやっている園は残っていると思います。
写真提供:PIXTA
たとえば幼稚園に通わせたら、保護者は自分の子どもがみんなと一緒に歌う姿を見たいわけですよね。「みんなと一緒に歌う楽しさを味わう」ということを第一に考えていればよいのですが、「一緒に動ける」という行動面で評価し、集団の中で動けている子どもがいい子だという価値観がまだ拭えないでいる部分もある。みんなと一緒に歌をうたったり合奏したりすることは、その価値観を見せやすい。そのような保護者のニーズがあるから、なかなかそこから脱せられない面は残っているように思います。でもその一方で、音探しなど、音楽を非常に柔軟に考えている園も増えているのも事実です。
◇プロフィール
河邉 貴子(かわべ たかこ)
聖心女子大学 教授
東京学芸大学大学院教育学研究科(幼児教育学)修了。東京の公立幼稚園で12年間保育者、東京都教育委員会で4年間の指導主事を経て、教員養成へ。主な研究課題は保育記録の在り方や遊び援助論。学生指導、教育研究、現職の先生方との研修研究が大切な3本柱で、どれが欠けても思考がうまく回らない。
文部科学省幼稚園における道徳性の芽生えを培うための事例集作成協力者、第3期中央教育審議会初等中等教育分科会臨時委員、東京都子供子育て会議委員、日本保育学会理事、NPO法人コミュニティリンクケア東京理事他。
主な著書は『遊びが育つ保育~ごっこ遊びを通して考える~』フレーベル館、共著、2020、『目指せ 保育記録の達人』フレーベル館、共著、2016、『心をとめて森を歩く』フレーベル館、共著、2016 他多数。
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